【オルタ広場の視点】

「枝野1強」で野党共闘に暗雲

 ―― 平成の「薩長同盟」への道険し

馬場 明

 8月26日、安倍晋三首相(自民党総裁)は鹿児島のシンボル・桜島を背景に党総裁選への出馬を表明し「薩長で力を合わせて新たな時代を切り開いてきた」と強調してみせた。鹿児島の旧薩摩藩と首相の地元・山口の旧長州藩との「薩長同盟」を意識した発言だが、カメラ目線で語る出馬表明をNHKは異例の生中継で応じた。ちなみに同日夜に放映されたNHK大河ドラマ「西郷どん」のテーマは「薩長同盟」。首相と公共放送のお見事な連携プレーだが、「権力側が薩長同盟を持ち出すことに強い違和感がある」(官僚OB)という批判が各方面から続出した。

 そもそも「薩長同盟」は幕末の1966年、巨大な軍事力(政治権力)を保持していた徳川幕府と対峙するには長州だけでは格段に劣るため、敵対関係にあった薩摩と「倒幕」を目的に結ばれた軍事同盟。いわば強大な権力に対する大同団結のクーデターであり、現在の政界になぞらえるならば「弱小野党の共闘による政権交代」(同)といったところだ。立憲民主党のベテラン議員も「今の野党こそが『薩長同盟』を実現しなければならない」と熱く語る。しかし安倍政権を退陣に追い込むための野党共闘の展望は依然として見えてこない。

◆◇ 立民と国民民主の「近親憎悪」

 安倍首相による総裁選出馬表明の翌27日、立憲民主党は結党後初となる1泊2日の合宿研修を新潟県湯沢町で開いた。枝野幸男代表や長妻昭代表代行らが若手議員らに選挙対策のコツなどを指南し、地方組織の拡充など今後の党勢拡大策を巡って議論を交わした。ただ立民の将来も大きく左右する来年夏の参院選に向けた具体的な闘争方針ははっきりしない。与野党の勝敗を決すると言われる32ある1人区で野党間の候補者調整が進んでいないことに加え、国民民主党の現職がいる2人区で立民の新人を擁立する動きもある。「立民と国民民主の『近親憎悪』が野党結集の最大の障害となり、結果として安倍1強の延命に手を貸すことになりかねない」(立民を支援する市民団体幹部)状況が続く。

 先の通常国会では、野党における「枝野1強」を改めて印象づけた。国会対策では、辻元清美国対委員長が野党の議席数が圧倒的に少ない中で自民国対との調整に苦労する中、18日間の審議拒否や閣僚の不信任決議案の連発などに象徴される抵抗路線を、最側近の福山哲郎幹事長とともに主導。通常国会の事実上の閉会日には内閣不信任案の趣旨説明で2時間43分の大演説を敢行し、与野党攻防のクライマックスは枝野氏の独擅場となった。

◆◇ 「枝野一強」への懸念

 たしかに野党政局での「枝野1強」を裏付けるように、各種世論調査で政党支持率が0~1%で低迷する国民民主党を横目に、立民は10%前後の水準を維持。長期政権のおごりや緩みが顕著となる安倍政権への批判の受け皿となっていることは紛れもない事実だが、枝野氏が野党支持者の期待を一身に集めることとは裏腹に、周辺からは「枝野1強」への懸念の声も聞かれ始める。

 立民からの出馬を検討する都道府県議の1人は、今年春の全国の地方議員らが集まった会合での枝野氏の発言を振り返り「彼の政治手法では野党結集は程遠い」と不安を隠さない。当時、講師として招かれた枝野氏は「無所属で出馬して立民や国民の推薦を得ようという虫のいい話はやめてほしい。政策は草の根で作り上げるが、組織運営は我々で決める」と持論を展開。出席者の関心事は来年の統一地方選や参院選に向けた野党共闘の進め方にあったが、この枝野氏の「上から目線の発言」(同)には動揺が広がったという。立民を支援する市民団体幹部も「支持基盤が弱い地方で枝野氏の独自路線は通用しない」と失望を隠さない。

◆◇ 野党壊滅シナリオ

 通常国会でも「対決よりも解決」の提案路線を掲げる国民民主と、政権との対決路線にこだわる立民の対立ばかりが目立ち、さながら旧民主党の内ゲバの様相を呈した。さらに野党第1会派が衆院では立憲民主、参院では国民という「ねじれ」が国会対応をめぐる野党間の主導権争いに拍車をかけた。

 自民党支配が続いた「55年体制」下で政局を見続けてきた日本社会党の書記局OBは「当時の自民党は人事や質問時間を譲ることで民社党を懐柔し、野党を分断した。社会党と民社党の間の猜疑心はすさまじかったが、国民民主党の国会対応は民社党そのもの」と振り返る。歴史は繰り返し、自民は国民民主を懐柔し、野党第1党と第2党の間に着実に楔を打ち込む。「両党の対立は修復不可能なレベル。来夏の参院選を経なければ、膠着した局面は打開できない」(議員秘書)という見方も広がる。

 野党内の一部では、来年夏の参院選での野党壊滅シナリオも囁かれ始めた。「現在の国民の支持率では比例は2議席がやっと。ただ立民が独自路線に固執して野党共闘を求める支持者の期待を裏切れば、現在の支持率では固いはずの12議席には及ばず、2桁を割り込む可能性も大いにある。結局は自民が漁夫の利で大勝し、野党は離合集散を再び繰り返すことになる」。ある国民民主幹部は声を潜めて解説する。

◆◇ 迷走する国民民主と連合

 国民民主党は9月4日に開いた臨時党大会で玉木雄一郎共同代表を新代表に選出した。玉木氏は「枝野氏との個人的な信頼関係は維持しており、参院選前の立民との合流という選択も排除していない」(周辺)とみられ、水面下では自由党の小沢一郎代表とも定期的に接触している。ただ党内には政党支持率が自らの政治生命に直結する比例選出議員を中心に複数の離党予備軍を抱え、代表選を経ても党内には相変わらずの遠心力が働く。

 一方で昨年の衆院選で旧希望の党とは合流せず、立民と国民民主の「橋渡し役」を掲げる衆院会派「無所属の会」の岡田克也代表は、民進分裂を受けて傘下の産業別労働組合(産別)の支援先が立民と国民民主で分裂する連合の神津里季生会長との連携を模索する。連合は10月に立民・国民民主両党と政策協定を結び、両にらみで来年の統一地方選や参院選に臨む方針だが、無所属の会の閣僚経験者は「民進党分裂の一翼を担ってしまった連合こそが自ら知恵を出すしかない」と野党再々編への役割を期待する。

◆◇ 平成の薩長同盟

 連合傘下の産別では、電力総連、UAゼンセン、自動車総連、電機連合、JAMが国民民主から参院選比例区に候補を擁立し、神津会長の出身労組である基幹労連も国民民主の支援に回る。ただ現在の国民民主の支持率では「旧同盟系の産別候補が軒並み落選するのは確実」(連合執行部OB)。立民が擁立する自治労、日教組、JP労組、情報労連、私鉄総連の旧総評系の産別候補は堅調に議席を確保するとみられるだけに、連合内からは「立民と国民が分裂したまま参院選に突入すれば、旧同盟系と旧総評系のバランスが崩れて連合の分裂にも波及しかねない」(旧同盟系労組幹部)との声も上がり始めた。

 大河ドラマ「西郷どん」の第32回「薩長同盟」のクライマックスでは、会談の席から去ろうとする長州の桂小五郎に対して、薩摩の西郷隆盛や小松帯刀が頭を下げ、最後は根負けした桂が西郷と握手して破断寸前の同盟が結ばれる。立憲のベテラン議員は「単独路線に固執する枝野に対して、誰かが頭を下げて野党共闘を実現するしかない。ただ、今の野党や労組には坂本竜馬も小松帯刀も存在しない」と嘆く。
 だからこそ現在の「安倍1強」のいびつな政治状況に対峙する野党や労働組合の実力者に求められているのは、政権交代に向けた決死の覚悟と捨て身の行動しかない。安倍首相は20日の総裁選で3選を決めた瞬間から「その先はない」と見切られてレームダック化が進行する。来年夏の参院選は、一途に平和を希求する市井の民が支えるリベラル勢力が日本の民主主義を取り戻すためのラストチャンスとなるかもしれない。それだけ重大な歴史的局面にいま我々は立っている。

 (政治ジャーナリスト)
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