中国単信(12)

「鬼城」—ゴーストタウンの裏を読む

趙 慶春


 一般的にゴーストタウンとは、産業の衰退や環境破壊、自然災害、それに戦争などによって住民が退去して無人化し、かつてあった都市や町が廃墟化したものを指す。福島の原発事故によって避難生活を余儀なくされている地域も間違いなくこの範疇に入る。

 ところが中国では、1990年代末から全国各地で始まった大規模な地域開発の結果、買い手がつかない物件が一億戸に昇ると言われる状況に立ち至っている。一戸に一人住んだとしても、日本の総人口に近い一億人分の住宅が余っている勘定になる。かくして「鬼城」という言葉の登場となった。
 中国語で「鬼」とは幽霊のこと。まさに「ゴースト」である。「城」は都市や町を指すので、なるほど「ゴーストタウン」は「鬼城」となるのだろう。

 しかし、「鬼城」に到る経緯は一般的な「ゴーストタウン」とは大きく異なる。建物は新しく、無人というわけでもなく、十分に住める環境を維持しているからである。それでもなお日本を始め国外のメディアが「ゴーストタウン」として報じるのは、「無秩序な開発」によって買い手がつかず、「不動産バブルの崩壊が間近」ととらえているからである。
 確かに「無秩序な開発」は、ゴーストタウン出現の最大の原因だろう。しかも地方政府の関与が強く、その開発規模も中途半端でない。例えば、内モンゴル自治区オルドス市康巴什(カンバシ)新区に50億元(820億円)以上を投資して、超高級居住区を作った。面積は32平方キロメートル、「世界最大の彫刻群、世界最大の広場」といった多くの「世界一」とともに100万人分の居住空間を現出させた。だがこの地域の人口はわずか3万人。その結果は入居率1割で、中国最大のゴーストタウンとの汚名に甘んじている。

 典型的な「無秩序開発」の事例としては遼寧省の営口市、鉄嶺市、広東省の恵州市、東莞市、河北省の唐山市などの名が挙げられるが、中国全土でのゴーストタウン化地域は200以上に達しているという。地方政府はなぜこのような「無謀」な開発を行うのだろうか。
 その理由には、二つ考えられる。
 第一は、役人の昇進である。彼らは業績が求められ、箱物や道路建設といったインフラ整備はもっとも「分かりやすい」業績であり、GDPを上げることにも貢献するからである。例えば、遼寧省の営口市では、およそ50平方キロメートルにわたるゴーストタウンを出現させたが、遼寧省内のGDPでは6年連続の1位だった。ほとんど無人の住宅区を建設してもGDP1位に大きく寄与することになるのである。
 第二は、不動産開発業者に土地(土地はすべて国有地)を売れば、地方財政を潤すことになるからである。しかも売買に絡む袖の下で役人が肥え太っていくのは言うまでもない。たとえゴーストタウンであっても土地の売却で、市の財政は当分の間、堅調に見えるというわけである。

 これでわかるように、「無秩序開発」=地方政府役人の目先の利潤追求+私利私欲にほかならない。そしてゴーストタウン化に拍車をかけるのが、投資、蓄財を目的とした他地域の高級役人たちである。彼らは不正蓄財が露見しないように、遠方の不動産購入にせっせと走り、無人の部屋が増えるというわけである。

 中国人は元来、備蓄を好む民族で消費より貯蓄という人が断然多い。しかし、現在のようにインフレ傾向が強い時期には貨幣価値の目減りが甚だしい。そこで資産価値の高いものに目が向けられることになる。これは国民が経済の先行きに強い不安を感じているからで、決してよい傾向ではない。
 近年、世界的に「金」の相場が高騰しているが、その要因には中国人の購入者増があると見られている。そして国内的には不動産は値崩れしにくいという宣伝に乗せられて不動産を複数所有する人の増加を招いた。これもゴーストタウン化を増長させる結果となった。
 それなら不動産の賃貸はどうか。それがうまくいかないのだ。

 中国のゴーストタウンは、二流都市で圧倒的に多い。地方官僚の無謀、無責任な「開発」には呆れるばかりだが、中国の戸籍管理は厳しく、自由移住は一部地域を除いて至難と言える。日本のように大企業誘致で地方活性化を図ることもできず、経済発展もそれほど望めないとなれば、借り手が増えるはずはない。
 そのほか過剰開発で資金繰りに行き詰まり、事業を投げ出した業者もいる。だがそれは業者に留まらない。例えば、前出のオルドス市はカンバシ新区の大規模開発で、財政収入375億元(6075億円、2012年)に対して、負債額2400億元(3兆8880億円)にまで達してしまっている。
 また広東省東莞市に世界最大とも言われるショッピングモール「新華南MALL」は、2350店舗のうち営業店はわずか1%に過ぎず、ほぼゴーストタウン化してしまっている。

 ゴーストタウン化は無人の町の出現だけでなく、一部の地方財政の破綻を招き、高利回りの「理財商品」の元本割れによる投資家への損失をもたらすことになる。さらにその延長線上には金融恐慌とシャドーバンキング(陰の銀行)や銀行業務への支障が待ちかまえているのである。
 この深刻な状況に習近平政権もすでに厳しい姿勢を示している。例えば「無秩序開発」による農業用地の転用を認めず、その摘発には国土資源衛星を大いに活用しているとも言われている。「無秩序開発禁止令」や「官公庁豪奢建築禁止令」なども一度ならず出している。しかし、既得権益者たちの強い抵抗に遭っているのも事実である。
 ゴーストタウン化問題への習近平政権の政策は庶民に支持されながら、それが思うように進まないのが現状である。今後、習近平政権がいかに既得権益者たちを説き伏せていくのか、その行方は中国の今後を占う試金石でもある。

 (筆者は大妻女子大学・教員)


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