メールマガジン「オルタ」 94号(2011.10.20)            

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◎ 放射能汚染地農民の暮らしはどうなるのか。
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□目次

政治報道は公正に機能したか             羽原 清雅
  ―「菅首相退陣」をめぐる新聞の現実 ―
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≪連載≫
農業は死の床か再生のときか             濱田 幸生
 放射能の雲の下で生きる  
  〜私たち農民は最初に汚染地域に放たれたカナリア〜
海外論潮・短評(50)                  初岡 昌一郎
  〜未来からの速報  ニュース産業特別報告〜
―基地ではなく周辺の学校や病院を撤去?〜
宗教・民族から見た同時代世界             荒木 重雄
  〜パレスチナ国連加盟申請でみえた
         米・イスラエルをめぐる国際環境変化〜  
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■【横丁茶話】
 2012年8月・炎暑の東京国際ミルトン           西村 徹
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■【提言】
 水田畜産について                     力石 定一
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■【私の視点】
 政権交代とは何だったのか                木下 真志
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■【北から南から】
 中国 深センから                     佐藤 美和子
  『中国携帯詐欺事件』
 米国 マジソン便り                    石田 奈加子
  『012年は選挙の年』
 アジア・上海                           松田 健
  『『リニア』スピードですでに日本に追いつき差を広げる中国』
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■【エッセー】
 ゆれる移民の国アメリカ (第七章)          武田 尚子
  「ブッシュの包括移民法案」
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■【オルタのこだま】
 オルタ93号の西村徹氏の「聖書を裏口から覗く」について
                                    木村 寛
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俳句                              富田 昌宏
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川柳                               横 風 人
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【編集後記】

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政治報道は公正に機能したか             羽原 清雅
  ―「菅首相退陣」をめぐる新聞の現実 ―
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 小選挙区比例代表並立制による最初の衆院選挙は1996年6月。したがって、こ
の15年間の政治状況はこの選挙によって動かされてきたことになる。この制度の
導入を決めた1993年から代わった首相は13人、選挙の実施からは10人に及ぶ。1
年程度でリタイアした首相は前者で13人中8人、後者で10人中6人である。これ
では継続的に政治を進め、時代の変容に伴う難題に取り組むことは不可能だ。そ
れ以上に問題なのは、次第に強まるのは「政治の劣化」、あえて言えば国民の政
治への不信だろう。
 
  だが、このような構造化した劣化現象について、メディアは断片情報は積み重
ねていても、そのよってくる事情や背景、改革策については十分な解明、論及を
果たしているとは思えない。 この稿では、「菅首相退陣」を中心に政治報道の
実態について考えたい。当然のことだが、菅政権や民主党政権の擁護などは毛頭
考えていないし、むしろ政治権力の劣化責任を問いたい立場でもあるが、ここで
はメディア、とりわけ新聞についてのみ、長い記者生活の自戒を込めつつ触れて
いきたい。 

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◆1> 「菅退陣」の理由
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  菅首相退陣を求める声は3・11の大震災以降徐々に高まっていたが、野党な
どによる内閣不信任案を、土壇場の6月2日に否決したことで決定的になった。
これを機にメディアを含めて「即時退陣」論、「辞めずに衆院解散に持ち込みそ
う」説などが流れ出す。ひとことで言えば「辞めろコール」である。筆者は、菅
首相は当然辞める、ただ2、3ヵ月の期間は緊急法案成立のために必要、と見て
いたので、むしろ退陣せずに衆院を解散することはありえず、辞任を迫って大し
たことではない口実を設けて国会審議にブレーキをかけ、緊急課題への対応を遅
らせることこそ問題、と考えていた。そうした事態が政治・政党の劣化の現実、
だった。
 
  一例を挙げれば、西岡武夫参院議長が異例の「退陣要求」を読売新聞に寄稿、
大きく掲載されたことである。その内容とともに、立法機関の長の言動として問
題視されたものだが、のちに小沢一郎が西岡に対して菅のあとの「首相の座」に
誘い、その気になっての対応であったことが露呈される。背景を承知しての掲載
だったか、西岡にのせられたのかはわからない。
 
  菅首相の原発対応もまた、経済界とその暗黙の圧力を感じる与野党からも批判
を招く。5月6日の中部電力浜岡原発の運転停止発言、7月6日の海江田経産相
の原発安全宣言を引っくり返す首相の「再稼動にはストレステストが必要」発
言、7月13日の「脱原発」宣言・・・・たしかに、その言動は政府なり閣僚なり
の統一的な決定を経ていない、いささか不用意なもので、権力のありようとして
大きな問題をはらんでいた。

 このようななかで、メディアはそうした批判的言動に傾斜しているかの報道を
重ねていた。現実に起きている事実を伝えることがジャーナリズムの使命である
ことは間違いないが、短視的にそのレベルにとどまっていると、すべてが「菅政
権はおかしい」との印象をつくりあげてしまう。菅首相の対応の問題点をえぐる
だけではなく、将来にわたる重い発言内容についてその可否をもっと論じるべき
だった。原発依存をやめる場合、代替エネルギーの確保策、そのコストと期間な
どはどうなるか、といった論議を進め、また最新の原発が安全だというなら、そ
の実情を伝えるなど、なすべき報道の課題は多い。

 原発の存在は、多くの子どもの健康に長期的な不安を抱かせ、残留放射能の汚
染は福島近県に大きく広がり、その除去した大量の土壌、あるいは将来的に生じ
てくる汚染された損壊原発の機材の処分にメドは立たず、さらに「安上がりの原
子力発電」というPRを覆す賠償、除去、救済などに要する巨額な費用の捻出に
苦しむ状況にあって、原発のあり方について首相が触れないことの方がむしろお
かしいのだ。しかも、国際的にもEUはストレステストを義務づけ、IAEAも
すべての原発保有国での導入を提言している。地震多発国の日本において、菅首
相の資質はともあれ、その発言は一概に間違いとは言えない。

 じつは、東京新聞の「こちら特報部」が取り上げたように、電力不足を懸念す
る大手企業・財界や同調する与野党などの原発維持勢力は、この菅発言のたびに
「菅おろし」を強めていた。菅政権打倒によって原発推進政策を維持継続させよ
うとしたもの、と思える。

 メディアはこの波に飲まれたといえよう。ジャーナリズムは、原発の存廃いず
れの主張に立ってもいいが、一部の権益集団側の見解に惑わされず、その論議を
高める方向にあれば、政権倒壊による局面転換策に走ることはなかっただろう。
浜岡原発中止の菅発言直後に、NHKニュースウオッチ9の大越キャスターらが
原発必要論に傾斜したコメントを述べ、菅発言を批判して奇異に感じさせたが、
電力依存の放送関係の利害に立っての発言だったのだろうか。

 もともとメディアが内閣総理大臣の政治責任を追及するとき、基本的にはすべ
ての責任は総理大臣にあるが、個々具体的には首相自身に関わる問題か、閣僚や
各省庁なのか、あるいは関係政治家の個人がらみか、あるいは形式上の責任か、
などそれぞれの守備範囲において問われる。菅政権のみならず、最近の短命政権
を見るとき、野党が攻撃を仕掛けるのはとにかくとして、メディアはそうした軽
重・緩急の分別に欠けているように思われる。首相の権限は強いとはいえ限界が
あり、どこまでが実質責任であるか、おのずからそのわきまえが望まれよう。

 それをさらに加速するのが、毎月のように行われる世論調査の扱いだ。政治状
況が賛否両論に分かれて激論になったり、混迷したりすると、支持率はどうして
も下がる。よほどのことがないと、右肩上がりは期待しにくい。「支持率が下が
った」という指摘が、各紙各テレビ局一斉に報じられることで相乗効果を生み、
さらに下げる方向にむかわせる。菅政権の支持率10〜20%台は決して高くはな
いが、森、麻生政権の10%前後に比べれば、菅政権はあの混迷のなかではむしろ
よく維持していると思わせたほどで、これはむしろ「災害対策を急げ」という声
に支えられていたからだろう。

 世論調査は「民意」を確認するには必要な装置だが、その大きな扱い、分析の
ありようなど、検討が望まれる。

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◆2> 報道対象の欠落
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  新聞がなにもかも報道できるものではない。しかし、必要とされながら、その
網から漏れている大きな問題や視点もある。とりわけ、政権を批判する以上、そ
のような必要情報を的確に示したうえで、政権の存続を問わなければなるまい。
とかく目先にとらわれ、軽薄に陥りやすいジャーナリズムは、すくなくとも目標
としては、重厚で奥行きのある姿勢を心がけなければなるまい。

 3・11以降、物足りなかった報道について、3点ほど挙げたい。
  第一に、菅政権は「脱官僚」「政治主導」を言って、官僚群を軽視するような
姿勢が目立ったが、そのなかで官僚システムが十分に動いていたかどうか、その
点の報道はきわめて弱かった。異常な事態を迎えた日本が、復旧・復興の道を進
むには、官僚という優秀な人材が知恵を絞り、先手を打つ動きが必要で、それは
はたして機能していたのか。各省庁にまたがる課題が多いなかで、タテは強いが
ヨコの連絡調整に弱いといわれる日本の行政がサボっていたのか、従来の慣行を
克服できなかったのかなど、中央政府の実態をまず現場的に検証していくべきだ
った。

 首相府の司令塔だけを攻撃しても現地の被災者たちの救済には役に立たず、ま
ず頭脳集団の実態や問題の所在を伝えたうえで、その姿勢や問題点を批判すべき
だった。具体的なデータを提供しないままに、倒閣運動に与するかの論調を張る
メディアは正当とはいえない。

 第二は、野党である自民党や公明党が提案した震災・原発対策について、政府
や民主党がどの程度受け入れ、どのような施策で衝突したか、といった報道がき
わめて乏しかった。「大連立」云々となると燃えあがるメディアだが、災害現場
にとって急を要する個別の問題で歩み寄りがあったか、あるいは国会審議や実施
が遅れるほどの対立点は何であるのか、こうした実証の記事がやや乏しいように
感じられた。そうした説得材料を欠くと政権打倒を叫んでも、読者は半信半疑に
ならざるを得ない。
 
  同時に、原発の導入と定着、安全神話の広がり、一方での安全対策の欠落など
は、自民党長期政権下での方針決定に起因している。大震災の責任は問わないま
でも、原発関連では自民党は野党になったとはいえ、その責任において非協力は
許されない。民主党政権の未熟さを理由に、国会審議の引き延ばしを図るなどは
もってのほかだろう。 こうした報道による野党の取り上げ方には、改善の余地
が大きいといわざるを得ない。

 第三に言いたいのは、こんどの災害を機に、各新聞社とも中央での取材経験を
持ったキャリアのある新聞記者を数多く、現地に投入しているのだが、地方と中
央のぎくしゃくを解明するような記事があまり出ていないことだ。被災地の状況
を伝える単発的記事はいいのだが、復旧・復興策についての進行を妨げているの
は行政機能のパイプの目詰まりか、現行法制のありようか、中央での政党間ない
し政府内、あるいは各行政機関間での政治的対立か、こうした構造的とも思える
ネックの事情が読者に提示されていない。

 まだ問題点はあるが、少なくともこのような報道の欠落ないし不十分さを補完
強化することなしに、政権おろしに熱中した紙面を作ることでいいのだろうか。
菅首相の「短気」「自己中心的な発言性癖」など個人的資質の問題に多くの紙幅
を割き、肝心の政権の内情や行政等の運営などの構造部分を十分に示さず、「お
ろし」作業に参加する愚は改めたいところだ。

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◆3> 取材・報道の的確さ
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  政治報道は、政治家や周辺関係者、あるいは官僚群などからの断片的な発言を
もとに、複数の一致した発言内容を重視しつつ、政治家たちの日頃の発言傾向や
性格、その立場や狙い、対立者やボスなど利害関係者とのスタンス、その人物の
民意掌握度、あるいは対立陣営からの見方や分析などを重層的に勘案して、キャ
ップやデスクなどの経験者のもとで判断されて原稿が作られる。その判断に差異
が出れば、取材記者は異議を述べ、修正を加える。あるいは、デスクらが譲らな
いこともある。
 
  その前提にあるのは、政治家を日頃から距離感を持って見つめ、その人物の性
向や資質をつかんでおくことだ。同時に、個人的に極力本音で会話できる関係も
必要で、そのなかで、オフレコは守るとか、冗談などの扱いをわきまえるとか、
人間関係にとって必要なマナーのもとに信頼を築くことである。ときに、それを
「癒着」といわれ、政治記者は政治家の言いなりのようにいわれるが、それは違
う。報道のうえで、なにが重要か、ということである。

 かつて立花隆が、田中角栄とその愛人について書いたとき、政治記者は癒着し
ているがゆえに政治家の下半身の問題について書けないのだ、と強く厳しい批判
を受けた。そうした素行が政治家にはきわめて多かったことや、国政の報道には
それらの問題は影響なく不要とか、触れないできた長い慣行・惰性とか、のいい
わけもあったが、この投じられた一石によって政治家の道徳性、倫理観、社会常
識などの観点から、下半身問題も執筆するようになった。しかし、それでもスキ
ャンダルを狙うといった視点ではなく、政治責任上問われるべきかどうかの視点
からの記事化であった。

 こうした反省は新聞記者の間に定着していく。これは望ましいことだが、迷う
ことも少なくなく、それはそれでまた反省して進むしかあるまい。話はちょっと
違うのだが、小沢一郎取材についても反省の材料を提供している。小沢の検察批
判が的外れとか、三権分立論云々でもない。

 小沢が記者会見と称して開催している会見の舞台についてである。この会見
は、一般の政治記者が対象ではなく、主にフリーの記者たちを相手とする。4億
円の出所など都合の悪い質問に終始しかねない一般紙の記者ではなく、小沢に理
解を示すような面々を集めるのだ。小沢初公判の際の記者会見は通常の会見だっ
たが、これはテレビ2、新聞2、フリー2という質問制限があり、新聞記者には逆
質問で自らの応答を回避し、フリー記者のやわらかい質問にはにこやかに答えた。

 このように、いわゆる記者会見の舞台の設定自体がおかしく、メディアはどの
ような環境での会見か、を書くべきだろう。記者会見は、驕った言い方のようだ
が、記者が国民に代って疑問を正しているもので、当事者は記者相手というより
も国民に語りかけるための装置でもある。したがって、このような当事者有利を
狙った世論操作の舞台裏については明かしたほうがいい。

 もう一点、鉢呂経産相の辞任問題である。福島視察から作業服のまま宿舎にも
どった鉢呂が近くにいた記者に放射能をつけるようなしぐさをしたことを、各紙
各テレビがそれぞれ違う表現で報じた。「放射能をつけちゃうぞ」「移すよ」な
どさまざまだった。じつは最初に、ある記者が「放射能が着いているのでは」と
軽口をたたいたのに応じて、鉢呂がそのような発言をした、と言われる。鉢呂は
その前後に現地の状況を「死の町」といって批判の対象にされており、あわせて
一本の引責ということだろう。

 問題はいくつかある。
  まず「死の町」の表現は、使い古されたゴーストタウンと同様に、地元の被災
者には刺激的だろうが、新聞でも一般的に使っており、引責につながるような言
葉ではないだろう。 鉢呂の軽口は、たしかに閣僚として望ましいものではな
い。だが、その場の記者とのやり取りからすれば、誘発した原因は記者側にあ
る。それに、このような軽口や一般的表現は、公式の場ならとにかく、記者連中
との日常の付き合いのなかではありうることだ。

 「書かないとやられる」というトク落ち警戒の気分から、とにかく各紙各様に
出稿、掲載する。そして、いっせいに報道されると、もう黙殺や言い訳は通じな
い。それにしても、バラバラの言葉で記事になったのは、そうした会話が特定の
記者との間で持たれ、また彼にしか鉢呂の言葉が聞こえなかったからだろう。な
ぜその特定の記者に取材し、その明かされた事実をもとに状況を伝えなかったの
か。このように密室のような状況で、記者たちが気楽に創作した表現によって、
閣僚の重い辞任を招くのはメディアの行き過ぎといわざるを得ない。

 かつて朝日の記者が、時の実力者小沢一郎がエレベーター内で話したことを、
同乗せずにまた聞きで書いたことがある。これに小沢が噛みつき、朝日は小沢対
策に腐心、結局なんと政治面のほとんど全面を使ったインタビュー記事を載せる
ことで和解したケースがあった。このようなちょっとしたミスが、報道の根幹を
揺るがす。新聞社が、自らのミスで屈服することは読者の信頼を損ね、ひいては
政治との緊張関係を失うことにもなりかねない。

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◆4> 中長期の視点を持つ
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  メディアは政治の劣化に手を貸してはならない。
  だが、制度が政治をゆがめることがあり、これを見逃し放置すると、劣化は進
み続ける。新聞は「ねじれ国会」「強い参院制度」までは制度の問題点として指
摘するのだが、本体の衆院の選挙制度には触れない。ある論説委員は「小選挙区
制はもう少し見守る。二大政党がともに政権を経験すれば、たがいに歩み寄り協
調できるよう、学んでいくのではないか」といった。しかし、5回の小選挙区選
挙で、政治家の小粒化、未熟な組織政党離れ、死に票の黙殺、政党得票率と議席
数のアンバランス、などすでに問題点は事実をもって証明されている。
 
  さらに、小選挙区制を生んだ細川護煕、河野洋平をはじめ、谷垣禎一や加藤紘
一ら、多くの政治家が疑問や反省を述べているが、メディアはその問題点を追及
しようとしない。政党の利害は厄介で、そう簡単には改革できないからこそ早い
問題提起をメディアが果たしていかなければならない。もうすこし遠い先の展望
を持たなければ、ジャーナリズムの責務は果たせまい。また、景気の沈滞、少子
高齢化のなかでの1000兆円に上ろうとする国債の問題も、長期的な点検と国民的
理解のアピールが足りない。これも、その日暮らし的報道と映るのだ。

 新聞記者は日々の動きに敏感で、またその動きに追い回される。そのために、
目先の動向が気にかかり、それを追うことが仕事になる。それは記者の宿命であ
り、やむを得ない一面だろう。また、このような動きに鍛えられて、冷静な判断
力が養われ、自ら伸びていくことも事実である。
 
  しかし、世の中が複雑に絡み合い、イエスかノーか、是か非か、賛成か反対
か、ではすまされない多様化した社会では、学ぶ時間がいっそう必要になる。
ネットで調べるなど便利さは増したが、やはりじっくりと本を読み、奥行きある
思考力判断力を伸ばさないと、社会の動きに付いていけない。そういう時代に、
旧来のままの記者のありようでは、新聞紙面は説得力ある指針や分析、展望を示
すことはできない。
 
  では、どのようにするか。
  やはり学ぶ時間を、新聞企業は記者たちに与えるべきだ。確かに、かつての記
者は家庭を顧みる暇もなく、それでも面白くてしょうがない日々を送ったが、い
まはそのハードな労働環境もかなり改善されてきている。しかし、学ぶ時間は就
業の一環として確保されるべきだろう。新聞企業は、恒常化した広告と部数の減
少で経営も厳しい。しかし、紙面の質の低下を招いては新聞の存続に関わってく
る。

 無理をしてでも、記者生活の一時期一定期間、特定のテーマある記者を研究セ
ンター的な場に、ノルマなしに投入したらいい。海外に派遣する特派員にして
も、一定の準備期間を持たせれば、その国・地域についてより深い洞察力を持つ
だろう。それに、優れた記者は必ず将来に生きる財産を蓄え、紙面に還元する。
いま、都会型の全国紙は「農業」問題の専門家をほとんど持たない。だから、
TPP問題総体についての見識が示されず、右往左往している。農協の存在にも
メスが入らないままだ。多くの問題をはらんでいる自治体の行政についても、定
点観測のような調査報道はされていない。残念なことである。
 
  こうした先行投資が、新聞の信頼を高める。もともと優れた新聞記者がいるの
ではなく、環境がいい記者を作るもので、それは新聞社のこれまでの歴史が雄弁
に物語っていよう。中長期の視点を持った新聞記者を多く抱えることは、そのよ
うな環境を整えることだといっていいだろう。
 
-----------------------------
◆5> 小さいことだが・・・
-----------------------------
  最後に 二、三の提案をしたい。
○ひとつは、地方議員や首長も含めて、政治家が反社会的な行動をとったり、警
察沙汰になったりして、ニュースに登場するときには、その選挙区、所属なり推
薦の政党党派などを書いてほしい。これは選出した地域や選挙母体を示すこと
で、その選挙区民に知ってもらうとともに、送り出した「責任」を考えてもらう
ためだ。

○第二は、政治記事では、匿名の政治家が激しい批判や中傷の弁を記者に漏ら
し、新聞もその発言をテコに責任論や退陣論などのトーンや見出しを作るケース
が目立っている。こうした発言には責任を持ち、また読者が影響力ある発言かど
うかを判断できるよう、本来 実名にすべきである。取材記者にとっては、政治
家との関係上匿名が便利であろうが、政治局面を動かすような物言いには読者の
納得が得られるような記事として提供すべきだろう。

○三つ目だが、新聞記事は、思いのままに物言いのできるテレビのキャスターや
コメンテイターとは違って、客観報道に属する「雑報」と、個人的ないし企業的
意見を記す「論評」とを厳密に分けて、雑報記事に主観的と受け取れる表現は使
わない。だが、これが時折崩れているケースが見受けられる。この原則は守るべ
きことだ。これを見逃すデスクは、その力量が問われるだろう。

 メディアのうち新聞を取り上げたが、影響力の強いテレビはいわゆるタレント
族が起用されることの多いコメンテイターの質、同じ方向の意見でテーマをまと
めてしまうスタンピード現象などをはじめ、さらに多い問題点を抱えている。い
つかそのあたりにも触れてみたい。<敬称略>

(筆者は帝京平成大学客員教授・元朝日新聞政治部長)

                                                     目次へ 
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≪連載≫
■農業は死の床か再生のときか                     濱田 幸生
     放射能の雲の下で生きる
  〜私たち農民は最初に汚染地域に放たれたカナリア〜
■海外論潮短評(50)                           初岡 昌一郎   
  ― 未来からの速報 〜 ニュース産業特別報告 ―
■宗教・民族から見た同時代世界                    荒木 重雄 
 〜パレスチナ国連加盟申請でみえた米・イスラエルをめぐる国際環境変化〜
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≪連載≫
農業は死の床か再生のときか                     濱田 幸生
     放射能の雲の下で生きる
  〜私たち農民は最初に汚染地域に放たれたカナリア〜
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■放射能の暫定規制値は農業者の作業安全規制値ではないのか?
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  放射能問題を語るときにいちばん忘れられていることは、農家被曝です。食品
被曝は本だけで数多く出ていますが、農家被曝を扱った本はまったくありませ
ん。いや、ニュースにもネットにすら登場しません。あたかも初めから「なかっ
た」かのようにです。しかし、考えてもいただきたいのです。農産物の「検出限
界以下」の超微量の低線量被曝が問題となるのならば、それが生産された大地の
上で歩き、土埃を吸い込み、手で直に触り働き、地元の野菜を食べている私たち
農民はどうなるのでしょうか。

 農産物や土壌の線量を測定するのは食品衛生のためである、という大きな誤解
を正さねばなりません。日本には放射能汚染を規制する法律がないために、放射
能を放出することは「合法」です。しかし、まったく放射能を規制する法律がな
いわけではありません。「原子炉等規制法」です。これは原子力施設の内部環境
を規制する法律ですが、そこにはこうあります。「平方メートルあたり4万ベク
レルを超える建物や労働環境は、国が放射線管理区域に指定せねばならない。」

 平方メートル当たり4万ベクレルという数値は、実はチェルノブイリで示され
た旧ソ連の汚染区域の3万7000bq/m2以上と対応する国際基準値です。
この4万bq/m2という原子炉等規制法の数値は、日本が採用しているキログラム単
位に換算すれば、2000bq/kgに相当します。

 日本の土壌残径規制値はいくつですか?そう、5000bq/kgです。私たち農民は原
子力施設で定めた安全基準の2.5倍以上もの濃度が「安全の閾値」だと信じ込ま
されてきたのです。 私たち農民は、日々原子力施設内部ですら危険水域である
「放射線管理区域」で仕事をさせられていたのです。

 ふざけるのもいいかげんにしてほしい!政府は農民の健康などこれっぽっちも
考えていないから、こんな馬鹿げて高い暫定規制値を作るのです。 二本松の
500bqが検出された水田では3000bq/kgの土壌放射線量が測定されています。その
とき、マスコミは大騒ぎを演じました。 彼らは消費者がこれを食べさせられた
ら、という角度のみで報じました。 なにか忘れてはいませんか。そこで働いて
いる人間がいるのですよ。泥をこね全身泥まみれで働く私たち農民がそこにいる
のですよ。

 西日本の人は超低線量の送り火の灰ですら恐怖しているというのに、私たちは
「放射線管理区域」というれっきとした高濃度汚染地帯を「安全」だと信じ込ま
されてきたのです。 日本政府とマスコミは高濃度汚染地帯で働く人々より、た
まに一口二口食べる人たちの方を向いて仕事をしています。 農民を見ろ!私た
ち農民の今そこにある危険を見なさい!暫定規制値は、農民の労働環境安全基準
値ではないのか。
 
  私たち農家が汚染区域に生きているなら、それを強いられているのならば、私
たちはいやがおうでもそれと闘う最前線にいることになります。 私たち農民が
最初に汚染地域に放たれたカナリアであり、それを除去する本隊なのです。 暫
定規制値を下げるのはあたりまえ。問題は、そこからどうして継続的に放射線
量を確実に下げていくのかに、日本は国家を上げて叡知を集めねばなりません。

 既に、農家は自主的に自らの汚染された大地を浄化し始めています。これは闘
いです。しかも長期間に渡る闘いです。 私たちは農地だけを浄化すればいいわ
けではありません。それを包む里山の森林、水系、そして住宅地も含めてきれい
にしていかねばなりません。つまり地域の包括的除染をせねばならないのです。
空からの汚染マップ一枚に7か月もかかる国は信用できません。いや、「汚染」
であることすら認めようとしない国は信用するに値しません。

 私たちは農家が協力し合って測定し、自分の故郷を浄化していくつもりです。
県や国の「安全宣言」などは聞き飽きました。 ほんとうの「安全宣言」を自分
たちで出さねばなりません。出口のないトンネルの中でそう考えました。

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■地域の包括的除染活動と暫定規制値引き下げは実は一緒のこと
-----------------------------------------------------------
  結論から言えば、私は段階的暫定規制値引き下げ論者です。そして包括的にす
べての食品の規制値見直しと、今後の地域の包括的除染の展望を政府が明らかに
するべき時期だと考えています。 物事には短期、中期、長期というタイム・ス
パンがあります。
 
  暫定規制値は大規模原発災害に際して、直ちに平時の規制値を当てはめるわけ
にいかないことから緊急避難的に作られた非常時規制値です。短期的措置の最た
るもので、1年以内に見直さないと禍根を残します。どのような禍根かといえば
  ひとつは、国内市場に対して、「あいかわらず農産物は高濃度汚染を続けてい
る」という誤ったメッセージを発信してしまうことです。  現実には地衣類な
ど一部を除いて、ほぼ完全に放射能汚染は検出されていないのですが、警戒感の
強い消費者は頑として信じようとしません。これはかつて政府が情報の虚偽と隠
蔽を繰り返した反動です。  

 また、農業者からの側の挙証証明とでもいうべき自らの田畑の土壌測定は遅々
として進まないのが現状です。原因は色々ありますが、震災から回復してないと
ころに半年間の売り上げの壊滅状態が続き、そしてその上に測定など無理だ、と
いうのが本音でしょう。
 
  私はこの短期的で時期は7か月目で終了したと思っています。  では、中期的
にはなにを考えたらいいのかと言えば、やはり汚染された田畑の回復を中心に据
えた大規模、かつ徹底的な除染活動と同時進行する暫定規制値の見直しです。
  短期的な個人作業ではなく、農業-商業-一般住民-教育関係者まで網羅した地
域総ぐるみとなった包括的な地域除染活動がすぐにでも必要です。これには市行
政のみならず、県、国レベルの政策が必要なことはいうまでもありません。その
時に問題となるのが暫定規制値です。

 ここで暫定規制値が残した禍根の二つ目の問題がでてきます。
  暫定規制値の性格は、いわば「高く検出されるかもしれない農産物のセーフ
ティネット」にすぎず、汚染された田畑の上で働く私たち農作業者の健康などみ
じんも考えていなかった、という問題です。たとえば、もっとも重要なすべての
農業生産の基盤であり、また農業者の健康に直結する土壌暫定規制値は、チェル
ノブイリの「汚染区域」指定の3万7千bq/m2以上をはるかに超える10万bq/m2(*キ
ログラム換算で5000bq)です。

 つまり、土壌暫定規制値を引き下げるためには、いかにして現に今そこにある
放射性物質を除染するのか、あるいは封じ込めるのかに対して明確な展望がなけ
ればならないのです。 それぬきで、最初に上げた、消費市場への誤った信号へ
の恐れのみでこの暫定規制値を捉えると、地域の一部としての田畑の放射能汚染
の現実しか見ないことになります。私が暫定規制値引き下げと除染はまったく同
じことだと言うのはそのためです。

 おそらく除染-封じ込め活動は10年では済まないでしょう。政権担当能力を欠
いた民主党政権がこのまま任期一杯まで続くのならまったく見通しが立たない事
態に追い込まれます。 チェルノブイリでは当初の日本流にいえば野菜の暫定規
制値が3700bqから13年かけて40bqまで落としたという事例は参考になります。日
本でも間違いなくそれ以上かかるでしょう。
 
  そう考えると、暫定規制値のみを引き下げてもなんの意味もないことになりま
す。仮に40bqが可能な田んぼがあったとしても、その田んぼを囲む耕作放棄田畑
や森林からは絶えず放射性物質が照射されているわけです。すると地域線量は減
らず、いかにコメの移行率0.0026という極微量だとしても、この危険を看視する
わけにはいきません。

 最後に長期的なことについてですが。これは危険きわまりない原子力発電から
いかに脱却するかでしょう。脱原発という言い方がいいのならそう言ってもかま
いません。 しかし私は現在の脱原発運動に参加する気はしません。体質的に違
うといえばそれまでですが、あれは主に都市生活者の運動です。消費者の食と生
活に対する脅威によって拡がった運動で、私たち食の作り手側と相当にすれ違っ
ています。

 放射能汚染された農業をどうするのかについて誰も真剣に考えようとしていな
い状況です。脱原発運動の一角を担うゼロリスク派は、食と農を分断し対立させ
る危険性すらあると思っています。私は農業者として自分の田畑や地域からもう
一回脱原発を考え直す時間はたっぷりあると思っています。なぜなら、脱原発と
いう大きなテーマは国のエネルギー政策の根幹にふれますから、地域の包括的除
染-暫定規制値の見直し作業といった中期的な展望が開けてからゆっくりと考え
ればいいのです。

 現在、私たちの地域の測定グループでは新米はすべて「検出限界以下」でし
た。しかし現実問題として地域のスクリーニングがまったくといっていいほどさ
れていない状況では大きな不安が残ります。というのはあまりに国が指示した予
備検査は粗雑そのものであり、隣町の鉾田は52bqが出ましたが、予備検査はわず
かに3カ所でした。話になりません。ザルも極まれりです。そして新米に対する
スクリーニングも例の調子です。ですから、おっしゃるような「個人の目標」と
してならともかく、暫定規制値の抜本的手直しとなると、先に述べたようなさま
ざまなことを考え合わせていかねばならないと思います。

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■ 東日本のものは食べないとおっしゃる方へ
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「低線量被曝脅威説派」とでもいうべき人々がいます。未だ放射線医学界では極
少派ですが、世論の一角では存在感のある学説です。 先鋭な消費者の中や、西
日本ではむしろ多数派になりつつある学説なのかもしれません。いや、学説一般
というよりも科学的「思想」、あるいは「哲学」といったほうがいいでしょう。

 さて、低線量をどこに基準を置くのかという目安は諸説あるようですが、農産
物の放射線量で5〜10ベクレル/kg、空間線量で毎時0.6〜1マイクロシーベルトと
いったところでしょうか。 この派の特徴は、内部被曝を大きな脅威とすること
です。ホットパーティカルを体内に取り込むことは高線量の被曝にも劣らない危
険だと考えています。ですから、内部被曝の主原因である農産物などに厳重な注
意を払い、それこそが最大の関心事のようです。
 
  ある時、私が農産物の「検出限界以下」とされる20ベクレル以下の線量測定
は、測定技術として難しいのだと言ったところ、この考え方の方からこんな返事
を頂戴しました。「低線量が計測できないのなら、やっぱり危なそうな地域の農
産物を拒否したのは間違いではなかった」 なるほどねぇ、そうなっちゃうの、
といったところです。

 低線量が測ることが困難で、「検出限界以下」になってしまうのならば、いっ
そうヤバそうな県のものはまとめて拒否だ、というわけです。 なんとも乱暴な
意見ですが、現にそのように状況は進行しています。「ヤバそうな県」の代表格
である私たち茨城県や福島県の農産物の苦戦状況は泥沼化しています。

 では、この「低線量被曝脅威派」が安心できる状況とはどんなことでしょう
か? それはすべての農産物から放射性物質の検出がゼロになることです。そし
てその農産物を育てる大地の放射線量も同じくゼロになることです。 おそらく
ここまでいかないと、この派の人たちの「安全・安心」はないのではないでしょ
うか。

 私たち福島や茨城の農民は今必死に放射能と闘っています。さまざまな研究機
関と協同して、知見を集めて、自分の田畑を測定し、マップを作り、放射能の除
染や封じ込めの努力を積み重ねています。 しかし、この派にとってそれは無意
味なことなのです。なぜなら、ぜったいに放射能が「ゼロ」になることはないか
らです。

 おそらくは私たちの地域で土壌線量が50〜70ベクレル/kgを切ることはありえ
ないでしょう。 もともとのバックグランドには大地と宇宙からの自然放射線量
があり、かつ、60年代の核実験の残留があり、今回の事故で放出された放射線量
もその中に紛れ込んでしまうからです。

 農産物もこの土壌からの移行率は品種によっても異なりますが、おおよそ百分
の1から千分の1の単位のオーダーですから、逆に言えば、5ベクレルの放射能汚
染をしてしまうためには、その土壌はその百倍から千倍の線量がなくてはならな
いわけです。 とすれば、仮に低線量派が摂取上限のように言う5ベクレルが検
出されたとすれば、その土壌は500bq〜5千bq/kgなくてはならないことになります。

 これは平方メートル単位換算でその20倍ですから、1万〜10万bq/m2となりま
す。チェルノブイリの「汚染区域」指定は3万7千bq/m2以上ですから、10万bq/m2
は避難区域のホットスポットを狙って作物を作らない限りありえない数値です。

 ですから、高濃度被曝をしてしまった飯館村などは徹底した除染を自治体ぐる
みでしようとしています。 しかし、このような努力は無駄だとこの派の人たち
は思っています。そんな努力より、さっさと逃げればいいじゃないか、頑張って
いる奴がいるからかえって迷惑なんだよ、と。
 
  農産物にしても、作っても低線量は計れないのだから、どうせあなたの地域は
全部丸ごと拒否されるんだし、やったって無駄じゃないの、と思っています。
つまりは、今さら「被爆地」はなにをしても無駄だからなにもするな、と。国や
東電に補償金もらって都会のアパートに越してきなよ、除染やったって終わりが
ないんだからさ、というわけです。

 このような言辞は私の空想ではなく、実際にこの手の台詞をお聞きになったこ
とがあるでしょう。 いいでしょう。そうしましょう。除染活動や測定などバカ
バカしい努力ですから止めましょう。 これは楽でいい。私たち「被爆地」の農
家は復興なんて考えずに、補償金で暮らして昼寝していればいいのですから(笑
い)。
  つまり、低線量被曝脅威派の人々の言う通りにすれば、除染などはやる必要がな
くなるということになります。「低線量が計れないのだから丸ごと拒否」というこ
の派の人たちの考え方に沿えばそうなります。

 低線量脅威派、別名ゼロリスク派は、どこまでが危険で、どこからはこの状況で
許容すべきかという閾値をもちません。目標値がないのです。「閾値なし線形モデ
ル仮説」の極端な解釈であるために、一切の閾値は存在しません。 たとえ今5ベク
レルだと言っていても、明日には3に、そしてやがては0.5に、そしてゼロをと要求
をエスカレーションすることでしょう。この派に農民や漁民はいないでしょうから
(まったくいないとも思いませんが)、言うだけで済みます。
 
しかし、私たちはそれを実現せねばならない役割です。たとえば、現に今自分の田
畑が100ベクレルの土壌線量があれば、来春までには70くらいまで低減しようなどと
計画をたてています。 そして冬の間に裏の山林の落ち葉を集めて処分せにゃあなら
んか、などと計画しています。 あるいは堆肥設計も見直してゼオライトやカリ、木
質を増やして熟成期間も増やすなどの努力もしているでしょう。 そしてそれの基礎
となる土壌測定もシコシコと続けて、そのデータに一喜一憂しています。私たち農民
はそんな生き物なのです。

 低線量被曝脅威派の人たちは、えてして自分のことだけしか見ていません。自分
の健康、子供の健康、それは大事です。かけがえもなく大切な宝です。誰もそれを否
定できません。 しかし、現実にこの社会に放射能は降ってしまったのです。だから
危険な食品を拒否するのは正当な権利でした。ただし、緊急避難的には、です。

 あの忌まわしい大震災から今日で7か月たちました。 もう少し視野を拡げて
みませ
んか。ひとつはこの先の時間へと、そしてもうひとつは今この時代を共有しているは
ずの東日本へと。 覚悟していただきたいのは、この放射能との闘いは長いのです。
おそらくは5年、10年は優にかかるでしょう。 いつまでも西日本と輸入食品の
ものし
か食べない、と言っていられますか。緊急避難としてはそれでもよかったかもし
れませ
んが、そんな生活が今後も続けられるでしょうか。
 
ひと口ふた口食べて危険ならば、私たち「被爆地」の住民や農家はその数千倍、数
万倍のリスクの上で生活しています。そして私たち東日本の人間は、よりよい環境
を取り戻すべく闘っています。それは自分だけが被曝をしないというのではなく、
地域が放射能の枷から逃れることです。社会全体で、地域全体で線量を徐々に下げ
ていくことを目指すことです。

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■ベラルーシにおける放射能食品放射能規制値
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  ベラルーシに調査に赴かれ福島で放射能と闘っておられる方からデータを頂戴
いたしました。「被曝」現地で闘っている人たちは意外なほど明るいのに驚かされ
ます。目標を持って着々と測定器具を集め、どのようにしたら線量を減らして行け
るのかを具体現実の問題として取り組んでいます。柏市では商売上手な人が測定
ショプを始めて大盛況のようですが、福島県ではこの方たちのような民間のボラ
ンティア団体が多く活躍しています。測定器材も、私たちのようなウン十万円のも
のではなく本格的なガンマスペクロメータや、なんとホールボディカウンターま
で備えています。これには驚いた。同じ福島県の東和町の測定グループは、企業が
賛同してここも本格的な器材で測定しています。

 この測定運動の成果は、地域にあるホットスポットの発見に生かされました。文
科省のヘリ測定もやらないよりましなのですが、現実には上空からわからないホ
ットスポットは多数あり、実地に現地を歩かないと分かりません。この現地民間測
定グループの活躍で地域がスクリーニングされてしまったことになり、東和町で
はひとつの検出も記録されませんでした。

 お隣には今回500bq出してしまった二本松市の地点があり、事前に東和町のよう
なスクリーニングがされたのならば、あのような悲劇は回避できたはずでした。
  これから福島県は雪が降ります。もう一月もないでしょう。雪が降れば、除染は
おろか計測すら難しくなります。そこまで押し迫って国はようやく除染だと言う
のですからなんともやる気があるのかどうかまで疑われます。

 ある方に国にもっと要求してみたらどうか、という声がありましたが、私たちは
しないでしょうね。最近は政府に怒りすら覚えなくなりました。 政府など関係あ
りません。あのような国という「団体」はなんの役にも立ちません。期待していると
遅くなるだけで、くだらない交渉をやっているより行動が先です。
 
さて、以下がベラルーシ現地に言って入手された食品の規制値データです。ネッ
ト情報で切り貼りしたものではなく、現地で同じ放射能と闘うベラルーシの人た
ちとの交流から得たものです。  ご好意で転載を許可されましたが、一部のみ
を掲載するにとどめます。ご覧いただければおわかりのように事故直後から現在ま
で4回も改訂されており、その都度急激に規制値は落ちていっています。 今日本で
も問題となっているきのこは、丁寧に生と乾燥とにわけて規制値を変えています。
 
  野菜などは3700bq/kgから40bq/kgまで13年かけて実に0.01%まで落としていま
す。これは政府の徹底した除染作業と並行になされた結果であり、除染をサボター
ジュし続けた日本とは違います。 除染して地域線量が下がるから、農産物の線量
も安心できる規制値に落ち着いていくので、その反対ではありません。そのために
必要なことは、測定に基づく汚染マップづくり、除染方法の検討、そして除染活動
です。ここで目標線量が明確になれば、それの結果を受けて規制値を下げることが
可能になるのです。

 よく「暫定規制値は信用できない」と叫ぶ人は大勢いますが、どこまでこのよう
な一連の流れを知って言っているのでしょうか。逆に福島県では農業をやめろと
か、20ベクレル以下まで表示しろとか現実を無視した空論が飛び交っている有り
様です。これでは何も始まりません。放射能と闘っている現場の人の足を引っ張っ
ているだけです。あくまでも食品規制値は、地域の包括的除染とひとつになって検
討されるべきもので、蛍光灯の密室で検討するだけのものではないのです。

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■ベラルーシにおける食品規制値の推移(抜粋)
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                      単位ベクレル/kg       
86年    88年    92年    96年   99年
・水       370    18.5   18.5   18.5     10
・野菜    3700    740    185  100     40
・果物           同上                70
・牛肉   3700   2960    600    600     500
・パン   -    370   370   100     60
・豚肉・鶏肉  7400   1850   185    185     40
・きのこ(生) -     -   370    370    370
・きのこ(乾燥) - 11100   3700   3700   2500
・牛乳    370    370   111    111  100
・幼児食品   -    1850              37

-------------------------------
■森林の放射性物質残留測定結果
-------------------------------
  遅れていた森林の測定結果が出始めています。調査によれば、6月から8月までに
測定された去年の落ち葉からは高い線量が測定されています。セシウム134、137の
合計が平均5000ベクレル/kg弱といった数値です。

 一方、同時期に測定された今年の緑葉からは平均300bq/kg強ていどの線量しか
測定されておらず、放射性物質は大部分が去年の落ち葉に吸収されたことが分か
ります。そして8月〜9月に測定された今年の落ち葉からは平均1300bq/kg弱でし
た。昨年の30分の1でした。樹皮の放射線量を示す落ち枝からは、平均1300bq/kg弱
が測定されました。まとめてみます。測定単位はキログラムですので、平方メート
ル単位に換算するには20倍してください。

・去年の落ち葉のセシウム合計・・・平均5000bq/kg=>10万bq/平方メートル
・同上・今年の緑葉・・・・・・・・・ 平均300/kg=>6000bq/m2
・同上・今年の落ち葉・・・・・・・・平均1300/kg=>26000bq/m2
・同上・落ち枝・・・・・・・・・・・平均1300/kg=>26000bq/m2

また、筑波大の恩田教授らによって福島県の計画的避難区域内(川俣町)の森林も
測定されています。測定単位は平方メートルです。
・広葉樹林の土壌内セシウム合計・・・・・・・・・・・・・71万bq/m2
・同上・杉の若歳林・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47万
・同上・壮齢林・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91万

この筑波大の測定では、若歳林の土壌表面からは約1割ていどの線量しか測定され
ませんでした。しかし同時に測定された壮齢林では樹間が広いために5割が地表面
から測定されました。

 これらの測定結果を見ると、3月から4月に森林に降った放射性物質は、若歳林に
おいては大部分の約9割が地表面の落ち葉に吸収されたことが分かります。
  落ち枝の測定から、樹の表面にもセシウムが沈着していることがわかります。
ただし、今年の落ち葉からは急激に線量が低下したことがわかります。低減率は約
30分の1ですので、使用量をあやまらねば堆肥化が可能なレベルの堆肥規制値の
400bq以下です。

 残念ながら、去年の落ち葉は茨城県においても使用は不可能だと思われます。
福島県の避難地域内森林は、チェルノブイリの55万5000bq以上の「強制移住区域」
レベルなので、しっかりとした除染作業が不可欠です。それ以外の被爆地地域の森
林も、森林公園や里山レジャー施設などの人と触れ合う場所、そして田畑に森林か
らの水を利用している農地は、去年の落ち葉を除去することが必要です。  
  
        (筆者は茨城県・行方市在住・農業者)

                                                     目次へ
───────────────────────────────────
≪連載≫
海外論潮短評(50)    初岡 昌一郎   
  ― 未来からの速報 〜 ニュース産業特別報告 ―
───────────────────────────────────
 英誌『エコノミスト』7月9日号が、表記のテーマで16ページにわたる長文
の特集を巻央の折込記事として掲載している。エコノミスト誌はもっとも読み応
えのある週刊誌であり,永らく愛読してきたが、あまりにも活字が小さく、最近
では拡大鏡の助けなしには読めなくなった。

 小さな活字で多くの情報を詰め込むのは、同誌には海外購読者が多く、航空便
での郵送コストを抑えるためであろう。この長大な報告を紹介する作業は、量的
に見れば、8分の1以下に圧縮することになる。したがって、皮と肉をそぎ落と
し、スジとホネの一部を残すのみの紹介になったかもしれない。

 この特別報告の筆者は同誌エディター、トム・スタンダッジ。かれはオックス
フォードを卒業後、イギリス屈指のクオリティ紙『ガーディアン』の科学技術担
当記者を経て、エコノミスト誌に入った。彼は『ニューヨーク・タイムズ』の常
連寄稿者でもある。最近、『ビクトリア時代のインターネット』という著書を出
版、当時開発された電信の役割を現代のインターネットに重ねて論じている。両
者とも登場当時は、その潜在的な社会的危険性を識者によって警告された共通性
をもつ。

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◆インターネットが時代を逆転 ― マスメディアの登場以前の状況へ
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  ニュース産業はインターネットの登場でより参加型で社会的となり、かつ多様
性とグループ性を持つようになる。これはマスメディア以前の世界に似ている。
この兆候が既に顕著になっていることは専門家でなくとも感知できる。テレビニ
ュースにはアラブの春や日本の津波の映像など、ユーチューブや他のサイトから
得たアマチュア・ビデオが登場している。トゥィッターに書き込まれたメッセー
ジには多くの事件報道に織り込まれている。

 昨年話題となった「ウィキリークス」は匿名でリークされた秘密文書を公表し
ている。これにはイラクやアフガン戦争に関するアメリカの外交機密文書が多数
含まれていた。「目的は人々に情報を知らせるだけではなく、情報公開を通じて
政治的改革を達成する事である」と責任者のジュリアン・アサンジュは述べてい
る。

 ニュース・ビジネスにドラマティックな動きが生じている。それはインターネ
ットによるもので、他の多くの産業と同じくこの産業を撹乱している。インター
ネットは広告収入を減少させ、ニュースを商品化した。以前には明確だったニュ
ース産業間の境界を曖昧にしてしまい、新聞の伝統的なビジネス・モデルを引っ
くり返してしまった。

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◆世界の新聞事情 ― アメリカで没落、新興国で隆盛
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  「新聞を殺したのはだれか」というタイトルは、2006年に『エコノミスト』が
表紙に掲げた設問であった。これはやや時期尚早であったが、今や多くの国で新
聞は困難な時代に逢着している。中でもアメリカでの危機が最も深刻だ。テレビ
ニュースの登場とその後のケーブルテレビが、読者と広告主を新聞から引き剥が
した。1990年代にインターネットが出現して、新世代にはテレビとネットが主た
るニュースソースとなった。2010年のアメリカではそれらが新聞を追い越した。

 技術革新は広告に依存していたアメリカの新聞に大打撃を与えた。2008年の
OECD調査では、アメリカの新聞は総収入の87%を広告に頼っており、他の国より
も依存度が高い。2008−9年の不況が事態をさらに悪化させた。この間、新聞の
収入はフランスで4%、ドイツで10%、イギリスで21%減少した。アメリカで
は、実に30%も落ち込んだ。その上、アメリカでは新聞の買収合併が進んだ。多
くの新聞は赤字となり、数社が破産した。アメリカの地方紙と首都圏紙は雇用を
さらに削減することが避けられない。アメリカの新聞は広告収入の地方的独占を
享受してきたが、その代わり朝刊を午前中に届けられる範囲でのみ配布するとい
う地理的制約を負っている。

 新聞の健康状態が特に社会的に重要なのは、それが他のニュースメディアのお
手本であり、大半のジャーナリストを雇用しているからである。例えばアメリカ
では、全国テレビネットが2009年に約500人のジャーナリストを抱えていただけ
であるが、日刊紙は40,000人以上(2001年の56,000人から減少)を雇用していた。
しかし、アメリカの新聞が苦境にあるからといって、世界各国で全て同じ状況と
結論を下してはならない。

 西欧の新聞は短期的な激減ではなく、長期的な低落に直面してきた。最大市場
のドイツでは収入が10%減なので、過去10年間で最悪の不況の割には酷くない。
西欧の多くの新聞はファミリー所有で、これが困難な時代に雇用を守るのに役立
っている。世界3大紙を有する日本はよく持ちこたえているものの、地平線は暗
雲が現れている。高齢化と若者の活字離れが進み、広告収入が減少している。

 ロシアでは新聞総数が2009年には9%増加した。評価できない点は、地方
政府が出資した御用新聞の増加である。クレムリンがロシアの新聞の60%をコン
トロールしており、全国テレビ6局をすべて支配している。新聞が伝統的にプロ
パガンダの道具として用いられてきたこの国では、オンライン・ニュースが過去
との決別を代表している。

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◆ニュースに餓える国では新聞が増勢
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  新聞市場が世界で最も急速に成長しているインドでは、メディア危機の兆候な
ど見当たらない。2005年から2009年までの間に、有料日刊紙数が44%増え、
2,700紙となった。新聞総数は23%増の74,000紙である。有料日刊紙発行部数で
インドは中国を追い抜いた。テレビもブームで、500以上の衛星チャンネルのう
ち、81がニュース専門チャンネルである。ニュースと娯楽の両方に権益をもつ民
間企業によってこの分野は支配されている。

 中国市場でもニュースメディアは急成長しているけれども、最近は厳格な統制
が強化されている。民間メディア産業は1990年代に発展可能となった。社会的変
化、知る意欲を高める読者、広告市場の盛況、国家統制と読者の信頼性を調和さ
せる必要などの諸要因が綯い交ぜとなって、非常に混乱した環境が生まれている。
トゥィッター(twitter)が中国では禁止されているので、地方規模のブログ網
を通じて匿名情報が流れている。漢字は情報をコンパクトに伝達できるので、携
帯電話を通じて情報が広範に流さている。マイクロ・ブログは検閲困難だ。

-------------------------------------
◆新しい収入源を求める新ビジネス・モデル
----------------------------------------
  アメリカやイギリスの代表的な新聞は、ネット上のデジタル記事の有料化を進
めているが、今のところあまり成功していない。最初の数本の記事は無料で読め、
それを越えると有料となる多様な「料金の壁」を設けている。少数のコア利用者
を除けば、大多数は時おり利用する読者である。新聞や雑誌の既存購読者は一般
的にいって、デジタル・ニュースやモバイル受信装置にカネを払いたがらない。

 『ダラス・モーニング・ニュース』は、同紙の購読者にたいしデジタル・ニュ
ースを無制限に読めるようにした。デジタル・ニュースの読者が圧倒的多数にな
った時点で、新聞紙によるニュース提供を廃止するという。費用対効果性からみ
て、企業はデジタル・ニュースにあまり広告料を払いたがらない。

 そこで、新聞とデジタル・ニュースの包括料金制にはメリットがある。デトロ
イトの新聞のように、新聞紙の発行を週3−4回としてコストを減らし、他方でデ
ジタル・ニュースを継続して流すところでは、紙数の93%を維持している。大都
市圏の典型的な新聞は広告収入の53%を日曜版で得ているので、新聞紙を日曜だ
け発行し、他の日のニュースはデジタル版だけとすることもできよう。

 編集上の工夫によって、ニュース報道をデジタル中心とし活字新聞は週刊誌の
ようにストーリー性のあるものや、解説と分析を中心とするものもある。スポー
ツ報道を専門紙に譲り、紙面縮小によるコスト削減を検討しているところもある。
民間社会貢献団体の支持によってニュース配信組織を設立し、報道の質と説明責
任を向上させようとする動きもある。この機構は通信社的な機能を持ち、他の報
道機関に有料配信を行なう。

---------------------------------------------------------
◆新技術はソーシャル・メディアに一般市民が参加する可能性を拡大
------------------------------------------------------------
  ソーシャル・メディアが盛んになったお陰で、ニュースは最早ジャーナリスト
だけによって収集されるものではなくなった。新しく生まれた環境では、ジャー
ナリスト、ニュース提供者、読者が情報を交換する。1999年ごろから変化が始り、
ブログという通信手段がこれまで受け手にすぎなかった人々を発信者に変身させ
た。かれらは直ちにマスメディアの正当性と信頼性に挑戦を開始した。

 当初、多くのニュース報道機関はこれらの新しい手段に敵意を隠さなかった。
しかしここ数年、メディアの主流派は態度を変え、プロとアマが協力する「ハイ
ブリッド・アプローチ」をとり始めている。新聞やテレビニュースの多くが、自
前のブログを開設し、読者からのコメントを受付けている。また、読者からの写
真、ビデオ、記事を活用し、インターネットに公表された資料を利用している。
ジャーナリストもフェースブック、トゥィターなどのソーシャル・メディアを貴
重な情報源としている。

 2010年に公表された「ピュー・リサーチ・センター」の調査によると、アメリ
カ人口の29%に当たるインターネット利用者人口のうち、37%がニュース報道に
寄稿し、ニュースにコメントを加え、あるいはフェースブックやトゥィターなど
のソーシャル・メディアを通じてニュースを広めたりしたことがある。この数字
は今日ではもっと増えているだろう。誰もがジャーナリストというのは誇張だろ
うが、ますます多くの人がニュースに関与するようになっている。

--------------------------------------------
◆インターネット時代では客観性よりも透明性が重要
----------------------------------------------
  世界で最も利益を上げているニュース機構の一つが、ルパート・マードックの
所有するアメリカのケーブルテレビ「フォックス・ニュース」である。フォック
スは単なる報道ではなく、意見を提供することを標榜しており、保守的な世論の
形成を目的とするのを隠していない。もう一つの目的意識的な報道機関の例は、
アラブ世界で改革指向を示す「アルジャジーラ」である。MSNBCは左派的指
向を最近はっきりさせて、躍進している。これに反し、客観的網羅的報道をモッ
トーとしたCNNが、少なくともプライム・ニュースでは視聴率を落としている。

 ジャーナリストが報道に当たって不偏不党であるべきだという観念は、比較的
新しいものである。広い読者にアピールするために、19世紀頃から大衆紙は次第
により客観的なスタンスを取りはじめた。“客観性”は様々プレイヤー間の妥協
の産物であった。アメリカの民間放送は最大限の聴衆と広告主にアピールし、規
制機関とのトラブルを回避するために「不偏不党」を掲げた。

 ヨーロッパでは新聞の明らかな党派性が広く見られる。イタリアの国営テレビ
三局のように、公営放送でも政権寄り党派性を公然化しているところもある。イ
ギリスBBCの政治的独立性はやや異例で、これまであまりにも左派的だという
批判に抵抗してきた。不偏不党はいまやルールではなく、既に例外となっている。
インターネットがさらにこの傾向を後押している。

 いわゆる客観性よりも、透明性が重要と見られるようになった。透明性は情報
源とデータを結合することであり、インターネットがこれを容易にする。ブロッ
ガーはこの技術を以前から自分の見解をバックアップするために用いてきた。ニ
ュース報道はインタビューを都合よく要約するのではなく、全文をオンラインで
発表すべきだという主張が強くなっている。ラジカルな透明性の主張者、「ウィ
キリークス」のジュリアン・アサンジュも同様な見解を示している。

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◆マスメディアの終わり ― ニュースはソーシャル・メディアの手に
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  現今のニュース報道の変容には歴史のアイロニーがある。新技術は多くの点で
マスメディア的ビジネス・モデルを弱体化し、工業化社会以前の自由奔放かつ分
散的な状態にこの産業を回帰させている。発表手段が容易に入手できるようにな
り障壁が崩れるにつれて、ニュースが多様化している。ウィキリークスや近年の
他の社会的メディアの登場でニュースはより意見主張型となり、多極的かつ党派
的となっている。かつての騒々しい街頭パンフ配布合戦時代が想起される。

 最大のシフトは、ジャーナリズムが最早ジャーナリストによる占有の場でなく
なったことだ。起業やNPOと共に一般市民がニュース・システムの中で役割を演
じ始めた。ソーシャル・メディアは一時的な過熱状態にあるのではなく、まだそ
の役割が端緒に就いたにすぎない。成功を収めるニュース事業とは、この新しい
現実を受容するものであろう。広告主よりも読者によりよく奉仕し、社会的な性
格を認識して、自分の立場を防護するバリアーを撤去する方向に進路を転換する
ものが生き残る。ニュースのデジタル的な将来は、インクの染み込んだ、混沌と
した過去と多くの共通点を持っている。

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●●コメント●●
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  ニュース報道の将来は過去の手作り的な新聞やパンフ時代の混沌に突入すると
いう、論文筆者の見方はややユニークなものかもしれない。だが、大新聞や大テ
レビによる報道支配や、プロのジャーナリストによるニュース提供の寡占状態に
終止符が打たれるという指摘は次第に現実化している。ニュース報道には客観性
にまして透明性が必要なことは、今日の日本のマスコミによる原発報道の欠陥か
らみて、誠に当を得たものと首肯せざるを得ない。発表されたことをそのまま垂
流すような報道は客観性云々以前の問題であるが。

 デジタル化されたニュース報道が一般人の参加に大きな道を開いていることは
積極的に評価されるべきである。しかし、ニュースが無限定的に流通、拡散する
ことには弊害もある。従来のクオリティ・ペイパーが持っている編集、解説、調
査報道の機能が、ネット世界から自然発生的に生まれるとは考えられない。これ
が失われるとニュースの信頼性を確保できず、真贋綯い交ぜの混沌たる情報世界
が出現する危険がある。本論筆者は、この混沌をあまり悲観視しておらず、ここ
からむしろ新しい地平が生まれるのを期待しているようなのだが。

      (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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≪連載≫
宗教・民族から見た同時代世界  荒木 重雄 
  〜パレスチナ国連加盟申請でみえた米・イスラエルをめぐる国際環境変化〜
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 9月23日、国連総会、アッバス・パレスチナ自治政府議長が国連への加盟申請
を報告すると、多くの国の代表団が立ち上がって盛大な拍手を送った。その中で、
米国とイスラエルの代表団は座ったまま硬い表情。
  米国とイスラエルによる、申請阻止をめざした懸命な多数派工作やパレスチナ
自治政府への恫喝にもかかわらず現出したこの光景は、パレスチナ問題の長い歴
史の中でもまれにみる両国の外交的敗北・孤立化を強く印象づけるものであった。

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◇◇イスラエルの驕り
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  ここでパレスチナ問題の経緯を大筋で辿っておこう。
  地中海東岸の一角を占めるパレスチナの地に、1948年、欧州からのユダヤ移民
がユダヤ国家イスラエルを建国し、古来ここに暮らしてきたアラブ住民(パレス
チナ人)を放逐した。
 
  これを認めぬ周辺アラブ諸国と三度、戦火を交えるが、欧米の資金や兵器の支
援を受けたイスラエルが圧倒的に強く、67年の第三次中東戦争では、当初パレス
チナ全土の8割を自国領土とした残りの2割(ヨルダン川西岸、東エルサレム、ガ
ザ)も占領した。占領地や周辺国からのパレスチナ難民の抵抗に対しては過酷な
弾圧で応えた。

 93年のオスロ協定でヨルダン川西岸とガザにパレスチナ人の自治が認められ、
暫定自治政府が発足するが、イスラエルはパレスチナ人自治区へ国際法違反のユ
ダヤ人入植を押し進め、すでに、オスロ協定締結時の2倍を超える約50万人が居
住する。
 
  パレスチナ人弾圧の手も緩めない。分離壁を町中に巡らして人や生活物資の流
通を妨げ、いったんゲリラ攻撃でも起ころうものなら、報復で、一般市民への攻
撃のみならず、医療機関やモスクの狙い撃ち、白リン弾やクラスター爆弾など非
人道兵器の使用もためらわない。

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◇◇米国を牛耳るイスラエル
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  この傍若無人な振舞いのイスラエルをつねに援護してきたのは米国である。軍
事技術や最新鋭兵器の供与、年30億ドルを超える資金援助のみならず、国連でイ
スラエルの国際人道法違反や戦争犯罪、占領地での人権侵害への非難決議が出さ
れても、そのたびに米国は拒否権を行使してこれらの非難を封じてきた。核開発
疑惑についても、北朝鮮やイランにあれほど厳しい米国が、保有はほぼ間違いな
しとされるイスラエルの核には一言も触れない。

 米国がイスラエルをここまで擁護する理由はなにか。中東で唯一の「非イスラ
ムの民主国家」であるイスラエルは、アラブ民族主義から欧米の石油権益を守り、
イランやシリアなど「反米国家」を抑止する同盟国として、戦略的な重要性が高
い。
 
  加えて、米国内のユダヤ・ロビーがもつ政治力である。じつに民主党の政治資
金の60%、共和党のそれの35%はユダヤ系組織から拠出され、連邦議員の7割以
上がユダヤ・ロビーの影響下にあるといわれる。また、イスラエルに非友好的な
議員にたいしては、対立候補に巨額の資金を提供し、併せて傘下のメディアでネ
ガティブ・キャンペーンを展開して確実に落選させる力をもつともいわれている。

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◇◇パレスチナ自治政府の賭け
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  その米国が、イスラエル、パレスチナの和平交渉の仲介役を任じてきたのだか
ら、公平が通用するわけがない。ユダヤ人の入植活動凍結を交渉の条件とするパ
レスチナ側を無視してイスラエルは入植地の拡大を進める。

 しかし、昨年9月の国連総会で「2011年9月までに国連に加盟したパレスチナ国
家を見たい」と演説したオバマ大統領にパレスチナ側はいささかの期待ももった。
だが、今年2月、米国は、国連でのイスラエルの入植非難決議案に拒否権を行使。
イスラエル寄りの姿勢を崩さぬ米国に不信感を募らせたパレスチナ自治政府が、
ならばと、国際社会へのアピールで状況の打開を狙ったのが、今回の国連加盟申
請であった。

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◇◇地域友好国も離反
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  イスラエルをめぐる国際環境の変化は国連の場においてばかりではない。エジ
プトの首都カイロで、9月9日夜、若者らの群衆がイスラエル大使館を襲撃し、治
安部隊との衝突で千人を超える負傷者が出る事件が起きた。「アラブの春」とよ
ばれる民衆運動で親米・親イスラエル路線をとってきたムバラク独裁政権が崩壊
し、これまで抑えられてきたエジプト国民の反イスラエル感情が噴出したもので
ある。

 一方、トルコとの関係悪化も明らかになった。昨年5月、イスラエルに封鎖さ
れたガザに人道物資を届けようとしたパレスチナ支援船にイスラエル軍が強行突
入しトルコ人活動家ら9人が殺害された事件をめぐって、イスラエルはトルコに
対する謝罪を拒否。これに反発したトルコ政府は9月18日、駐トルコ・イスラエ
ル大使を追放しイスラエルとの軍事同盟を破棄した。

 エジプト、トルコとも、これまで中東におけるイスラエルの数少ない友好国で
あった。イスラエルを南北から挟む両地域大国との関係がさらに悪化することに
なれば、同国の安全保障問題も懸念される事態である。

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◇◇国連総会と安保理の乖離
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  国連総会でYesが安保理ではNoはいまに始まったことではない。
  パレスチナの国連加盟申請は、安全保障理事会で形ばかりの審査や協議がおこ
なわれるが、米国があらかじめ拒否権行使を明言した状況では実現するはずもな
い。だが、申請にさいしてのアラブ民衆の昂揚や国連総会での圧倒的支持を前に
して、米・イスラエルをめぐる国際環境の変化は否定のしようもない。
  しかも、パレスチナの人々の期待が失望に変わり、それが新たな民衆蜂起や強
硬な政治勢力の支持に向かえば、イスラエルはさらに緊張をしいられることにな
ろう。

    (筆者は社会環境学会会長・元桜美林大学教授)

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【横丁茶話】                    西村 徹
〜 2012年8月・炎暑の東京国際ミルトン 〜
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●第十回国際ミルトン・シンポジウム
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  国際マラソンではない。ミルトンである。ミルトンといってもドリンクのミル
トンではない。ミルトン・フリードマンでもない。ジョン・ミルトンという英国
の詩人・政治家・言論人のことである。ミルトンを研究する学者の集まる学会が
日本にもあって、それが国際ミルトン学会というのに属しているらしい。その第
十回国際ミルトン・シンポジウムなるものが2012年の夏8月20日から24日にかけ
て青山学院大学でおこなわれる。

 日本ミルトン協会の依嘱によってのことらしいが高橋睦郎が書いた新作能「散
尊(サムソン)」が辰巳満次郎ほかによって8月21日に上演される。この演能を
呼び水にして国際学会を東京に誘うことになったらしい。能に採り入れられるほ
どにミルトンは日本文化に浸透しているのだと言いたいらしい。これでミルトン
が日本でブームになるとは思えないが、高橋夢幻能は見たいと思う。テレビでや
ってくれるとありがたい。

 じつは今年2011年開催の予定が3.11東日本大震災で取りやめになった。津波、
震災のみならず、フクシマ第一原発の、日本国のみならず地球そのものを揺るが
す破局的大事故が起こった。事故発生当時は即刻国外に逃れる外国人も多く、東
京から関西に公館を移す国も見られた。その年の取りやめは当然として、フクシ
マは終息どころか事故そのものが現在進行中である。少なくとも十年ぐらいの間
は、東京が国際学会の会場になるなど、まさに想定外であった。

 そもそも英語圏以外で国際ミルトン学会の開催地になった国はフランスのみで
ある。2005年に第8回国際ミルトン・シンポジウムがグルノーブルの、文学部で
なくて、法学部によって催されている。言論自由の権利を主張した『アレオパジ
ティカ』や離婚論を扱ったパンフレットなど、ミルトンの法理論家の側面を主題
としたらしい。グルノーブルのフランス革命との関わりからも一応納得できる。
日韓が共同で会議を持つ程度の距離感である。2008年にはロンドンで第 9回がお
こなわれた。そして第10回が今年2011年に東京でおこなわれる予定であった。

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●風吹けば桶屋・・
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  何故こんな瑣末迂遠なことを書くかというと、この東京ミルトンなるものが風
と桶屋の因果でわが私生活に影響を及ぼすことになったからである。じつはすで
に2006年に、青山学院大などで日本ミルトン協会が、前興行よろしくイギリス人
ミルトン学者を招聘するということがあった。たまたま、そのイギリス人は私の
1966年以来の友人で、PhDはシェークスピアだったが、ニュージーランドの大学
に赴任以来、いつしかミルトンに鞍替えしていた。日本に来て青山学院では授業
を数コマ、日大では巨大講堂で講演したらしい。それから京都に移って同志社で
授業を数コマやったらしい。総て済ませた後に夫婦して我が家にやって来た。十
月下旬のことである。

 自前で来たのではなくて、京都の宿までクルマで迎えに行き、当地のリーガロ
イヤルというホテルまで運んだ。私はクルマも免許も捨てているから若い知人に
頼んで運んでもらった。以前は我が家に泊めていたが、とても寝室を明け渡して
まで泊めるだけの体力はもはや私どもにはない。身銭を切ってホテルに泊めた。
いきさつはオルタ36号に書いたとおりである。翌々年の2008年6月29日に、5度目、
こんどは単身で来た。たまたま私は胸のヘルペスで呻吟しつつ点滴のため通院中
だったから家内が関空まで迎えに行った。今度は単身ゆえ、いくらか負担は軽い
ので家に泊めた。

 翌2009年に私は腹部大動脈瘤のステント挿入手術と喉頭がんの放射線治療を受
けた。既に1975年に胃袋は半分切除している。他の慢性病は措く。ともあれ今年
の暑さをよくぞ乗り切ったと不思議に思っているさなかにある。買い物難民化、
老々介護未満化しつつある。友あり遠方より来るのはよいが老いると段々こたえ
る。自分の足で拙宅に来て、お茶なり晩餐なりで帰ってくれるのなら楽しからず
やである。

 そして来年は86歳。たぶん耄碌もしている。しだいに彼あるいは彼らの滞在が、
とりわけ家内には負担というより苦痛である。英語しか話せないから何回来ても
自前でこの家まで来ることができない。自分の足でツアーもできない。いちいち、
嵩高いコドモの修学旅行みたいに添乗ガイドの辛苦を強いられる。ホテルに泊め
ても、宿泊以外も一切丸投げされる。毎日ツアーの計画を立ててホテルに日参し
なければならぬ。

 今年は無事だったが、9月21日に来年のシンポにはやって来るとメールが来た。
  家内の意を訊ねるまでもなく断ることにした。思いやり予算廃止を決めた。
「日本では学会は秋と相場がきまっている。八月の学会は正気の沙汰でない。昨
年の熱中症死者は47人。年平均の倍以上である。当方避暑で不在となる公算も大
きい。死んでいるかもしれない」と。

 彼らは体重超過で膝の負荷が重きに過ぎ、膝関節の修理をおこなった以外無病
である。したがって病気について一般に無知である。ヘルペス(帯状疱疹)とい
う病名では通じない。俗語のshingles(砂利)には「ウイスキーを呑めばいい」
と言う。そういう無邪気な人々の想像力が自分の生理年齢を超えることはほとん
ど期待できない。

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●万事に時節というものがある
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  以上は私事であって、当然ながら風と桶屋的関係以上には、ミルトン協会にも
青山にも責任あることではない。因縁つける気は毛頭ない。落ち目とはいえ経済
大国の金満大学がなにをやろうと勝手だが、八月の残暑のなかで学会をやらかす
ことには少なからぬ疑問を持つ。気が知れない。今年など残暑のほうが暑中より
きびしかった。温暖化は年々進んでいる。HP(http://ims10.blogspot.com/)上
の第10回国際ミルトン・シンポジウム広告には『失楽園』第5巻冒頭の2行を掲げ
ている。

 Now Morn, her rosy steps in th' eastern clime
  Advancing, sowed the earth with orient pearl

 なんとみごとな言語の音楽であろうか。だれしもが思わず息を呑む、荘重で晴
朗な響きの詩行だ。私はほとんどアマテラスを想う。表象するところは神道シュ
ラインにこそふさわしい。キャッチコピーとしては上々だろう。しかし同時に真
っ赤なウソを感じる。八月のthe far eastern climeがどんなものかをまったく
無視している。ミルトンは日本の夏を知らない。日本ミルトン協会は知っている。

 それとも、外来の客とはいえ円高でヨーロッパからはほとんど来ないだろうし、
そうでなくても大半はアメリカ人で、アメリカは日本より苛酷な夏も珍しくない
から問題ないと踏んでいるのか。HPには米国務省のお墨付きを掲載している。フ
クシマ第一原発は東京渋谷から230キロと遠いから(渋谷における)米市民にと
って顕著な危険はないと。そう書いているが、渋谷だろうと山谷だろうと250キ
ロ圏内だ。

 9月27日現在、汚染の帯は250キロを超えている。埼玉の茶も神奈川の茶も汚染
された。渋谷にも給水している金町浄水場からも放射性ヨウ素が発見された。コ
ドモを持つ東京のお母さんたち(たとえば室井佑月)は線量計をもって通学路の
放射線量を計ったりしている。ホットスポットは各所にあるだろう。

 東電は東京の需要を充たしている、23区は計画停電しない、ギンギンに冷やせ
ばすむと踏んでいるのか。フクシマの放射能はヒロシマ原爆の100倍だと児玉教
授はいう。私としてはプルトニウムが気懸かりでミルトニウムどころでない。な
にも東京くんだりでやらなくてもいいではないか。日本ミルトン協会であって東
京ミルトン協会ではなかろう。

 京都でやってもいではないか。名古屋もあれば広島も、金沢もある。札幌なら
8月もいい。まともな神経あるいはミルトンなみ人権感覚があればそう思う。グ
ルノーブルはパリから3時間、リヨンから100キロ、人口15万の地方都市だ。東京
は原発完全停止の年まで延期とする、それぐらいのことを、もし宣言したら、学
会を開くより、はるかに価値あるメッセージを世界人類にむかって発信すること
になるだろう。

 他所さまのことなので、これ以上は立ち入らないが、序でだからミルトンにつ
いて多少の私見を記しておく。これは、ミルトン協会とは直接関係ない。いくら
か刺激されてのことではある。

----------------------------
●日本とミルトン
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  ミルトンは英国ではシェークスピアに次いで、それほど読まれているかどうか
はさておき、文学史上のいくつもの峰の一つをなす人物である。詩人であり、パ
ンフレティーアであり、革命家である。オリバー・クロムウェルのラテン語秘書
として清教徒革命に献身した。したがってフランス革命をも刺激した。日本では
プロテスタント系クリスチャンの一部で尊重されるが、とてもシェークスピアに
次ぐようなマーケットを持たない。

 ゲーテに較べてもダンテに較べても、あるいはセルヴァンテスに較べてもはる
かにマーケットは貧弱であろう。寺田寅彦の孫引きになるが、「ダンテはいつま
でも大詩人として尊敬されるだろう。・・・だれも読む人がいないから」とヴォ
ルテールは言った。そのダンテほども読む人はいないだろう。

 シェークスピアやダンテほど翻訳者の意欲をそそらないのか、代表作の『失楽
園』も岩波文庫しか見当たらない。刷られた回数は多いから買うだけは買う人、
あるいは買わされるだけは買わされる学生は多いのだろう。渡辺淳一の同名小説
とどっちが読まれているかはわからない。戦前、新潮文庫に繁野天来訳『失楽園』
上下があって私も大昔に買って持っていたことがある。とっつきが悪くてそのま
まになった。新潮社の世界文学全集、いわゆる円本にもあったような気がする。
  どうして読まれないか。もう一度上掲の第5巻冒頭を見よう。

 Now Morn, her rosy steps in th' eastern clime
  Advancing, sowed the earth with orient pearl

 ものものしい長母音の配置と「東方」黎明の輝くイメージの対照。この二行に
かぎっていえば語の意味と音声の呼応は完璧だ。その音楽が奏でる調べから立ち
上るもの、その織りなす陽光燦々たるイメージの全体像は日本語になるとどうな
るか。

 やがて東の空に「曙」が薔薇色の歩みをすすめ、
  大地に煌めく真珠を撒きちらしたが

 平井正穂訳(岩波文庫・1981年)がこれである。この翻訳にケチをつける気は
さらさらない。翻訳者に他の語彙の選択余地はほとんどなかろう。しかしながら
翻訳の良し悪しにかかわらず、翻訳によって失われるものの大きさはだれの目に
もあきらかだろう。

 eastern climeとorient pearlの対照は「東の空」と「煌く真珠」では「空」
も「煌く」も舌足らずだから台無しだ。Morn ; rosy ; sowed ; orientと続く長
母音の厳粛なトーンは日本語に移すに移せない。この点にとどまらず日本語翻訳
ではミルトン詩に独特のイメージ、全体に瀰漫する重心の低い風韻、俗にオーラ
と呼ばれているもののほとんどが失われる。日本語で概念的な意味だけを辿って
も、散文的で索然たるものになるほかない。

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●ジョージ・オーウェルとミルトン
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  ジョージ・オーウェルの『なぜ私は書くか』(1946年)の中に、こういう一節
がある。岩波文庫の小野寺健訳(1982年)の方が新しいが、鶴見俊輔訳(『オー
ウェル著作集I』平凡社1970年)は原詩を併記して逐語訳しているのでこちらを
採ることにする。
「十六くらいになった時、私は突如として、言葉そのものの楽しみを見いだした。
言葉のひびきとか、言葉の作り出す連想作用の楽しみのことである。『失楽園』
の次の二行、

 So hee with difficulty and labour hard
  Moved on : with difficulty and labour hee,

 かくて彼は、苦しみつつ、激しく努力しつつ、
  進み行けり。苦しみつつ。努力しつつ、彼は、

 それらは、今ではそれほどすばらしいとも感じられないのだが、背中がぞくぞ
くするほど私を感動させたものだ。特に”he”を”hee”と書くことなどで、さ
らに楽しみのふえる感じだった。」

 第2巻1021〜1022行である。原詩を読めば、labour hardとlabour heeに日本人
の耳にはヒー、ハー、ヒーとオノマトペの工夫があるようで、気息奄々のありさ
まがつたわってくる。ミルトンにこのようなユーモアが普通なのかどうか、門外
の私に決め手はない。しかし詩固有の暗示的意味はここにはない。概念語による
叙述は表層の意味のほかには何もない。
 
  これは『復楽園』(Paradise Regained)末尾He, unobserved, / Home to his
Mother's house private returned.(「彼は、人に見咎められずに / ひそかに
母親の家に帰った」)についてJ.L.ボルヘスが「その言葉遣いは平明ですが、し
かし同時に、それは死んでいます」(『詩という仕事について』鼓 直訳・岩波
文庫136ページ)と言ったのと軌を一にするだろう。第5巻冒頭に比べれば奥行き
はまったく浅い。しかしその表層の意味だけしかない単語のひとつひとつは、じ
つによく音が立っている。原詩抜きの小野寺訳(文庫10ページ)はどうか。

 こうして彼は苦難と戦いながら
  進んで行った。苦難と戦いながら。

 対訳でなければこれが妥当だろう。散文行分けに過ぎないようでもリフレイン
は原詩の持つ重苦しさを伝えている。訳者の手柄とまではいえなくても、それが
散文ではなくて詩であるという申し訳は立っている。

 平井正穂訳(岩波文庫・上巻111ページ)はどうか。

 こうやって、彼は激しい困難と辛酸をなめながら
  進んでいった、――まさに、それは困難と辛酸の極といえるもので
  あった!

 ナニコレ!である。ここまで暑苦しくパラフレーズされると「どこが詩なのか?
まるきり退屈な散文ではないか」と思わざるをえない。たぶん十六歳のオーウェ
ルは、ただただ弱強五歩格の韻律に酔ったのであろう。日本語でも、七五調だと
中身スカスカでもそれらしく聞こえることがある。七五調ではないが、往年「忘
却とは忘れ去ることなり」という無内容なトートロジーが名調子として広くゆき
わたった。そういう調子が翻訳になると消える。下手するとオンチがカラオケの
マイクを離さないようなことになる。翻訳で『失楽園』を読むばあい、まさに
「困難と辛苦をなめながら」延々とこの退屈に耐えなければならない。もちろん
こんなところばかりではない。しかし、こういうところが多い。

----------------------------
●ヴァージニア・ウルフとミルトン
----------------------------
  ヴァージニア・ウルフからの孫引きであるが、コールリッジは「偉大な精神は
両性具有である」(A great mind is androgynous)と言った。そう言われれば
誰しも思い浮かべるのはmyriad-minded Shakespeare だ。ウルフは「プルースト
も純然たる両性具有者であるが女性的部分が少し強すぎる」のに対して、ミルト
ンは「男性的部分がほんの少し強すぎるかもしれない」という。ケンブリッヂで
はthe lady of Christ’sと言われたにもかかわらずである。そしてウルフは
「この精神の二面性という説が適用できるなら、男らしさとは今や自意識に捉わ
れたもの・・・最も欠けていると思えるのは、暗示力」とも言っている(『自分
だけの部屋』:A Room of One's Own:およそのところ、みすず書房版・川本静
子訳を借りた)。

 ウルフの言うところを念頭に置くと見えてくるものがある。シェークスピア作
品のどこにもシェークスピアはいない。ミルトン作品のどこにでもミルトンがい
る。かの有名な、「己が失明」を歌ったソネットOn His Blindnessは、まったき
自己否定と見えつつ頑固な自己主張であることからもわかる。

 これ以上を言う気はないが、私がいまいちミルトンに近づく気持ちの湧かない
のは、ひとつにはそのgrandiloquence(大袈裟な物言い)、自己顕示臭、fameを
求めて臆せぬところ、そのような過剰な自意識に、ときに閉口するからである。
それよりもなによりも国王処刑を支持するパンフレットを書いたこと、すなわち
王殺し(regicide)の共同正犯であるという嫌悪すべき事実は見逃せない。これは
私見にすぎないが、おそらくこの国でミルトンが繁昌することはあまり期待でき
まい。もしフィリップ・プルマンのような、ミルトンを換骨奪胎して壮大な作品
を創造する作家が日本にも現れるならば状況は変わるかもしれない。

 そういうことがなくても、それでも日本は、大学内の英語屋村人口は大きい。
他を圧して大きい。村の中のマーケットだけでも共食い的内需は十分で、自給自
足は維持することが可能であろう。加えて量産された大学院が量産せざるをえな
い博士たちが内需を下支えする。慶賀至極といいたいが、村人よ、ときに村の外
に出よと言いたい気もする。ミルトンこそ文学の外に出た行動の人ではなかった
か。

 大陸旅行中ギリシャに向おうとするとき故国に内戦勃発の報を聞き、「祖国の
友らが自由のために戦うとき物見遊山の旅をしていては面目が立たぬ」と急遽帰
国して革命に身を投じたのではなかったか。そして挫折し、深く傷つき、ほとん
ど世を忍ぶ身となって、あれらの重厚壮大な作品を生んだのではなかったか。
(2011/10/04)

(筆者は堺市在住・大阪女子大学名誉教授)

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【提言】
   水田畜産について                    力石 定一
───────────────────────────────────
 国土計画で、どうしても重視しなければならないのは、日本の水田の問題であ
る。世界が食糧危機に直面したとき、水田という安定した食糧供給装置を維持し
ていることがどれほ大切かということを忘れた議論は困る。

 また水田は、重要な遊水地機能を果たしているのであって、減反と称してこれ
を畑にかえると水害を起こすことになる。1980年代に志村博康東大教授は、「全
国の水田の洪水調節能力は81億トンあると推定され、日本全国にある洪水調節用
ダムの能力が25億トンであるから水田を3割減反して畑に変えると、日本の洪水
調節用のダムの能力を全部停止するのと同じことで、いたるところで、河川が氾
濫を起こし、これにたいして土木予算で対応しなければならなくなる」と述べて
いた。

 1980年代に水田は300万ヘクタールあった。今や195万ヘクタールに減少してい
る。30%減少していた。この間に、実際莫大な洪水調節用の土木予算が投入され
てきたわけである。
 
  山林の保水力の低下が呼び起こす土木予算と同じ問題である。食糧自給力を守
ることと合わせて、水田のこれ以上の崩壊を食い止める方途を考えなければなら
ない。私は「食用米が過剰になった部分は餌米づくりに転換するとよい」という
説に賛成である。アルボリオJ-10という、菅原友太宇都宮大学名誉教授がイタリ
アのアルボリオという品種を改良して作り出した品種が注目されている。

 これは生育が旺盛で、草丈が高く、普通米の2倍の藁が取れる。実がなる前に青
刈りをして、粗飼料を牛に食べさせる。株を残しておいて、株立ちしてきたもの
の実を取るのである。この草も粗飼料として牛に食べさせる。モンスーン地帯に
ある日本では餌米の成長は非常に良くて1ヘクタール当たり草の量は、欧米の乾
燥地帯の牧草の30倍とれる。

 1ヘクタールで30ヘクタールの大牧草地を持っているのと同じである。
餌米の実は、普通の米の粒の1.5倍ぐらい大きい。これをそのまま牛に食べさせ
るのではなく、まず醸造してアルコールをとる。このアルコールはまずくて飲め
ない。ガソリンに混ぜてガソホールにする。石油を使ってガソホール用のアルコ
ールを醸造するのでは何をやっているかわからないから、石油を使わないで醸造
する方法、つまり焚火で蒸煮し醸造するのである。(サントリーがこの酵母を見
つけたそうである)できたアルコールから水分を分離しないと燃料にできない。

 その時に石油を使ったのでは意味がないので、新素材の膜を通して水分とアル
コールを分離し純度の高いアルコールにする。また醸造過程で炭酸ガスが出る。
これは燃焼させて出る炭酸ガスと違って集めて固形化してドライアイスにする。
こうして、餌米の実の澱粉からアルコールを取った後の酒粕を牛に食べさせるの
である。
 
  この時にアルコールをとっても飼料効果は減らない。むしろ生で食わすよりも、
酒粕の方が飼料効果は増加する。なぜなら醸造過程で蛋白質が増殖されるからで
ある。

 牛は、こうやって餌米の粗飼料と酒粕で肥育をする。この牛は一日に30kgの
糞尿をする。 これをためて、メタン発生装置でメタンガスをとる。冬は寒いか
らメタンで暖めてやると、暖めるのに使ったのより多くのメタンが取れる。農家
の自家消費以上のガスが取れるから、このメタンはパイプラインで都市ガス会社
に売る。都市ガス会社は天然ガスと混ぜて配給する。
 
  また、メタンをとった後の肥料こそが有機肥料として有効なのであり、これを
土壌に還元する。重要な点は、この過程の中に適度な牛の放牧を織り込んでやる
ことである。平地の水田畜産と中山間地農家の協力の在り方が工夫される必要が
ある。今一つはこの牛の肥育は鹿児島の草原で思いっきり放牧して丈夫に育てら
れた育成牛を用いるべきではないかと思う。

 このような畜産農家は、エネルギーや飼料や肥料をほとんど買わず、輸入肉に
も対抗できる収益率の高い経営を展開し、大都市の知的な働き手の新しいフロン
テイアが地方にあることを知らせることになるだろうと思う。
  このような形で水田を維持しておけば、世界的な食糧危機に直面したときに、
いつでも食用米に作付を転換して対応することができるのである。最近、中国や
朝鮮からの藁の輸入が原因といわれる口蹄疫が問題になって入るが、畜産におけ
る有機農業の原則からの逸脱現象の一つであろうと思う。

 (筆者は1926年生まれ、社会工学を研究。法政大学名誉教授。『都市環境の条件』 など著書多数。)



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【私の視点】
 政権交代とは何だったのか              木下 真志
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 2009年夏の総選挙の結果、戦後長らく続いた自民党を中心とした政権に代わり、
民主党を中心とした政権が誕生した。これは選挙によって衆議院の最大与党が交
代するという、日本の歴史のうえで、いわば「革命」的なものであった。有権者
の多くは、この政権交代に、日本の政治の転換を期待していたように思う。
 
  その転換とは、長く続いた官僚依存、国対政治、地方・地元への利益誘導政治、
公共事業依存型の経済体質、対米追随外交、派閥政治、金権政治、当選回数至上
主義による頻繁な内閣改造、貧困な福祉政策、毎年秋に展開される政局をめぐる
ゴタゴタ等々からの脱却である。

 民主党政権は、子ども手当、高校授業料無償化、事業仕分け、公共事業からの
脱却(「コンクリートから人へ」)など、スタート直後は国民の期待に応えていた。
この「国民の期待」には、政治の転換だけでなく、庶民の「生活」の転換も含ま
れていよう。
 
  つまり、「格差」の拡大、長期的な経済の低迷など二○○年代に蔓延した「閉
塞状況」から、何とかもう少し余裕のある生活、あるいは(一九九○年頃の)華や
かな生活への復帰も夢に描いていたように私には感じられる。誤解をおそれずに
いえば、政権交代に期待していたのは、単純に昇給(や福祉の充実)ではなかった
のか。

 しかしながら、この期待とは裏腹に、政権交代によって有権者(あえて庶民と
しよう)の生活レベルが急によくなったわけではない。諸々の経済指数に大きな
変動がなかっただけでなく、民主党政権になっても生活は変わらず、昇給が実現
しないことが判明すると政権への熱は一気に冷めた。では、民主政治において政
権交代は、国民の生活改善(端的には給料アップ)が目的なのだろうか。
 
  違うであろう。政策の転換という問題以上に大切なことは、同一政権の長期化
は、政治家の慢心を生む点である。権力は必ず腐敗するのである。制度疲労も起
こる。民主政治というシステムに潤滑油を入れるためには、どうしても一定期間
ののち、政権交代が欠かせないのである。

 万が一、政権が長期化した場合でも腐敗しないで済むことは可能か。私には、
議員立法の活用、自民党時代に活用された事前審査の見直しがその方策として考
えられる。 加えて、国会改革が必要であろう。委員会段階での議論には党議拘
束をはずし、国会全体が「良識の府」になることであろう。「良識の府」は参議
院だけの専売特許ではない。参議院を「良識の府」とすることは、衆議院が衆愚
政治でよいことを認めていることにもなる。

 一例を挙げよう。例えば、生体肝移植や脳死の問題を議論するのに、国会議員
は医師ではない(者が多い)から基本的には専門知識が不足している。議論の中で
新しい知見を得ることで、当初の意見とは異なる結論が得られるかもしれない。
そもそも医学的な難問について、国会で議決すること自体、国会の仕事としてな
じまないことなのかもしれない。このような難題には既存政党の枠組に拘束され
ないことが肝要なのである。国会の論議の活性化のためには、各国会議員がボス
の意向に忠実に行動するのではなく、自分で考えて行動することが求められてい
るのである。

 では、税制や福祉政策についてはどうか。新人議員が立候補する際、単に当選
可能性が高まるということに加え、基本的な政策について共感したから特定政党
の支援を受けるのであろう。いったん当選すれば、支援(公認)を受けた政党の一
員となり、すべての問題について党議拘束を受け、個人の意見を封印しなければ
ならないのでは、立場の弱い新人議員は採決要員として機能しているにすぎなく
なってしまう。
 
  政党の幹部が経験と政治的勘で党の方針を決めることは致し方のないところと
しても、幹部がすべての問題に精通しているとはいえない。医学的問題に限らず、
多くの場合、政策立案や法律起案に素人であり、特定の問題に関しては新人議員
の方が見識があるかもしれない。しがらみのない新人議員は問題によっては所属
政党以外の党の出した結論に共鳴するかもしれない。にもかかわらず、自分の意
見とは異なる所属政党の方針に服従する。これは、政党の存続のためには効果的
なのかもしれないが、民主政治の深化のためには好ましいとはいえない。

 各国会議員の意向と有権者の意向が一致することが民主政治の基礎であろう。
それぞれの国会議員が有権者の意向を受けて国民のために尽くす、理念的にはこ
れでよい。しかしながら、これは一種の擬制であり、その議員を支持した後援会
内部も諸政策について詰めて議論すれば、決して一枚岩ではないであろう。
そのためにも、現行の党議拘束は、有権者の声が政策に反映するという民主政の
基本を妨害することにもなっている。 
 
  もちろん、まだ思考の段階であり、実現に向けては乗り越えなければならない
問題は多数ある。首相選出は多数決で決選投票を重ねればよいかもしれない。比
例代表制度の扱い、予算審議や外交案件などでは実現は困難が伴うかもしれない。
さしあたり、震災への復興支援等、個人の判断で行動する方が望ましい課題に関
してできることから少しずつでも改め、国民の声がより反映された、民主化され
た審議・決定を期待している。

                          (筆者は大学嘱託研究員)

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■【北から南から】
1.中国・深セン   〜『中国携帯詐欺事件』〜     佐藤 美和子 
2.米国・マヂソン便り(9)〜2012年は選挙の年〜    石田奈加子
3 アジア・上海                          松田 健
  〜『リニア』スピードですでに日本に追いつき差を広げる中国〜
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【北から南から】
1.中国・深セン『中国携帯詐欺事件』       佐藤 美和子
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 中国の携帯メール『短信(SMS。ショートメッセージシステム)』は、日本の
ような携帯メール専用のアドレスを必要としません。相手の携帯番号を入力する
だけで、そのままテキストのやり取りが出来る仕組みになっています。たしか日
本の各携帯通信会社も、この夏からSMSサービスを始めたのでしたよね。
 
  このSMSサービス、相手の携帯番号さえわかれば即、ショートメールを送るこ
とができて便利でいいのですが、この簡便さを悪用した詐欺もかなり横行してい
ます。

 一番ポピュラーなのは、SMSメッセージを利用した振り込め詐欺です。最もシン
プルなものは、SMSでこんなメッセージを発信する手口です。
「やっぱりあのお金、農業銀行のほうの口座に振り込んでください。口座番号:
123-456、口座名:毛沢山。振込みが済んだら、この番号にSMS返信でのご一報を
願う。」

 この手の詐欺メール、いつでも必ず農業銀行ご指定です。中国農業銀行は審査
が非常に甘く、誰でも簡単に口座が作れるのだとか。そのため、最もよく犯罪に
利用される銀行なのです。またメッセージを携帯から携帯に大量に送れば、もち
ろんSMS送信料がかなりかかってしまいます。ところがなんと、パソコンから携
帯SMSにメッセージを大量に送れてしまう違法ソフトがあるのですよ。そのソフ
トを使えば、いくらメッセージを送っても送信料はかかりません。適当に番号を
組み合わせた携帯番号を入力するだけで、一斉に何万通もの詐欺メッセージが送
れてしまうという訳です。数打ちゃ当たる作戦ですね。

 しかし、そんな単刀直入に振り込め!と言ってくるメッセージで騙される人が
いるのが、どうにも不思議ですよね。
 
  わずか2〜3文字からなる中国人の姓名は、同姓同名さんが全国に大勢存在しま
す。そのため詐欺メッセージに書かれた口座名義と同姓同名の知人がいれば、う
っかりその知人だと思い込んでしまう。さらに、わざわざ相手に電話して事情や
お金の用途を確認するのは、相手の面子を潰す事になるし、自分もケチケチした
人間だと思われてしまうかも。黙ってさっと振り込んで助けてあげる方がスマー
トだ----そんな、中国人の体面を重んじる心理が災いして、こんな単純な手口に
引っかかってしまう人がいるのだそうです。

 SMS絡みの詐欺では、他には「あなたは○○に当選しました!受領手続きのた
めに、下記場所へご来場ください」とメッセージを送り、のこのこやってきた人
に何かを売りつけるまで解放しないとか、当選商品を発送するのに手数料が必要
だとお金を振り込ませる、などもありました。でも最近はこの2パターンのメッ
セージ、ずいぶん減ったような気がします。引っかかる人が少なかったのかな?

 日本の振り込め詐欺では親族を装うようですが、中国では昔の同級生を装うこ
とが多いようです。電話をかけてきて、オレの声を覚えてないの?冷たいやつだ
なぁ、ほら、小学校で同じクラスだった……と水を向けると、相手は思い出せな
いのが申し訳ないという気持ちから、もしかして王さん?などと返事してしまい
ます。そうすれば詐欺犯は、その王さんを装えばいいというわけです。

 やっと思い出してくれたか〜!実はいま出張で広東省に来ているんだけどさ、
財布を掏られてしまって困っているんだよ。そこで君がいま広東で仕事している
って他の奴から聞いたのを思い出してね、昔のよしみで助けてくれないか?と、
振込みを促すのです。中国の携帯番号は、その番号で登録された地域がわかる仕
組みなので相手の生活拠点地が推測できてしまうのですね。

 友人や相方など、私の周囲の多数が経験している振り込めさぎの手口は、公安
(警察)からの電話、というものです。同じ広東省の、別の市の警察官を装って
携帯に電話をかけてくるのです。

「あなたは○○銀行(大概の人が利用していそうな、大手銀行の名前)に口座を
持っていますね?我々が現在調査しているとある詐欺事件で、どうやらあなたの
口座がマネーロンダリングに悪用されているようなのです。至急、あなたの口座
から我々公安指定の銀行口座に残金すべてを移し変えて下さい。え?公安の口座
名義が個人名なのはおかしい?あぁ、これは我が公安局長の名義なんですよ。公
安名義の口座では、詐欺グループにすぐ感づかれてしまいますからね、この手の
詐欺事件に巻き込まれる人の預金を保護するために、極秘で作られた口座なんで
す。」

 私の友人は驚きのあまり、相手にあれこれ質問をぶつけたそうです。
「もし疑うのなら、我が市の公安局の電話番号は○○です、あなたの携帯の着信
履歴に今我々がかけている番号が残っているはずですから、チェックしてくれて
構いません。なんなら、そこに電話して我が市の公安局長の名前を問うてくださ
い。それで我々の言っていることが本当だとわかる筈です」
 
  相手に言われるとおり、友人が携帯に残った着信履歴と電話番号案内で調べた
公安局の番号を照らし合わせてみたところ、本当にその番号だったのだとか。

 その友人は、公安局や銀行に電話して問い合わせるうちに、詐欺だと気付いて
事なきを得たのですが、不思議なのは、公安局と同じ番号が着信履歴に残ってい
る点です。なんとこれも驚きなのですが、中国では電話番号の複製技術というも
のがあるのですって。いやぁ、すごい技術があるもんなんですね。

 またとある会社の東莞営業所勤務の知人は、最近、深セン営業所に勤める同僚
からの電話を受けました。その同僚は電話してくるなり電話口でゴホゴホと咳き
込み、「もしもし、オレ、深セン営業所の李だけど。ちょっと酷い風邪を引いて
いてね、声がすごく変だろ?でも仕事忙しいから、抜けられないしさ。ところで
いま広州市に来ているんだけど、風邪薬のせいかモーローとしちゃって、運転中
に接触事故起こしちゃったんだ。賠償金払わなくちゃならないのだが、ちょっと
手元不如意でね、悪いが少し融通してくれないか。今度会った時に利子つけて返
すからさ。

 もちろん仕事仲間の番号なので、相手の番号は携帯に登録してあります。そし
て自分の携帯画面には、受けた電話が仕事仲間からの電話だということが示され
ている上、ちゃんと本人も名乗っていたため、最初は全く疑いもしなかったそう
です。

 ところが彼の勤務先、相手がいま居るという広州にも、営業所があるのですよ。
不思議に思い、「お前、広州にいるんだろ?なんで東莞のオレに頼むんだよ?広
州営業所の班長に頼んだほうが早いじゃないか。奴なら地元なんだし、ついでに
事故処理手続きも手伝ってくれるはずだよ」

「あぁ、そうだったな……ところで広州営業所の班長って、なんて名前だっけ?」
  同僚の名前を知らないだなんて、ありえません!なんと間抜けな詐欺犯なんで
しょう、うっかり同僚の名前を尋ねちゃうだなんて〜(笑)!

 その電話を受けた私の知人は、深セン営業所の同僚が携帯を失くし、それを拾
ったか盗んだかした人が悪用しているのかと考えました。そこで本人に連絡を取
ってみたところ、深セン営業所の彼は携帯なんて失くしていない、というのです。
ということは……深セン営業所の彼は、誰かに携帯のSIMカードを誰かにコピー
されたということになります。

 中国を含む世界のほとんどの国では、GMS方式の携帯が採用されています。携
帯通信会社が販売する、SIMカードという小さなチップを携帯に差し込んで使い
ます。もし外国に行けば、現地の携帯通信会社発行のSIMカードを買って差し替
えれば、現地の通話料金システムで安く通話や通信が出来るというシステムです。
これなら、携帯本体は海外でもいちいち買い換えずに済みます。

 ただこのSIMカード、偽造コピーされやすいんですよね……。私の携帯にも、
こんな気味の悪い営業メッセージがしょっちゅう送られてきます。「あなたの配
偶者・恋人の通信履歴や送受信メッセージ内容を知りたくないですか?相手の携
帯番号をお知らせ頂くだけで、SIMカードがコピーできます。コピーSIMがあれば、
簡単に相手の言動が把握できるようになりますよ!お問い合わせは○○ー★××
まで」。

 恐らく知人のその同僚も、そうやってSIMカードをコピーされたのだと思われ
ます。SIMカードに登録している連絡先までコピーされるというのは初耳でした
が、これからは身内や友人からの電話にも、いちいち疑いを持たなきゃならない
のかも知れません。うーむ、身内友人とは、「山!川!」のような、個人認識が
できる合言葉でも決めておいた方がいいのかしら……。しかしまぁ、次から次へ
といろんな詐欺や手口を思いつくものです。その頭脳と知恵、もっと真っ当な道
に有効利用したらいいのに……と思うのですが、やっぱり裏家業の方が儲かるの
でしょうね。
          (筆者は中国・深セン在住・日本語講師)

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【北から南から】
2.米国・マヂソン便り(9)−2012年は選挙の年−    石田奈加子
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 来年の十一月の第一火曜日にアメリカ合衆国大統領選挙があります。多分ご存
知だと思いますが、大統領の任期は4年間ですから4年ごとに選挙があります。
再選されれば二期、合計八年間務めることが出来ます(二期以上はだめ。) 選
挙までまだ一年以上もありますのにこの夏から早くも共和党の人々が次々に立候
補の名乗りを上げ、民主党の現役オバマ大統領も正式に再選を目指す手続きをし
てすっかり選挙態勢になっています。

 一昔前には選挙の年の一月位まで再選を目指す現役の大統領を除いて共和党も
民主党もはっきり立候補者の意思を示さなかったものですが、近年ではどんどん、
どんどん選挙運動が早い時期から始まるようになっています。まったくの話、大
統領選挙が決着するやいなや、もう四年先の予想が始まる。現在でも2012年を越
えて2016年の予想が――オバマ氏が12年に再選されたとしても16年には両党とも
新しい候補を立てることになるので――来年の選挙に加えて論じられる有様です。

 ニュース機関やコミュニケーションのテクノロジーが発達して即座にニュース
が世界中に伝わるようになったこともありますが、選挙の結果を一刻も早く決め
たい、知りたい、というような心理状態にだれでもが駆り立てられているような
雰囲気です。そんな状態ですから、新しく当選した大統領はもう当初から四年後
の再選で頭がいっぱいになる。ニュースメディアなどはその予想を書き立てる。

 議会に提出される政策は選挙に勝つための政策だと勘ぐられ、大統領のスピー
チは選挙演説だと評される。殊にオバマ氏は史上はじめての黒人大統領で――彼
の当選自体は彼の思想ならびに政策に賛成する、しないに関わらず画期的な出来
事でした――敗北した共和党はその途端からオバマ氏を一期だけの大統領にする
ために全力を挙げている感じ。上院の少数党リーダーのミッチ・マコーネル議員
はオバマ氏を一期だけの大統領にすると宣言してはばからない。あからさまな人
種偏見、有色人種に対する嫌悪、侮蔑を感じないわけにはいきません。

 この二年半ばかりのオバマ行政府の政策、国会議会の有様を見ていますと、共
和党も民主党も国の行政をまともに運営していくというより、次の選挙で政権を
獲得するのだけが目的のように思われます。オバマ氏は折角画期的な大統領当選
を遂げたのに右からも左からも攻撃される羽目になっています。

 アメリカ合衆国は民主主義を標榜する国ですから色んな政党が一応理論的には
合法的に作れるのです。50年代の赤狩り、Cold-warを思うと不思議なようですが
共産党もずっと合法的に存在するのです。この三十年位いの間に主力の二党がだ
んだん似たような思想、政策になり、心ある選挙民達は本当に投票したいような
人を選ぶのでなくLesser-evilを選ばされるのかNone-of-the-aboveと公言するか
に追い込まれているのが現状です。過去何回かの大統領選にどの党にも属さない
独立候補として、あるいは緑の党の候補として出馬した人々があるのですが、緑
の党から出たラルフ・ネーダーが(彼は数回立候補しています)一度2%の得票
をしたのが最高位いで少しももり上がりません。

 昨今の目も当てられないようなお粗末な国会議会の有様に少なくとも強力な第
三政党の必要が提言されるのですが普通の(?)アメリカ人には共和・民主両党
以外に政党が出来るとは考えられないもののようです。2008年の大統領選を契機
に出現したTea Partyは今のところでは独立した党ではなく共和党の過激右派で
す。けれども国会議会には何人かの独立候補がいますし、州議会以下地方議会に
は独立ならびに緑の党で選抜された議員が少しは選出されています。ウィスコン
シンの知事選には毎回農民党から出る人がいます。

 四年ごとの大統領選に加えて二年ごとの全国的選挙があります。下院議員の任
期は二年ですから毎偶数年には選挙に臨まねばなりません。上院議員は六年です
ので選挙に出馬するのは大統領選の年のこともあり中間選挙のこともあります。
ウィスコンシンでは現在上院議員を務めている民主党の議員が今期で退任する、
再選には出ないと表明しましたので来年の選挙には共和党も民主党も新しい候補
を出して戦うことになります。

 下院議員の数は人口に比例する数を選ぶことになっていますので州ごとによっ
て違いますが上院議員は一律大きな州も小さな州も二人と決まっています。ウィ
スコンシンでは昨年の中間選挙の時全国でも一番進歩的とみなされていた民主党
の上院議員が共和党の国をあげての攻撃にあって千万長者のビジネスマンに敗戦
しましたので民主党としては来年の上院議員選は大統領選に劣らず必死の戦いに
なると思われます。

 アメリカでは十年ごとに国勢調査が行われます。2010年がその年でした。その
結果の人口移動にもとずいて各州の選挙区の区画変成をせねばなりません。昨年
の中間選挙ではウィスコンシンばかりでなくいくつもの州で知事なり州議会なり
が共和党の独占になったので、その議会が決める選挙区改正は単に州の政治に関
わるだけなく大きく国政に影響することになります。

 ウィスコンシンでは上・下両院と知事が全部共和党に占められ、今年の初めか
ら公務員・教職員組合活動の事実上の停止、選挙人の投票時の政府発行の証明書
の必要等の政策が次々に成立し、前代未聞の大規模な民衆闘争にも関わらず民主
派、進歩派は大きな敗退を経験してきました。そして今州議会は選挙区改正の義
務を利用して出来るだけ速やかに共和党に有利なように選挙区の線を引いてしま
おうと急いでいて民主党や進歩派は「不正だ」といって苦戦しています。

 もっともこれはいまに始まったことではなく、特別の言葉(Gerrymander)ま
であります。選挙人に対する身分証明書提示の義務はウィスコンシン以外でも幾
つかの州で立法化されています。その必要の理論的基礎は不正投票を防ぐためと
いうことなのですが統計的には不正投票は殆ど問題にならないほど少数でしかな
いそうです。

 本当の理由は、主として民主党に投票する少数人種(黒人・メキシコ系等)、
低所得者、教育程度の低い層、老齢者を選挙権行使から除外すること、この層の
人々は概して運転免許書を持っていなくて、選挙用の身分証明書を取得するのが
難しい(お金がかかる、どうしていいか分からない)、それに一時的に他州に居
住している学生層が投票するのを難しくするのにあるようです。

 政策による選挙の操作以外に今アメリカの選挙制度で大きな問題は選挙運動に
でたらめに多額のお金がかかるということです。メディアなどでは候補者の政策、
思想、経歴などはさておき、まずどれだけ選挙運動費を集めたかを問題にします。
まるで最高額のお金を集めた人が必然的に当選するような口ぶりです。勿論お金
が集まるということはそれだけ支持があるというには違いありませんがそのお金
がどこから出ているかということは非常に重要な問題です。

 オバマ氏が2008年の選挙に臨んだときOn-line のWebsiteを使って多額の選挙
資金を集め、これは大口からのものではなくグラスルーツの一般人からの拠出で
あると宣伝したのはまだ記憶に新しいことです。そのオバマ氏がこの夏ニューヨ
ークで選挙運動費を募るために財界関係者を対象の晩餐会を開きましたが、その
会費がなんと一皿35、800ドルだったとのこと。こんなお金をあてにしなければ
選挙に臨めないというのでしたらまず普通の市民が立候補するなどということは
ありえないことになります。

 選挙運動費が年々始末に終えないほど高騰してきているのに対して国会では運
動費制限、献金額の制限、献金者を明記する等の法案が議論されるのですが、ま
ともに法律にならないし、一度なってもだんだんなし崩しに無効にされてしまう。
昨年には国の最高裁が選挙費献金について企業を個人と同等に扱う、政治献金の
権利を憲法に抵触しないと裁決したに至ってはアメリカ政治の根本、三権分立そ
のものがあいまいになってしまっている有様です。

 首都ワシントンD.C. には種々のロビー・グループ、各企業、特に金融関係、
外国の利害関係、様々の利益団体があって、多額の政治献金をします。各種の労
働組合もロビーの一つで民主党に対する大きな政治献金のもとなのですが、今年
の初めからのウィスコンシンをはじめ幾つかの州における公務員・教職員組合制
限法の通過は各州の財政建て直しには関係なく来年の選挙に向けて民主党にいく
資金を枯渇するための共和党ならびに保守派の政策といわれます。

 その上、各州の議会に提出された組合制限法法案はあるプロ企業の右翼グルー
プが作成したものを州の保守派議員がそれぞれに取り上げて立法化させたもの、
つまり右翼シンク・タンクの全国的な政策ということです。もう一つ非常に大き
な問題は市民の選挙に対する無関心、選挙の重要性に対する認識不足(か、食傷
の果ての無気力)があります。民主主義の旗印を掲げて途方もなく多額の経費と
人命を費やして「民主主義ー★選挙制度」をよその国に輸出するのに懸命な合衆
国のお膝元で投票率は恐ろしく低い。

 大統領選挙の時でもせいぜい60%ほど、普通は50%あたり、予備選挙のと
きには8%のこともある。マディソン便りで何度も持ち出したウィスコンシンの
悪名高い現知事は49%の投票率の選挙で52%を獲得して当選しているので事
実上有権者全体の26%弱に支持されていることになります。これで全州民の承
認、委任を受けているというのではどこかおかしいと思われます。

 選挙のときに大勢の同志を動員して投票にのぞむグループははっきりした政策
の要求のあるグループで低い投票率の中で多数を占めるのは当然の成り行きです。
昨秋の民主党ならびに進歩派の総倒れは利益企業や右翼億万長者などの多額のお
金が流れたことにもよりますが、市民の間での政治的無気力に大きな原因があり
ます。来年の大統領選挙に向けてはっきりした旗印を確立して出来るだけ多数の
有権者を動員する必要は進歩派の大きな課題と思われます。

 今夏の大統領と共和党議員団の間での負債上限上昇をめぐる無様な駆け引きに
あきれ、合衆国の外交政策の稚拙さに不満を覚えた人々の間では、民主党内でも
オバマ氏に対抗する大統領候補を擁立すべきではないかという声さえ出ています。
実際、消費者運動の指導者ラルフ・ネーダー(今回は自身で出馬せず)はプリン
ストン大学教授のコーネル・ウエストと共に民主党の予備選挙討論会を開催して
オバマ氏と政策を論じ合う候補を現在真剣に勧誘中です。

         (筆者は米国・ウイスコン州・マジソン在住)

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【北から南から】
3 アジア・上海                   松田 健
  〜『リニア』スピードですでに日本に追いつき差を広げる中国〜
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 上海の空の窓口である浦東国際空港では幅60メートル、長さ4,000メートルの
3本の滑走路が24時間、世界と結んでいます。日本を代表する成田空港はすでに
見劣りします。浦東国際空港は全額日本の円借款で1997年10月に着工、99年10月
1日開港しました。浦東空港で第3ターミナルが建設中で滑走路も数年中にさら
に2本が建設されるそうです。

 浦東国際空港から上海の街に向かう時、上海磁浮列車(SHANGHAI MAGLEV 
TRAIN)に乗るのを楽しみにしています。ドイツが建設、2002年にドイツのシュ
レーダー首相(当時)を招いて開通式が行われたこのリニアは操業10年が近づい
ていますが、現在でも世界唯一の実用リニアであり、これまで大事故は起こして
いません。空港駅(第1と第2ターミナルの中間に駅がある)から30キロ先の浦
東の龍陽路(ロンヤンルー)駅までのワンストップを時速430キロで走ります。

上海に来る前に京成電車の成田空港駅で見かけた広告で、2010年7月から運行開
始した新型の「スカイライナー」の最高スピード160キロは新幹線以外で日本最
高速、『日本のスピード』と宣伝していましたが、上海のリニアに比べると3分
の1ののろさ。京成のこの広告はピントはずれで、強調するなら安全性ではない
でしょうか。

 2011年7月23日、中国の浙江省温州市の郊外で高速鉄道が脱線、うち2両が高
架から転落、この事故車両を地中に埋める映像は世界の失笑を買い、この「証拠
隠滅」が問題にされるや否や、当局は埋めたばかりの列車を掘り起こして保管、
さらには高速鉄道の減速を決め、自主技術だとも言わなくなりました。この脱線
事故の直後、8月14日の日曜、中国のネットでの呼びかけで市民1万人以上が集
まる公害反対運動が起きた大連の化学工場では操業が即時に停止させられました。
このようにネットなどで指摘される問題に対処する中国当局のスピードもリニア
並みに加速しています。
 
  日本政府は東南アジア、インドシナ、インドなどで日本の存在感を高めたいと
考え、各地でインフラ整備に協力していますが、中国が援助国として台頭して以
来、日本の活動が目立たなくなりました。例えばカンボジアでは、かつての日本
を抜き、中国が最大の援助国になって久しいです。日本が援助してアジアで造っ
ている道路や橋梁、工業団地などのインフラ整備は中国が援助しているインフラ
造りに比べて建設のスピードもすごく遅いです。

 中国のめざましい「南進」の見逃せない背景は軍事目的で、ミャンマーを縦断
するパイプライン建設を進めているのはマラッカ海峡を通過しない石油・ガスの
確保であり、その他の多くの国でも中国の資源確保を狙った活動が目立ちます。
そしてそこには中国政府の走出去(そうしゅつきょ)と呼ばれる海外進出奨励に
そった中国企業の海外進出もめざましいです。中国企業の進出の勢いに日本企業
が勝っている国はタイだけでしょう。例外はありますが中国企業に比べ日本企業
の元気の無さが続けば、日本政府がアジアでインフラを造っても、それを最大限
利用するのは中国企業ということになります。

 他のアジアに比べて中国からの投資が比較的少なかったフィリピンのアキノ大
統領が270人ものフィリピン財界人が随行した5日間の中国訪問を実施、2011年
8月31日には人民大会堂で胡錦濤国家主席と会談、フィリピンへの投資拡大の約
束を取り付けました。2011年2月、フィリピン漁船が中国海軍の軍艦に威嚇射撃
を受けたなど南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島で緊張関係にある両国ですが、
フィリピンは中国側が嫌うこの問題を今回の首脳会談でメインテーマにはあえて
せず、中国の経済援助を優先しました。
 
  中国人観光客は日本だけでなく、アジア全域にあふれています。かつて日本の
高度成長時代の日本人観光客が買い物でぼられたように、現在では中国人観光客
が台湾を含むアジア各地のお土産物屋で高い買い物をさせられています。中国人
と中国企業の進出が目覚しいミャンマーのマンダレーでは「中国語を学んでおけ
ば将来困らない」と考える親が子息を中国語学校に通わせており、かつての日本
語ブームが消えました。ラオスで初の「チャイナタウン」建設が首都ビエンチャ
ンで始まっています。その開発用地は、ラオスでは初めて2009年12月に開催され
た東南アジア体育大会(SEAGAME)で2万人を収容した大競技場を中国が労働力
も含む全面援助で建設した見返りとして当初50年間の使用権が与えられたもので
す。

 先日、広東省東莞市で訪問した中国の機器メーカーでは全従業員に日本以上の
数十万円の給与を支払っていることを知り驚嘆しました。その会社の若手社長は、
「近く日本企業を買収して、当社に足りない技術を得、そしてその買収した日本
企業と一丸で世界市場に売って出ようと考えています」と丁寧に語ってくれまし
た。中国の経営者は自信にあふれ、質問に対する回答もクリアで分かりやすくオ
フレコ要請なども無いので取材も楽しいです。この東莞市にある企業のすぐ近く
には、海外に留学して新技術などの知識を得た「海亀」(ハイグイ)と呼ばれる
中国人の中国への帰国を奨励、東莞市が彼らの起業を支援する立派なセンターも
ありました。
 
  日本からの資金と技術を得て高度成長を遂げた中国を妬み、中国で内乱発生な
どを期待する向きも多いですが、中国の官民の長年の努力の積み重ねを評価しな
い日本の驕り(おごり)や期待に過ぎないのではないでしょうか?多くの経済現
象ですでに日本を大きく追い抜いた中国の官民の知恵、やる気、パワーから日本
は素直に学ぶべきではないでしょうか。

        (筆者はバンコク在住・アジアジャーナリスト)

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【エッセイ】
  ゆれる移民の国アメリカ (第七章)           武田 尚子
   「ブッシュの包括移民法案」
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 こうした状況の理解をもとに、アメリカの政策を見てみよう。共和党に代表さ
れる保守主義者は、移民の国アメリカの伝統的な価値観を守るという意味で歴史
的に移民を歓迎した。農場主や中小企業主の多くは、合法、非合法の低賃金労働
者をもとめて移民を支持する。大企業主の多くは主として技術者を移民として歓
迎する。こうした雇用主はほとんど、共和党の票田でもあれば選挙資金の貴重な
財源でもある。だが、9・11以来、テロリストの潜入防止と非合法移民の激増
が大きな政治問題になってきたために、既述の通り、共和党内部は分裂し、移民
反対の声が高くなった。

 一方リベラルな民主党は、しいたげられたもの、窮乏に苦しむものに同情をも
ち、国境---とりわけ第三世界との国境---の警備にさして熱意を見せなかった。
彼らは、非合法移民を母国の体制の犠牲者として、その人権をできるだけ守ろう
とする。移民の多くは民主党の支持者である。

 けれど、民主党の守ろうとしてきたアメリカの低所得層そのものが、非合法移
民のために職を失うばかりでなく、犯罪の増加や公共サービスの低下でアメリカ
市民が損害を受けているという事実や非難の高まりのために、民主党支持者の中
でも内部分裂が起った。従来は密入国者の味方だった低所得層の白人、ラテン系
アメリカ人や黒人、アジア人、中産階級さえ、反非合法移民をうたうものが増え
てきた。つまりこの問題は、共和党民主党の線で分かれるのではなく、白人と褐
色人で分かれるのでもない、むしろクラスによる分裂を見せている。

 さてブッシュ大統領は、移民問題を彼の遺産として残したい意向を大統領就任
当時から持っていた。移民州テキサスの元知事として、一貫して移民支持の姿勢
をとっていたが、世論と共和党内の移民反対のプレシュアに押されていくらか右
よりになった。この五月に上院は、共和党、民主党の超党派で、過去二〇年間に
もっとも画期的で包括的といわれる改革移民法案の大筋の合意に達した。大統領
は強力にこの法案を推しているが、その内容を要約すると、以下の通りである。

 1. アメリカとメキシコの国境に三七〇マイルの壁を建設し、さらに車両の通
り抜けを防ぐために二〇〇マイルの障碍を設ける。地上レーダーとカメラ用の塔
を七〇基建てる。無人の空中巡回機で国境を旋回監視させる。
  2. 実地踏査員と調査官のほかに、一万八〇〇〇人の国境パトロールを新たに
雇い入れる。一日に総計二万七五〇〇名までの外国人を拘留する施設を国境付近
に作り、密入国者の拘留に備える。逮捕しては釈放するという*茶番劇には終止
符を打つ。(*後述参照)
  3. 政府は雇用主に、新規採用の労働者は一八ヶ月以内に、既存の労働者は三
年以内に、コンピューターのデータベースと照合して、彼らが労働の有資格者で
あると確認するよう要求する。

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◎ここまでの標準をみたした移民だけ次に進むことが出来る。
-----------------------------
  4. 年間四〇万から六〇万の臨時移民労働者のために新たにゲストワーカープ
ログラムを創設する。ただし彼らは、アメリカ人労働者が満たすことのできない
職に限って働く事が出来る。ゲストワーカーの労働者はヴィザを得て二年間アメ
リカで働けるが、更新のたびにアメリカ国外に出て一年間暮らせば、ヴィザを二
回更新できる。
 
5. 四年間の更新可能のヴィザを申請中の移民は、アメリカでその間働くこと
を許される。ヴィザの所有者は、罰金を払えば、永住権であるグリーンカードを
申請できる。所帯主は申請のためには本国に帰らなくてはならない。
 
6. ヴィザの発行はこれまでの家族中心から、職業上の技能や、教育や、英語
の力を重視するポイントシステムー実力主義に変る。ただし、同等の実力を持つ
ものが複数いた場合は、アメリカに家族の絆を持つものが優先される。
  7. 以上の条件を満たして労働ヴィザで働き、市民権を求めるものは、八年で
グリーンカード、一三年で市民権を得られるが、五〇〇〇ドルの罰金を支払う必
要がある。

 この最新の法案には、さまざまな反対意見がでている。最終的に非合法移民に
市民権をあたえることは恩赦にほかならず、合法の手順を踏んで何年も待って市
民になった人たちに対して不公平だと絶対に反対する保守党右派。労働者のID
確認をもとめられた企業家の不満。ポイントシステムは家族の分裂を強いると懸
念する移民陣営。

 大量のゲストワーカーがアメリカで働くことは、企業家にとっては低賃金で使
えるセカンドクラスの労働者の存在することにほかならず、それは結局、アメリ
カの労働者の賃金を全体として引き下げるだろうというユニオン関係者の反対な
ど、それぞれにもっともな言い分はあり、二〇〇七年五月末現在、まだ上院を通
過していない。下院ではさらにもめることだろう。

 それにしても、市民権への道を開くことに反対していた共和党の合意を得た民
主党と、ポイントシステムでアメリカの職場により必要な移民を導入することに
民主党を譲歩させた共和党はともに、移民問題に大きな進歩を画しつつあること
で評価されてよいと思う。おそらく国会の審議が終わるまでには、いくつかの改
正が加えられるだろう。しかしすべての関係者を満足させる法案はおそらく不可
能だ。最終的な「包括的移民法案」が、現在の提案に見られる基本的な達成点を
含むものであってほしいと筆者は願っている。

 ブッシュ大統領は政権のかなり初期、メキシコのフォックス大統領と話し合い
を始めたにもかかわらず、9・11事件の勃発で、交渉が中断されたいきさつが
ある。ブッシュが望んだ包括的移民法改革は、最終的には保守党硬派による妨害
のために後退を余儀なくされた。またメキシコ国境の保全には、テロリストの締
め出しという新たな課題が加わることになった。しかし彼は約束した。[私は国
境警備の強化と労働の行なわれるあらゆる場所で移民法案の施行を強化するため
に四四億ドルの追加資金を支出することを支持する。この資金は密入国者からの
罰金と密入国者を知りつつ雇った雇用主の処罰金でまかなわれる。」

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◎密入国者は減り始めた?
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 千二百万といわれる在米非合法移民の処置については未解決であり、包括移民
法は成立しなかったものの、これ以上の密入国者は防げるだけ防ぎたいというの
は、アメリカ人一般を始め、党派を問わず大筋の合意がある。そこで、これまで
存在しながらもルーズに過ぎた移民法が、より厳重に施行されるようになった。
 
  国境パトロールの増員、監視カメラ、ヘリコプターによる追跡、地域によって
は、初回の密入国でも連邦裁判所での審議後の投獄の可能性、麻薬やコヨーテの
密輸トラックがぬけられない間隔で建てられたスチールの柱など、密入国のベテ
ランを泣かせる「寛容度ゼロ」という処置が実現しつつある。

 たとえば一年前までは、洪水にも似たメキシコ人や中米人の流入に悩まされた
テキサスの小さな町、デル。リオやイーグル。.パスでは、密入国者を逮捕して
も拘留スペースがなく、聴聞の日付をきめた紙片を渡した後には彼らを釈放して、
アメリカに留まることを許した。その結果密入国者は、リオグランデを平気で真
昼間に渡ると、国境パトロールのオフィスに競争で駆けつけ、長い列に並んで逮
捕されるのを待つ。

 イーグルパスだけで、二〇〇人以上が逮捕される毎日だったという。イーグル
パスのプロセスセンターは、密入国者に食事を与えたり、調書を取ったりで多忙
をきわめ、パトロールどころではなかった。「きちがい病院でしたよ、まったく」
とはここの責任者の言葉である。聴聞の日付を知らされた密入国者で、その日に
出廷するものはまれだったという。

「寛容度ゼロ」方策のおかげで、9・11以来始めて、頻繁に使われる越境地
点での越境者の数は三分の一になった。パトロールエージェントによれば一つに
は、司法省が密入国者を、聴聞なしに本国に送還する権限を国境パトロールに与
えたことであり、もう一つは、逮捕された者をたとえ不法入国の初犯でも、郡、
州、または連邦政府の刑務所に軽犯罪として六ヶ月まで入れられるようになった
ことだという。テロの危険と、非合法移民の数が飽和点に達したために、世論が
ついに政府を動かし始めたのだろうか。

 いずれにしても、「寛容度ゼロ」方策は、ついに密入国者狩りを成功させつつ
あるかにみえるが、はたしてそうだろうか。国境地帯の冬が比較的寒かったこと
や、メキシコが堅実な経済成長を示していることも減少の一因とみられるので、
本当の結果は時間をおいてみないとわからないと、関係者はみな慎重である。コ
ヨーテも今後のアメリカ側の動きを懸命に見張っていることだろう。ただ、密入
国者の数は減っても、決して絶無にはならないだろうと関係者の意見は一致しい
ている。

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◎在米非合法移民をどうするか
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  密入国者問題にもまして解決を迫られているのは、すでにアメリカに存在する
少なくとも一二〇〇万の非合法移民の処置である。メキシコの「移民の家」で筆
者自身が目撃したように、彼らの本国送還はすでに始まっている。アメリカはい
ったい、その八五%はメキシコ人だといわれる不法移民をすべて、本国に送り返
すのだろうか。
 
  ここで、在米非合法メキシコ移民をみな本国に送り返すとしたら、いったいな
にが起こるかを考えてみたい。

 第一に、9・11後、国家保安と移民の激増問題が深刻化してから、移民問題
の倫理的な面はほとんど言及されなくなった。しかし労働者の大群を送還するの
は、歴史的に、移民とともに栄えてきたアメリカの態度としては道徳的な疑問が
ある。最近では本国送還で別れ別れになった家族、ことに置き去りにされた子ど
もの問題が新聞をにぎわせるようになった。

 妻がメキシコに送還され、乳飲み子を抱えて働けなくなった父親がいるかと思
えば、その反対のケースもある。両親がそろっていれば、片親を残す考慮は払わ
れているものの、唯一の保護者である父親をメキシコに送られた小学生の姉妹も
ある。ピュー.リサーチ.センターの調べによると、非合法移民を親に持つ子ども
の数は三百十万に及ぶ。しかも彼らはアメリカ市民である。政府は巨大な孤児院
を作るつもりなのだろうか。

 第二に、本国送還の費用はどこから捻出するのだろう。アメリカプログレスセ
ンターの計算によると、送還費は少なめに見ても、来たる五年間に二〇六〇億ド
ルかかるという。

 第三に移民にとっての金と時間の問題がある。市民権への道を閉ざし、あるい
は二〇〇七年五月のホワイトハウスー★ブッシュ提案を基礎に行なわれた推定に
よれば、五人家族で六四〇〇〇ドル以上の金を払い、アメリカが、膨大な未処理
分を抱えている市民権の申請をするまでに二五年待つというのは、どう見ても非
現実的である。こんな条件を承知で、母国に自分の意思で帰るものはほとんどい
ないだろう。といって、彼らの大半が提案にしたがって六年の労働のあとアメリ
カに居つけば、非合法移民の数は減らないことになる。

 第四に、非合法移民はアメリカの建設産業で百四十万人、レジャー産業では一
二〇万人、農業では四0万人近くが働いている。これだけの働き手を失ったら、
アメリカはどうやってそのアナを埋めるのだろうか。アメリカの農業は早晩、農
場をメキシコやそのほかの外国に移すのではないだろうか。「アメリカの農民は
保護を要する動物と同様、絶滅の危機に瀕している」と、家族経営の農場主ラヴ
ィスフォーグエス氏は言う。アメリカは外国の石油だけでなく、外国の食べ物に
依存することになるかもしれない。

 第五に、昨年(二〇〇六年)あたりから、アメリカのべビーブーマーは退職期
に入り始めた。アメリカの人口レベルは現在でこそほぼバランスが取れていると
はいえ、出産率が人口の現状維持を許さない日本やフランスにつづいて、膨大な
年金生活者をもつ高齢化社会を支える労働人口を必要としている。

 第六に、不法移民の大半を送還したり、非現実的な障害を市民権への道に設け
ることは、メキシコに、ひいてはラテンアメリカ中に政治的な緊張や騒乱をもた
らすだろう。大量の被送還者は、メキシコを初めラテン諸国の失業者の数を劇的
に増やし、毎年アメリカに住むラテンアメリカ移民が母国に送金する六〇〇億ド
ルを、もっとも貧しいコミュニテイから奪うことにもなる。それは逆に、いかに
困難でもアメリカ行きの密入国者をいっそう増やすことになるのではないだろう
か。

 アメリカに移民を送るメキシコの地方での騒乱は、こうした潜在的な社会不安
が根拠なきにしもあらずということを実証しているかにみえる。最近オハカでは
ほとんど州をあげてこの地方の知事を辞職させようという、反乱にちかい動きを
起した。無法状態が広がり、自警団もできた。こうした事件は、最近の非合法移
民には、政治的な不平分子が多くなったのではないかというアメリカ人の疑いを
ますます深めさせる。

 さらにオハカの騒動は、非合法移民はメキシコに、国内を整然と秩序づける時
間を与えるための安全弁だという通説を疑わせる。ひょっとすると移民はいま、
メキシコの治安にとって安全弁の反対の役割をはたしているのかもしれない。移
民は危険な不法越境だけではない犠牲を、メキシコ側にも強いているためだ。

 アメリカに最大多数の移民を出しているオハカのような地方では、成人男子が
移民として去った後、外国送金なしに生活を立てられなくなった。大黒柱を失っ
た家庭の崩壊も続出する。いきおい、コミュニテイは安定を失い、一触即発の危
機をはらむ。国内政治のほとんどあらゆる面で改革が必要だといわれるメキシコ
政府への反抗を生むばかりでなく(それがメキシコ政治の改革につながるならま
ことに望ましいことだが) 相手をまちがえてアメリカに波及する危険を、アメ
リカ人はすでに目撃しはじめているのである。
 
  不安定な隣邦メキシコはアメリカ経済をそこなうだけでなく、陸路アメリカへ
の侵入を狙うテロリストやラテンアメリカ系の政治的不満分子のアメリカ襲撃に
格好のねぐらとして利用されるだろう。

 密入国者を防ぐために本格的な壁の建設が話題になったとき、メキシコ側から
は「友邦に対する裏切りだ」という非難の声が上り、筆者は首をかしげた。メキ
シコの密輸業者を追跡したパトロールが重罪の判決を受け、メキシコ人の密輸業
者が無罪放免になったときも、なんとも不不可解な思いにみたされ、いったいメ
キシコは、アメリカへの要求を正当化する根拠を持っているのだろうかと疑問を
もった。
 
  事実は、アメリカには労働力が必要であり、メキシコにはその余剰がある。長
年続いてきた持ちつ持たれつの関係を、吟味改善して継続することが重要うでは
ないか。

 最後に報告しておきたいが、メキシコからの移民の波もやがては衰える。メメ
キシコは、アメリカの年齢別人口分布のパターンを、三〇年遅れで追っているか
らだという、メキシコの人口学者の報告がある。三0年後のメキシコは、中南米
から移民を迎えているだろうと彼はいう。そうなった暁には、中南米系の移民が
メキシコやアメリカの需要を満たすのだろうか。あるいは、中近東やアジアやア
フリカから、大量の移民がやってくるのだろうか。それはそれで、新たな問題を
伴うに違いないが・・・。

 さて、こうして移民問題のさまざまな局面を見てきて、この問題の複雑さは十
分明らかになった。
 
  1980年代以降、メキシコ国境では移民法の施行強化のための努力が続けら
れたにもかかわらず、一時的な現象を除くと、アメリカへの不法入国者の数は一
向に減らなかった。密入国者のアメリカへの通路をより危険な遠隔地に移動させ、
国境での死亡者は3倍になり、逮捕者は増えるどころか劇的に減った。その結果、
一九九二年には国境での逮捕に要する費用は一人当たり300ドルだったものが
二〇〇二年には一七〇〇ドルになった。

 一方、密入国者にとっても、越境の費用は劇的に増大した。危険の大きい個人
での越境よりも、人間密輸業者ーコヨーテーによる越境を企てるものが増加した
からである。その結果、いったん入国した非合法移民は、コストを取戻そうとア
メリカに居つくようになった。帰国すれば、またアメリカに来るために大枚を準
備しなくてはならない。在米非合法移民は今日一二〇〇万以上といわれる、予想
もできない結果がうまれたのである。

 市民権運動以来ほぼ四〇年間に、アメリカは二人の黒人の国務長官を産み、い
ま一人は大統領候補の名乗りを上げた。差別は人間性につきものだとしても、皮
膚の色で個人の価値を決めてしまわない法律は、アメリカの大いなる資産である。

イラク戦争以来、あらゆる面で崩壊しつつあるこの国の誇るべき伝統を、国民自
身が見失わないために、あらためて現代にふさわしい啓蒙教育がはじめられても
よいのではないだろうか。その実りは世界中の、アメリカへの夢と尊敬を回復す
る道につながるにちがいない。多数の中から一つの強力な国を生み出す難事業に
ほぼ成功してきたアメリカに、筆者は祈りをこめてエールを送り、この章を閉じ
る。

 黒人候補オバマの登場した歴史的な大統領選挙を前にして、この問題はどう展
開してゆくだろう。

       (筆者は米国・ニュージャージー州在住・翻訳家)

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【オルタのこだま】
  オルタ93号西村徹氏「聖書を裏口から覗く」について  木村 寛
     〜 マルコ伝九章の一幕物語 〜
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 「なんという不信仰な時代」というイエスの言葉でこの物語は始まる。「悪
霊の仕業と考えられたテンカン」持ちの少年とその父親、とりまく人々、学者た
ち、イエスの弟子たち。「憐れんでお助け下 さい」とは父親の痛切な願いであ
った。イエスは「もしあなたが信ずるならば」と父親に直接言わず、「信じる者
には」と第 三人称で突き放す。父親は「信じます。不信仰な私をお助け下さい」
と叫ぶのだが、涙があふれてくる。涙があふれる(私の 意訳)とあるのは若い頃
から読んでいる欽定訳聖書(KJV)であり、日本語聖書には残念ながら無い。ギリ
シャ語聖書の Stephanus Textus Receptus(1550)、Greek Orthodox Church、
Byzantine Majority Text(2000)には「meta dakruoon、涙とともに」とあるので、
欽定訳聖書はその流れをくむものである。

 この物語と対をなす話はルカ伝7章36節以下にある「罪ある女」が涙を流 しな
がらイエスの足を自分の涙で濡らし、香油をぬった物語である。キルケゴールは
この話をとりあげる(「愛は多くの罪を おおう」アテネ文庫)。

 実は涙が登場するドラマは四福音書でこの二つのみ。感きわまった時に涙が
出るのは人間にとってごく自然なことなので、福音書がこの事件の伝承に涙を添
えている方が真実らしい気がする。人生には 多分涙があふれる瞬間があり、涙
を流すことで救われる瞬間があるのだと思う。そこでは言葉の地平線が消えうせ、
宇宙的空 間だけが広がり、時間さえも止まるのではないだろうか。

 イエスの弟子たちは自分たちにできなかったのはなぜかといぶかるのだが、
「祈りによらなければ追い出すことはできない」がイエスの答えであった。私が
思い出すのは富田和久先生のドイツ出張のみ やげ話(ORAetLABORA、祈りかつ熱
心に働け、著作集第6巻102頁)である。この言葉はヨーロッパキリスト者 のエー
トスだと思うのだが、その基盤は祈りである。テンカン少年をとりまいた学者た
ちとイエスの弟子たちは技術論争を繰 り広げていたのではないだろうか、祈り
を忘れて。

 「信じます」と言った瞬間に照らしだされるのは自分の信仰の足りなさ(不信
仰)ではないだろうか。不信仰という言葉は広がりを持つ。全く無い状態からア
モルファスな信仰、形のある信仰とさまざ まなスペクトルを持つ。私はアモル
ファスな信仰こそが原点だと考えるのであるが、「信仰がある」、「信仰が無い」
という 人間的判断は決着のつきがたい論争を引き起こす気がする。

 神殿へ祈りに行ったパリサイ人と取税人の物語(ルカ伝18章9 節)は、「自分を
義人だと自任して他人を見下げている人たち」への辛辣な批判である。バリサイ
人は「この取税人のような 人間でないことを感謝する」のに対して、取税人は
「神様、罪人の私を許して下さい」と言うのみ。取税人は神の前に立った が、
バリサイ 人は神の前に居なかったとキルケゴールは前掲書で言う。この信仰の
パラドックスは現代にも複雑な形で生きていると私は考える。

 私はこの一幕物を「涙と祈り」という二つの視点から理解したい。欽定訳聖
書の訳者たちが「涙」を持つ原典を選択した意図は明白である。涙が祈りを備え、
祈りが行動を生む。そしてこの二つ、涙と 祈り(行動)は現代に生きる我々が最
も忘れがちな課題ではないだろうか。

            (筆者は堺市在住・福祉作業所顧問)


                                                     目次へ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
俳句                             富田 昌宏
───────────────────────────────────
--『敗戦忌』--

 武器持たぬ者こそ勇者松の芯

 薄れゆく昭和の記憶二重虹

 原爆忌怒りも生きる力なり

 終戦忌水漬く屍とならで老ゆ

 こけしの瞳どれも静かに敗戦忌

 衣食足りて礼節乏し敗戦忌

 遺骨なき兵士の墓や白桔梗

 枝豆の粒々噛んで護憲論

 核兵器持たざる空や渡り鳥

 粗衣粗食生きて傘寿や堀炬燵

           (俳句結社『渋柿』代表同人)


                                                     目次へ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川柳                            横 風 人
───────────────────────────────────

  公権と 人権が響かぬ 日本の知

 ドル疲弊 世界の警察 役不足

 新エネに 燃料電池 なぜ問えぬ

 政治グセ 国債易く 税難し

 もしかして 手遅れ日本 手立て薄

 期待した 政党助成 価値どこに

 加速する 文明転換 策困難

 温暖化も 想定外の 災厄呼び

 誰に言う 頑張れしっかり お前どう

 国病か 討論長くて 実施見ず

 法を説き 一票格差の 人権問わず



                                                     目次へ
───────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎ようやく秋色は濃くなったが、なんとも不可解な気分の夏だった。国民や企業
は被災地に思いを馳せつつ、観測史上4番目に暑かった(孫正義氏)という夏を
節電に汗をかいて乗り切った。ところが原発が止まれば、生活や生産は一挙に崩
壊すると脅かされてきたのに、なんと全国の原発54基のうち14基しか動かないの
に東電は電力を他社に融通するほどの余裕があった。野田政権の電力政策も発送
電分離という本質に迫るどころか、「脱原発依存」だとか称して明らかに前政権
よりアイマイさを増している。

 原発推進を狙う政・官・財・報・学のペンタゴンに労も加えた原子力マフィア
が早くも蠢きだした気配がある。例えば10月19日の『さよなら原発5万人集会』
の報道ぶりについて原発推進のよみうり・産経はベタ記事でほとんど無視と同じ、
空撮と記事を載せたのは東京と毎日で、朝日は空撮なしで一面記事だけとTVなど
を含めマスコミ各社の姿勢が色濃く出た。私も参加したが「5万人集会」という
呼びかけに、主催者は6万人が集まったと発表するほど会場は人と熱気にあふれ
た。

 プラカードには「安全神話」をつくりあげたマスコミ批判が散見されたが、そ
れ以上に会場の実態こそ参加者の一人一人に原発についての大手マスコミと国民
意識との乖離がいかに大きいかを実感させた。乖離といえば菅総理の個人的な資
質問題があったにせよ政権末期の異様なマスコミの報道ぶりに違和感を持った人
は多い。これについて原子力マフィアの影さえも感じたという羽原清雅氏が朝日
新聞政治部長まで務めた長い政治記者の体験を込めて『政治報道は公正に機能し
たか』としてジャーナリズムの在りようを鋭く批判された。

◎ある日突然、代々受け継がれてきた土地を追われ、生業を奪われた放射能汚染
地域農民の暮らし、命はどうなるのだろうか。茨城県で農業を営む濱田幸生氏は
『農産物の「検出限界以下」の超微量の低線量被曝が問題となるのならば、それ
が生産された大地の上で歩き、土埃を吸い込み、手で直に触り働き、地元の野菜
を食べている私たち農民はどうなるのでしょうか。』と「放射能雲の下で生きる」
で訴えられている。私たちはこの声を真剣に受け止めなければ「脱原発のデモ」
も都会人のエゴ活動に堕しかねない。

◎9月19日『さよなら原発5万人集会』に家族3人で参加した。場外まで人が溢れ、
家族連れも多い。デモの先頭はフクシマの人たちだ。60年安保では労組・学生な
どの団体が主役だったが、今回は個人だ。そこに運動の拡がりを感じた。10月6
日世田谷・松沢教会の賀川豊彦記念館で『鳳凰は灰燼より甦る〜賀川豊彦にみる
被災地支援とボランテイア〜』を参観し、8日は大河原雅子事務所でNPO「シーズ・
市民活動を支える制度をつくる会」関口宏聡氏の『新寄付税制で広げる「新しい
公共」』を聞いた。

10日長野県塩尻市に荒木重雄氏とワイン用葡萄づくりや野菜栽培に新しい農業
の在り方を探る農業生産法人信生の小松正氏を訪ねる。12日千駄ヶ谷の津田ホー
ルにアムネステイ・インターナショナル創立50周年協賛コンサートに行く。14日
は稲城市の古刹妙見寺での荒木重雄氏主宰『仏教に親しむ会』に参加し仏教の基
礎知識を学ぶ。18日エドモンドホテルでの公益財団法人日本中国国際教育交流協
会20周年記念シンポジュームとレセプションに出席した。司会は初岡昌一郎(姫
路独協大学名誉教授)、パネラーは権重東(韓国ILO協会会長)周牧之(東京経
済大学教授)荒木重雄(社会環境学会会長)各氏で中国からは宋慶齢基金会教育
代表団が参加し盛大であった。

◎【お知らせ】吉田奈加子さんの米国・マジソン便りは今月の10回で一応連載は
終わり、これからは随時アメリカ事情を送って戴くことになった。また高沢英子
さんの【エッセー】、川西玲子さんの【映画を楽しみましょう】とも今号は休載
となりました。なお、今月号に予定しておりました元国連大学副学長武者小路公
秀氏のご寄稿は都合により次号になりましたのでご了承ください。

                  (加藤宣幸 記)


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