【コラム】日中の不理解に挑む(11)

「近くて遠い」中国の新しい現実

田辺 大


 2014年10月1日から5日で訪中をしました。短い期間ながら、百聞は一見に如かずで、思いも寄らない経験をしました。日中双方の報道で偏りが強すぎて、国民感情や危機意識を不必要に煽ったり、ミスリードがあったと実感しました。かつ、国家間の関係が悪い時に、新しい現実や、大勢と違う意見を述べる事はマイノリティであり、勇気がいる事かもしれません。以下はあくまで私の一個人の意見です。以下に報告します。

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■1.訪中の背景—日中の相互不信—

 日本と中国は現在、歴史認識や尖閣諸島等の問題で、緊張が続いています。飛行機で成田から北京は3時間ほどで着くのに、日本にとり中国は「近くて遠い国」となっています。

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 1990年代に小泉元総理が靖国参拝をした時も日中の政府間関係は冷え込みましたが、経済関係は良かったので「政冷経熱」と言われていました。
 ですが、今や「政冷経冷」とも指摘されています。

 政冷では、日中首脳会談は2012年5月(当時は野田元首相)以来開催されていません。(事務局追記:その後、2014年11月10日に開催されました)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jck/summit2012/jc_gaiyo.html

 「中国は天然資源獲得に焦っており、尖閣諸島の海底資源を狙い、いつか占拠されるだろう」等の観測から、日本は集団的自衛権を容認する閣議決定を2014年にしました。
 経冷では、例えば今回ホテルでテレビを確認した限りですが、日系企業のCMはほとんど流れていませんでした。私が2008年や2010年に訪中した時は、もっと日系企業のCMが多かった印象があります。今回、欧米系企業のテレビCMは頻繁に見られました。

 なお、日中戦争で日本軍と戦う中国軍のテレビドラマは中国ではおなじみです。北京、上海、広州のような国際都市でない限り、日本人と出会う事はそうないので、正確に等身大の日本について中国人の人々が情報を得られる機会は極めて限られているようです。テレビは中国政府の意向で制作されています。

 今の日中関係を深刻に憂う日々でしたが、今回訪中する事になりました。現地でどんな事態に遭遇するのかとの覚悟もしながら、航空券等の準備を私は進めました。

■2.今回の訪中で見えてきた新しい現実

 「政冷経冷」であっても、中国の一部の人々は来日して、日本語を勉強し、大手家電量販店、飲食店、コンビニ等の店員、そして看護師などの専門職に従事し、日本の経済や医療の基礎を支える力になっています。昨夜私は中国から日本に帰国し、都内の大手家電量販店と牛丼店に入りましたが、いずれも中国人従業員の方々が接客していました。もし中国人従業員がいなくなったら、経営が成り立たなくなる日本企業は確実に増えています。

 日本語の漢字も、儒教も、仏教も、中国から伝来しています。近世以前までは日中関係は基本的に良好でした。ですが、第二次世界大戦では日本は全体主義のドイツ、イタリアと同盟し、中国、アメリカ等と戦争をしました。第二次世界大戦の敗戦後、ドイツは戦争を引き起こした事の反省を続けたことで、ヨーロッパ諸国から信頼を得て、第二次大戦まで何世紀も敵対関係にありつづけたフランスとの強固な友好関係のもとに、EUのリーダーとして活躍しています。ドイツは今後も永遠に第二次大戦の反省を続けると思いますが、国家の信頼も比例して上がり続けていきます。

 近世以降の世界史において、隣国との関係を害して成功した国はありません。日中関係は緊張が高まり続けていますが、双方に損が増え続けているのではと今回の訪中で私は気づきました。

 今回の訪中は、私が住む街の高島平の仲間のソウさんの結婚式の参列が目的でした。ソウさんは中国で医学の大学を卒業し、来日して日本語を学び、看護師として日本の地域医療に従事する予定と伺っています。彼女は遠距離恋愛でしたが、中国の故郷の街に住む彼氏との長年の交際が実り、今年10月に挙式しました。

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 訪中前の私は、もしかしたら中国に到着した後に「抜き差しならない事態があるのでは」との予想をしていました。玉子やトマトを投げつけられる事もありえると考えていました。
 ですが、予想は全くの杞憂に終わりました。もちろん、今回の訪中に結婚式という晴れの場が関わっていた事は大きな前提であったと思います。ですが、中国の新しい現実を見聞きする事になりました。

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 確かに、結婚式の前後に、日中戦争に関する質問をしてくる人は複数いらっしゃいました。ですが、第二次大戦で中国にも多大な苦痛をもたらしたことへの謝罪と、今の日中関係への憂慮を率直に私が話すと、日本人である私への警戒が解けた表情にすぐ変わりました。日中戦争のテレビドラマで見た日本人と、実際の日本人は違うのか、と受け止めてくださいました。「中国政府首脳が地方視察で見えた時に私は地域の報告者として説明をした」とおっしゃる地域の実力者のご老人も、私に対して「戦争の事は気にしないでください」と笑顔で語られました。大陸の人々が本来持つおおらかさを感じました。

 結婚式が終わり、グループで農村部から市街地に入ったところのカラオケ店に連れられて入ると、驚いたのは、日本語の最新の曲もかなり入っていました。日本の歌を好んで歌う若者もいました。「AKBや日本のアイドルが好きです。大学ではドイツ語を学んでいますが、日本の番組をテレビで見て、独学で日本語を学んでいます」と、AKB柏木由紀似の女子大生の方は、日本から来た私たちに熱心に日本語で流暢に話しておられました。

 中国政府がインターネット規制や、テレビ等で情報統制をしても、いわば内陸部の片田舎まで日本文化は入っていました。北京、上海、広州という国際都市で、欧米のような市民意識がある地域でないとされていても、市井の人々は日々思索を続け、自分で判断をし、日本語を自発的に学ぶ等していたのです。

 もちろん、モラルで悪いところは悪いと指摘すべきとも思います。今回の訪中で「中国人で直した方がいいところは何か」と質問を私になさる方もいらっしゃいました。信頼関係が出来始めると、聴く耳を持ち、良いと思う意見を取り入れる柔軟性も中国人はあると私は過去の経験から思います。

 一方、街を歩くと、大気汚染は深刻です。晴天なのに、もやのかかった曇り空のようになっています。大都市の北京ではマスクは手放せず、家の窓を開けるか否かを、中国政府発表はあてにならないと北京の米国大使館のHPの大気汚染度の発表をチェックしている北京市民も多くいます。今回訪れた内陸の街の河南省開封は、北京ほどではないかもしれませんが、マスクをする市民も一部見かけました。

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 かつて中国は自転車大国でしたが、経済成長に伴いバイクに乗り換え、大気汚染に伴い今や電動バイクが普及していました。日本で大きな音を立てて走るバイクを今回の訪中の間で見る事はなく、静かに走り、大気も汚さない電動バイクは日本にもっと普及したら良いのにと私は感じました。

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 大気汚染の他、ゴミのポイ捨てが多い事など、もちろん課題も依然多いのですが、過去四千年の歴史から培った、サステナブルデザインが中国にはあるかもしれないと私は感じました。例えば、冷蔵庫は日本では津々浦々にあるコンビニやホテル等で備わっていますが、中国ではそうではありません。そこで、例えば写真のように中国で今回泊まったあるホテルでは、冷蔵庫なしで飲料が提供されていました。電力消費を抑えられます。常温でも味に遜色なく頂けるよう、見えない工夫を感じました。

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 結婚式の宴会等で提供されたビールも、常温で搬入され、そのまま美味しく飲めます。そういえば、ビールの本場ドイツも、日本のように冷蔵庫で冷やさずに、常温でビールを飲むと聞きます。冷蔵庫で冷えた日本のビールを、歳のせいか私は最近あまり美味しく思えなくなっていたのですが、常温で飲む中国のビールを私は何杯も大変美味しく頂きました。
 あくまで私の推測ですが、「冷蔵庫がなくともビールを美味しく飲めるには」と中国のビールメーカーの設計者は考えたと思います。ですが、電力消費を不要に増加させずに済む、実はサステナブルデザインではと私は感じました。

■3.将来への展望

 2014年9月に国連で開催された気候変動サミットにてオバマ大統領は、温暖化対策で米中に「特別な責任」があると主張したと報じられています。
 確かに、今後も地球に人類が住み続けられるか否かは、米中が省エネルギー社会に移行できるかがカギです。

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 ただ、中国政府は13億人を飢えずに食べさせ、かつ内戦も起こさないようにと、繊細なバランスの上で綱渡りをする国家運営が続いているように私は感じます。しかし13億人が欲望のままに資源を浪費するライフスタイルに移行すると、食糧問題、大気汚染、異常気象も激化し続けます。日本にも異常気象は実際に波及する日々です。社会不安が高まれば、いくらインターネット規制などを続けても、中国の歴史をみても明らかなように、押さえが効かない集団がいつ現れないとも限りません。

 しかし、もし政冷経冷を止めて、日中が友好に転じ、世界屈指の日本の省エネ技術が中国にどんどん普及したら、どうなるでしょうか。今中国は食糧や天然資源を求めて尖閣やアフリカに出て行きます。ですが、海外への資源的野心を持たなくとも、省エネルギーが進み、国土が浄化されて国家の礎の農林水産業が栄え、国家運営が順調に転じられたら、中国が諸外国と緊張や衝突をする必要もなくなるのです。日本経済としては、莫大な中国の省エネルギー機器やシステム等の導入需要を獲得する機会になるでしょう。
 「日本が実はカギを握っているのではないのか」と私は今回の訪中で実感しました。

 今、日中の政府間は緊張を高め、首脳間は没交渉となり、軍事費が増えていきます。ですが、財政危機で増税をして軍事費に回すお金があったら、省エネルギー社会への投資を進める方が、将来の世代が住める地球を日中が残せる確率が高まると思います。

 中国で出会った人々が、反日キャンペーンのテレビを見ていながら、実は親日的な側面もある。きちんと国家間と民間外交を進めれば、彼ら彼女らと戦争するのは不必要だ、無駄な軍事費を掛けるのはやめようとの双方の理解が広がると思います。結婚式で共に笑顔で祝う時間を過ごし、誰に鉄砲を撃つのか?と私は感じました。

 確かに、私たち日本人は外国語の習得が苦手です。ことに中国語でいえば、日本語に無い四声があり、そして日本語で必要とする発音記号(50音)よりも、中国語の発音記号は多いです。ウの口の形をしてイと発音するウムラウトや、L、Rなどは、私たち日本人の多くにはなじみがなく、発音が全く聞き取れません。そして中国人の友人は日常生活で出会う事はあまりなく、中国の悪いニュース等はアクセス数が多いので、私たち日本人の対中観は輪をかけて悪くなります。四千年の歴史に培われた本来持つ中国の魅力がもっと共有され、中国語に親しむ日本人が増えれば、結果的に外交へ良い効果が現れます。日本での中国語教室は実は平和を志向する社会起業(「平和起業」)になるかもしれません。もちろん中国でも日本への歩み寄りが必要ですが、漢方のようにじわじわと日中双方で変わっていければ理想ではと思います。

 日中双方で報道で偏りが強すぎて、国民感情や危機意識を不必要に煽ったり、ミスリードをしていたと私は思います。まして、国と国の関係は、先進国も途上国もないと思います。50万年前の中国にて初めて人類は火を使用し、中国は世界四大文明の一つです。長年の智慧を積み重ねている中国人の心は、今ちと刹那的に商業主義が強まっているかもしれませんが、本来は儒教を生んだ徳と信義を重んじるものと私は思います。表層で見える高速道路や新幹線や高層ビルで日中を比較するのではなく、文化人類学のように、それぞれがもつ歴史、文化や民族性などに敬意を払い、今後、日本と中国が「近くて近い国」に戻る事を願ってやみません。私自身も、一実践者として今後も尽力していきたく思います。

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 (筆者は有限会社フォレスト勤務)

※この記事は日中市民社会ネットワーク(CSネット)許諾を得て転載したものです。


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