【コラム】
槿と桜(64)

「少しお待ち下さい」と「しばらくお待ち下さい」②

延 恩株

 前回、「少しお待ちください」、あるいは「しばらくお待ちください」と相手から言われた場合、韓国人と日本人では受け止め方が異なってしまう場合があり、私が日本と韓国の大学生それぞれ150人ほどに日本語によるアンケート調査した結果に基づいて統計的な面から書きました。韓国でのアンケート調査対象者は日本語を2年以上学んでいる学生達でした。ただその際、韓日で異なってしまう理由等について触れませんでしたので、今回はその積み残し分について述べることにします。

 私のアンケート調査では、「少し」を短いとする回答者は韓国人では48,4%にとどまりました。でも日本人回答者では88,5%と圧倒的な数字を示しました。さらに「しばらく」の方が「少し」より短いと回答した人が、韓国人回答者には9,3%とほぼ10人に1人はいたことになります。ちなみに日本人回答者にはいませんでした。
 なぜこのような違いが出るのでしょうか。

 私から見ると、韓国人の回答は当然だったろうと思いますし、たとえ学生でなくても、地域が異なっても同じような回答傾向になったはずです。特に今回の場合は「少し(しばらく)お待ちください」と相手から言われたと推測できる使い方ですから、よりはっきり違いが現われたのだと思います。

 これがたとえば「少し疲れた」「少し甘い」というように、〝時間的に〟ではなく〝量的に〟用いられた場合には、「少しお待ちください」のような韓国と日本での受けとめ方のブレはあまり生じず、日本人と同様の傾向を示した可能性が大きいと思います。韓国語で〝量的に少し〟と〝時間的に少し〟では、表現が一般的には異なっていて、誰でもが明らかに違いを認識することができるからです。

 韓国語では〝量的に少し〟の時には「조금 チョグㇺ」と言います。それでは「時間的に少し」に、この「조금 チョグㇺ」が同じように使うことができるのかとなりますと、場合によっては使わないわけではありませんが、ぞんざいな話しぶりと受け止められるかもしれませんし、私はできるだけ使わないようにしています。 
 日本語的に考えますと、この〝量的に少し〟は「わずか」という意味ですから、「わずかにお待ち下さい」とはあまり言わないのと似ているかもしれません。

 それでは〝時間的に〟「少し」は韓国語ではどのように言うのでしょうか。ここに韓国の学生と日本の学生の回答にズレが生じた原因があると思っています。
 私の調査で日本人学生に「少し」と「しばらく」の時間的長さを質問した際には、「少し」が短いと回答した学生がほぼ9割に達しましたが、日本語を学んでいる韓国人学生が5割に達しなかったのは、彼らが韓国語の常識で発想したからなのです。

 実は韓国語では「少し」と「しばらくは」同じ意味で使われることが多く、韓国のお店などで店員さんから「少しお待ちください」、あるいは「しばらくお待ちください」と言われたら、どちらも、たいていは「少しの間」と理解するはずです。このようなときに使われる「少し」と「しばらく」では、時間的長さに違いを感じないのが一般的です。
 韓国語ではこのような「少しの間」を意味する場合、「잠깐 チャㇺカン」、「잠시 チャㇺシ」のいずれかが使われます。ですので、買い物をしていて店員さんから、
  「ちょっと(しばらく)お待ちください」という意味で、
  ● 잠깐 기다려 주세요.(チャㇺカン キダリョ ジュセヨ)
  ● 잠시 기다려 주세요.(チャㇺシ キダリョ ジュセヨ)
と、いずれかで言われる可能性があるのですが、一般的にはこの言い方に「만 マン(だけ)」をつけて「잠깐만」、「잠시만」と言います。そうすることで「すぐに」という意味が加えられ、より自然な言い方になりますし、待つ時間が短いことを伝えることになります。
 日本語的に考えますと、「しばらく」と言われたら、「えっ」となりそうですが、韓国語では「少し」を表す「しばらく」があるのです。

 ところが「잠깐 チャㇺカン」と「잠시 チャㇺシ」はまったく同じ「ちょっと(しばらく)」ではなく、大変感覚的で曖昧といえば曖昧ですが、「잠깐 チャㇺカン」が「잠시 チャㇺシ」よりもさらに短い感覚です。でもこの程度の短さの違いはあまり気になりませんが。

 いずれにしましても、これで日本語を学んでいる韓国人学生が「ちょっと」と「しばらく」で「ちょっと」が短いと回答した割合が50%以下だったこと、また「しばらく」の時間を5分以内→6,4%、5分~10分→7,8%、10分~15分→7,8%、15分~30分→1,5%、30分~60分→6,2%というように日本語的に考えれば「少し」に分類されそうな時間の長さでも分散傾向が見られたのも理解できるのではないでしょうか。

 それでは「ちょっと」の意味ではない「しばらく」の表現はないのかと言いますと、もちろんあります。つまり韓国語には「ちょっと」の意味になる「しばらく」と、長い時間を示す「しばらく」があるのです。この場合には「잠깐 チャㇺカン」あるいは「잠시 チャㇺシ」ではなく、「한참 ハンジャㇺ」あるいは「한동안 ハンドンアン」という言い方をします。ただし、ここでも使い分けがあります。「한참 ハンジャㇺ」は〝時間的〟に長いことを示し、「한동안 ハンドンアン」は〝期間的〟に長いことを示すのが一般的です。
 このどちらかを使い分けることで、まちがいなく「長い時間」なのか、「長い期間」なのかがはっきりわかることになります。
 私のアンケートでの韓国人学生の回答の中に「しばらく」の時間の長さを「ちょっと長い期間」とした回答者が約5%近くいたのも不思議ではないのです。 

 日本語で考えても時間的長さを示す「少し」にも曖昧さは残りますが、「しばらく」に比べればそのズレ幅は小さいと言えます。日本語での「しばらく」は大変曖昧な表現で、私のような外国人には厄介な言葉と言えます。つまり相手にきちんと通じたのか、あるいは相手の「しばらく」を私がきちんと理解したのか、不安になる表現なのです。
 もっともこれは今回取り上げた「少し」「しばらく」だけでなく、程度を表す表現にはどうしても曖昧さ、不透明感がつきまといがちです。なぜなら個人的な感覚が入り込むからです。

 「しばらく」に対する韓国人学生の回答が日本人学生のそれと異なったのには、韓国語には時間的長さの違いによって「少し(しばらく)」の表現がそれぞれあって、ほぼ共通認識を持つことが可能になっているからです。しかし日本語では「しばらく」で表現しないとなると、具体的な数値やほかの副詞や形容詞を付け加えることで相手に伝えるしかありません。
 その意味では私のアンケート調査に協力してくれた韓国人学生たちは、日本語を学んでいただけに判断に迷う厄介な質問項目だったと言えるかもしれません。

 日本語の表現には、社交辞令のように〝言外の意味を汲み取る〟、つまり表現されていない部分を理解することが求められる場合が多いように感じます。おそらくそれが日本語表現の特徴になっているのでしょうし、日本人の思考方法にも深く関係していると思うのですが、これについて言及するのは、今の私にはあまりにも荷が重すぎますので、これ以上は触れないことにします。

 今回の時間の長さを表す「少し(しばらく)」では、特に外国人に伝えるときには具体的な数字を言った方が正確に伝わりますし、私もこれからはできるだけ実践した方が良さそうだということをあらためて再認識させられました。

 (大妻女子大学准教授)

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