ミャンマー通信(3)

「ミャンマー事務所」に         中嶋 滋

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 前回まで「ビルマ/ミャンマー」と表記してきましたが、今回から「ミャンマ
ー」とします。ITUCも私がいる事務所をミャンマー事務所と呼ぶことにしま
した。呼称の変更については、それほど大きな議論はありませんでした。軍事政
権が一方的に変更した経緯から民主化を求める人々が「ミャンマー」と呼ばず
「ビルマ」と呼び続けてきた政治状況が変わったということだと思います。

 もともと「ビルマ」と「ミャンマー」は同じ言葉で口語と文語の違いだそうで、
「ミャンマー」と国名を変えた際に「ラングーン」は「ヤンゴン」に変えられま
したが、イギリス植民地時代に「ラングーン」とされたのだから「ヤンゴン」に
戻ったのも問題ではなく、変更の背景にあった政治状況が問題だったので、その
転換があったのだから拘る必要はないというのです。この説の当否は別にして、
当地での拘りはほとんどないと言ってよく、海外のNGOや労働組合活動家に拘
りが強いようですが、それも変化しつつあります。

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■2015年総選挙に向けて

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 今(3月8~10日)、NLDが初の全国大会を開いています。1988年にネ・ウィ
ン将軍率いる「ビルマ式社会主義」に対する民主化運動の中で結成されて以来25
年間、これまで軍事政権下で大会を開くことができなかったのですから、開催の
意義は非常に大きなものだと思います。スーチー氏は党首として開会挨拶で「民
主化推進のためにはこれまでの敵対勢力とも提携していく」との見解を明らかに
したことが、内外で大きく報道されています。

 「敵対勢力」は明らかに国軍を指していますが、こうしたことを公然と言い切
れる状況があり、それが進展しつつあることは確実なことだといえます。民主化
の動向が逆行することは最早考えられず、その安定的な発展に誰がどのようにイ
ニシアティブを発揮するのかが問われているということだと思います。

 NLDは今回の大会で世代交代を含めた新しい執行部の選出が期待されていま
した。しかし、その期待は実現されたとは言い難いものでした。スーチー氏が党
首として再選され、執行部は7人から15人に拡大したのですが、「アンクル」と
呼ばれ経験豊かとされる高齢の旧メンバー数人が顧問となり、新顔が加わったと
いう構成になりました。選挙プロセスも透明性の高い民主的なものと評価し難い
面がありました。

 全員がスーチー氏によってノミネートされた人々で、それを大会が承認すると
いう形で選出されたのです。独立の立役者で「国父」と呼ばれ現在もなお国民の
間に圧倒的な人気を保つアウン・サン将軍の娘で、20年以上にわたって軍政によ
る自宅軟禁などの弾圧に屈しなかった「民主化の騎手」に、NLDは依存し続け
ることなったと評する人も少なくありません。近代的な政党に脱皮することがで
きなかったというのです。

 いずれにしてもミャンマーにおける政治的動向のすべてが2年半後に迫ってい
る総選挙に向けて収斂されていくことになるのでしょう。スーチー氏の挨拶も、
明らかにそれを意識したものです。総選挙でNLDが圧勝しても、憲法改正がな
されないかぎり自らが大統領に就任することは不可能で、憲法改正のために必要
な75%以上の賛成を確保するためには、国軍が握る議席の同意が不可欠だからで
す。

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■40%は日和見

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 有力閣僚の1人が政府内の状況について、「民主化推進派は30%、抵抗派が30
%、残りの40%は様子をうかがっている」、「民主化を促進するためには、民主
化を求める全てが力を合わせることが必要だ」と、半ば公然と語っているという
話を聞きました。語った当人は推進派の中枢にいるといわれている人ですから、
実態を反映している話と受け止められます。

 抵抗派は、軍政時代にナンバー3だったトゥラ・ウ・シュエ・マン下院議長や
キン・アウン・ミント上院議長に繋がる人脈の人々で、その裏にナンバー1だっ
たタン・シュエ上級将軍の隠然たる影響があると言われています。大臣を含め政
府要人の多くは国軍出身者で、軍時代の人脈が今もなお大きな影響力を持ってい
るのは間違いないようです。しかし、特権を享受してきた支配層の中にも様々な
思惑が錯綜しているようで、単純な図式で語ることはできないようです。

 与党のUSDP(連邦団結発展党)と政府との関係も、通常考えられるような
構造にはなっていないようです。例えば、外国投資法に関する合弁会社の資本比
率をめぐる議論で、投資を促進させるために外国企業の資本比率を80%まで認め
ようとした政府提案に対して、USDPが49%以下にすべきだと反対し、野党N
LDと国軍議員(憲法で総議席の4分の1は国軍最高司令官が指名することになっ
ている)が賛成をするという、通常考えられない「ねじれ」状況が生まれていま
す。

 守旧の国軍VS民主化のNLDという単純な対立構造を軸に、ミャンマーの現
実政治は動いていないことは確かです。2015年秋の総選挙に向けて、30:30:40
の構造がどのように変化していくか、スーチー氏が述べた国軍との協力がどのよ
うな効果を生んでいくのか、注目していくことが必要です。

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■テイン・セインの民主化

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 日本では、NLDとりわけスーチー氏の動向が注目され、大きく報道されてい
るようですが、テイン・セイン大統領の民主化政策の推進と、それへの諸勢力の
対応に目を配っておくことが重要と思われます。スーチー氏の言動もそれに大き
く影響されていると思われるからです。

 テイン・セイン大統領は最近ヨーロッパを訪れ、彼が押し進める民主化への理
解と協力・援助を求めました。その際に明らかにした「新しくより包摂的なミャ
ンマーにするために働く」というメッセージは、彼の民主化に向けた考え方を示
すものです。

 彼は、恒久平和の達成に向け少数民族との和睦の推進、権威主義的支配から民
主的な政治への転換を促進するため開放性・透明性を高めること、政治的諸勢力
間の信頼性と相互理解を深めること、市民の平和的な政治参加の道を拡大するこ
と等について述べたうえで、最も重視していることとして、教育も受けられず、
低い技能に止められ、ごく狭い土地を耕すことでは家族を養えないため、長い間
隣国に出稼ぎにいかざるを得ない貧困層や、電気も水道もなく必要最低限の医療
も受けられない1000万以上の極貧層の人々、これらの国民を貧困から救い出し少
しでもよい暮らしを享受してもらうことを挙げました。そのために飽くなき努力
を続けることをEU本部での記者会見で明らかにしたとヤンゴンの英字紙は伝え
ています。

 特権をむさぼり巨万の富を確保した多くの軍関係者の中にあって「Mr.クリ
ーン」の異名をもつテイン・セイン大統領は、国民寄りと見られる一連の民主化
政策を打ち出していますが、これも2015年総選挙を見据えた政策対応の一環とも
とれます。

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■近況:ビザ事情

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 私にも様々な集会や会議に出席する機会があります。その中で挨拶や報告をす
ることもありますが、これまで何の規制を受けたことはありません。確実にMI
(軍情報局)が来ていて、写真が撮られたり発言内容が録音・メモされたりして
いるのですが、少なくともこれまでに圧力を感じたことはありません。1週間ほ
ど前に、ヤンゴン郊外で開かれた農民組合の集会に出て挨拶をする機会がありま
した。その時もMIがきており写真を撮られたりし、地元紙に写真入りでとりあ
げられましたが、今のところ何の「お咎め」もなしということです。

 しかし、真相は分かりませんが、滞在ビザに影響を与えているという人もいま
す。私には、様々な人の働きかけによって、有効期間1年のビシネス用でマルチ
プルタイプ(有効期間中何回も出入国できる)のビザが発給されていますが、滞
在期間は合計70日に限定されています。有効期間に比して滞在期間が非常に短く
設定されているのは、ある種の「意図」があるというのです。滞在日数がリミッ
トに近づけば国外に出て、ビザを取り直さねばなりません。おおよそ2月に一度
はその手続きが必要で、それに要する時間と煩雑さは相当な負担となっています。

 (筆者はITUCミャンマー事務所代表)
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