■ 「平成維新」はなぜ挫折したか    久保  孝雄

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  昨年8月、歴史的な政権交代によって国民が民主党に託した「平成維新」は、1
年も経たないうちに早くも挫折してしまった。維新遂行に必要な政権安定のた
め、過半数確保が至上命題だった今回の参議院選挙で、民主党は大敗した。「平
成維新」そのものの敗北とまでは、まだ断じられないが、大きく挫折したことは
明らかである。


◆1、挫折した三つの要因



□(1)「反革命(反維新)勢力」の攻撃が奏功しつつある


  ではなぜ、新政権は発足10ヶ月で脆くも挫折してしまったのか。
  第一の要因は、自民党、官僚(検察・財務)、マスコミ、米国の対日強硬派が
一体となった、想像を超える激しく執拗な「反革命=反維新」攻撃が、功を奏し
つつあることだ。鳩山、小沢(敬称略、以下同じ)の首を切り落とした後、一気
呵成に民主党政権をつぶすか、または政権の変質=第二自民党化を図るか、参院
選をめざして熾烈な攻勢をかけてきていた。今度の選挙結果は、旧体制側の必死
の反革命攻勢で、維新政権が扼殺されかけていることを示している。
  
(注)米国の主要な「安保マフィア」の一人マイケル・グリーン(前国家安
全保障会議日本部長)は、最近の日経紙への寄稿で鳩山政権「不信任」の理由を
あからさまに述べていた。「米政府は鳩山政権がとった一連の行動に衝撃を受け
た。最初のショックは鳩山氏が就任ほどなく新たな東アジア共同体構想を打ち出
し、米国のアジアへの影響力に対抗する意図を示したこと。・・・次が、普天間
基地移設問題である。(この問題は)日本の民主党政権の初期におけるガバナン
スの重大な欠陥を二つ表面化させた。第一は、民主党の過剰な反官僚姿勢である
・・・官邸が政策立案に経験の乏しい評論家から過大な影響を受け、官僚をカヤ
の外に置くという事態だった。第二の欠陥は小沢一郎前幹事長の息のかかった影
の政府が党内に存在したことである」(日経、7月20日)。


□(2)「維新」遂行への覚悟と備えができていなかった


  第二は、新政権の側に、「平成維新」を何としても成就しようとする、強固な
信念や激しい気概がなく(そもそも「維新」と言う問題意識さえ持たない閣僚や
議員が多く)、反革命攻撃に対する警戒心も薄く、維新政権の防衛体制が全くで
きていなかった。したがって、有効な反撃を対置することもできず、反革命勢力
のなすがままに攻撃され続けてきた。とくに、情報・心理戦では完敗という他は
ない。いま、NHKで「竜馬伝」が放映されているが、新しい時代を開こうとす
るものと、これを阻もうとするものが文字通り死闘を繰り広げている。もし、真
に「平成維新」をめざすのであれば、闘いの形態は違っても、闘いの本質は同じ
ように厳しいものであることを学ぶべきである。

 今回の反革命攻撃の中で、マスコミと検察の威力を改めて痛感させられたが、
権力の維持、強化のためには、報道・言論機関や権力装置のあり方を厳しく正す
ことが維新政権の先決課題であったはずだ。少なくとも維新政権への違法、不当
な攻撃、敵意に満ちた意図的な攻撃をチェックすべきであった。こんなことは政
治の常識である。それは言論弾圧や報道規制の問題ではなく、主権者国民の厳粛
な政治選択を、マスコミや検察の不当な介入や歪曲から守るため、報道の公正、
中立、権力装置の厳正、公正な執行を確保するよう適切な措置を講ずることに過
ぎない。

 マスコミの明らかな虚報や誤報に対しては、法的措置も含めて毅然たる
態度をとるべきだった。起訴もされていない小沢に対する「土石流」のごときバ
ッシング報道は、明らかに維新政権への攻撃であり、人権を侵してもいるはずな
のに、民主党の対応は「小沢個人の問題」として冷ややかだった。官房機密費に
よる「報道・言論買収疑惑」なども厳しく追及すべきだった。官房機密費に汚染
された評論家や政治記者が、臆面もなく鳩山や小沢の「政治とカネ」を叩きまく
る姿は醜悪そのものである。二言目には政治家の「説明責任」をあげつらう彼ら
が、自らへの疑惑には沈黙を続けているのは卑怯である。

 しかし新政権は何もしなかった。新政権をつぶそうとする勢力に対して、余り
にも寛容でありすぎた。鳩山、小沢をめぐるマスコミ、検察の異常なバッシング
や世論誘導を、なすがままに放置した。この影響を受け(海外メディアも呆れて
いたように)国会論戦は国民生活の緊急課題や激動する世界の政治・経済動向に
ついての政策論議をないがしろにして、多くの時間を「政治とカネ」の問題に費
やした。こうして政治の「劣化」が一段と進んだ。民主党の議員たちも千葉法務
大臣も検察の「暴走」に「見て見ぬふり」を続け、権力機関の暴走をチェック
し、冤罪を防止するための取調べ可視化についても熱意を示さなかった。


□(3)菅直人は首相の器ではなかった


  第三は、鳩山、小沢のダブル辞任後、菅直人を代表に選んだことだ。首相への
立候補も含め、彼の今回の一連の行動は、長年の政治活動にもかかわらず政治家
として成熟しきれず、「活動家」のレベルに留まっていたことを証明した。政治
家に必須の熟慮と洞察が決定的に欠けていた。トップリーダーに不可欠の理念や
ビジョンもなく、鳩山にはあった人を惹きつけるロマンやオーラもなかった。だ
から、いくら大声で演説しても、聴く者の心に響かなかった。

 鳩山内閣で副総理になり、国家戦略担当大臣になったとき国民は大きな期待を
持ったが、菅直人は何をしたのか。少なくとも国民には何もしなかったという印
象しかない(国家戦略を構築する能力のない彼を担当大臣にした鳩山の責任も大
きかった。案の定、国家戦略を構想できない菅直人は、「平成維新」と国民主導
型政治の司令塔であるべき国家戦略室を格下げし、「首相へのアドバイス機能」
へ縮小しようとしている)。

しかも首相を補佐する重責を担った副総理でありながら、身を挺して補佐するこ
とをせず、このことに責任もとらず、鳩山辞任の後、何のてらいもなく首相の座
についた政治的不潔さには辟易させられた。

 何よりも、全党の団結が必要なとき、小沢グループを排除して党内右派グルー
プで党と政府の主要ポストを固め、政策的にもリベラル・社民の要素を排除し、
新自由主義へのシンパシーを示す方向にかじを切った。マニフェストでの公約を
独断で踏みにじり、消費税増税や企業減税を提起したのも、「政治的痴呆症」に
近い判断ミスであった。財務官僚や2~3の学者の入れ知恵があったといわれて
いるが、それにすぐ飛びついた政策音痴ぶり、政治的信念の欠如ぶりに、開いた
口がふさがらない思いだった。

 「『第3の道』をめざす菅内閣は日本初の社会民主主義政権だ」(坂野潤治・
東大名誉教授)とか、「菅内閣は左翼政権だ」(安倍晋三・元総理、山口二郎・
北大教授)といった頓珍漢な評価もみられるが、「社会民主主義」にとっても、
「左翼」にとってもはた迷惑な話である。「市民派宰相」の呼称は返上すべきで
ある。菅内閣の敗因は、消費税増税などマニフェストでの国民への約束を踏みに
じっただけでなく(政権交代の最大の功労者であり、参院選勝利のため鳩山とと
もに幹事長を辞任した小沢に、「当分静かにしているように」と傲慢な指図をし
てマスコミと検察と米国に媚を売ったような)彼の政治家としての資質や人間性
が問われた結果と見るべきである。


□(4)鳩山にも沖縄にも連帯しなかった本土国民


  もうひとつの大きな問題がある。それは、昨年、政権交代を選択した国民の責
任である。昨年の総選挙では、政権交代つぶしを狙った旧体制側の激烈な攻撃に
もかかわらず、政権交代を実現したが、政権交代後、新政権つぶしのために引き
続き執拗に続けられた民主党バッシング、なかんずく鳩山、小沢の「政治とカ
ネ」をめぐる熾烈な攻撃に対しては、しだいに同調を余儀なくされるようになっ
ていった。鳩山、小沢への不信感が増殖され、内閣支持率は低下し、小沢辞任を
要求する声が高まった(なぜ公器である新聞が、政府の一員でもない小沢の党内
ポストの是非までアンケートするのか。ついでに言えば、固定電話を対象に誘導
性の強い質問で千数百名の意見を徴し、これを世論と僭称するマスコミの作為
に、多くの国民が不信感を持ち始めている)。

 さらに、普天間基地の問題でも、日米合意が遅れると日米同盟の危機を招くと
か、海兵隊がいなくなると北朝鮮や中国の脅威に対する抑止力がなくなるといっ
た、マスコミを含む日米安保マフィアの、冷戦思考を引きずった時代錯誤的キャ
ンペーンが繰り返し展開された。タイミングよく疑惑の多い韓国・天安艦沈没事
件なども起きて、一気に辺野古沖への移設に急転直下したが、これに対しても国
民世論はマスコミの誘導に大きく動かされてしまった。マスコミは、韓国内で天
安艦事件への疑惑が公然と語られ、米国内では有力議員らが「海兵隊不要論」(
注)を唱え始め、サイパン、テニアンの知事たちが普天間基地移設を歓迎してい
たことなど、関連する重要ニュースをほとんど取り上げなかった。

□(注)「普天間基地は第2次大戦の遺産なので、ほとんどのアメリカ人はとっ
くに沖縄から撤退したと思っている。いまだに駐留している理由が理解できな
い」(バーニー・フランク下院議員、下院歳出委員長、民主党重鎮の1人)。
「国防費を大幅削減するには、海外の米軍基地を削減すればよい。21世紀の現
在、沖縄の海兵隊基地なんて無駄な支出の象徴だ」(公共ラジオ局、NPR。以
上、Daily JCJ 8.2)

 沖縄県民の8割が普天間基地の県内移設に反対し、全島挙げての抗議集会で、
繰り返し「国外、県外」を求めたにもかかわらず、本土ではこれに連帯する大衆
行動がほとんど起きなかった。ゲーツ国防長官はじめ、アメリカ側の居丈高な恫
喝的要求に対しても、マスコミはいっさい批判せず、反対に「もたつく」鳩山を
難詰する論調に終始した。沖縄県民の要求より米国の意向を優先して報道するマ
スコミに対し「どこの国のマスコミか」などの批判はでたが、本土側国民がその
怒りや反発を大衆行動で示すことはなかった。

 懸命に「国外、最低でも県外」と言い続けた鳩山に対して、国民の支持行動は
あまり高まらなかった。鳩山がしだいに孤立を深め、最後は米国の意向を汲んだ
外務・防衛の官僚ペースに引きずり込まれ、米国の恫喝的要求に屈せざるを得な
かった背景には、鳩山の対米交渉力を力強く支えるべき国民世論の支持があまり
にも弱かったことがある。

 国民の政治意識の覚醒に大きな力を発揮し、政権交代に大きく貢献してきたネ
ットの世論は、今回も圧倒的に鳩山、小沢支持であり、沖縄県民への熱い連帯表
明が続いていたが、マスコミの世論誘導を大きく跳ね返す力にはならず、ネット
世論の限界を示した(普天間問題の日米合意後、ネット世論の鳩山支持も急落し
てしまった)。

 これは、鳩山内閣の責任でもあるが、内閣の基盤が脆弱だった要因の一つに、
国民の政治参加を大胆に推し進めようとしなかったことがある。小泉内閣でさえ
(結局は人気取りの仕組まれたパフォーマンスだったのだが)「タウン・ミーテ
ィング」を全国各地で開き、国民世論を汲み上げようとする努力を試みた。それ
が国民世論に清新なインパクトを与えたことは事実である。ましてや「新しい公
共」とか「地域主権革命」など、民主党の看板政策を推進するには、まやかしで
ない本物の市民参加が不可欠だったのではないか。鳩山はもっともっと民衆の中
に入り、民衆によって鍛えられ、支えられるべきであった。

 こうした市民参加への努力が殆どなされなかったため、昨年、歴史的政権交代
を実現し、政治意識を高揚させ、「我らが政権」への参加意欲を高めていた国民
が、政権側から何の働きかけもないまま肩透かしに会い、いつのまにか再び観客
席に戻らされ、マスコミの世論操作に影響されやすい受動的大衆に変わってしま
ったのではないか。


◆2、新政権の挫折で露呈した問題



□(1)独立国家の統治を担いうる政治家がいない


  以上の要因による「平成維新」の大きな挫折によって、日本の政治・社会改革
は大幅に遅れることになった。しかし単なる改革の遅れ以上の、より深刻な問題
が提起されつつある。それは先ず、政治家の「人材枯渇」の深刻さが露呈したこ
とである。

 森内閣以来10余年間の歴代自民党首相の無力、無能ぶりについて、国民の不信
が高まっていた。小泉首相の劇場型政治のパフォーマンスに5年間惑わされて、
手痛い失敗をしたが、安部、福田、麻生とつづく政権投げ出しで、自民党政権に
愛想をつかした国民は政権交代を選択し、鳩山内閣を誕生させ、明治維新いらい
変わらなかった官僚国家を変革することに大きな期待を寄せたのだった。

 ところが、鳩山は自らのわきの甘さから生じた「故人献金」を暴かれてマスコ
ミのターゲットになり、大きく政治力を殺がれ、新政権の「勢い」を止められて
しまった。旧体制派の作戦勝ちである。小沢への不当なバッシングに異も唱えら
れず、加えて内閣人事の失敗により政権掌握もままならず、平成維新を先頭に立
って推進するリーダーシップも確立できずに孤立を深めていった。こうした状況
のなか、普天間問題では対米追随しか能のない外交、防衛の官僚ペースに巻き込
まれて自滅してしまった。おそらく、マスコミの鳩山つぶし攻撃と一体となった
米国からのさまざまな圧力や恫喝に抗しきれなかったのが真相であろう(香港系
中国紙は「鳩山をつぶしたのは米国の圧力だった」との見方を流していた)。

 政権交代で期待された「民主党トロイカ」のうち、鳩山は自滅し、小沢は激し
いバッシングに傷つき、菅は政治、政策音痴ぶりを露呈して自滅寸前である。自
民党は小泉新次郎人気にすがりつく醜態を演じている。自民、民主の二大政党の
トップリーダーたちへの国民の不信と失望は、計り知れないほどである。少数野
党のリーダーたちの非力さも例外ではない。

 外国では、難局に際してニューリーダーがすい星のごとく現れ、危機に陥った
党を立て直したり、混乱する政局を治めたりする例がときどき見受けられるが、
日本には政治危機が起きても、すい星のごとく現れるニューリーダーがいない。
それだけ政治的人材のストックがないのだ。「人材の枯渇、ここに極まれり」の
感をふかくせざるを得ない。

 おそらくそれは、占領に続く対米従属が60年も固定化され、安保、防衛、外交
など、国家主権発動の基本領域をすべて米国に依存してきたため、日本国の運命
と国益をトータルに担いうる政治家が育つ余地がなかったためである。少しでも
対米自主、自立を求めた政治家は、すべて(鳩山一郎、石橋湛山、田中角栄、大
平正芳、橋本竜太郎など)米国の圧力や工作によって失脚させられてきた(反米
演説をして右翼少年に刺殺された社会党浅沼稲次郎委員長事件が、対米自立を求
めていた当時の革新運動に大きな影を落としたことも否めない)。

 自ら米国のポチとなった吉田、岸、佐藤、中曽根、小泉首相らだけが長期政権
を許された。こうした歴史を目の当たり見てきた政治家たちは、対米恐怖症に陥
り、対米自主、自立の主張や要求を自ら封印しつづけ、いつの間にか独立国家経
営への意欲と能力を喪失してしまったのである。まさに「廃用萎縮(使わないと
機能が退化するという医学用語)」である。

 日本政府首脳らに対する米国大統領や国務、国防長官などの態度と、英、仏、
独、露、とくに中国政府の要人に対する態度を比べると、格段の差をつけられて
いることを感じる。韓国・ノムヒョン前大統領に対するブッシュ大統領の非礼な
仕打ちは有名だが、オバマ大統領の鳩山に対する態度も相当に非礼なものであっ
た。

 第二次大戦の戦後処理にあたって、北方領土の帰属をあいまいにして、日露間
に紛争のタネを残したこと、世界的な冷戦体制の終結の中で、朝鮮半島だけに冷
戦の火種を残したこと、中国のわき腹に近い沖縄に強大な軍事基地を保持し続け
ていることなどは、すべて、国際緊張の火種、戦争の発火点を残しておきたい軍
産複合体にバックされた米国覇権のための世界戦略に他ならない。日本の周辺に
緊張の火種を残し「脅威」を操作することが、日米安保(75%日本負担で世界
一安上がりの米軍基地)を持続し、日本を属国化しておく最強の方便だからであ
る(沖縄問題への米国や安保マフィアの強硬姿勢を見ると、沖縄の米軍基地問題
は日米間で完結する問題ではなく、優れて米中間の戦略問題でもあることがわか
る)。

 この米国のクビキの重さ、厳しさを、鳩山も菅も改めて思い知らされたはずで
ある。民主党の変質の始まりの秘密の一つが、この対米関係にあることは明らか
である。生半可なことで、日米対等や対米自立は達成できるものではない。60年
かけて構築されてきた日米同盟=日米利権の構造が、1~2年で簡単に崩れるわ
けがない。大胆、精緻な対米自立戦略を国民の支持のもとに練り上げていかなけ
ればならない。

 その際、米国の世界覇権が崩壊しつつあること、BRICs、とりわけ中国が
劇的に台頭していることなど、世界とアジアで進む政治的地殻変動の最新の動向
を、徹底してリアルに把握しなければならない。とくに朝鮮半島を含むアジア、
極東の緊張を緩和、解消する「新思考」外交を展開するなど、新たな国家戦略の
なかで対米自立戦略を再構築する必要がある。それこそまさに国家戦略局の本来
の仕事ではないのか。ここに日本の「ベスト&ブライテスト」を結集すべきであ
る。だが、果たしてそれを担いうる大型政治家が本当にいるのだろうか。


□(2)国民主権に逆らう「エリート官僚」軍団


  第二は、霞が関官僚たちの抵抗、非協力、逆襲などによって、脱官僚主導型政
治が危機に瀕していることだ。明治いらい150年かけて築きあげられてきた官
治システムが、一朝一夕で崩れるはずはないが、改めて検察、財務官僚を頂点と
する霞が関官僚のしたたかさが浮き彫りになっている。敗戦後、「天皇の官吏」
から「国民の公僕」へと公務員制度の大改革があったにもかかわらず、官僚国家
の本質は殆ど無傷で維持されてきたのだ。

 「選挙で当落を繰り返す政治家ではなく、一貫して国政に関わるエリート官僚
こそが国家の統治者だ」とする主権在民、議会制民主主義の憲法理念に逆らうよ
うなプライドと使命感が彼らのレゾンデートルであり、天下りなどの特権享受は
当然のこととする信念を持っている。かつて、ソ連を崩壊に導いたソ連共産党の
特権グループ、ノーメンクラトゥーラに似ている。

 彼らは専門知識と経験を持っているほか、職権によって内外の豊富・良質な情
報を独占しており、これらを武器に政治家を操り、使いこなすノウハウを数多く
蓄積してきている。鳩山、菅内閣の多くの閣僚が官僚に取り込まれ、官僚主導を
許してしまっているのが現実である。消費税問題でも見られたように、菅首相自
身が財務官僚に洗脳され、屈服てしまっている。

 もちろん官僚の専門知識や経験を活用、駆使すべきは当然であるが、政策判断
や政治判断を官僚にゆだねてはならない。官僚に依拠すべきことと、依拠しては
ならないことを峻別できなければならない。しかし、そのためには官僚に軽んじ
られないだけの力量を政治家自身が持つことが絶対の条件である。この点でも、
民主党は大きな立ち後れを見せた。


□(3)民主党の第二自民党への変質の危険


  第三は、民主党の第二自民党化の問題である。菅直人の人事によって党と政府
の中枢を占めたグループは、もともと自民党色の強い人たちである。小泉「構造
改革」を礼賛していた人物も要職についている。中道プラス中道左派で構成され
ていた鳩山内閣に代わって、菅内閣は中道右派プラス右派で構成されている。こ
のまま行けば、日本の政治構造は、保守党対社民党の対立という基本構造を持つ
ヨーロッパ型とはまずまず遠ざかり、共和、民主の保守ニ大政党対立のアメリカ
型に限りなく近づくことになる。

アメリカ型政治構造のもとでは、社会民主主義が生き延びることは困難(生き残
るとすれば第二保守党のなかの一要素として残る程度)であり、いずれはリベラ
ル保守さえも生きにくくなる可能性がある。

 戦後60年、アメリカに従属してきた日本社会は、政治構造まで、つまり社会の
「脳の髄」までアメリカナイズされることになる。旧体制派は安保、防衛、外交
の対米従属に加えて、グローバリズムの名の下に企業経営のあり方(経営幹部の
高額報酬はその一端)をはじめ、社会生活や文化のあり方にいたるまでアメリカ
化を進めてきたが、民主党の変質に成功すれば政党政治のあり方―左翼の消滅、
第一自民党と第二自民党による政権交代―にまで及ぶことになり、社会の変質が
さらに進む。

 菅内閣は民主党の第二自民党化への第一歩を印しつつある。国家戦略局の縮
小、事務次官会議の復活、天下りの容認、特別会計や特殊法人等への切り込みの
後退、日米同盟堅持、米軍基地見直しの後退、武器禁輸や非核3原則見直しの兆
し、対中防衛力増強など、すでに走り出しているとも言える。やがて保・保大連
立への道が見えてくるのではないか。

 菅内閣に対する前述のマイケル・グリーンの次の評価は、菅内閣が自民党と変
らぬ従米政権になったことに米政府が満足していることを示している。「菅首相
は就任後すぐに日米同盟が日本外交の基軸であることを再確認し、普天間問題に
ついては日米共同声明を踏襲すると確約した。また、小沢氏を遠ざけ、政策調査
会を復活させて(いる)・・・こうした最近の動きはまことに心強い」(前掲紙
)。
  また、キャンベル国務次官補も「首相や閣僚がすぐ交代すると、政府間に必
要な信頼関係の構築が非常に難しくなる」と内政干渉がましい発言で、菅首相の
続投支持を示唆した(下院軍事委員会公聴会での発言、産経、7.28)鳩山、小沢
に対して「辞めろコール」を大合唱していたマスコミが、選挙に大敗しても居座
り続ける菅首相には「辞めるなコール」を繰り返しているのと見事に平仄が合っ
ている。


◆3、「平成維新」を建て直せるか



□(1)「民主党トロイカ」の崩壊


  では、平成維新はこの大きな挫折から立ち直ることができるだろうか。確かに
極めて困難な道である。すでに触れたように「人材枯渇」のカベが大きい。平成
維新の立役者のひとり、小沢一郎は三年余に及ぶ検察・マスコミ一体となった激
しいバッシングに耐え抜き、奇跡的に今も大きな政治力を保持し続けており、今
後の政治動向にも不可欠の人物であるが、高齢、病身のため、予想される政治の
修羅場に耐えうるかどうか、懸念される(私は小沢の国家戦略や政治手法をすべ
て肯定しているわけではないが、旧体制の打破には彼の力が必要だと思っている
)。

 昨年9月の政権交代時に、歴史に残る格調高い所信表明演説で、「平成維新」
の理念と抱負を高らかに謳いあげ、「これぞ本格総理」と国民に思わせた鳩山
も、組閣人事でつまずき、国家戦略局という「平成維新」の司令塔も立ち上げら
れず、強いリーダーシップをついに確立しえないまま、米国の強い圧力と外務・
防衛官僚たちの抵抗と非協力を打ち砕くことができず、マスコミのバッシングの
なかで自滅してしまった。このように、「民主党トロイカ」のうち二人は反革命
勢力のバッシングで倒れ、最後の一人の菅直人はすでに見た通り第二自民党化の
先導役になってしまった。

 果たして民主党内には他に人材がいるのだろうか。菅首相が党、内閣の主要ポ
ストに登用した反小沢系の若手議員は、こんどの参院選を通して自らの非力を天
下に曝してしまった。かつて福田内閣のとき、自、民の連立話が起き、小沢が動
いたがすぐ潰れたことがある。このときの小沢の「今の民主党にはまだ政権担当
能力がない」というつぶやきが、今になると妙にリアリティーが感じられる。私
は民主党の内情はよく知らないが、維新政治を本気で建て直すのであれば、鳩山
の所信表明演説で謳われた「平成維新」の理念と理想に立ち返り、政権交代を目
指す総選挙で国民に約束した「国民生活が第一」のマニュフェストの原点に戻る
ことができる人材がいるかどうかで決まる。


□(2)「平成維新」の再建か、敗北か


  その意味で、9月の代表選で鳩山、小沢、横路などの中道・中道左派グループ
が復活できるかどうか。その際、誰が「平成維新」建て直しの先頭に立つのか
が、今後の日本政治の運命を握ることになる。「平成維新」を挫折させ、民主党
の第二自民党化に踏み込んだ菅直人とそのグループを退陣させ、社民党や国民新
党との連立も再構築し、衆議院の3分の2を確保できるような体制をつくり、
「平成維新」の根幹にかかわる案件ではこれを行使する態勢を整えるべきである。

 もうひとつの道は、財務官僚、マスコミなど旧体制派の全面的バックアップの
もとで、菅グループ(仙谷、枝野、前原、玄葉ら)が引きつづき政権を掌握し、
第二自民党化路線を突き進むことである。「総理をコロコロ変えるべきでない」
とのマスコミのキャンペーンがかなり浸透してきている。その場合は、事実上の
民・自の大連立政権が実現し、議会は大連立政権に対して翼賛議会となり、官僚
主導、対米従属、新自由主義路線の自民党型保守政治が復活する。

 中道・中道左派政権が復活しても、いわゆる「ねじれ国会」のため、少数派野
党のいずれかと部分連合を組む動きが出てくる可能性が高い。その際、どの少数
派と組むかで、政治の方向性に違いが出てくるが、いずれにせよ総選挙を戦った
際の民主党マニフェストは、大幅に水増しされることになる。

 以上、第一の選択肢いがいは、いずれも「平成維新」は挫折から立ち直れず、
「敗北」を迎えることになり、またしても「未完の革命」に終わり、維新の大業
は次世代の課題に先送りされることになる。

 保守二大政党化の進展で、左翼政党が存立する余地がますます厳しくなってい
るが、グローバルに見れば、ソ連型社会主義の崩壊、アメリカ型強欲資本主義の
挫折により、社会民主主義的なものへの関心や志向が世界的に高まる傾向にある
のが現実である。しかし、今の社民党はあまりにも非力なので、この可能性を現
実化する力がない。かつてフランス社会党が存亡の危機に陥ったとき、党外から
フランソワ・ミッテランを党首に迎えて、劇的な復活・再生を実現したが、今の
社民党に果たしてそれが可能であろうか。

     (筆者は元神奈川県副知事・アジアサイエンスパーク協会名誉会長)

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