「日本人はみんな馬鹿だ」

日本人はみんなバカだ。大衆はみんなバカだ」と言う人がいる。私もそう思う。すると必ず「いや、そんなことはない。日本人にも立派なところはある」と誰かが言う。私もそう思う。どっちも本当だ。「みんなバカだ」という「みんな」は癇癪の余りの勢いであって、文字通りの意味はない。「みんな」が文字通りだったら、そう言った人も「みんな」に入って、その人もバカになる。分かりきったことだ。

しかし、まったくバカを連呼したくなるような選挙結果。「無党派層は保守だったんだ」とポカン口で驚く作家もいた。

なにしろ横綱の方が立つ前に張り手をかました。立ってからも、相手が四つに組もうとするのを、組ませないで張り手で通した。なぜ議会は事前に「反則だ!」といわなかったのか。それを言い続けたのは綿貫党だけだったように思う。イギリスでは強盗でも「おまえはフェアでない」と言われるといっとき怯むそうだ。日本にも武士道があるというではないか。

株式市場の反応から小泉の勝ちは読めた。しかし、ここまでとは思わなかった。テレビの政見放送で、小泉が改革のお題目を念仏のように繰り返せば、法華の太鼓の伴奏はなくても、とにかくヤクザの啖呵みたいな打ち込みがあるのに、続く岡田と蓮舫の、なんと淡あわと上品なことか。メリハリがなくて響かないのだ。そして投票前日の10日、駅前でもらったチラシには8つも項目が並ぶ。拡散して焦点が定まらない。まるで受け太刀。どっちが挑戦者か。いよいよ勝負はついたと思った。

刺客とやら、ギンギラギンの年増女の厚塗りは開票後に見てぎょっとした。「IQの低いところだけ狙えばよい」と竹中が言ったとか。今の選挙のやり方なら、それが正解。見事なものだ。

どれくらいバカか?12日の夕刊に有権者の声が載っている。70歳の主婦は前回に続き自民に入れた。年金だけでは心配で、老後の生活をささえるために、自宅のパソコンで株取引をしている。小泉だから「この4年間で株価が上がり、景気も上向いてきた」。年輩で小金を貯めて少し株を持つ階層には多いタイプ。いつか大怪我もするだろうに。しかし株も景気も小泉だからではない。

リストラなどで2度も転職、妻もパートで働く保険会社員(42歳)は元々アンチ自民だったが、今度は自民に入れた。大阪市役所の職員厚遇に腹を立てたのがきっかけ。腹を立てたのは分かる。しかし「『役人天国を改める』という自民に期待した」のは的外れ。独立法人と名前を変えて天下り天国を作っているだけだ。

どれもこれもこの程度。すごいバカか少しバカか、程度は違っても私もまたバカのうちだと思う。内政と経済のことは、まだよく分からないで迷うところが私にもある。はっきりしているのは憲法と外交ぐらいだ。もっとバカにも分かる政治のメッセージを発信してもらいたいものだ。その点は共産党を見習うが良い。

あそこはちゃんと前衛がエリート、大衆はバカと心得ている。民主党のマニフェストも律儀で綿密なものだとは思う。しかし、大学の講義のようで眠くなる。学生(有権者)はもっと偏差値の低いバカが多いのだ。

今度の選挙はほんとに分からなかった。改革には政権交代が一番だ。それにはさし当たって民主に入れるしかないのは分かる。投票はアリバイ証明ではなく、それ自体政治行動だ。だから前の衆院選では、個人的には夜道で犬の糞を踏んだような気分に耐えて、もっとも忌まわしい男に投票した。民主だったからだ。

しかし今度は違う。憲法問題が迫っている。犬の糞でも馬の糞でも兵隊の員数として使わねばならぬ事情も分らないではない。それならそれで糞害のないように党首がしっかり消毒の手当てを保証しておいてもらいたい。それがなかった。

財政も破綻するというが、それは第2次大戦中の水準だとも聞くが、それなら入口の郵政でなく出口をちゃんとすればよい。なぜ郵政をいじるのか。また、対外債務はなしで、債権は世界一でも国の財政が破綻するのか。ジャブジャブの金余りで銀行は貸出先がないのに郵貯を民間に放出して誰が郵貯の金を欲しがるのか。国債は大丈夫か。郵便の民営化は一周遅れのお笑いだ。元に戻すのにムダな金を食うことだろう。なんのために前島密が苦労したか。

郵貯を民間に放出するとハゲタカに狙われると声高に言う人がいる。長銀のときは大蔵省の役人がバカだっただけで、これからは心配ないという人もいる。民主党は年次改革要望書の一件にもちゃんと答えて、その心配を払拭すべきだった。民主党は、そのあたりまで掘り下げたのか。郵政民営化反対のような賛成のような、よく分からなかった。もし、ずばりと郵政民営化反対と言ってくれれば、今度も犬の糞を踏んでもよかったろう。

寄り合い所帯であっても最大公約数はもうすこし透明度の高いものに収斂してもらわぬと困る。それとも鈴木宗男がいうように小泉も岡田もハイエク流傾斜配分の、新自由主義者だからか。

いずれにせよ小泉は、陰謀家の才はあっても知性水準は浅く低い。絶叫しているときは役者でも、党首討論になるとすぐ底が割れる。ブッシュと同じだ。こっちもそれを逆手にとればよい。Newsweekの記者が「自民党は水銀みたい。割れても裂けてもまた元に戻る」と言ったが、バカな大衆にも似たことが言える。液状化していて主体性はなく、勝ち馬に乗りたがるだけ。だから決して「保守」なんかじゃない。大きく逆流することも十分にある。

ここまで大衆がバカになったのは、あるいは共通一次試験(センターテスト)の効き目が出てきたのだろう。考えないで反射しろと予備校では教える。有権者の多くはあのテスト世代だ。

最後に選挙のスタイルについて。期間を1ヶ月ぐらいにし、党首のディベートの時間も回数も増やし、戸別訪問OK、スピーカーでがなりたてる体育会系街頭演説をやめる。

これ、ぜひ実現したい。劇場はなくなる。

(筆者は大阪女子大学名誉教授・元桃山学院大学文学部教授)