【オルタの視点】

中国の北朝鮮政策の大転換
―東アジアの「脱冷戦」の梃子になるか

朱 建栄


 中国の北朝鮮政策は大転換を遂げている。
 にもかかわらず、日本のマスコミや評論家の多くは、これまでの「常識」=中国は北朝鮮をかばう、その核を結果的に容認、米中間の対決は不可避、で錯綜する動向を解釈しようとしている。ステレオタイプの思考様式に中国の外交動向を当てはめても、認識の混乱を深めるばかりだ。北朝鮮は文化大革命以来の名指しの中国批判を展開しており、「50年来の最も厳しい国際環境に置かれている」と認めている。中国の外交部長と米国務長官はほぼ週に一回電話などで協議を行っている(中国側の報道)。一連の新しい動きから中朝関係、米中関係の深層に及ぶ変調は窺えるはずだ。先入観を排除した観察と思考が求められている。

◆◆ 1、中国の方針転換は本物か

 2003年、北京のイニシアチブで朝鮮半島の非核化をめぐる六者協議が始まって以来、中国政府は北朝鮮の核開発に関してそれまでより踏み込んで重視したのは事実だ。しかしその「重視」は一向、結果につながらないし、関係諸国からは「中国はそれを止める力があるのに内心はしようとしていないのでは」と逆に不信感が深まった。韓国が去年THAADの配備を決定した重要な背景の一つも、中国に対する失望感だった。

 このような事態に至ったことに中国自身が相当口惜しかったことが想像できる。半島の「非核化」を重視しないわけではなかった。バランスをとりながら相当の努力を払ったはずだ。にもかかわらず、北朝鮮は既定路線を進み、韓国はTHAADを導入する。「あぶはち取らず」のはざまに陥ってしまった。

 去年7月の南シナ海問題をめぐる一方的な仲裁裁定が出たこととも重なり、核心の地位を得た習近平主席は、中国の東アジア外交(朝鮮半島、日本、南シナ海を含む)に関して戦略的な再検証を行った模様だ。南シナ海問題において中国は明らかに軌道修正し、この5月、アセアン諸国と「南シナ海行動規範(COC)」の枠組み草案で合意した。これで主導権を取り戻した。実は朝鮮半島問題でもこれまでの発想・方針を思い切って軌道修正する転換が決定されたようだ。

 かつての中国の北朝鮮政策における優先順位は、自分なりに整理すると以下のようになっていた:

 第一:(対米の警戒心に由来する)自国の安全保障を最重視する発想で、北朝鮮をある種の緩衝地帯と捉える。それにより、平壌の一部の行動を内心で嫌がったが、我慢・妥協を重ねた。

 第二: 国内の経済と社会は転換期にあり、北朝鮮の混乱で難民の大量流入を恐れ、200万人の朝鮮族という「国内問題」の火種も誘発したくないとの考慮。これも北朝鮮に対する思い切った政策転換の手足を縛った。

 第三:北朝鮮の暴走によって引き起こされる米朝間の軍事衝突、その核開発によって韓日の核開発を誘発する「核のドミノ」に対する懸念。21世紀に入って外交部や一部の専門家の間で危機感が高まったが、前述の第一、第二の要素に押され、中途半端な対応しか取れなかった。そのため、北朝鮮には「友好と非核」、韓国にも「友好と警戒」という二兎を追う政策をとり、非核化の問題において、結果的に、「他力本願」の「六者協議」に重きを置くことになった。

 中国が北朝鮮の核開発に脅威を感じながらも、思い切った対応ができなかったことに関してもっと深層心理の面で見ると、以下の解釈も付け加えられる。

 A 一応、同じ社会主義体制であり、また朝鮮戦争で肩を並べて戦った相手だったこともあり、思い切った対応に躊躇があり、古参軍人や長老から反対もあった。

 B 北朝鮮の心理作戦に嵌ったこと。実は近年、北朝鮮は、中国義勇軍烈士の墓を修復したり、朝鮮で戦死した毛沢東の息子毛岸英の記念施設を整備したり、その記念日にトップの花輪を送り高官による弔いをしたり、平壌の報道機関が北朝鮮側はいかに中朝友好と「伝統的友誼」を重視するかを宣伝したりして、中国側の感情に対する揺さぶり作戦をずっとうまく行っている。儒教思想に由来する中国人の思考様式に、「伸手不打笑臉人」というものがある。憎んでも、笑顔を見せる相手の顔を殴ってはならない、との憐憫心は中国的な価値判断で重要視されている。それによって、明らかに中国の国益に背く北朝鮮の行動に決別の決意を下すのに一段と難しさが増したと考えられる。

 C 最近の説として、中国人民大学の金燦栄教授は去年11月の講演で、「座視するのではなく、まず中国の国力が米国を追い上げるのを優先にして、GDPが米国を超えた10年後に北朝鮮問題を片付ける考えだ」と語っている。

 去年3月、米中主導で北朝鮮の核実験を制裁する国連安保理決議が採択されてから、中国の姿勢は着実に変化し始めた。ところがその夏、韓国側は中国の対応を読み間違い、THAADの導入に踏み切り、それが逆に中国首脳部の方針転換を一時的に遅らせてしまった。去年末の北朝鮮による5回目の核実験、金正男の暗殺事件をきっかけに、中国側は再度、方針転換の軌道に戻り、そしてこの4月上旬の米中首脳会談をもって、ついに明確な新しい北朝鮮政策を打ち出すことになったと筆者はその流れを見ている。

 新しい政策とはすなわち、
 1、北朝鮮の核開発を今や、最大の脅威と位置付け、
 2、その除去に米国はじめ、関係諸国との協力を重視する、
 3、中国自身もリスクや代価を覚悟の上で直接に取り組む。
 以下、4月以降の大転換の足跡をたどってみる。

 中国の方針転換を示す明確な第一報は4月5日の人民日報系『環球時報』の「朝鮮の核に対する中国のレッドライン:東北部の安全と安定」と題する論評だった。この論評は極めて重要なシグナルを発した。

 第一、北朝鮮の核開発に対して公に批判し、「レッドライン」を初めて示した。
 第二、外国人は理解しにくいが、以上のくだりは「中朝相互援助条約」というかつての軍事同盟条約に束縛されず、それよりも「中国自身の東北部の安全と安定が最優先される」という論理の確立である。これは理論重視の国柄、長老や古参軍人を説得する上で必要であり、政策大転換のための「理論的準備」を整えたことも意味する。
 第三、北朝鮮に対する二つの具体的レッドラインの提示:中国への核汚染を もたらす恐れがある北朝鮮の核開発の開発と、大量の難民が押し寄せること、それを絶対容認しないとのメッセージだ。
 第四、習近平主席の訪米前日に掲載されたこの論評は米国への取引条件の提示でもあった:北朝鮮の非核化に協力する用意があるが、前提条件として北朝鮮地域に、中国に敵対する政権の出現および米軍の北上を容認しないこと。

 続いて、米中首脳会談後、4月10日付同『環球時報』の社説は「北朝鮮が六回目の核実験に踏み切る場合、北京とワシントンの反応は『転換点』も意味する空前のものになるだろう」と明言した。さらに4月12日付『環球時報』の社説は二日前の社説の警告を具体化した。
 要旨は以下の通り。

 1、北朝鮮の核問題による「全体的な破壊的作用」は急上昇中であり、中国にとって一段と深刻な戦略的脅威をなしており、座視するわけにはいかない。
 2、核実験を敢行すれば、石油輸出を止めるなど空前に厳しい反応を見せざるを得ない。
 3、北朝鮮の核問題を片づける(「了結」)タイミングがきた。
 4、平壌は強硬姿勢を保持してよいが、刺激的な核実験は止めなければならない。間違いを犯せば、取り返しのつかない事態になる。

 翌13日、同紙は更に「朝鮮が非核と開放を決断すれば、中国の助けがあれば危ないことはない」と題する社説を掲載し、「核を放棄するなら安全保障、経済振興のための全面的援助を供与する用意がある」「体制保障もする」と表明。「安全保障の提供」は「核の傘の供与」を示唆したとも受け止められる。

 『環球時報』の一連の発言と北朝鮮の核実験の試みに対する中国側の厳しい姿勢に対し、4月21日、朝鮮中央通信は初めて、名指しではないが、中国を厳しく批判し、「破局的な結果に中国は覚悟せよ」と警告した。それを受けて、4月23日付『環球時報』社説は「核実験に対する石油供給の停止」を再度表明するとともに、「北朝鮮の核兵器保有を阻止することは、中国が北東アジアの一連の複雑な問題を処理する上で最優先事項に位置付けた」と、初めて「核保有の阻止」は「最優先事項」と明言したのである。

 その後、北朝鮮は陰に陽に中国の牽制に対する一連の嫌がらせをした。それに対し、4月28日付『環球時報』社説は「平壌との対決に備えよ」と呼びかけ、以下の要旨を述べた。

 1、北朝鮮は近い将来、名指しの中国批判をし、非友好的な行動をとる可能性が大きい。その対策を整えよ。
 2、北朝鮮の核保有は中国の国益を深刻に損なっている。国境から100キロ未満の場所で核実験をすることは中国東北部の安全に対する脅威だ。米国にこの地域での軍事力増強に口実を与え、中国をその緊張に巻き込んでいるからだ。
 3、半島での戦争勃発は北朝鮮の核開発に対する制裁より、中国にとってリスクがはるかに大きい。
 4、平壌が中朝間の矛盾を「理性喪失」の質的変化に突き進めるなら、中国は「変局」を制御する十分な力を持っている。
 5、中国は、平壌があの手この手で北京による制裁をかわす幻想を徹底的に打破すれば、逆転不能な長期的孤立と別の道の間で二者択一の選択を相手に迫ることが可能であろう。

◆◆ 2、中朝間の公開非難と水面下の激闘

 環球時報が立て続けに北朝鮮に対して、外交部しか踏み込めないメッセージを送り続けた(勝手に書いたなら、とっくに削除されただろう)背後に、何があったのか。

 4月15日の「太陽節」と25日の人民軍記念日の二回にわたって、北朝鮮が核実験をするため、プルトニウムを実験装置に持ち込み、準備完了し、最後の命令を待つ段階に至ったが、中国側の有無を言わさない圧力で踏みとどまらざるを得なかった模様だ。いったん持ち出したプルトニウムはいずれも数日後、効用を失した。中国はどんな圧力を加えたのか。4月中旬、北京・平壌の航空便が「技術的な原因」で停止したことは報道されている。未確認情報だが、香港誌によると、中国側は以下のような圧力を加えた、という。

 1、王毅外相の立ち合いで、中国外交部副部長は北朝鮮の北京大使館の臨時 代理大使に対し、6回目の核実験に踏み切れば、5項目の懲罰措置をとるという覚書を読み上げた。
 2、それには、国連安保理によるもっと厳しい制裁措置を支持し、即日に石油供給と経済貿易の協議を停止し、大使を召還し、国境を閉鎖するといった内容が含まれる。
 3、それでも強行するなら、中国は中朝条約の廃止を宣言せざるを得ないとも伝えた、と言われる。

 これで、北朝鮮は出す寸前のくしゃみを押し返す以外になかったが、ついに最後の堪忍袋が切れた。4月21日の、「破局的結果も覚悟せよ」と警告した朝鮮中央通信の論評の名指しを避けた中国批判をエスカレートさせ、5月3日、初めて中国に対する名指し批判に踏み切った。朝鮮中央通信の論評は「朝中関係の赤い線(レッドライン)を中国が越えている」と強く非難し、特に『環球時報』の一連の論説を取り上げて反論し、「朝中友好がいくら大事でも、命のような核と引き換えに物乞いするわれわれではない」と中朝関係の決裂に対する覚悟を見せた。その内容は日本でよく紹介されたので省略するが、実にその二日後に配信された新しいバージョンはもっと厳しい表現が付け加えられた。

 ○ 聯合ニュース 170508 朝鮮の中国名指し批判論評 英語版も「レッドライン」に言及
  http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2017/05/08/0200000000AJP20170508001300882.HTML
 「朝中関係の『赤い線』を中国がためらいなく越えている」。
 中国が2015年9月に北京で開いた抗日戦勝70年記念行事に当時の朴槿恵韓国大統領を招いたことを「はっきりと覚えている」。
 核実験による放射性物質で中国の東北3省が被害を受けるという中国の批判は「強弁」だ。
といった内容が論評の新しいバージョンに「補足」された。

 同時に更新された同論評の中国語バージョンについて、北京・新華社のシニア記者は次のように分析を行った。
 ・ありふれた「金哲」とのペンネームを使うことで、朝鮮中央通信の論評はまだ探測気球を出す段階で、中国への批判に一定の抑制を利かせているが、今までの姿勢をエスカレートさせており、強烈な感情的表現が使われ、中国を辱める意味も込められている。

 中国外交部傘下の「亜非發展交流協會」の理事で人気紙「南方週末」社の北京首席代表曹辛氏はイギリスFT紙の中文サイトに寄稿し、朝鮮中央通信の論評に込められた中国への三つの警告を解説した。
 1、同論評の表現は、平壌は台湾カードを中国牽制に使い始めたことを意味する。
 2、平壌は、「半島の地政学的重要性と戦略的価値の上昇」を強調し、「中国に頼らず、他の国と手を結ぶ選択肢もありうる」として、対米接近を対中カードとして使えると強く示唆した。
 3、朝鮮中央通信のこの論評は重大なシグナルを込めており、中朝関係は全面的調整を迫られるところに来ていることを意味し、中国は「一切の準備」に備えるべきだ。

 FT紙の同解説が分析した三つ目の、平壌の対中メッセージは「難民カード」だが、これについて中国の「鈍角網」サイトに掲載された「中国は北朝鮮からの大量の難民流入に備え、対処案を作成」と題する論文(4月14日)ははっきりと分析している。

 要旨:
 1、米国のレポートを引用して、中国軍の「難民対策」を詳しく紹介。
 2、万が一半島で混乱が生じたら、70万人と見込まれる難民流出のうち、47万人以上は中国に押し寄せるとの予想。
 3、今懸念されるもう一つの可能性は、平壌側は中国からの圧力に耐えられない時点での対抗カードとして、数百万の難民を中国に追い出すとのシナリオだ。かつて1970年代後半、ベトナムは50万人の難民を追い出し、中国に多大な圧力を施した前例がある。

 北朝鮮がその中央通信社が「金哲」というペンネームを使って中国に警告するメッセージを送ったのに対し、『環球時報』はもちろん反論を行ったが、人民日報社本社も5月5日付でその微信サイトを使って反論した。
 その反論の内容は説明しなくても想像できるので、省略する。ここではほかに、今でもアクセスが可能な中国のサイトに掲載されている「過激」な論評もいくつか紹介したい。

 いざという時、中国は北朝鮮の核実験施設を取り押さえるために出兵すべき、との意見。(4月22日、中国の「微博」(ミニブログ)掲載「朝鮮對我發出重大威脅 兵諫或成惟一選択」 http://weibo.com/p/230418500410490102x6wj
 また、米側の報道を一部引用する形で、中国当局は北朝鮮に対する制裁を金融部門まで拡大し、民間貿易も不可能にする鴨緑江大橋の閉鎖も選択肢に入れているとの記事もあった。(5月23日、「中華網」サイト掲載「下狠手掐斷朝鮮命脈:北京要関閉鴨緑江大橋?」 http://toutiao.china.com/tpsy/ltzph/13000416/20170517/30542318.html

 こういう混沌とした情勢の中で、香港誌『争鳴』6月号によると、5月に開かれた党中央政治局常務委員会の外事専門会議で、北朝鮮当局は中国側の再三にわたる助言と警告を拒否して核実験とミサイル実験を継続しており、総合的に判断してそれは中国外交にとってもはや「政治的重荷」になっているとして、その重荷を下ろすことについてコンセンサスを得た、という。

 香港情報はよく「玉石混交」と言われる。自分もこれ以上、この会議に関して確認する手掛かりはない。その真偽について皆様のご判断に任せるが、中朝関係がこのような対決の状況に向かっていることはほぼ事実だ。ちなみに、この記事は中国の微信でも広く紹介された。

◆◆ 3、北東アジア情勢への影響

 では中国が今回、北朝鮮の核問題に本腰を挙げた動機と背景は何なのか。4月25日付在米国の中文サイト「多維新聞網」に掲載された「中国の金正恩制裁支持の背後にある三つの意図」という解説文は、

 1、全世界とりわけアジアにおける中国の責任あるリーダーシップを確立する一環であること、
 2、トランプ政権との幅広い取引材料にする思惑があること、
 3、一帯一路という大戦略のための環境整備で北朝鮮問題を片づける必要が出てきたこと、
という三つの狙いを分析した。

 最近の情勢変化を見極めた韓国東亜和平研究院の金相淳教授は、北朝鮮が核保有国になることを阻止するため、中国は一定の条件下で、米国による武力攻撃を容認することすらありうる、と指摘した(4月15日付台湾紙『中国時報』のインタビュー)。
 6月1日付産経新聞に掲載された共同通信の記事「対北朝鮮、中国『今は対話の時期ではない。圧力強めなければ』米に伝達」によると、5月25~26日に北京で中国政府高官と会談した米国務省のソーントン国務次官補代行(東アジア太平洋担当)は、中国側から、北朝鮮の核・ミサイル開発への対処に関し「今は対話の時期ではなく、圧力を強めなければならない」と米国に伝達していたことを明らかにした。

 この報道は中国外交部報道官によって否定されたが、中国は北朝鮮の「重荷」を下ろすのを決意したのに、気移りが早いトランプ政権は簡単に北朝鮮の揺さぶりに振り回されて、核廃絶という目標をめぐる米中スクラムから一方的に降りられては困る、との気持ちがあることが察せられる。

 台湾系新聞『世界日報』の4月26日の紙面に掲載された「美中聯手治北韓 金正恩會很快玩完」と題する解説文は、米中のチームワークで北朝鮮の核という「毒の牙」を抜くことは可能であり、双方の利益にも合致しており、その延長線上、「半島の新形勢を構築することになる」と指摘。

 別の台湾紙『旺報』の6月7日号掲載の「習近平、大きな戦略的配置」と題する解説文は、北京は、北朝鮮の核危機の処理を通じて米中間の戦略的協力の新しい局面の形成を目指していると分析している

 ドイツ国際政策と安全保障研究所のアジア部門責任者 Hanns Günther Hilpert と Gudrun Wacker の二人の共同執筆による米中関係とアジアに関する論文は5月後半、中国のサイト「鈍角網」に翻訳転載されたが、米中間は深刻な「戦略的不信」を1990年代末から抱き、近年、激化しているが、トランプ政権の登場で重大な転換を迎える可能性があるとし、「アジアの平和と安定が持続可能か、もはや米中両国とその両国関係の成り行きに完全にかかっている」と強調した。

 筆者は、習近平指導部は、米中間のこの戦略的ジレンマを回避することを強く意識して、トランプ政権の誕生を機に、米中関係の新しい道を模索することを決意したと見る。その対米メッセージは前号で伝えた、習近平主席がフロリダの米中首脳会談で述べた「我々は中米関係をよくする1,000の理由があっても、それを悪くする理由は一つもない」という表現に凝結されている。北朝鮮の非核化をめぐって中国が真剣に動き出したのはまさに、東アジアにおける米中協力の新しい枠組みの可能性を念頭にしているからだと推察される。

 半島問題をめぐる米中間の最近の協力を観察した上で、米国の著名な政治学者グレアム・アリソン(Graham Allison、ハーバード大学ケネディ行政大学院の初代院長、現在は同大学ベルファー科学・国際問題研究センター所長)も、「もし中国が北朝鮮政策を変え、非核化を実現し、半島が中国に友好的なソウル政権によって統一することを促進すれば、米国が韓国からすべての軍事基地を撤収し、軍事同盟を解体することもトランプ政権下では想像できないシナリオではない」という大胆な提言を行った。5月31日付ニューヨークタイムズに掲載された「Thinking the Unthinkable With North Korea」と題するこの記事は日本でほとんど紹介されていないので、米側の動きの一環として理解するものとして、ぜひその中英文が並ぶ原文を読んでいただきたい。
 (https://cn.nytimes.com/opinion/20170531/north-korea-nuclear-crisis-donald-trump/dual/

 Indeed, America’s presence in South Korea is an accident of history. Had North Korea not attacked the South in 1950, the United States would never have intervened. So if China were to assume responsibility for removing the Kim regime, denuclearizing the country, and reunifying the peninsula under a government in Seoul friendly to Beijing, would the United States remove all its bases from the South and end its military alliance?
 For most American presidents, the idea would be a nonstarter. But Mr. Trump is nothing if not original. Will the necessity of avoiding nuclear war, in this case, become again the mother of invention?

 もちろん、世の中はすべて計算通りにはいかない。米中関係にも多くの不確定要因が存在する。最大なのは、トランプ政権の不安定性であろう。

 米中は南シナ海で再び対立を激化するのではとの観測がある。「米軍は南シナ海での『自由航行作戦』を再開」、「シャングリラ会議で米中間は『激しい応酬』」と、日本の一部の記事はそれを待ち望んでいるかのような報道・解説ぶりだったと感じられる。希望的観測では米中関係の大勢を把握できない。

 米中間の軍事面の交流に関する最新の報道(6月13日付『多維新聞網』掲載「美艦南海歸來獲北京禮遇 中美緩和非虛」によると、
 1、米海軍ミサイル駆逐艦スタレット号は、最近の南シナ海での「自由航行作戦」を終えてから、6月13日、中国海軍の南海艦隊の母港湛江に寄港し、2017年度の中国への初訪問を行っている。
 2、確かにマティス国防長官はシャングリラ会議で中国を批判したが、中国側が重視したのは、その発言の中にある「利益が重なるところで中国との協力を最大限に求める」「相違ある分野でも責任ある管理下の競争をする」とのメッセージだった。(注:今年のシャングリラ会議には中国側は例年より低いランクの代表を送り、基調講演を行わず、米側との対立を意図的に回避した)
 3、スタレット号が中国南海艦隊の母港に寄港することは、双方のある種の現状に対する肯定・黙認を意味する。
 4、そのような米中間の当面の緊張緩和は南シナ海にとどまらず、西太平洋全域における当面の相対的安定をもたらすことにもなる。

 習近平外交の「奥深さ」をもっとタイムリーに追跡し、研究するべきだとつくづく感じる。日本は、AIIB、一帯一路への対応が遅れた上には、東アジアにおける安全保障情勢の新しい動向を把握し、迅速に対応する必要性はなおさらである。米国から「日米同盟は大事に守るから安心して」とよく言われるが、そのような安心感に甘んじていいのかと聞きたくなる。米国政府はどうも、日本をほめちぎって、日本をうまく利用することのコツを得ているようだ。

 先日、一緒にあるテレビ討論番組に出た米国の元駐日外交官で国務省で本部長も務めたケビン・メア氏は、著書『決断できない日本』(文春新書)の第6章「日米同盟の内幕」の中で「愛をささやく仕事」との小見出しを付け、次のように感想を述べている。
 アメリカは、何十年も結婚生活を続けている妻に、繰り返し「愛してるよ」とささやいても、なかなか信じてもらえない夫のようです。国務省時代、よく冗談で言っていました。「われわれの仕事の半分は日本政府に対して『まだ愛しているよ』と言い続けることだね」(P192)

 最近、フリージャーナリストの高野孟氏の日米中関係の「虚像」を暴く記事を読んだ。米国高官が近年、事あるごとに「尖閣に日米安保が適用される」と表明したことのからくりを検証し、「米国の尖閣に関する3次元の立場」に関して政府側もマスコミもそのうちの1次元しか言わないことの危うさを指摘している。

 ○ まぐまぐニュース! 170419 高野孟 尖閣のトラブルごときで米軍は出ない…「中国脅威論」のウソを暴く
  http://www.mag2.com/p/news/246824
 関係の部分を引用させていただく。
 米国の尖閣に関する立場は前々からハッキリしていて、次の3次元からなっている。
 1、領有権問題については中立。日中で話し合いで解決してほしい。
 2、日本が実効支配し日本の施政権下にあることは明白で、従って日米安保条約の適用範囲であることは言うまでもない。
 3、安保条約の解釈として適用範囲であるからといって、そこで紛争が起きた場合に米軍が自動的に参戦するという訳ではない。上掲の安保条約第5条にも「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」とあって、これを型通りに解釈すれば米議会が宣戦布告を決議して初めて米軍は日本に対して集団的自衛権を行使できるということになるし、そもそもそれ以前に中国との核を含む全面戦争に発展するリスクを考慮することなしに尖閣の岩礁ごときを巡る紛争に首を突っ込むのかどうかという当然の戦略的判断がなされるはずである。

 外務省や安倍首相は、この(1)~(3)の関連をきちんと国民に説明することなく、(2)だけを突出させて、それを米大統領が「イエス」といえば、あたかも(1)の領有権についても米国が日本の立場を支持しているかのような印象を作り出し、さらに(3)についても何かあれば必ず米軍が一緒に戦ってくれると約束したかのような印象を作り出そうとする。3次元をわざとゴチャゴチャにして日米共同の対中国姿勢を盛り上げようというそれこそ「印象操作」である。

 ちなみに、筆者は、中国が軍事的手段で島の紛争を解決する選択肢を取ることはありないと前から言っている。中国軍の「侵攻」をことさら強調するのは、国民の恐怖心を煽って国内政治における何かの目的を達成するためではないかと疑われても仕方ない。

 自分は30年前に日本に来た時、自信あり、夢あり、複線思考ができ、寛容である多くの日本人に出会った。しかし、それは今、どこにいってしまったのだろうと時々首をかしげる。中国との関係改善に勇気ある一歩を踏み出すことは勝ち負けではなく、日本外交の幅を広げる意味において積極的に考える必要があるのではないか。中国包囲網を作るために対米、対ロ、対東南アジアの外交に多大な資源とエネルギーを投下してきたが、逆に、日本外交の揺らぐ足元が見透かされ、各国に利用されていることはないか。もちろん、中国側も、トランプに対してと同じように、日本に対しても「新思考外交」を展開してほしい。

 (東洋学園大学教授・オルタ編集委員)

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