■ 【北から南から】

アジア・上海   ~『リニア』スピードですでに日本に追いつき差を広げる中国~                松田 健

 
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 上海の空の窓口である浦東国際空港では幅60メートル、長さ4,000メートルの
3本の滑走路が24時間、世界と結んでいます。日本を代表する成田空港はすでに
見劣りします。浦東国際空港は全額日本の円借款で1997年10月に着工、99年10月
1日開港しました。浦東空港で第3ターミナルが建設中で滑走路も数年中にさら
に2本が建設されるそうです。

 浦東国際空港から上海の街に向かう時、上海磁浮列車(SHANGHAI MAGLEV 
TRAIN)に乗るのを楽しみにしています。ドイツが建設、2002年にドイツのシュ
レーダー首相(当時)を招いて開通式が行われたこのリニアは操業10年が近づい
ていますが、現在でも世界唯一の実用リニアであり、これまで大事故は起こして
いません。空港駅(第1と第2ターミナルの中間に駅がある)から30キロ先の浦
東の龍陽路(ロンヤンルー)駅までのワンストップを時速430キロで走ります。

上海に来る前に京成電車の成田空港駅で見かけた広告で、2010年7月から運行開
始した新型の「スカイライナー」の最高スピード160キロは新幹線以外で日本最
高速、『日本のスピード』と宣伝していましたが、上海のリニアに比べると3分
の1ののろさ。京成のこの広告はピントはずれで、強調するなら安全性ではない
でしょうか。

 2011年7月23日、中国の浙江省温州市の郊外で高速鉄道が脱線、うち2両が高
架から転落、この事故車両を地中に埋める映像は世界の失笑を買い、この「証拠
隠滅」が問題にされるや否や、当局は埋めたばかりの列車を掘り起こして保管、
さらには高速鉄道の減速を決め、自主技術だとも言わなくなりました。この脱線
事故の直後、8月14日の日曜、中国のネットでの呼びかけで市民1万人以上が集
まる公害反対運動が起きた大連の化学工場では操業が即時に停止させられました。
このようにネットなどで指摘される問題に対処する中国当局のスピードもリニア
並みに加速しています。
 
  日本政府は東南アジア、インドシナ、インドなどで日本の存在感を高めたいと
考え、各地でインフラ整備に協力していますが、中国が援助国として台頭して以
来、日本の活動が目立たなくなりました。例えばカンボジアでは、かつての日本
を抜き、中国が最大の援助国になって久しいです。日本が援助してアジアで造っ
ている道路や橋梁、工業団地などのインフラ整備は中国が援助しているインフラ
造りに比べて建設のスピードもすごく遅いです。

 中国のめざましい「南進」の見逃せない背景は軍事目的で、ミャンマーを縦断
するパイプライン建設を進めているのはマラッカ海峡を通過しない石油・ガスの
確保であり、その他の多くの国でも中国の資源確保を狙った活動が目立ちます。
そしてそこには中国政府の走出去(そうしゅつきょ)と呼ばれる海外進出奨励に
そった中国企業の海外進出もめざましいです。中国企業の進出の勢いに日本企業
が勝っている国はタイだけでしょう。例外はありますが中国企業に比べ日本企業
の元気の無さが続けば、日本政府がアジアでインフラを造っても、それを最大限
利用するのは中国企業ということになります。

 他のアジアに比べて中国からの投資が比較的少なかったフィリピンのアキノ大
統領が270人ものフィリピン財界人が随行した5日間の中国訪問を実施、2011年
8月31日には人民大会堂で胡錦濤国家主席と会談、フィリピンへの投資拡大の約
束を取り付けました。2011年2月、フィリピン漁船が中国海軍の軍艦に威嚇射撃
を受けたなど南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島で緊張関係にある両国ですが、
フィリピンは中国側が嫌うこの問題を今回の首脳会談でメインテーマにはあえて
せず、中国の経済援助を優先しました。
 
  中国人観光客は日本だけでなく、アジア全域にあふれています。かつて日本の
高度成長時代の日本人観光客が買い物でぼられたように、現在では中国人観光客
が台湾を含むアジア各地のお土産物屋で高い買い物をさせられています。中国人
と中国企業の進出が目覚しいミャンマーのマンダレーでは「中国語を学んでおけ
ば将来困らない」と考える親が子息を中国語学校に通わせており、かつての日本
語ブームが消えました。ラオスで初の「チャイナタウン」建設が首都ビエンチャ
ンで始まっています。その開発用地は、ラオスでは初めて2009年12月に開催され
た東南アジア体育大会(SEAGAME)で2万人を収容した大競技場を中国が労働力
も含む全面援助で建設した見返りとして当初50年間の使用権が与えられたもので
す。

 先日、広東省東莞市で訪問した中国の機器メーカーでは全従業員に日本以上の
数十万円の給与を支払っていることを知り驚嘆しました。その会社の若手社長は、
「近く日本企業を買収して、当社に足りない技術を得、そしてその買収した日本
企業と一丸で世界市場に売って出ようと考えています」と丁寧に語ってくれまし
た。中国の経営者は自信にあふれ、質問に対する回答もクリアで分かりやすくオ
フレコ要請なども無いので取材も楽しいです。この東莞市にある企業のすぐ近く
には、海外に留学して新技術などの知識を得た「海亀」(ハイグイ)と呼ばれる
中国人の中国への帰国を奨励、東莞市が彼らの起業を支援する立派なセンターも
ありました。
 
  日本からの資金と技術を得て高度成長を遂げた中国を妬み、中国で内乱発生な
どを期待する向きも多いですが、中国の官民の長年の努力の積み重ねを評価しな
い日本の驕り(おごり)や期待に過ぎないのではないでしょうか?多くの経済現
象ですでに日本を大きく追い抜いた中国の官民の知恵、やる気、パワーから日本
は素直に学ぶべきではないでしょうか。

        (筆者はバンコク在住・アジアジャーナリスト)

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