■【北から南から】
  ~闘う介護・オンドルパンのハルモニと私の奮戦記~(その5)

「大規模事業所に介護の夢はない」      除 正 寓

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◇1.なぜ大規模事業所なのか


  私たちが運営する通所介護事業所(デイサービス)は、高齢者が午前中から夕
方まで施設に通って介護を受けるところです。このような事業所は数多くありま
すが、経営がうまくできているところは、ほとんどが大規模な事業所です。以前
オンドルパンに初めてきた利用者の家族が、オンドルパンを選んだ理由として、
規模が小さいことを挙げていました。この家族は、最初ハルモニを大きなデイサ
ービスに通わせようとしてその施施設を訪問したところ、ワンフロアーで50人以
上が食事をとっている光景を目の当たりにして、これではハルモニが圧倒される
と考え、ケアマネに相談してオンドルパンを選択したとのことでした。
 
  この家族が「圧倒される」と感じたことには、本人は自覚していないかもしれ
ませんが、ちゃんとした根拠があります。高齢者にとって厄介な症状のひとつに
認知症があります。いわゆるボケです。問題は認知症にならないようにすること
と、認知症になった後は症状が進行しないようにすることが肝心です。そこで人
数の問題になります。一般的に高齢者は、新たな環境に対応する能力が低下して
います。長年住み慣れた家を離れることを極度に嫌がるのもそのせいです。

初めてデイサービスに通うのも、ここでいう新たな環境です。新たな環境と
は、初めて会う人たちのことですが、一般的に高齢者が始めての人間を認知で
きる範囲は9人以内といわれています。デイサービスの最小規模が9人以内と設
定されているのもそのためです。少し説明が長くなりましたが、この家族が大
きなデイサービスを見て「圧倒される」と感じるよりもさらにそれ以上にハル
モニは圧倒されるのです。そしてそれが認知症への道行きにもなるのです。以
前にもここで説明したように、オンドルパンがハルモニたちの環境に良いの
は、大半の人たちが長年住みなれた地域の仲間同士だからです。
 
  だとしたら、なぜ大規模事業所が多いのか。答えはひとつです。経営が安定す
るからです。なぜ経営が安定するのか。それは効率が良いからです。しかし、こ
の効率が曲者なのです。たとえば、高齢者の機能訓練を実施する場合、簡単な体
操を行うとします。人数が多いと、個別の指導はしにくいので一挙に時間を決め
て行います。体操が嫌いな人でも半ば強制的にさせます。これで本当に機能訓練
になるのかと疑問に思いますが、これが現実です。食事もそうです。多くは給食
業者から出来合いの惣菜を仕入れて対応しています。大規模だから仕方がないと
もいえますが、その本質は経費の削減です。いちいち食材を購入して調理すると
人件費と調理場の分の家賃、設備、光熱費がかさむので効率は悪くなります。
 
  厚生労働省の最近の調査では、経営が安定している介護事業所の多くは大規模
事業所であることが明らかになっています。要するに大規模事業所が高齢者にと
って必ずしも良くないことが明らかであってもなお、介護保険制度は大規模事業
所に有利な内容となっているのです。これでは高齢者はうかばれません。


◇2.流れに抵抗する介護


  少し自画自賛になりますが、オンドルパンは大規模事業所の流れに抵抗するこ
とに意義を感じて活動しています。機能訓練は一人ひとりの状態に合わせて行い
ます。厚生労働省や大阪府の外郭団体が推奨する機能訓練のノウハウや教材がひ
っきりなしに紹介されますが、これらの多くは残念ながらオンドルパンのハルモ
ニたちにはなじみにくいものです。

以前にもここで紹介しましたが、機能訓練とは日常生活を維持できるための身
体機能を保持することが本来の目的ですから、一緒に調理の手伝いをしたり、
私たちが発行する通信の封筒入れなどを手伝ってもらいます。これらの作業は
実際にはスタッフだけで行ったほうが早く確実なのですが、あえて一緒に行い
ます。健康器具や健康体操も良いのですが、ハルモニたちは自分が何かをする
ことが誰かの役に立つと分かったときに喜びを感じるようです。つまりやりが
いが大事なのです。
 
  食事はもちろんすべて手作りです。食材もわずかですが、私が栽培した有機無
農薬野菜です。米も奈良県の山の中にある平群地区の知りあいの農家から分けて
もらったものを使っています。なんといっても水がきれいなので安心で味も上々
と評判です。調理を担当するのは同じ在日コリアンの同胞の2世です。面白いこ
とに、オンドルパンの調理担当者の年齢は交代するたびに高齢化しています。最
初は40歳代、次が59歳、その次が69歳、現在の担当者はなんと74歳です。要介護
の利用者の中には60歳代の人もいます。スタッフのほうが高齢者というわけです。
これには理由があります。ハルモニたちの口に合う料理は、昔ながらの朝鮮料
理です。

 日本人の多くは、焼肉屋さんや最近はやりの韓国料理店のメニューが在日コリ
アンの料理と思っているようですが、これは誤解です。ハルモニたちが好んで食
べる料理とはこれらのお店ではめったにお目にかかれないものばかりの、昔の家
庭料理です。私が有機無農薬野菜に取り組んでいる理由のひとつもここにありま
す。ハルモニたちが好きな料理の食材の中には、生野区の韓国食材店でも販売し
ていないか、あるいは高価なものです。たとえばカボチャの葉です。

これを打っている店はまず皆無といえます。ちなみにカボチャの葉は、刻んで
スープの具にしたり、蒸してたれを付けてご飯で包んで食べます。このかぼ
ちゃの葉ですが、夏の間毎日若くやわらかい葉を選んでオンドルパンに運びま
す。種は毎年韓国から仕入れて栽培しています。これがまた大変美味で、読者
の皆さんにも機会があれば食べてほしいくらいです。もちろんこのかぼちゃの
葉の下ごしらえもハルモニたちにお願いしています。小規模の事業所だからで
きる強みでありまた楽しみでもあります。


◇3.若者に期待する


  大規模事業所が経営に有利であることはすでに説明しました。しかし、それで
も最近小さな事業所を立ち上げるケースが増えつつあります。その中でも注目し
たいのは若者たちの存在です。先日も広島県内で若者たちが自分たちで認知症専
門の小さな事業所を立ち上げて奮闘している姿が報道されていました。中心にな
ったのは32歳の若者で、彼は高校卒業後、さまざまな職を転々として、けっこう
やんちゃな青春時代をすごし、一時はホームレスに転落しかけたこともあるそう
です。そんな彼が一念発起して介護を目指したのは、母親のヘルパーの仕事を手
伝ったことがきっかけだったそうです。スタッフも若者たちを中心に10人の認知
症の高齢者を介護しています。事業所の代表をしている彼の年収は300万円。そ
れでも夢を持って頑張っています。

 実はオンドルパンの現場を担っているのは、私の二人の息子たちです。兄は27
歳、弟は20歳です。私はなるべく現場には口を出さないように心がけています。
見れば言いたくなることが山ほどあるからで、そうすると彼らの自由な発想をつ
ぶしてしまいそうだからです。確かに彼らは、通常の事業所がしないようなこと
を平気で行っています。しかし、それがハルモニたちに喜ばれ、本来の介護の目
的にそうのであれば問題はありません。事実息子たちはハルモニたちに大変かわ
いがられており、コミュニケーションも良く取れているようです。巷では若者た
ちの引きこもりやホームレス化が取り上げられ、彼らの「弱さ」が問題視されて
います。しかし、私はそうは思わないのです。

 問題はむしろ若者たちが夢をもてない職場や社会にしてしまった私たち大人の
責任のほうが大きいと思うのです。事実、専門学校を卒業した若者たちが
夢を抱いて大規模な施設に就職しても、そこで経験するのは経営効率のために高
齢者を食い物にしている介護の現場です。そこでいくら改善の提案をしても、ほ
とんど拒否されてしまします。若者たちが介護の現場を去ってゆくのは何も低賃
金の問題だけではないのです。オンドルパンのハルモニたちの機能訓練と同じよ
うに、まさに「やりがい」が見出せないからなのです。
 
  幸いなことにデイサービスや訪問介護事業は、比較的に少ない資金で開業する
ことが可能です。大規模事業所で夢を奪われた若者たちが、広島の若者のように
一念発起して、自分で夢を実現すべく介護事業所を立ち上げてほしいと願うばか
りです。そのような事業所が日本全国各地に広がるときが、本当の介護の始まり
だと思うのです。
     (筆者は通所介護・訪問介護事業所「八尾オンドルパン」代表)

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