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◎沖縄の現実を直視して、治外法権的日米地位協定の改定を!
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□目次
■「平成維新」の成就をめざして 久保 孝雄
■日米地位協定:法治国家での治外法権 吉田 健正
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■ 国際労働基準と日本 中嶋 滋
― ILOでの課題と新政権への期待 ―
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≪連載≫
■海外論潮・短評(31) 初岡 昌一郎
神(宗教)の政治的利用を批判する
■農業は死の床か。再生の時か。 濱田 幸生
赤松農政の評判と新有機農業支援法に対する評価など
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■【河上民雄20世紀の回想】(1) 荒木 重雄
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■【書評】
「生存権所得憲法168条を生かす」 深津 眞澄
「中国への日本人の貢献」 貴志 八郎
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■【北から南から】
深センから 『中国の新労働契約法と"80后"』 佐藤 美和子
大阪から 高齢者だって喧嘩もすれば恋もする
〜闘う介護・オンドルパンのハルモニと私の奮戦記〜
「大規模事業所に介護の夢はない」 除 正 寓
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■【横丁茶話】
閑話二題 西村 徹
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■【オルタのこだま】
オクシモロンを議論せよ 木村 寛
私の阿波根昌鴻さん 濱田 幸生
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■俳句 富田 昌宏
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■川柳 横 風 人
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■【編集後記】 |
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■ 「平成維新」の成就をめざして 久保 孝雄
―日本を今一度、せんたくいたしたく候 坂本竜馬―
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今回の政権交代の特質は、単なる「政局変動」ではなく、政治の質的変革を伴
う「政治変動」だという点にある。戦後64年、これまでも政局変動は何度も繰
り返されてきたが、統治構造の変革をめざす政治変動は今回が初めてである。
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◇◇ 1、新政権は「無血の平成維新」をめざす
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鳩山首相は所信表明演説のなかで、新政権がめざすものは「無血の平成維新」
だと述べていたが、演説全体が「平成維新宣言」になっている。維新とは革命の
ことであり、革命の本質は権力の移動である。平成維新=革命の本質は、官僚か
ら国民への「大政奉還」であり、アメリカに奪われている(自民党政府が提供し
てきた)国家主権の一部を取り戻すことである。つまり、国民主権と国家主権の
回復をめざす平成維新の大業が、政権交代とともにスタートを切ったのである。
それは、中央集権型官僚支配を解体できず、市民参加型社会の形成も果たせず、
未完に終わった「戦後民主革命=市民革命」の完成をめざすものでもある。
旧体制派は、いち早くこの「革命性」を感知していたからこそ、自民党、特権
官僚、マスコミ、検察までが一体となって政権交代つぶしの激しい攻撃をしかけ
てきたのである。政権交代つぶしに失敗すると、こんどは誕生したばかりの新政
権つぶしのため、より執拗で陰険な攻撃を加えてきている。政権交代が起これば
マスコミの論調も変わり、検察の動きも変わるだろうとの予測もあったが、全く
の的外れであった。
とくに新政権誕生後は、普天間基地問題をテコに日米関係の危機を煽り立て、
「日米合意」の即時履行を迫る日米守旧派(日本=自民党、マスコミ、官僚、
御用学者ら。米国=アミテージらブッシュ時代の対日タカ派)が一体となって
新政権攻撃を激化させているが、政権交代があれば政策変更があるのは当然の
ことであり、こうした攻撃は日本国民の意思で成立した新政権への不遜な挑戦
である。日米守旧派に迎合して虚報と偏向報道を繰り返すマスコミは、あたか
も植民地支配者に媚を売る植民地御用新聞に似ている(注1〜2)。
(注)1、マスコミは、普天間問題で決断しない鳩山首相に対し「アメ
リカは怒っている」「日米同盟の危機だ」などと騒ぎ立てて
いるが、米大使館は「呆れ顔」で、「日本の新聞は危機を煽
りたいようですが、同盟関係は幅広くかつ深い。普天間問題
は同盟に影響しないし、危機でもありません。米側に取材す
ればすぐわかることばかりですが・・・」と言っている
(米大使館関係者、週刊文春、12.24)。
2、12月23日、各紙は一斉にクリントン長官が藤崎駐米大使を呼
びつけ、鳩山首相への不快感を示したことを大きく伝え「米
国の鳩山不信は頂点に達した」(読売)と解説したが、
クローリー次官補は直ちにこれを否定し「呼びつけたのでは
ない。大使が立ち寄って日本の立場を説明したのだ」と述べ
ている(TBS.12.23)。
日米守旧派の連携によるこの攻撃は、単に既得権が失われることへの危機感か
らだけでなく、既得権にからむさまざまな闇の世界が暴かれることへの強い恐怖
感からもきている。まさに、「革命」対「反革命」の厳しい攻めぎあいが始まっ
ているのだ。維新政府の拠点であるべきマスメディアは依然として日米守旧派に
制圧されており、「無血の平成維新」どころか、自民党、マスコミ、検察一体と
なった攻撃で、小沢、鳩山の「血」が流れ、民主党のイメージも切り裂かれつつ
ある。すでに維新の大業は修羅場を迎えているのだ。とくに国民の総意で、国民
の代表として選ばれている鳩山首相一しかも今、山なす難題を抱え、日夜国事に
奔走している首相に対し、殆んど犯罪性のない案件でここまで執拗に追求するこ
とが国益に適うことなのか。総選挙で示された国民の意志さえ意に介さぬ検察の
行動が、多くの国民から「暴走」と評されている所以である。
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「維新」への気概に欠ける民主党―戦略的布石を打つ小沢
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しかし、肝心の民主党には、この政権交代が維新=革命だという緊張感や警戒
心が薄く、与党気分に浮かれたり、権力を取った以上はもっと現実的にならなけ
ればと、旧体制に妥協的になったりしている議員が多い。維新政府の閣僚、副大
臣、政務官のなかにも、維新への意志や能力に欠けるものが何人もいる。生まれ
たばかりの維新政権に対し、これを押しつぶそうとする旧体制側からの想像を超
える重圧がかかっているのに、全党一丸となってこれを跳ね返そうとする迫力が
感じられない。
とくにマスコミの世論操作に対して効果的な反撃がなされておらず、情報戦で
は自民党、特権官僚、マスコミ、検察、米国タカ派に押されっぱなしである。平
成維新の司令塔であるべき官邸も国家戦略室も、情報戦ではほとんど機能してい
ない。情報戦における「反動の嵐」に対し、民主党の議員はなぜ一斉に街頭に出
て反撃しないのか。この現状を見て、気の早い一部の左派系評論家のなかには(
一部民主党支持者の中にも)、早くも鳩山政権に見切りをつけ、(保守派の御用
評論家と同じく)政権崩壊を予言するものさえ現れている。
この政権交代が維新=革命だと本気に考えているのは、鳩山、小沢、菅、亀井
などごく少数にとどまっているのではないのか。なかでも、旧体制派から(一部
の身内からも)蛇蝎(だかつ)のように嫌われている小沢氏は、来夏の参院選に
向けて自らを「野戦軍の司令官」と位置づけているが、すでに二つの戦略的布石
を打っている。一つは、来年夏の参議院選挙が「平成維新の天王山」であり、こ
れに勝たなければ政権は安定しないし、維新の大業も成就しないと考え、全力を
傾けていることである。(旧体制派も、この参議院選挙での逆転勝利をめざし、
鳩山政権に対しあらゆる攻撃をしかけようとしている)。
もう一つは、オバマ大統領のアジア歴訪から間をおかずに、維新政権の「アジ
ア重視の外交」を鮮やかに演出したことである。民主党議員140人を含む60
0名を伴った「派手な」小沢訪中について、自民党、マスコミは見当はずれの非
難、中傷(注)を繰り返したが、現実には、アメリカへのメッセージ効果をすで
に生んでいる。
(注)98年のクリントン大統領の訪中をはじめ、欧米の指導者はしばし
ば数百名を率いて訪中している。中国の省長たちが数百名を率いて来日
することも珍しくない。
東京で「日米同盟の強化」を謳いながら、北京では「米中(G2)で21世紀
をつくろう」と呼びかけたオバマに対し、小沢は北京訪問とその後の韓国訪問、
植民地支配への謝罪発言を含め、日中韓の結束の重要性を対置したのである。オ
バマは東京演説で「米国は太平洋国家であり、アジアへの関与を続ける」と強調
したが、米国はASEAN+日中韓の「東アジア共同体」から外されること、世
界経済の中心として劇的に台頭しつつあるアジアから取り残されることを最も恐
れている。小沢訪中、訪韓後の米国主要紙の論調が、日本への性急な要求を戒め、
「忍耐」や「冷静」を説き始めたのが注目される。
最近、元国防次官補で知日派として知られるジョセフ・ナイ教授(ハーバード
大)も「(米国政府の一部は)日本の新政権に対して強硬な姿勢をとりたがって
いるが、思慮が足りない・・・もっと忍耐づよく、戦略的な交渉が必要だ。(普
天間のような)二次的な問題のせいで、東アジアの長期的な戦略を脅かしてしま
っている」と、対日強硬派を批判している(朝日、1.8)
さらに、「アジア重視の外交」によって日中韓の連携が深まっていけば、米中
協調の深化、米朝対話の開始、6カ国協議の再開と北朝鮮の非核化の進展などと
あいまって、北東アジアの安全保障環境は一変し、沖縄、韓国駐留米軍の存在理
由は益々希薄になっていく。最近、日中の軍事交流が始まり、災害救助、テロ対
策など初歩段階ながら合同軍事演習までも行われるようになっているが、こうし
た信頼醸成活動で「中国脅威論」が消えていけば、沖縄米軍は益々無用の長物と
化していく。「アジア重視の外交」とは、東アジアの安保環境を変え、日米安保
の帰趨にも影響する外交戦略なのである。
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◇◇ 2、政権交代を可能にした国民の「覚醒」
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すでに述べたように、政権交代をつぶそうとした守旧派の総力戦ともいうべき
「反維新=反革命」の策動は、いまも鳩山内閣をつぶすため執拗に続けられてい
るが、しかし、政権交代そのものを止めることはできなかった。では、なぜ政権
交代が実現したのか。それは、(1)ここ10年の自民党政治、なかんづく小泉構造
改革による国民生活破壊が、国民の忍耐の限度を超え始めたこと、(2)アフガン、
イラク戦争に失敗し、金融危機を世界に広げ、ドルの信任が揺らぐなど、自民党
支配を支える岩盤だった米国の世界覇権が崩れ始めたこと、(3)自民党政治を支え
てきた「官僚一流、官僚無謬」の神話が崩れたこと、(4)麻生首相や自民党への嫌
悪感が高まったこと、などの要因が強く作用して、有権者の地すべり的投票行動
を引き起こしたからである(拙稿「地殻変動はなぜ起きたのか」オルタ69号参照)。
しかし、地すべり的投票行動を生んだ背景には、もう一つの重要な要因があっ
た。それは国民の政治的「覚醒」が徐々に始まっていたことである。これまで自
民党政府、特権官僚、これと結託したマスコミによって覆い隠されてきた「本当
の現実」に多くの国民が気づき始めたのである(しかし、最近のマスコミによる
猛烈な鳩山、小沢バッシングで、この「覚醒」が押し戻されているが、この点は
後で触れる)。
1)「アメリカの時代」は終わったと感じ始めた国民
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まず第1に、「アメリカの時代は終わった」「次は中国の時代、アジアの時代
だ」というのが世界の常識になっているのに、自民党政府も特権官僚もマスコミ
も、依然として「アメリカの時代」「アメリカの世界覇権」が続いているとの架
空の前提に立って政治、外交を進め、マスコミもそれに迎合する報道を流し続け
てきた。しかし、よく見ると世界の風景は一変しているのに気づきだした。
「世界一豊かな国」だった米国は、いまでは先進国中貧困率1位の国に変わっ
ている。
アフガン、イラクで世界最強の軍事力で8年も戦ったのに、ついに勝利できな
かった。この侵略戦争につぎ込んだ莫大な戦費も含め、膨大な財政赤字、貿易赤
字に苦しみ、世界一の借金国(世界一の対米債権国が中国)になっている。金融
危機を世界に波及させ、基軸通貨ドルの信任も急落し、世界各地でドル以外によ
る決済が始まっている。
アメリカの裏庭とされる中南米では8割の国々が反米、非米国家になっている
し、EUはブッシュの時代に米国と決別した。オバマになってヨリを戻す方向に
向かっているが、米国を口説いてG7をG20に拡大させたのは英仏であり、I
MFや世界銀行における中国、インドの発言権拡大を要求しているのも英仏(日
本ではない)である。アラブ世界の反米感情はいうまでもないが、アフリカ諸国
も長い間の欧米との従属的関係を嫌って中国に急接近している。
さらに、中露の連携で01年に結成された「上海協力機構」がユーラシアのど
真ん中で存在感を高めている。中国、ロシア、中央アジア諸国(カザフスタンな
ど4カ国)を中心に、インド、パキスタン、イラン、モンゴルもオブザーバーに
加えたこの組織は、世界の多極化、新国際秩序形成をめざしており、ブッシュ時
代に中露に対抗して作られた米国のユーラシア戦略(「不安定の弧」戦略)は完
全に空洞化している。
日本人の海外渡航先を見ても中国への渡航者が年々増加し、07年には390万人
に達したのに対し、米国(本土)への渡航者は年々減少し、07年には130万人だ
った。米国への留学生も減少傾向にあり、日本人の対米意識に変化が現れている
ことが示唆されているのではないか。
2)官僚政治への不信の高まり
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第2に、「政治は三流でも、官僚は一流だから、官僚に任せておけば日本は安
泰だ」と長い間信じられてきた神話が壊れてきたことである。「官僚一流、官僚
無謬」など、とんでもないことだったことに、多くの国民が気づき始めている。
確かに戦後の一時期、政治、外交面では対米従属に甘んじ、経済面で欧州にキャ
ッチアップしようとした段階では、国家目標は単純だったので官僚の采配で国を
動かすこともできたが、冷戦終結後の複雑化する世界では、官僚たちの無能さが
露呈されてきた。日本は「失われた10年」を経て、国力の衰退を招き、一人当
たりGDPでも、90年代の世界3位から07年の23位まで転落し、G7中最
下位になっている。
そればかりか、最近だけでも杜撰な管理による有毒な「事故米」の流通(農水
省)、5000万件の年金記録の紛失(厚労省)、守屋次官の収賄事件で露呈し
た防衛利権の深い闇(防衛省)、各省庁の裏金問題、ノーパンシャブシャブなど
の過剰接待等々、官僚の腐敗、堕落の例は枚挙に暇がないほどである。さらに、
特権官僚たちが天下り、ワタリを続ける特殊法人(179もある)への巨額の税
金の配分と華麗な老後生活の保障なども明るみに出てきている。
保坂正康氏(ノンフィクション作家)は、敗戦直前の東条英機(開戦時の首相、
陸軍大将、戦犯で処刑)手記を読んで驚き、次のように書いている。「私はす
ぐ二つの感想を抱いた。ひとつは、軍官僚としての東条には、敗戦と言う未曾有
の事態に際しても、指導者としての自らの責任に対する反省がまったくないとい
うこと、もうひとつは、戦争指導にあたって300万人の国民を犠牲にしながら、
その痛みに対して何の思いも馳せていないことである」。
「東条に限らず、軍官僚は、どのような苦境に日本を追い込もうとも、その責
任を決して認めず、ひたすら自分たちの決めた方針、方向のみにまい進するとい
う特徴をもっている・・・かつて軍官僚が国を滅ぼしたのと同じような事態を、
今また私たちの国は味わっている。日本はいわば官僚による<第2の敗戦>に突
き落とされようとしているのではないか」。
そして、結論的に「官僚は国民への奉仕者」「官僚は国益を護る」「官僚は無
謬」という甘い認識は捨て、「<官僚は間違える>、<官僚は(省益どころか)
個益を追及する>と言う前提に立ってすべてを考えるべきではないだろうか」と
述べ、官僚国家からの脱却の必要を説いている(「官僚亡国」、朝日新聞出版、
09年)が、多くの国民も同じ思いである。
「官僚神話」は、明治から昭和初期まで、大学進学率が極めて低く、帝大卒が
希少価値だった時代の遺物である。大学進学率が5割近くまで向上し、IT時代
を迎えている今、知識や情報の官僚による独占は崩れてきている。専門的知識や
情報では、官僚を上回る市民が多数を占めるようになっている。「官僚神話」崩
壊の社会的要因はここにもある。
3)マスコミへの依存度、信頼感の低下
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第3に、戦後、立法、司法、行政の三権に対して、第四の権力ともいわれるほ
どに力を持ってきたマスコミが、政治的には公正、中立の立場から真実の報道を
するという建前から大きくかけ離れ、自民党一党支配を支え、癒着し、権力迎合、
対米従属的報道、解説に偏して来たことに、国民はしだいに気づき始め、イン
ターネットなどのメディアの多様化ともあいまって、マスコミへの信頼感が急速
に低下してきたことである。
大新聞は1000万部、800万部などの発行部数を誇ってきたが、実は「押
し紙」と呼ばれる「水増し」部数が相当数含まれていることが暴露されており、
偏向報道への批判ともあいまって、各社とも大幅な読者減少に悩んでいるのが実
態だ。TV各社も、低劣かつ偏向的番組が嫌われて視聴率が低下し、広告収入の
大幅減収で苦境に立たされている。
今回の選挙戦をめぐっても、マスコミによる民主党バッシングが激しかった。
とくに小沢代表の失脚を狙ったキャンペーンは官邸、検察、マスコミが事実上連
携し、苛烈を極めた。小沢代表は辞任に追い込まれたが、小沢氏のイメージダウ
ンはあったものの、民主党は一時支持率を若干減らしただけで決定的ダメージは
受けなかった。あとを継いだ鳩山氏によって支持率を回復し、そのまま総選挙の
大勝利につながった。選挙後は鳩山氏の政治資金をめぐってバッシングが執拗に
続いているが、国民は、自民党には遥かに悪質な政治資金疑惑があるにもかかわ
らず、全く不問に付されていることに不信の念を抱いており、鳩山献金問題でも
醒めた目でみている。勿論、ファミリー内のカネとはいえ国民感覚からいえばケ
タ外れなので、十分な説明は必要である(「説明責任を果たせば、首相辞任の必
要はない」が74%。毎日)。
選挙中の自民党による民主党へのネガティブキャンペーンについても、結局、
逆効果だったことが証明されている。マスメディアによる世論操作、国民洗脳が
限界を示し始めたのも、今回の総選挙の大きな特徴の一つであった。
しかし、最近の鳩山内閣の支持率の低下ぶりを見ると、マスコミの鳩山、小沢
バッシングがかなり効き始めているように見える(ただし、民主党への支持率は
40、自民党20で、今も自民党を圧倒している)。この意味で、現時点における「
維新勢力」対「反維新勢力」の攻防の焦点は、鳩山政権が国民の「覚醒」をさら
に促すことができるか、旧体制派が大掛かりな国民洗脳作戦によって再び「目く
らまし」に成功するか、情報戦の成否にかかってきている。維新政府は、マスコ
ミの明らかな誤報、虚報に対しては毅然とした措置をとるほか、放送法や新聞倫
理綱領などの遵守を強く求めるべきである。
そもそも、今のマスコミは時代遅れと不勉強で、今回の政権交代の意義を正確
に理解して報道、解説する能力に欠けている。従来から慣れ親しんできた「政局
観」「米国観」の枠を出られず、鳩山、小沢のスキャンダル追及(殆どが検察リ
ークの垂れ流しだが)、「小沢支配」と党内対立、官僚との確執、日米同盟の亀
裂といった手垢のついた切り口でしか記事が書けないのだ。首相会見時の記者の
質問のレベルの低さに呆れるが、これが今のマスコミのレベルなのである。小泉、
竹中時代の御用記者や評論家たちがいまだに幅を利かせているのも醜悪である。
マスコミの世界にも「政権交代」「世代交代」が必要なのではないか。さもな
ければ、マスコミの没落が加速されるだろう。
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◇◇ 3、「無血の平成維新」をめざす鳩山政権
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1)所信表明演説の意義
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選挙結果に示された国民の政治的覚醒を、象徴的かつ集約的に表現していたの
が、鳩山首相の所信表明演説である。この演説が「無血の平成維新」への「革命
宣言」であることはすでに触れたが、鳩山演説では、さらに、政治を官僚の手か
ら市民の手に取り戻すこと、そのため政治や官僚が独占してきた情報の公開を徹
底し、市民の政治参加を推進していくことをはじめ、「命と生活を護る政治」「
人間のための経済」「居場所と出番のある社会」「支えあって生きる日本」「新
しい公共の創出」「地域主権改革の断行」など、いずれも「平成維新」の遂行―
くにのかたちを変えていくための戦略課題が提起されている。
この政権交代が文字通り維新=革命に発展するか否かは、国民の支持と参加如
何によるが、それを極度に恐れる守旧派は、この演説の意義をできるだけおとし
めるため、こぞって「抽象的で感傷的だ」「具体性がない。理念では飯が食えな
い」「ヒットラーの演説みたいだ」などと批判していたが、それはこの演説が、
守旧派が自らの支配のため国民に押し付けてきた幾重ものタブーや古い価値観の
呪縛から、国民意識を解放し、覚醒を促すインパクトを持つ内容になっているか
らである。
2)民主党への期待と不安
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しかし、政権交代の主役となった民主党は基本的に保守党であり、党内には社
民主義に近い中道左派から、新自由主義を信奉する超保守派までが混在しており、
鳩山、小沢氏も含めて改憲派が5割以上、集団的自衛権容認派が2割以上いる
ことも事実であり、民主党がもつ政治的限界をも冷静に見ておく必要がある。同
時に、現在主導権を握っているのは、中道左派を含む中道派、いわゆる「リベラ
ル保守」勢力であり、社民党、国民新党との連立を進めたのもこの勢力であり、
彼らが政権の中枢を占めている今日的意義を過小評価してはならない。
さて、このようにして誕生した鳩山政権は、すでに「政権の蜜月」と言われる
3カ月を経過しているが、初めての本格的政権交代にしては大混乱もなく、これ
までのところ概ね順当なスタートを切ってきたと思う。CO2の90年比25%
削減で一挙に国際的評価を高め、国連総会での演説や相次ぐ首脳会談などを通じ
て「日本は変わった」との印象を世界に広めることに成功した(注1)。各大臣
たちの発言も官僚作文の棒読みでなく、自らの言葉で語っているし、前内閣の補
正予算の執行停止や事業仕分けもまずまずの成果を出している。初の国会で成立
させた法案は、いずれも国民生活に緊急、必須のものばかりである(注2)。
(注1)在京外国人記者たちの鳩山評価はかなり高い。伊=101点、豪州
=70点、シンガポール=75点、韓国=89点など。いずれも鳩
山が米国の言いなりになっていないことを評価している(ASAHIN
EWSTAR.12.22)
(注2)今国会で成立した主な法案 ・肝炎対策基本法 ・原爆症基金法
・新型インフル対策法 ・中小企業者に対する返済猶予法 ・郵政民
営化凍結法など
事業仕分けについては「乱暴過ぎる」「公開処刑だ」「パフォーマンスだ」な
どの批判もでているが、明治いらい予算編成や政策作りは国家官僚の専権事項で
あり、「秘技」とされ、エリート官僚たちによって密室で行われてきた。国民に
は全くのブラックボックスだった。それが今回初めて公開され、衆人環視(傍聴
者計1万人、TV、インターネット中継、ネットアクセス200万)のもとで、与党
議員、民間人の「仕分け人」が官僚と激論を交わしながら「廃止、縮小、見直し」
などの評価を下したことは、日本に近代国家が成立していらい初めての画期的
な試みであり、エリート官僚の特権剥奪、脱官僚依存への象徴的取り組みの一つ
である(これについては国民の支持も高く、90%近い。産経、11.23)。
しかし、ここにきていくつもの高いハードルにぶち当たってきたことも事実で
ある。とくに、鳩山内閣をつぶすため、来年夏の参議院選挙で逆転勝利をめざす
旧体制派は、民主党への敵対的キャンペーンを強化している。小沢、鳩山への執
拗なスキャンダル攻撃、普天間問題などで日米関係の危機を扇動するキャンペー
ン、「天下り禁止」などの公約違反追求、経済無策と財政規律軽視を非難するキ
ャンペーンなどに力点を置いて攻勢を強めている。
とくに来年度予算編成にむけて「公約違反」「増税路線」などと攻撃している
が、破産状態の国家財政を放置し、9兆円もの税収減(46兆が37兆円に20%減)
となるような経済運営しかできなかった自民党政治の責任について、マスコミは
口をつぐんでいる。反対に、政府の来年度予算案や成長戦略については何かと難
癖をつける一方、自民党政治に比べ画期的に前進した面や革新的施策については
口をつぐんでいる。
3)厳しさ増す守旧勢力の反撃
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米国の対日強硬派も含め、既得権回復を狙う旧体制派の執念はすさまじいもの
がある。決して甘く見てはならない。米国外交筋に強い人脈があるとされ、対日
強硬派の意向を代弁していると見られる某評論家は「(鳩山首相は)米国を甘く
見てはならない。ホワイトハウスや国務省と違い、情報機関や軍は違う思考回路
で動いている・・・」「鳩山首相は(米国によって)丸裸にされている。(対等
な日米関係、東アジア共同体、普天間問題先送りなどで、鳩山は)虎の尾を踏み、
『第2の田中角栄』になる危険がある」などと不気味な警告を発している(加
藤昭、ZAKZAK、09.11.16)。亀井大臣が「CIAに暗殺されない
かぎり、私はアメリカの言いなりにはならない」と覚悟の程を述べたのは、こう
した背景があるからである。
政権奪回で失地回復、少なくとも来年夏の参院選の逆転勝利で、鳩山内閣を打
倒しようとする(米国共和党サイドも含む)旧体制派による執拗な抵抗と摩擦に
よって、鳩山内閣は乱気流に巻き込まれ、足並みの乱れが目立ち始めている。と
りわけ、週刊誌を含むマスコミによる新政権攻撃、とくに小沢、鳩山への誹謗、
中傷、虚偽、偏向報道は異常ともいえる状況で、再び国民を洗脳し、「目くらま
し」の世界へ引き戻そうとしている。
しかし、ここで改めて確認しておきたいことは、今回の政権交代が戦後64年、
55年に戦後政治体制=「55年体制」が成立してから54年、明治維新による近代
国家成立いらい140年にして初めて、国民の投票によって起こった政権交代であ
り、「平成維新」をめざす政権が誕生したことである。ということは、新政権が
抱える課題は一世紀を超えて、少なくとも半世紀を越えて残されてきた歴史的課
題の解決であり、まさに「回天の大事業」なのである。一朝一夕で成し遂げられ
るものではなく、基礎作りだけでも2期8年はかかる大事業であることを、しっ
かりと肝に銘じ、腹をすえて粘り強く取り組む覚悟が必要である。
とくに、新政権は積年の自民党政治による巨大な負の遺産を背負って出発しな
ければならなかった。財政は破綻寸前の状態であり、その上、麻生内閣は政権交
代を見越して、存在を否定していた埋蔵金まで掘り出して「焦土作戦」を展開し、
不要不急の事業に予算を浪費した。その一部は前内閣の補正予算の執行停止や
「事業仕分け」で取り戻されたが、前政権が正常な政権ならば、次期首相のため
一定の財源をリザーブしておくのが暗黙のルールのはずであるのに、下野寸前に
2億5000万円の機密費まで持ち去っている。
経済では輸出産業に過度に依存する産業構造が経済の不安定を招き、世界の流
れでもある低炭素型産業構造への転換が遅れており、地域経済は疲弊するまま放
置されてきた。
日米関係でも、「NOと言えない」過度の従属状態が固定化され、郵政民営化
はじめ「年次改革要望書」によって米国の都合に合わせて社会システムが作り変
えられてきた。沖縄米軍基地問題や駐留経費への大盤振る舞いなど、余りにも大
きな負の遺産である。
新政権は、こうした数々の負の遺産に手足を縛られ、「肢体不自由」の状態で
維新街道を走り出したのである。正常な走りになるまである程度の時間がかかる
のは、理解しなければならない。
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◇◇ 4、鳩山連立政権の課題は何か
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1)「富と権力と情報」の配分を変える
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そこで、そもそも画期的な政権交代によって実現した鳩山内閣の課題は何なの
かを考えてみたい。
第1に、最も基本的な課題は「富と権力と情報の配分」を根本的に変えること
だ。自民党が戦後半世紀以上にわたって進めてきた大企業(経団連)、アメリカ、
特権官僚、マスメディア優先の資源配分を、国民の生活と権利の向上を最優先
に、大きく切り替えることだ。OECDの調査によれば、日本はGDPに占める
福祉や教育予算のウエイトが、先進国中最低に近い。こうした教育、福祉、医療
軽視の資源配分を先ず真っ先に是正しなければならない。逆に、世界6位の防衛
予算(注)、米軍駐留費の75%%負担などは大胆に仕分けすべきである。
(注)日本の防衛予算は米国の同盟国では第4位、陸上兵力7位、海上兵
力2位、航空兵力5位にランクされている(米国防省資料)。
また、法人税、所得税はじめ大企業や高額所得者優遇の税制を大幅に見直し、
欧米よりも低い累進度を高めるべきだ(所得税の最高税率は86年の70%から現在
の37%へ、法人税は84年の43.3%から現在の30%へ低減されている)。税財源
の移譲を伴う分権の徹底化による地域主権体制の確立、官僚支配の根源の一つで
ある情報支配を打破するため、情報公開の徹底を図ることも重要である。マスコ
ミに対する優遇制度(独禁法の特殊規定など)や便宜供与(記者クラブなど)も
見直すべきである。
2)官僚主導の政治から政治主導の政治へ
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第2は、明治いらい連綿と続いてきた官僚主導の統治構造を解体することであ
る。国家戦略室、行政刷新会議、事務次官会議の廃止、政務三役会議、国会での
官僚答弁の廃止など、次々に脱官僚依存の積極策が打ち出されている。
しかし、官僚機構の変革は一筋縄ではいかないことも事実だ。何しろ、一世紀
以上もほとんど無傷で生き延びてきた組織であり、官僚制を打破するにも官僚を
使わなければならないからである。そこで、気になるのは鳩山内閣の高級参謀た
ちの多くが、旧大蔵官僚をはじめとする霞ヶ関出身の政治家で占められているこ
とだ。国家戦略室長、行政刷新会議事務局長、官房副長官などである。霞が関を
見限って政治家になった「過去官僚」たちだが、人脈はつながっており、その多
くが東大法を頂点とするエリートたちで、明治いらい「富国強兵」の近代日本を
つくったが、無謀な戦争で国を滅ぼした者たちの末裔である。
面従腹背は官僚の得意技であり、「政治家に使われている」とみせて「政治家
を使いこなす」術にも長けている。しかし、階層制社会に生きる官僚にとっては
「人事が万事」である。キャリア官僚については政治家がしっかりと人事権を掌
握し、抜擢、左遷を含め「信賞必罰」「一罰百戒」の人事を徹底し、官僚の抵抗
を撃破していくべきである。羽毛田長官や藤崎駐米大使などは罷免に値する。時
に応じて政治の厳しさ、怖さを見せつけなければ、いずれ官僚機構に絡めとられ
てしまう。
しかし、官僚依存の政治を脱するには、政治家の自己革新が不可欠である。官
僚を「使いこなしている」とみせて「使いこなされてきた」多くの自民党政治家
の轍を踏んではならない。そのためには官僚も一目置かざるを得ないような人格、
識見を備えた政治家になるよう、不断の修行と研鑽が不可欠である。政治主導
とは政治家にとってこの上なく厳しい道でもあることを知らなければならない。
3)「国民の生活が第一」「人間のための経済」へ
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第3の課題は、「国民の生活が第一」という民主党のメーンスローガンを、目
に見える形で早急に具体化していくこと、とくに、小泉構造改革を通じて深刻化
した「貧困」や雇用問題に緊急に対処しなければならない。何よりも、小泉改革
で破壊されたセーフティーネットの建て直し、再構築を急ぐことである。
最近、NHKテレビで「子供の貧困」や「30代の貧困」の問題を特集していた
が、「ついに日本もここまできたか」というショックを受けた。登校してそのま
ま保健室で寝込んでしまう子供。給食が唯一の食事という子供。年収200万円
以下の世帯の子供と1000万円以上の世帯の子供との間には、学力差だけでな
く体力差、体格差まで開き始めたこと、高校中退者が急増していること等々。ま
た、高卒で就職に失敗し、不安定雇用で食いつないできたが、負け組みで30代
になると底辺から這い上がることができず、「居場所」も「出番」もなく餓死し
たり、自殺するものが増えているなど、日本社会の持続可能性が失われつつある
実態が浮き彫りになっていた。
したがって、生活保護の母子世帯加算の復活、子ども手当て、高校授業料無償
化などは決してばらまきではなく、日本社会の持続可能性を守るための国家的、
社会的責任の問題であることを明確にしていく必要がある。セーフティーネット
を再構築するには、浅薄な自己責任論をふりかざし、「社会保障は惰民を作る」
「セーフティーネットは国民を甘やかす」といった小泉・石原慎太郎的価値観を
克服し、「支えあって生きる日本」をめざし、「新しい公共」を創出するなど、
国民の価値観の変革も伴わなくてはならない。弱者に冷酷な自己責任論ではなく、
「自立と共生」のための社会的責任論を明確に位置付けていかなければ、日本
社会の持続可能性が壊れてしまう。
欧米の格差社会の実態を克明に調査した矢部武氏は「米国の福祉機能は小さい
が、NPOが政府の代役を担っている。また、欧州諸国の多くには手厚い労働者
の社会保障などを含め、<政府が貧者・弱者の面倒を見るのは当然だ>と言う考
え方が浸透している。翻って日本は福祉機能が小さい上に、NPOなどによる社
会的な救済システムがあまり整っていない。こうして見ると、日本は先進国のな
かで最も冷たい格差社会のように見える」「日本では、生活保護を申請に来た人
を窓口から追い返すようなことが行われ、その結果、絶望して自殺する人が相次
いでいる」と書き、「人間の尊厳と生存権を奪う<世界一冷たい日本の格差社会
>」を告発している(『世界で一番冷たい格差の国日本』光文社。09年7月)。
また、深刻化する雇用問題はじめ、国民生活の安定のためには、当面の景気対
策のみならず、従来型の公共事業、輸出振興策に替わる新たな成長戦略が必要で
ある。このためイノベーションを奨励し、若い起業家たちが希望を持ってベンチ
ャー企業を起こせるよう、インキュベータなどの環境整備を進めるべきである。
また、「人間のための経済」「コンクリートより人へ」の観点に立って、安心社
会の基礎となる福祉、医療、教育に重点的に財源と人材を配分しなければならな
い。先進国中最低の食料自給率を改善するには、大幅に資金と人材を投入して一
次産業の振興を図る必要がある。さらに、世界トップクラスの環境技術を生かし、
国内はもとより、アジアを重点に環境協力のネットワークをひろげ、環境産業
の発展を図ることで雇用吸収力を高めることができる(最近の「成長戦略基本方
針」は概ね妥当である)。
4)「対等な日米関係」をめざして
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第4の課題は、半世紀以上にわたる対米追随の日米関係を「対等な日米関係」
に切り替えることである。10月初めに来日し、普天間基地問題で日米合意の早期
履行を求めたゲーツ国防長官の恫喝的発言は、独立国に対する発言とは思えない
異常なものであった。しかし、マスコミはこの無礼な発言を全く批判せず、即時
履行を否定し続ける鳩山首相を「日米関係を危うくする」「米国は怒っている」
と批判し続けた。沖縄県民の怒りや日本国民の反発を報じないマスコミに対し、
国民の間に「どこの国のマスコミか」との批判が起こったのは当然である。
「対等な日米関係」を求める鳩山首相に対し、11月に来日したオバマ大統領も
含め、アメリカ側は「日米はすでに対等である」と繰り返しているが、半世紀以
上にわたって外国軍隊の駐留を認めている独立国が、世界中どこにあるのか。し
かも米軍駐留費用の75%を日本が負担しているが、この額は米軍駐留を認めて
いる十数カ国の負担総額の半分以上を占めており、世界一安上がりの基地なので
ある。米軍が居座り続ける根拠はここにもある。
しかし、かくも長きにわたる米軍基地の存在は、アメリカ側の意図だけによる
ものではない。自らの世界戦略のため(日本を守るためではない)、日本を最大
限に利用したいアメリカのニーズと、中、露、北朝鮮の「脅威」(これらはすべ
て外交的課題であり、軍事的課題ではない)を誇張し、その「抑止力」として米
軍駐留が「必要」だとし、多額の費用負担を条件に、駐留を求め続けてきた自民
党政府の対米従属外交の結果でもある。しかも、自民党政府は、冷戦の終結やソ
連崩壊、米中接近、6者協議などで北東アジアの緊張が緩和し、日米安保に規定
する在日米軍の存在は緊要性が低下していることに口を閉ざしてきた。元CIA
東アジア部長のアーサー・ブラウンは次のように証言している。
「もともと米国にとって普天間は優先度が低く、<明日、普天間がなくなって
も困るわけじゃない>と言う認識だ・・・神奈川県にあるキャンプ座間は、米軍
で<博物館>と揶揄され、実質的な戦闘機能はほとんどない」「歴史的な政権交
代を果たした今こそ、占領時代からの懸案である米軍基地問題を、鳩山首相はオ
バマ大統領と腹を割って話し合うべきだ。(オバマも政権交代を理由に、ポーラ
ンド、チェコへのMD配備を撤回している)」。同氏は、さらにいくつかの遊休
化した米軍施設を挙げ、在日米軍の必要性が減少してきていることを証言してい
る(週刊朝日、11.27)
来年は日米安保改定50周年に当たるので、日米関係を見直す好機である。冷
戦終結、ソ連崩壊から20年、G7からG20への世界経済の主役交代、BRI
C、とりわけ中国の劇的な台頭など、国際情勢は大きな構造変化を遂げている。
米国もまた「核のない世界」をめざし、一国主義を捨てて国際協調外交に踏み出
したオバマ大統領の時代に変わっている。日米安保見直しの絶好の機会である。
とくに、05年、小泉=ブッシュ時代に両国の外相、防衛相によって署名された共
同宣言「未来のための変革と再編」は、安保条約の極東条項をはずし、テロとの
戦いなど「世界の課題に対処」する安保に拡大されている。これはブッシュ=小
泉時代の宣言であり、当然見直されるべきである。
アフガン、イラク戦争は、いかに強大な軍事力でもテロとの戦いや国際紛争解
決の手段としては有効性を失っていることを、数千の米兵の死者、十数万のイラ
ク、アフガン国民の犠牲者たちが身をもって実証してくれた。日米安保は、北朝
鮮の非核化、東アジア共同体など東アジアの安保環境の改善とあいまって、軍事
色を脱し、環境、防災、医療、教育、科学技術などを柱とする「平和友好条約」
に切り替えていくべきである。子や孫の世代に借金のツケを回すことよりも、米
国の軍事戦略に加担し続ける安保条約のツケを回す方が遥かに罪深いことを知る
べきである。
もう一つ、対米従属を正していく上で重要なのは、小泉内閣によるイラク戦争
への加担について(すでに英国議会の独立調査委員会が始めているように)徹底
的に検証し、対米追随外交がいかに国益を害してきたか、その実態を明らかにし、
小泉元首相と自民党の責任を問うための徹底した調査を行うことである。民主党、
社民党有志議員が始めた調査委員会の立ち上げ準備につよく期待したい(NHK.
12.24)。
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◇◇むすび 「平成維新」の大業成就へ市民の参画を
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「平成維新」を遂行するには、内外情勢を見極めつつ、政策の優先順位とタイ
ミングに細心の注意を払いながら、これらの課題を逐次、着実にクリアしていか
なければならない。もちろん、これに対する旧体制派からの反撃と抵抗も厳しい
ものがあると予想される。とりわけ、戦後日本を自国の世界戦略の中に組み込み、
政治、経済、軍事面で最大限に活用してきた米国は、米国離れを意味する「対
等な日米関係」「アジア重視の外交」などをめざす鳩山政権への不信感を強めて
くる可能性がある。対日タカ派による今まで以上の恫喝や介入も予想される。し
かし、米国民の6割はアフガン戦争に反対しており、国際世論もノーベル平和賞
受賞者のオバマ大統領が「戦争国家アメリカ」をチェンジしてくれることを強く
期待している。鳩山政権もこの「チェンジ」に力を貸すべきである。
こうした内外の摩擦と抵抗を排して、乱気流を乗り切り、上昇気流を作り出し、
「維新の大業」を進めるには、何よりも「覚醒」し始めた国民の強い支持を取
りつけていかなければならない。そのためには、徹底した情報公開が必要である。
それによってさらに国民の「覚醒」を積極的に促していき、維新の大業に圧倒
的な市民参加を作り出していくことが民主党、社民党、国民新党連立政権に課せ
られた歴史的使命ではないか。
(元長洲神奈川県知事の特別補佐官、副知事。現在、アジアサイエンスパーク
協会名誉会長。1月8日、菅財務相の記者会見を聞きつつ)
目次へ
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■ 日米地位協定:法治国家での治外法権 吉田 健正
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今年で改定50年を迎えた日米安全保障条約(「日本国とアメリカ合衆国との間
の相互協力及び安全保障条約」)。その第6条に基づいて定められた日米地位協
定「施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」。外務
省のウェブサイト「日米地位協定Q&A」によれば、地位協定は「日本と極東の平
和と安全の維持に寄与する目的で日本に駐留している米軍」の「円滑な活動を確
保するとの観点から、日本における施設・区域(一般には、米軍基地と呼ばれて
います)の使用と日本における米軍の地位」について定めたものだ。
外務省:地位協定は問題なし
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その「Q&A」サイトには、以下の問と外務省の回答が掲載されている。
問1.日米地位協定は、在日米軍の特権を認めることを目的としたものですか。
問2.日米地位協定は日本にとって不利になっているというのは本当ですか。
問3.米軍には日本の法律が適用されないのですか。
問4.在日米軍の基地はアメリカの領土で治外法権なのですか。
問5.在日米軍は日本全土、どこでも好きなところを基地にできるのですか。
問6.米軍人やその家族は、パスポートを持たずに自由に日本に出入りできる特
権を与えられているのですか。
問7.米軍人やその家族は、アメリカの運転免許証だけで自由に日本国内で自動
車を運転できる特権を与えられているのですか。
問8.米軍人やその家族は、モノを輸入したり、日本国内でモノやサービスを購
入する時に税を課されない特権を与えられているのですか。
問9.米軍人が日本で犯罪を犯してもアメリカが日本にその米軍人の身柄を渡さ
ないというのは不公平ではないですか。日本側に身柄がなければ、米軍人はア
メリカに逃げ帰ったりできるのではないですか。
問10.日米地位協定の規定が不十分だから米軍人の犯罪が減らないのではないで
すか。
外務省の回答を要約すれば、これらの点に特に問題がないか、国際的な慣習と
均衡がとれている、という。いずれも現状肯定の回答だ。主権国家、法治国家で
あるはずの日本で、駐留外国軍は特例(例外)扱いにするという被占領国家(軍
事植民地)の発想である。
日米安全保障約と地位協定の「基地」にされ、地位協定の「抜本的な改定」を
求めてきた沖縄県の考えや問題意識は、かなり異なる。
沖縄県基地対策室の「沖縄の米軍基地の現状」は、例えば施設の提供について
こう述べる。
「日本の公共の安全に十分注意を払う前提で、使用を許された施設・区域(提
供施設)の運営や管理などの権利は、すべて米側が持っている」(第3条)。「
施設の返還にあたっては、米側に原状回復する義務はない」(第4条)。
「公的な目的で運行される米軍の船舶や航空機・自動車は、日本側に通報すれ
ば無料で米軍基地以外の日本の港や飛行場などをしようすることができる」(第
4条)、「米軍人らの出入国については、日本の旅券・査証に関する法律は適用
されない」(第9条)、「基本的に、関税や税金は課されない」(第11、12、13条)、
「日本の運転免許証は。必要ない」(第10条)
「(在日米軍・軍人は)日本国の法令を『尊重』する」(第16条)
「米軍人が基地の外で起こした事件や事故であっても、公務中であれば裁判権
は米軍にある。公務外の事件・事故であれば、裁判権は日本側にある。
しかし、日本側の裁判権の対象になる被疑者が米側によって拘束された場合
は、日本側が起訴するまで身柄の移転は行わなくてもよいことになっている
(平成7年の日米合同委員会合意によって、殺人又は強姦という凶悪な犯罪な
どについては、日本側の要求があれば、引渡しは可能になった)」。(第17
条)
「米軍が、公務執行中に起こした事故などで損害を与えた場合は、損害賠償は
日米両国で分担する」(第18条)
「在日米軍の維持費について、提供施設・区域の整備費用は日本側が負担し、
その他(施設提供の維持費)は基本的に米側が負担する(現実的には、日本政府
も施設内の労務費、光熱費等の一部をいわゆる「思いやり予算」として負担して
いる)」(第24条)
事件・事故への日本側の対応
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外務省と在日米軍基地が集中している沖縄では、基地の影響に対する感じ方は、
これほど違う。本稿では、日本の政治家や、外務省・防衛施設庁(現防衛省)の
元または現役官僚の対応を通じて、いくつかの「物語」を紹介しよう。安全保障
条約と地位協定を背負い込まされた沖縄住民と、彼らに対する日本政府の政治家
や官僚たちの冷たさ、そして米軍に対する対照的な特別扱い振りを理解していた
だくためである。
1.1995(平成7)年9月4日、沖縄県北部のキャンプ・ハンセンに駐留する3人の
海兵隊員が、基地近くの商店街で買い物をしていた12歳の小学生をレンタカーで
拉致、海岸で強姦してそこに放置した。証拠を集めた沖縄県警は、容疑者を特定
し、9月7日に逮捕状をとった。しかし、日米地位協定(SOFA)によれば、日本の警
察は現行犯でなければSOFA要員(米国軍人・軍属・その家族)を逮捕できない。
身柄の引渡しは、起訴後まで待つほかない。被疑者の身柄はそれまで米軍が拘束
するため、日本警察は取調べができないというわけである。日本人やSAFA要員で
ない在日外国人の扱いとは、異なる扱いだ。怒った県民の間で反基地感情が高ま
り、県議会や基地を抱える沖縄市や宜野湾市の議会が米軍への抗議決議を採択し
たほか、10万人近くの住民が参加した抗議大会で、基地の整理・縮小や地位協定
の見直し求めた。
・事件から1年近くが過ぎた1996年6月に発行された『外交フォーラム』。その
中の「沖縄問題は解決できるのか」で、元外務省北米第一課長の外交評論家・岡
本行夫はキャンプ・ハンセン近くの特飲街を訪ねたときのことを書いている。岡
本は、店内にいた「屈強な海兵隊たち」が「うつむいて」いる姿を見た。「カネ
が無いために閉店まで一杯しか頼めない彼らの500円のビールは、とっくに気が
抜け、コップの底から泡も立ち昇らない」。彼らが「イザという時には日本のた
めに命を捨てなければならないのに、日本人からは厄介者扱いされる。(しかも)
給料は可哀想なくらい安い」。そこで岡本は、「彼らにビールを一杯ずつご馳
走してやった」。
・・その直後、日米両政府は在沖米軍の整理縮小に合意したほか、殺人や強姦な
どの凶悪な犯については、地位協定の「運用」を、日本政府の起訴前の被疑者引
渡し要求に米軍が「好意的配慮を行う」べく、改善することになった。また防衛
施設庁(現防衛省庁)によれば、米軍は少女に示談金を、日本政府は見舞金を支
払ったという。
2.2008年2月に起きた少女暴行事件では、沖縄県警が基地外に居住していた海
兵隊二等軍曹を逮捕した。週刊誌やインターネットで被害者を中傷する騒ぎがあ
り、少女と家族が告訴を取り下げたため、軍曹は不起訴処分となった。その後の
軍法会議で、16歳未満の少女への強姦、誘拐、偽証など五つの統一軍法典違反に
問われ、司法取引により、16歳未満の少女への暴力的性行為を犯した罪で3年の
懲役が確定した(「沖縄タイムス」2008年5月16日)。近年、本島中部の北谷町
などで、基地外に住む米兵が増えている。米軍人・軍属・その家族は住民登録が
義務づけられてなく、市町村が居住者を特定することさえできない。市町村にと
って道路整備などの財政負担が増える一方で、米兵は課税対象にならないため税
収は増えない。すでに深夜のパーティ騒ぎや車の騒音、犬の放し飼い、自動車の
路上駐車といった放置、犯罪といった問題が起こっている。
・根拠は、米軍人は「旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外」され、
軍人・軍属とその家族は「外国人の登録及び管理」に関する法令から「除外」
されるという地位協定第9条にあるようだ。しかし、外務省の日米地位協定室に
よれば、「(住民登録の免除は)日米地位協定がどの条項に基づくと、具体的に
示せるものではない」(「琉球新報」2008年2月14日)。地位協定に詳しい本間
浩法政大教授も、「第九条は出入国の際、一般の外国人が必要な外国人の登録な
どが免除されることを示したもので直接、関係がない」と指摘している(同)。
3.2004年8月13日、普天間海兵隊航空基地のヘリコプターが基地に隣接する沖
縄国際大学構内に墜落(米側によれば緊急着陸)して炎上した。その直後、米軍
は、事故現場を封鎖し、国際大学関係者の立ち入りや沖縄県警が求めた現場検証
同意要請を拒否した。日米地位協定に関する日米合意議事録で、米軍の「財産」
を捜索する場合は、米側の同意が必要となっている、というのが拒否の根拠だと
いう。確かに、日米地位協定は、日本側が米軍の「財産」を捜索したり差し押さ
えたりするには米軍の同意が必要としている。軍事機密にかかわるためだ。
在日米国大使館のサイト" Background Brief on CH-53 Helicopter Accident"
(http://tokyo.usembassy.gov/e/p/tp-20040827-61.html)によれば、海兵隊は
事故発生とともに、沖縄の消防署へ通報し、日米は協力して救助活動を行い、安
全対策を講じた。事故機が搬送され徹底した事故検証が行われるまで県警と海兵
隊は日米合意に基づいて現場を保全した。海兵隊は日本の外務省、防衛施設局、
沖縄県県庁にも事故を公式に通報した。その日、県警が事故原因について刑事捜
査をしたいと海兵隊に申し出たが、海兵隊は日米両政府の地位協定合意に基づき
海兵隊がこのまま現場に留まる、と回答した……。
・一歩誤れば大惨事につながりかねなかったこの事故、そして民間地域での米軍
の傍若無人(治外法権的)な対応について、多くの沖縄住民がショックを受け、
怒り、あきれた。ところが、東京の主要メディアのトップニュースは、「アテネ
オリンピック開幕へ」「ナベツネ(渡辺恒雄巨人軍オーナー)辞任」。「休暇中」
の小泉首相は、東京のホテルにこもってテレビでオリンピック観戦に夢中とい
うことで、沖縄の事故現場を視察に来るどころか、事故再発防止策を求めて急遽
上京した稲嶺知事に会おうとせず、日本の主権を無視した米国にただちに抗議す
ることもしなかった。
在沖米海兵隊担当官は、?事故から2週間後の記者会見で、
「海兵隊員が現場を管轄(in charge)したのは日米地位協定に準拠(in accordance
with)したものだ」と説明した。米軍機墜落事故の現場処理に関する1953年の
日米合意では、米軍は「事前の承認なし」に民間地に「立ち入ることが許される」
(外務省のホームページによれば、「事前の承認を受ける暇がないときは…立
ち入ることが許される」)、となっていた。米軍が普天間の墜落事故現場を封鎖
したことについて、外務省は容認する姿勢を見せた。
一方の沖縄では、事故から4か月が経った04年12月、沼田貞昭「沖縄全権大
使」が、「米軍に常に抗議するのではなく、双方通行の対話をしていただきた
いという気持ちを持っている」「在日米軍人は日米安全保障条約のもと、日本
とかアジアの平和と安全を守る使命をもっており、必要が生じれば自らの生命
を危険にさらすことを覚悟している。彼らの立場に思いをいたして欲しい」と
の「県民へのお願い」を発表した。1995年9月の沖縄訪問中に、沖縄を「戦略
的な要衝」と位置づけて、「沖縄は基地と共生・共存する方向に変化して欲し
い」と述べた宝珠山昇・防衛施設庁長官と変わらない。沖縄が日米安保にとっ
て「戦略的な要衝」だとすれば、日本全体が「戦略的要衝」ではないだろう
か。しかし、日本国民に「基地との共生・共存」を呼びかける政治家も官僚も
一人としていない。主要メディアもそう主張しない。
西正典・那覇防衛施設局長は、在日海兵隊が発行する「大きな輪」の2005年
1月号に掲載された「新年のあいさつ」で、沖縄国際大学でのヘリ墜落事故と
その2か月後に沖縄本島南海上で起こった米軍接触事故について「県民の皆様
に心痛を与えたこと」に「遺憾の意を表したあと、次のように述べた。「県民
の皆様にご理解頂きたいのは、米軍にとっても、事故はあってはならないもの
であり、仲間の命を危険にさらす事故をなくすため、真摯な努力を真剣に重ね
ていることです」。米軍の「代弁」である。沖縄国際大学の復旧工事や民間家
屋への損害補償地域住民の精神的ケアを担当したのも、米国政府ではなく、日
本政府だった。
・・2005年4月になって、日米は「日本国内で、合衆国軍隊が使用する施設・区
域の外において航空機が墜落し又は着陸を余儀なくされた際に適用される方針及
び手続(ガイドライン)」を定めた。それには、米軍機が基地外の公有地または
私有地に墜落または不時着し、日本政府から事前に承認を得る時間的余裕がない
場合、米軍は「必要な救助・復旧作業を行う、又は合衆国財産を保護するために」
その公有地や私有地に「立ち入ることが許される」、日本政府と米軍の当局者
は、「共同」で無許可者の立ち入り規制を行う、とある。しかし、米軍が、一方
的に現場を封鎖できるとは書かれていない。
4.沖縄県中部の日本海側に位置する嘉手納空軍基地では、「F-15C戦闘機など
の常駐機に加え、空母艦載機や国内外から飛来する航空機による離着陸やタッチ
・アンド・ゴーなどの通常訓練のほか、臨時的に実施されるORI(行動態勢観察)
演習や四半期毎のローリー(ORIの予行)演習、さらには住宅地域に近い駐機
場でのエンジン調整などが行われており、周辺地域住民の日常生活への影響はも
とより、学校における授業の中断、聴力の異状や睡眠障害などの健康面への悪影
響」……といった騒音被害が発生している。日米両政府は、1996年3月28日の日
米合同委員会で嘉手納飛行場における航空機爆音規制措置(騒音防止協定)を合
意したが、その後もF-15戦闘機の早朝離陸が続くなど、協定無視の米軍機騒音は
止まない。
・2009年2月28日、福岡高裁那覇支部(河辺義典裁判長)で、嘉手納基地の周辺
住民5540人が2000年に米軍機の夜間飛行差し止めや将来・過去分の損害賠償を国
に求めた爆音訴訟の控訴審判決が言い渡された。河辺裁判長は、「受忍限度を超
える騒音は明らか。国は騒音の状況改善を図る政治的責務を負う」とした上で、
騒音による権利侵害の範囲は一審(那覇地裁、2005年2月)で狭められた救済枠
を旧訴訟二審と同じW値(うるささ指数)75以上の区域の違法性認定まで引き
戻し、被告国側に過去分総額56億2692万6096円の支払いを命じたもの
の、健康被害認定では一審同様、爆音と身体的被害の因果関係を否定した。判決
文によれば、「被告(国)は、条約ないし国内法令に特段の定めがない限り、米
軍の本件(嘉手納)飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限すること
はできない」というから、まさに治外法権扱いである。
・・ 米軍機の飛行差し止めや一部原告の賠償請求を棄却した新嘉手納爆音訴訟
の福岡高裁那覇支部判決を不服として、住民466人が09年3月11日、最高裁へ
上告した。判決はまだ出ていない。
5.基地被害は、もちろん軍用機の騒音にとどまらない。1995(平成7)年7月に
返還された通信所の跡地から、カドミウム、水銀、PCB、鉛、ヒ素などが検出さ
れた。
・防衛施設庁は、汚染汚泥を移送して一時保管することとし、ドラム缶694本分
の汚泥を航空自衛隊基地内の国有地に搬送した。
1997年12月から98年1がつにかけて、海兵隊のハリアー機が久米島に近い鳥島射
爆撃演習場で劣化ウランを含有する徹甲焼夷弾(劣化ウラン弾)1520発を「誤っ
て」発射した。
・劣化ウラン弾は米軍の内部規則によろ日本国内の施設・区域での使用が禁じら
れているという。外務省と当時の科学技術庁は、現地調査を行った結果、鳥島と
久米島、および周辺における健康への影響を否定した。在日米大使館も。劣化ウ
ラン弾の影響は無視できる、との見解を述べた。
・・現在までに回収された劣化ウラン弾は計247発にとどまっている。なお、嘉
手納空軍基地近辺のゴミ収集業者のところでも、劣化ウラン弾の薬莢が見つかっ
たことがある。
1999年には返還された嘉手納弾薬地区の跡地からカドミウムが発見された。
・那覇防衛施設局が土壌分析を行ったところ、一部で環境基準を超える数値の
六価クロムと鉛を発見したが、「周辺に広げた調査では検出されず、汚染とは認
識していない」と県や地主に説明した。
2002年には、北谷町の中学校近くの基地返還跡地でタール状物質(沖縄県の分析
では、環境への影響は「ほとんど」ない)が入った190本近くのドラム缶が見つ
かった。
・防衛施設庁は、国が早急に対策をとることを決定。ドラム缶は北谷町、続いて
那覇防衛施設局が撤去した。
翌03年には、返還されたキャンプ桑江と陸軍貯油施設で、ヒ素、鉛、六価クロム
のほか、PCB使用を疑わせる安定器、軽油などが発見された。
・有毒物質が発見された土壌は入れ替え、油分の汚染土壌は石灰などを混入して
処理して所有者に引き渡された。
・・米国では、閉鎖した基地は国防総省の責任で汚染物質を取り除いた後で市
町村や個人所有者に返還する。しかし日米地位協定によれば、米軍は施設の返還
に際して原状復帰の義務はなく、返還後に汚染物質が発見されても、引き取る義
務はない。
米軍は、県や市町村に汚染調査のための基地内立ち入りも認めていない。
6.2009年11月7日午後、読谷村の村道わきで一人の村民の遺体が発見された。
沖縄県警が自動車工場に持ち込まれた、フロントガラスが破損し、車体に被害者
の男性の血液が付着したYナンバー(米軍関係者)の車を発見して押収、持ち主
を特定した。在沖米陸軍トリイ通信施設に所属し、基地外に住む2等軍曹であっ
た。10日は通報を受けた米軍が身柄を確保。11日から13日にかけて、兵士は、「
任意」で県警の事情聴取に応じ、「自分が跳ねたかもしれない」と述べたという。
しかし、その後、被疑者の弁護士が那覇地検に聴取の可視化を要請し、兵士は
事情聴取を拒否し続けた。ようやく事故から2か月目の2010年1月7日、那覇地検
が自動車運転過失致死罪で米兵を起訴、身柄を米軍から那覇拘置支所に移し、翌
8日に県警が逮捕した。
・2等軍曹のアパートから被害者の血がついた衣服、自動車の車内からは被害者
の血や毛髪が見つかった。米軍から県警に提供された兵士の唾液も、DNA鑑定
の結果、男が犯人であることを示した。被疑者が米軍人でなければ、1週間以内
で「ひき逃げ」として立件できたはずの事件の解決に、なぜ3か月も要したのか。
第一は、米軍関係者の被疑者を米軍が拘束している場合、米軍は日本側が起訴
するまで身柄引き渡しを拒否できるという日米地位協定による。もう一つは、国
際的に問題になっている、弁護士の立会いを認めない日本の捜査機関の「密室」
取調べだ。今回は、被疑者が人権をタテに出頭を拒否したわけであるが、日本の
捜査機関は被疑者が日本人あるいは米軍関係者以外の在日外国人であっても、出
頭拒否を認めただろうか。被疑者の人権を尊重すべく国内法を改めて、それをま
ず日本人に適用すべきだが、そうした議論はあまり聞かれなかった。
沖縄県の要請
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沖縄にとって、米軍基地は、相次ぐ米兵の凶悪犯罪とその後の捜査や裁判をめ
ぐる問題、重油やPCBなどによる汚染、原状回復されないまま返還される土地、
実弾演習による火災、学校や民家に響き渡る爆音、自治体職員・警察・消防への
立ち入り禁止、軍用機の民間空港着陸や軍艦などの民間港湾寄航、基地外に住
む軍人・軍属に対する住民登録や車庫証明の免除……と、問題だらけだ。沖縄
県基地対策課「沖縄の米軍基地」(平成20年3月)を広げて、平成12年の見直
し要請項目をいくつか見てみよう(その後も来県した沖縄担当大臣、防衛大
臣、衆議院安全保障委員会、参議院外交防衛委員会などを通じて政府に要請を
繰り返している)。沖縄県が、日本政府にそっぽを向かれて県だけでは対処で
きないさまざまな問題に苦慮している姿が見えるはずだ。
(1)日米両国政府は、施設及び区域の提供・運用・返還などについて地域住民や
周辺自治体の意向を反映させ、使用範囲、使用目的、使用条件などを明記し公表
する。
(2)基地内外を問わず米軍基地に起因する事件・事故が発生した場合、米軍はただ
ちに地元自治体に通報し、立ち入りを認める。航空機の騒音や事故を軽減するた
め、米軍機の運航に飛行禁止区域や最低安全高度などを定めた国内法を適用する。
道路交通の安全を確保するため、車両の幅・重量などを定めた車両制限令を米
軍車両にも適用する。米軍原子力軍艦が寄港する港湾の周辺住民の不安を解消す
るため、原子力災害対策措置法をこれらの軍艦に適用する。
(3)米軍の活動によって発生する汚水、赤土、廃棄物などの処理、その他の公害
の防止など、米国は自然環境保全に責任を負い、環境汚染が発生した場合は適正
な回復措置を講じる。
(4)施設及び区域の返還に際しては、日米両政府が環境汚染や不発弾処理につい
て共同で事前調査を行う。汚染などが確認された場合、米国は原状回復の措置を
とる。
(5)米軍による民間の空港・港湾の使用は、緊急時を除いて禁止する。演習や訓
練を伴う民間空港・港湾への出入や移動も禁止する。
(6)米軍の構成員・軍属・家族の私有車両に対して、民間車両と同率の自動車税
を課する。
(7)米軍当局は、日本側から被疑者の拘禁移転の要請があった場合、これに応ず
る(平成7年10の日米合同委員会で、米国は「(凶悪犯罪の)被疑者の起訴前の
拘禁移転」を求める「いかなる要請」にも「好意的考慮を払う」ことになったが、
県によると、日本側の提起、その後の日米協議に「相当の時間を要することが
予想」されるという。凶悪でない犯罪については、米国は「(日本の)見解を十
分に考慮する」と、はぐらかしている。)
そのほか、米軍関係者が、基地外であろうとも住民登録や車庫証明を義務付け
られていないために起こる問題、事件や事故の補償問題などもある。
これだけを見ても、米軍基地と駐留軍人・軍属・その家族が、日本の組織や国
民、あるいは在日民間外国人とは異なる、特権的(治外法権的)地位を享受して
いることが窺える。
民主党の「見直し」案
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民主党は、2000年5月に発表した「日米地位協定の見直しについて」に続いて、
2008年に改定案をまとめ、8月末に社民・国民両党と「抜本的見直しが必要」とし
て改定案に調印した。改定案(http://www.dpj.or.jp/news/files/kaiteian.pdf)
は、民主党サイト(http://www.dpj.or.jp/news/?num=13013)の要約をまとめると、
在日米軍に以下のことを義務づけるという。
(1)日本の法令を尊重する、(2)8年ごとをメドに施設使用計画書を提出する、
(3)演習及び訓練による環境破壊についての原状回復を行う、(4)施設又は区域外に
居住する場合等においては外国人の登録に関する日本の法令を適用する、
(5)裁判権を行使すべき被疑者の拘禁は原則として日本の施設で行い、拘禁移転の要
請がある場合にはこれに同意する。
「航空管制権及び基地管理権の日本への全面的返還を視野に入れつつ、大幅な
地位協定の改定」を目指すという「沖縄ビジョン」とはまだ隔たりがあるものの、
自民党政権の「運用改善」という名の米軍優遇政策に比べると大きな前進であ
り、実現すれば、沖縄県民の負担軽減や「対等な日米関係」につながる。
米軍に「日本の法令を尊重(順守?)」を義務付ける」のは、国民主権国家と
して当然のことだ。敗戦から65年。日本はもはや米国の被占領国ではない。日本
と同じように、敗戦後、連合国に占領されていたドイツは、ボン補足協定(1959
年締結。その後、71年、81年、93年に改定)によって、米軍を含む駐留NATO軍に、
使用施設の規模・種類・条件・提供期間を示した協定の締結、基地返還に際し
ての原状回復、(凶悪事件に限定されない)「特定事件」における被疑者の移転
要請への「好意的考慮」を義務付けた。NATO軍の演習・訓練には国内法が適用さ
れる。
イタリアの米軍基地はすべてイタリアの司令官の下に置かれ、米軍は作戦
行動や演習、軍事物資や兵員の輸送、事件・事故も発生をイタリア側に通告する
義務を負っている。米韓地位協定は、米兵による女性暴行事件とそれに対する国
民の怒りを受けて1991年に改定され、重要犯罪の被疑者は起訴された段階で韓国
に引き渡されることになった。2001年には、基地内が汚染された場合。米軍は韓
国に通知し、原状回復を行うとの改定がなされた。
日米地位協定は不平等と言われながら、50年間、一度も改定されていない。日
本が、米軍基地と駐留軍人・軍属・その家族を、憲法をはじめとする日本の法令
の枠外におき、特別扱いする時代は過ぎた。そろそろ、日本と極東の平和と安全
を守るために駐留するという米軍(基地と軍人・軍属・家族)を占領軍のごとく
治外法権的に遇するのを止め、「国民主権」の立場から沖縄県の要請に向き合い、
県民(日本国民)の安全や基本的人権を優先すべきではないか。
(A Voice from Okinawa (6))
(筆者は沖縄在住・元桜美林大学教授)
目次へ
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■ 国際労働基準と日本 中嶋 滋
― ILOでの課題と新政権への期待 ―
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◇◇はじめに◇◇
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民主党政権が発足して4ヶ月目を迎える。主に新年度予算編成をめぐって、様
々な新政権への評価がなされているが、その多くは余りにも拙速で政局がらみの
稚拙な論評で、殆どケチ付けに等しい低レベルなものである。特にテレビに登場
するコメンテーターは、ごく少数の例外を除いて、評論家・佐高信氏がいう「テ
レビ芸者」そのもので、茶飲み話の域を超えない内容を「話芸」に載せ視聴者の
判断をミスリードしているにすぎない。
非正規労働者問題に関する報道を見ても、労働コストを単純に国際競争力に結
びつけ企業の国外移転問題を論じたり、正社員労働者の解雇規制が強すぎるから
非正規労働者との「格差」が大きくなると更なる規制緩和を主張するコメンテー
ターはいても、非正規労働者の悲惨な実態の背景に国際労働基準の非適用・違反
問題があることを指摘する論者は皆無といってよい。派遣労働者に関してはILO1
81号条約違反が、パート労働者に関してはILO175号条約未批准の問題があるにも
かかわらず、一顧だにされていない。
日本社会にかなり広範にあるILO軽視、国際労働基準非遵守・無関心の傾向は、
旧政権時代にあった「ILOは途上国のための機関」という傲慢で誤った認識に
拠っている面が強い。市場原理主義に依拠し規制緩和に狂奔して日本をとんでも
ない格差社会に導いた元総務大臣を会長にいただき、派遣業で暴利をむさぼって
いる某女性経営者は、厚労省関係の審議会の場で先進国である日本はILOから脱
退すべきとの見解を述べたという。この厚顔無恥の見解も、誤った認識がもたら
したものである。
こうした状況を克服していくことも、新政権への期待の一つである。新政権に
は、まず、ILOで積年の問題となっている既批准条約の非適用・違反問題を早急
に解決することを求めたい。さらに、そのことを含め中核的労働基準の完全批准
・適用遵守を求めたい。その上に立って、ディーセント・ワークの実現とりわけ
雇用危機克服に関するILOを中心とした国際社会の取り組みに貢献し、労働の世
界でも存在感のある尊敬される国に変身してほしいと思う。
ILOをはじめ国連機関への分担金負担率はGDPを基礎にして決められており、日
本の負担率はアメリカに次いで2位にあるが、最近の5年間で下降の一途をたどっ
ている。20%弱から18%台、16%台と急降下し今年はついに12%台となった。嘗
て、旧政権下で財政的な貢献度の高さを背景にした露骨なパワー・ポリティック
スを展開し、ILO事務局内で怒りと顰蹙をかった。それはILOでの日本のプレゼン
スの低下にも影響を与えたが、財政的貢献度の急激な低下は、従来の対応を続け
れば、更なるプレゼンスの低下を招くことは必定である。この観点からも、新政
権によるILO課題への取り組みの抜本的改革が強く求められる。
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◇◇日本政府が重視すべき課題・対応
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1)鳩山新政権に対する大きな期待
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昨年11月に開催されたILO理事会の際にも、ソマビア事務局長をはじめとするI
LO事務局、多くの労働側理事などから、鳩山新政権に対する非常に大きな期待が
寄せられた。ソマビア事務局長がG20ピッツバーグ・サミットで鳩山首相に会っ
た際の印象は、非常に良かったようで、評価も高いものであった。政労使ILO理
事をはじめ日本人関係者に、首相のILO総会またはアジア太平洋地域会議(2010
年10月)への参加を強く望んでいることを表明し、実現に向け努力するよう要請
がなされた。
米オバマ新政権に関しても、ILOからの評価と期待が示されているが、米国政
府はそれに応える対応を示しつつある。米国政府は、ブッシュ政権下で開店休業
状態にあった「ILOに関する大統領委員会」ならびに「国際労働基準に関する諮
問委員会」を再機能化し、中核的労働基準のうちの未批准条約を全て批准する方
向で取り組むと表明しILO事務局に正式に伝えている。
日本政府も期待に応えるべく積極的対応を表明し、具体的な課題に関する解決
方針を示すことが強く求められている。
2)既批准条約の適用遵守
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日本政府は、188あるILO条約の内、これまでに48条約を批准しているが、批准
数が少ないばかりか、適用実施に関しても幾つかの深刻な違反事例を抱えている。
これまで条約勧告適用専門家委員会、ILO総会・基準適用委員会、結社の自由
委員会などから再三に亘って法制度及び実態の両面での違反を指摘され改善勧告
を受けている事例もある。批准した条約を適用するためには、関係国内法を条約
の内容に即して改正し、労働分野を中心に関係する行政施策も条約内容に沿って
遂行しなければならない。ILO加盟国は、条約批准に関してそうした義務を負っ
ており、日本政府はその義務を果たしていない部分があったのだ。この問題を解
決するために早急に取り組むべき主な課題は、以下の如くである。
(1) 87号、98号条約適用に関する課題
この課題の第一は、公務員労働者の労働基本権制約に関するもので、1965年に
87号条約を批准して以来の積年の課題である。ILOから実情調査調停委員会(ド
ライヤー委員会)が来日し詳細に亘った改善勧告をしたにもかかわらず、40年以
上経過しても法改正を含めた改善がなされなかったのである。消防職員や刑務所
職員を含めた公務員労働者への労働基本権保障が、条約に違反して放置され続け
てきたのである。
この問題に関しては、労働基本権制約の「代償措置」と位置づけられていた人
事院の給与等に関する改善勧告が不実施になるなどの不当な扱いがなされた際
などに、結社の自由委員会への提訴が再三なされ、その度に改善勧告が出され
てきた経過がある。現在も、旧政権時代に労働基本権制約を放置したまま公務
員制度変更(改革ではない)を強行しようとしたことに関して提訴がなされた
案件が結社の自由委員会で審査中であり、既に5回に亘って法改正を含めた抜
本的改善勧告が出されている。結社の自由委員会事務局も労働側委員も、新
政権が旧政権によって40年以上放置されてきた重要課題が早急に解決されること
を強く期待している。
さらに団権津権及び団交権の保護に関する98号条約に関しても重大な問題があ
る。条約は「国の行政に携わる公務員(public servants engaged in the admin
istration of the state)」を適用の例外とすることを認めている。この点に関
して、条約勧告適用専門家委員会ならびに結社の自由委員会は、「国家の名にお
いて公権力を行使する」非常に限定された公務員を指すことを再三にわたって明
らかにしている。
しかし、旧政権下の日本国政府は、恣意的に「engaged in the administratio
n of the state」の部分を訳さず単に「公務員」として、国家公務員の大多数
のみならず全ての地方公務員を協約締結権を含む団体交渉権保障の適用範囲か
ら排除する法的・実際上の措置をとり続けてきた。再三再四に亘る是正勧告を
無視し続けてである。こうしたごまかしを平然と続ける態度は、軍事独裁政権
ですらなかなか取りえない恥ずべきもので、新政権によって早急に是正される
べきであることに異論はなかろう。
第三は、国労組合員をはじめとする1047名に対するJRへの「就職差別」問題で、
結社の自由委員会から7次に亘って解決に向け具体的措置を執るよう勧告が出
されている。この問題に関しては、いくつかの地裁で原告側の主張を受け入れる
判決が出されており、東京高裁でも同様の判決が出され、それに基づいた和解の
動きもある。問題発生から20年以上の歳月が経過し、少なからぬ当事者が亡くな
り、高齢化と無年金問題もあり、事態は一刻の猶予もない状況にある。新政権は、
ILO結社の自由委員会勧告ならびに判決や和解の動向を真摯に受け止め、早急
に解決すべきである。
(2) 29号条約違反に関する問題
これは、1996年以来、条約勧告適用専門家委員会で取り上げられ、総会・基準
適用委員会で個別審査の対象とするか否かの問題となっている「従軍慰安婦」と
強制連行・労働に関する29号条約違反の問題である。ほぼ毎年のILO総会で問題
となり、日本は国際的に非常に厳しい立場に立たされてきた。特に、2007年以降
は、孤立無援といった状況に置かれている。
米国議会での「従軍慰安婦」問題の解決を求める議会決議採択、それに対する
桜井よし子氏ら視野の狭いナショナリスティクな人々によるニューヨーク・タ
イムスへの反論・意見広告、安部元首相による「河野談話」否定発言、これら
の日本側の動向に対する非難と抗議の意味を含めたカナダ、オーストラリア、
韓国、台湾、フィリピン、オランダの国会とEU議会による一連の決議採択がな
されるという事態を背景に、日本政府に対する早期解決を求める声は非常に大
きなものとなった。
昨年のILO総会では、基準適用委員会副議長(労働側)のみならず総会副議長
(労働側)までもが、日本の「従軍慰安婦」問題を討議できなかったことを非
常に遺憾とし今後果たすべき課題だとする異例のコメントを閉会スピーチで発
した。この中には、15年近くも経つのに一向に解決に向けて具体的な努力をし
てこなかった日本政府への苛立ちが含まれており、この問題の解決について
も、新政権への強い期待がある。
(3) 100号条約違反の問題
100号条約は、男女の同一価値労働・同一賃金に関するもので、中核的労働基
準の一環をなす基本条約である。日本は名だたる男女不平等国とみられており、
男女差別賃金に関して何回も条約勧告適用専門家委員会ならびに総会・基準適用
委員会から違反状況の克服に向けた指摘を受けてきた。商社や石油会社などで男
女賃金差別問題を裁判闘争などを通じ闘ってきた女性を中心とする労働組合が共
同して結成した「ペイ・イクイティ・ユニオン」が、ILO憲章24条に基づく申立
を行っている。この申立は、加盟国政府に批准した条約の適用遵守を求めILO理
事会に対してなされるものである。申立は次期3月理事会で受理され審査に入る
ことが確実となっている。日本の男女賃金格差は平均で30%以上あるとされOECD
加盟国の中で格差が最も大きい国の一つである。ジェンダー平等、男女共同参画
の視点からも早急な解決が求められる。
(4) 181号条約違反の問題
181号条約は、派遣労働者の利益を守ることを目的に謳い、1997年に採択され
日本が99年に批准した条約である。連合加盟の全国ユニオンが、伊予銀行で13年
間派遣労働者として働いてきた女性が「契約期間が終了した」と突然「雇い止め
」されたことを典型的なケースとして、日本で横行している「派遣切り」が181
号条約違反であり、その是正を求める申立を行った。ILO理事会は、昨年11月、
この申立を受理し、3理事(政労使各1名)で構成する審査委員会を設置した。日
本政府からの申立に関する見解をまって審査が開始される段階にある。日本にお
ける派遣労働者の雇用の不安定さ、劣悪な労働条件、社会保護の非適用は、労働
市場の柔軟化を主張しているOECDですら批判している。労働者派遣法の改正の動
向とも関連するが、特に「登録型」派遣、短期間派遣、製造業への派遣など問題
を多く抱える現行制度の抜本改善の意思を明確に示す態度を表明して審査に対応
し、そのことによる早期解決を図るべきである。
(5) 日系多国籍業の違反事例
ILOの監視機構(条約勧告適用専門家委員会、総会・基準適用委員会、結社の
自由委員会など)は、条約違反を犯した企業を直接問題にはしない。条約違反を
可能にしている加盟国の法制度・労働行政を問題とし、「被告的立場」に置かれ
るのは、違反事例が生じた加盟国の政府である。日系多国籍企業が条約違反を犯
した場合、日本政府ではなく、違反がおこされた国の政府が条約適用違反を問わ
れる。であるから日本案件としては浮上しない。
こうした案件が相当数あり、典型的なものにフィリピン・トヨタやインドネシ
ア・ブリジストンがある。これらの問題解決は実質的には日本にある本社の意向
にかかっており、これに対する日本政府の対応が問われる。これらの案件の多く
は、OECD多国籍企業ガイドライン違反として日本政府のNCP(ナショナル・コン
タクト・ポイント、問題解決のための窓口機関)に解決を求める要請が出されて
おり、この面からも政府の積極的努力が求められるが、旧政権下では、何の前進
も図られなかった。
3)ILO条約の批准促進(特に中核的労働基準)
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ILO条約・勧告で示される国際労働基準のうち最も基本的で重要なものを中核
的労働基準(4分野の8条約)と呼び、全ての加盟国は尊重遵守することが義務づ
けられている。中核的労働基準の加盟国(183)による批准状況は、下記に示す
とおりである。8条約全てを批准している加盟国は129国(アジア太平洋では5国
)に及んでおり、OECD加盟30国では米・日・韓が例外的存在で、他の殆どの国が
8条約を批准している。日本には、その例外的状況を克服してアジア太平洋地域
全体の水準引き上げを牽引する役割を果たすことが期待されている。
分野 条約 批准国数・率 未批准国数および主な未批准国
・団結権・団交権保障 87号 150・82.0% 33(米、中、印、韓、シン、タイ)
98号 160・87.4% 23(米、加、NZ、中、印、韓、タイ)
・強制労働禁止 29号 174・95.1% 9(米、中、韓)
105号 171・93.4% 11(日、中、韓、シン)
・児童労働廃絶 138号 154・84.2% 29(米、印、豪)
182号 171・93.4% 12(印)
・平等・反差別 100号 167・91.3% 16(米)
111号 169・92.3% 14(日、米、新)
ストライキ行動への制約・禁止や政治的自由に対する制約に違反した者に対す
る制裁としての刑罰は「強制労働」に他ならないとする105号条約の規定は、優
れて民主主義的なもので圧倒的多数の加盟組合によって支持され受け入れられて
いる(批准率93.4%)。しかし日本には主に公務員に対する制約・禁止および違
反者への刑事罰制裁の法規定があり、受け入れられていない。
また111号条約は雇用・職業生活上の差別を禁止するもので、この条約も圧倒
的多数の加盟国(92.3%)に遵守すべき当たり前の原則として受け入れられて
いる。しかし日本には人権擁護に関する独立した救済機関がないことやジェン
ダー差別など様々な差別が横行している実態があることから、これも受け入れ
られていない。まず、この侵すべからざる普遍的価値の尊重・実施を規定する
2条約の批准を達成することが新政権に期待されることである。
中核的労働基準以外にも早期に批准すべき重要条約があるが、深刻な非正規労
働者問題克服の観点から、パート労働に関する175号条約の批准実現の重要性を
訴えておきたい。同一価値労働・同一賃金を基礎に、賃金など可分事項に関して
は時間比例、権利行使など不可分な事項に関しては同等保障を、フルタイム労働
者との基本的関係とすべきとする175号条約を批准し、関係国内法を改正・整備
し実施することは、パート労働者が非正規労働者の圧倒的部分を占め、しかも女
性が大多数であることからも、深刻な実態克服に向けて非常に大きな意義を持っ
ている。
4)雇用危機への対応などILO活動への協力拡大
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先に見たように、ILOへの義務的分担金については他の国連機関と同様でアメ
リカに次ぎ第2位だが、任意拠出は17位でアイルランドやベルギーより下位で全
体の1.2%を占めているに過ぎないのが実態である。これは、これまでの日本政
府のILO軽視を裏付けるものともなっている。この拡大がまずは必要とされる。
財政困難な状況下にあって、支援拡大など不可能とする議論も当然あるが、一つ
は義務的負担の大幅減による減額分の活用、第二に例えばアフガニスタン支援の
5年間5億ドルという巨額な支援の内容をILO活動に関連づけることによって、
実質拡大は確保されうる。特に第二の対応は、これまでの支援のあり方の問題点
を克服する道にも繋がり、今後の日本の支援活動にも大きな教訓を与えるものと
なりうる。
従来の職業訓練支援活動は個人対象で職業能力向上のための教育訓練を受ける
授業料の支給など直接現金給付を含めたもので、職業訓練以外の目的で使途され
る例も少なくない。地域によっては、支給金がテロリストの活動資金とされた等
という話も聞かれる。また訓練と雇用が結びつかない場合も非常に多かった実態
もある。ILOが関与する職業訓練は、労働市場調査や職業紹介事業さらには地域
での起業を含めた雇用機会創出事業などと連携した複合的なもので、それらの活
動に携わる行政官などの人々の能力向上も含む持続可能な内容を持つ。こうした
長期的展望をもつ支援活動に財政支援し、専門国際機関たるILOと連携して活動
する意義は大きい。こうした観点を含めた検討を進めるべきである。
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◇◇むすびにかえて
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ILOにおける日本のプレゼンスの向上は、国際労働基準の適用遵守の模範とな
る国を目指すこと、ILOへの貢献を改革・拡大することなどを着実に実施・前進
していくことによらざるをえない。新政権がそのための具体的施策の実施を進め
ることを期待したい。
当面の対応として、首相のILO総会への出席について再度と提起しておきたい。
新政権が世界の労働問題に積極的にコミットしている姿勢を示すには、首相の
総会における演説が最も効果的といえる。嘗てクリントン米大統領、シラク仏大
統領が行い、昨年はサルコジ仏大統領、ルーラ伯大統領などが行って、大きなイ
ンパクトを与えた。ソマビア事務局長が強く期待している状況もあり、今年実施
することの意義は大きい。日本からは、労働大臣すら30年以上出席しておらず、
ILOへの理解が低い国と認識される根拠ともなっている。
首相の総会出席は、民主的3者構成主義の追求の姿勢表明にも役立つ。ILOが
存立の基礎とする政労使による対話を通じた3者構成主義は、3者とも党の強力
なコントロールの下にある中国などでは実現し得ないことである。日本は民主的
な実態をつくりあげつつ強くアピールすべき課題である。日本経団連が名目はと
もかく実質的に3者構成主義をないがしろにする態度を強めていることもあり、
3者構成主義に政府が積極的姿勢を示すことは、国際的プレゼンスを高めるため
だけでなく国内的な効果も期待しうる。
新政権に期待する多くの事項があるが、その一つひとつを着実に実施し期待に
応えていくことが新政権の責務であり、国際社会に貢献する道を拓くことである。
(筆者はILO理事・労働者側)
目次へ
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≪連載≫
■海外論潮 初岡 昌一郎
■農業は死の床か。再生の時か。 濱田 幸生
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≪連載≫
海外論潮短評(31) 初岡 昌一郎
−神(宗教)の政治的利用を批判する−
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世界的に宗教戦争が犠牲者を増加させるに連れて、神の名が評判を落としてい
る。だが、神に反対する闘いも被害者を出している。宗教戦争に休戦が必要であ
り、世俗主義(セキュラリズム)が宗教的原理主義(ファンダメンタリズム)と
同じく世界にとって脅威であるとする主張をアメリカの国際問題専門誌『フォー
リン・ポリシー』11月号が掲載している。
筆者のカレン・アームストロングは、『神の歴史 ― イスラム』など、多数
の宗教に関する著書を公刊している研究者である。論旨は、一問一答方式で展開
されている。
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◇◇「神は死んだ」 ― 死んでいない
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1882年にニーチェが「神は死んだ」と宣言した時、近代の科学的な世界において
人はまもなく宗教的信仰心を保持できなくなると彼は考えていた。1970年代以降
、ほとんどの主要宗教でファンダメンタリズム(原理主義)の興隆による政治化が
目立つようになったにもかかわらず、『エコノミスト』誌が話題を呼んだ「神の
死」特集を1999年に行なったのは、それが議論に値すると思われたからである。
しかし、2001年9月11日以降、神が死んでいないことが立証された。少なくと
もグローバルな公開的討論ではそれは疑問の余地がなくなった。ジハーディスト
(神の名による聖戦をとなえるもの)によるアメリカ攻撃、中東の一層の過激化、
再臨を信ずるキリスト教徒の8年間にわたるアメリカ大統領在任などを見ると、
誰しもその主張に反論するのが困難となった。『エコノミスト』の編集長でさ
えも『神の再来』という共著を最近出版した。
多くの人は神が私的生活に関わりがあるかどうかに疑問を持っており、グロー
バルな舞台では「神が世界のために有意義な力か」をめぐって異なる論議がある。
活発な主張を展開する新無神論者は、宗教を歴史逆行的であるだけでなく、悪で
あると弾劾している。彼らは、人間の意識から宗教心を抹殺するキャンペーンの
先頭に立っており、宗教が分裂、対立、戦争を生み、女性を閉じ込め、子どもを
洗脳していると主張しており、宗教的ドクトリンは幼稚で、非科学的、非理性的
であるとみている。
これらの論者は宗教についてだけではなく、政治についても誤っている。彼ら
は、人間が本質的に宗教的なものであることを見誤っている。人間はその発生と
共に宗教を創立した。人間は意義を追及する生き物である。犬は犬であることを
悩まず、死の不可避性に苦しむことはないが、人間はその人生に意義を見出せな
い時に、自暴自棄になりやすい。神学的な思想には変遷があるが、意義の追求は
続いている。その意味で、神はいなくなってはいない。宗教を忌避すべき、否定
すべき、あるいは破壊すべきものとして扱う場合に、最悪の結果が増幅する。好
むと好まないかにかかわらず、神は現世に留まるのであり、バランスの取れた、
共感を持ったマナーで神と共に暮らす方法を見つけるときである。
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◇◇「神と政治を混同すべきではない」 ― 必ずしもそうではない
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神学的に無知な政治家が宗教に汚名を塗ってきた。不適切な理解が神をアイド
ル化しているが、好きとか、嫌いというイメージで捉えることは精神的荒廃の最
悪の形態である。このような傲慢が十字軍のような残虐行為を導き出した。脱宗
教政治の登場はこの傾向をチェックする意義を持っていたが、世俗主義自体が今
や世界に有害な新しい悪霊を生み出している。
西欧においては非宗教的現世主義が成功を収め、近代的な経済と政治制度に不
可欠となっている。 しかし、それは約300年間に漸進的に達成されたもので、
統治についての新しい思想が社会のあらゆるレベルに浸透する時間的余裕が西欧
にはあった。だが、他の世界各地では世俗主義があまりにも急激に広がったため
に、依然として宗教に深く帰依し、西欧の諸制度を異質と見る国民各層の反発を
買っている。
中東においては過剰に攻撃的な世俗主義が逆流を招き、既成宗教を一層保守化
させ、あるいはその反対に過激化させている。例えば、エジプトでは有名な改革
者、ムハマッド・アリ(1769−1849)が聖職者層を無慈悲に経済的に追
い詰め、片隅に追いやったので、彼らは変化に背を向けた。イランのシャー(皇
帝)が体制反対派のイスラム教職者たちを拷問し、亡命に追いやったので、アヤ
トラ・ホメイニなどイランの従来の宗教的支配者に極端な対応が必要との結論を
下させることになった。
シーア派は、それまで何世紀にもわたり祭政分離を神聖な原則としていた。聖
職者が国家元首となるべきという、ホメイニの主張は異例の新説であった。しか
し、穏健な宗教は建設的な役割を果たしうる。エジプトの偉大な律法学者、ムハ
マッド・アブドゥは、シューラ(話し合い)とジーマ(コンセンサス)を重視する
伝統的イスラム諸原則と明確に結び付けなければ、圧倒的多数のエジプト人が生
まれたばかりの民主的諸制度を理解しないことを心配していた。
宗教が政治的に利用されるかどうかよりも、その利用の仕方がより重要である。
ケネディやオバマなどのアメリカ大統領は、国民を結集する共有の経験として
宗教に頼った。そのアプローチは、神の権威に依存することなく、精神的共同体
の力を認識したものである。それでも、アメリカを確固たるキリスト教国にしよ
うとするプロテスタント原理主義者にとっては、このコンセンサスは満足すべき
ものではない。
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◇◇「神が暴力と非寛容を育てる」 ― 神ではなく、人間の業だ
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人間は他の動物を殺し、食べることで生き残ってきた。人間は仲間も殺す。こ
の暴力は非常に浸透しているので、ほとんどの聖典に忍び込んでいる。しかし、
これらの攻撃的な文言は、他者を自らと同じように遇せという基本的戒律によっ
てバランスがとられ、チェックされている。何百年にもわたる失敗と過怠にもか
かわらず、この黄金律は正統な立場として生きている。
"宗教"戦争は、その手段が如何に近代化されようとも、常に政治戦争として始
まっている。これは17世紀のヨーロッパでそうであったし、今日の中東でそうで
ある。いわゆるジハーディスト(聖戦主張者)の行動でさえ、神によってではな
く、政治によって鼓舞されてきた。1980年から2004年までの自爆攻撃についての
研究は、その95%が自分たちの母国から外国勢力を撤退させるという、はっきり
した戦略的目的を動機としていた。
しかし、この自爆行為は大多数の信者を代表したものではない。最近のギャロ
ップが35カ国のイスラム教徒を対象とした調査によると、回答者の僅か7%が9月
11日の攻撃を正当化したにすぎない。
原理主義は保守主義ではない。むしろ、極めて革新的で、異端的でさえある。
それは常に、危機意識に対応して展開される。危機感を持つ一部原理主義者は、
自らが擁護しようとする伝統を歪めている。パキスタンのイデオローグ、アブ・
アラ・マウドゥディ(1903−1979)は、ジハードを自分自身の向上のた
めの努力という意味からイスラム教徒の中心的任務としての"聖戦"に転化させた
、最初の主要思想家であった。彼と、エジプトの有力な思想家、サイード・クト
ブの二人は、これが非常に異論の多いものであることを十分承知していたが、西
欧の帝国主義とエジプト大統領ナセルなど支配者の世俗主義的政策に対して正当
化されると考えた。
ユダヤ教徒、キリスト教徒、あるいは回教徒であれ、全てのファンダメンタリ
ズムは、その宗教帰依者が絶滅されかねないという、根深い恐怖に根ざしている。
ナセルが何千人ものムスレム兄弟団メンバーを押し込めた収容所で、クトブは
彼のイデオロギーを発展させた。諸集団は軍事的あるいは言説的に攻撃を受けた
場合に、ほぼ一様に過激化することを歴史が示している。
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◇◇「神は貧者と無知な人のために存在する」 ― そうではない
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宗教は他愛のないもので、非合理的であり、社会の幼児期に根を張ると現代の
無神論者は力説する。これは、一見しての無限の選択可能性と繁栄に直面した人
類が依然としてマルクスが"アヘン"と呼んだものに依存していることに対する、
西欧知識人の失望を反映したものである。
いかなる主要宗教もビジネスに反対していない。それらの宗教はもともと市場
経済の創成期に発展した。バイブルとコーランは収奪を禁じているが、ユダヤ教
徒、キリスト教徒、回教徒はみなこれまでにこの禁止をくぐり抜ける方法を見つ
け、繁栄する経済を生み出してきた。創始者が神と富の両方に奉仕することは不
可能と説いたキリスト教が、マックス・ウエーバーが1905年の『プロテスタント
の倫理と資本主義の精神』で指摘した文化的環境を近代資本主義に統合したのは、
宗教の歴史における最大の皮肉な結果である。
主要な宗教の信仰的伝統はビジネスに反対するものではないが、資本主義的逸
脱には対応しようとしてきた。仏教などの東洋の宗教は、ヨガや他の自制方法で
人間心理の過剰な欲望を緩和させようとしている。三大一神教は、社会における
貧富格差の直接的な批判者であり、富の不均等な配分を痛烈に非難している。宗
教とは単に義務的な信仰を個人的に保持するという問題ではなく、人類がもっと
人道的になるのを妨げる自己中心欲を超えようとして、不断の努力による懸命の
営みを意味するものである。
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◇◇「神は女性にきびしい」 ― そのとおり
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世界の主要宗教いずれもが女性に優しくないというのは、不幸にして真実であ
る。伝統が女性にとって積極的に開始された場合にも(キリスト教やムスレムの
ように)、数十年のうちに男性が古い家父長制に引き戻してしまった。しかし、
これが変わりつつある。あらゆる宗教の最上の特徴の一つである平等主義を根拠
として、女性は男性に挑戦している。
近代性を証明するものの一つが女性解放であった。原理主義者は現代のエトス
にたいする反乱の中で、ジェンダーの伝統的役割分担を強調しすぎる傾向がある。
不幸なことに、この家父長的傾向にたいする全面攻撃は非生産的なことが証明
されている。例えば、"近代化を進める"政府がヴェールを禁止すると、すぐにそ
れを被る女性が更に増えた。1935年に当時のイラン皇帝レザ・シャーレビが、シ
ーア派の聖地メシャドで発生した、西欧風衣服の強制に反対する平和的デモの鎮
圧に兵隊を派遣して数百人を射殺した。このような行動が、近代以前に普遍的慣
行ではなかったヴェールの着用をイスラム教徒の尊厳のシンボルに仕立てたので
ある。
現在のイスラム教徒の中には、近代化のために西欧を手本とすることを不可欠
とは見ないとの主張がある。西欧の流行は富と特権を誇示する物が多いのに対し、
イスラム教徒の服装はコーランの平等主義を示している。一般論として、ジェ
ンダー問題に西欧が直接に介入することが反発を招いた。教育、職場、政治にお
ける女性の権利向上を求める、土着的なムスレム運動を支持するほうがよい。
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◇◇「神は科学の敵である」 ― 必ずしもそうではない
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科学はキリスト教原理主義者たちの敵となっている。彼らは、公立学校での進
化論授業や遺伝子研究に聖書の教えに反するとの理由で反対している。しかし、
彼らの聖書の読み方は前例がないほど融通がきかないものである。近代以前でも、
生命誕生の正確な記述として創世記を読む人はほとんどいなかった。17世紀ま
で神学者たちは、聖書の記述が科学に矛盾するならば、それを比喩的に解釈すべ
きだと強調していた。
科学との衝突は、近代西欧における神についての帰納的観念によるものである。
皮肉にも、近代科学の経験重視が、神と宗教的言説を象徴というより事実とみ
なし、宗教を過度に合論理的教条的かつ文字通りに解釈する傾向を奨励した。
大衆的原理主義は近代性に対する反乱である。キリスト教原理主義者にとって、
進化論は近代世界における全ての誤りを典型的に示すものである。それは科学
的理論というよりも悪のシンボル視されている。この反科学的偏見は、ユダヤ教
徒やイスラム教徒の間にあまり見られない。後者の原理主義運動は、教条や反科
学よりも、イスラエル国家などの政治問題によって触発されている。
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◇◇「神は民主主義と両立しない」 ― 両立する
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サムエル・ハンチントンは、自由世界とイスラム教の"文明の衝突"を予言した。
彼は、イスラムを本来的に民主主義に反するものと断言した。だが、20世紀初
めほとんど全てのイスラム知識人は西欧を愛し、母国がイギリスやフランスのよ
うになることを望んでいた。多くのイスラム教徒を民主主義思想から疎外したの
は彼らの宗教ではなく、基本的人権と民主的権利を否定した、イランのシャー、
サダム・フセイン、ホスニ・ムバラクなどの専制的支配者を支持してきた西欧の
政府であった。
2007年のギャロップ世論調査は、イスラム世界において民主的自由と女性の権
利にたいする広範な支持を示しており、多くの政府がそれを阻止しようと対抗し
ている。しかしながら、西欧モデルの全面的採用には抵抗がある。多くの人は公
共面に神がもっと明確に反映することを願っている。これと同じように、2006年
のギャロップ調査によれば、神が立法の法源であるべきだと46%のアメリカ人は
信じている。シャリア法(コーランに基ずく律法)は、多くの西欧人が嘆いてい
るような厳しい体系ではない。イスラム改革派は、変化する社会状況からみて理
解すべきだと論じている。
宗教は世界的な政治問題の原因ではないが、政治問題を解決しようとするなら
ば理解することが必要である。政策担当者がシーア派について研究する努力をし
ていたならば、アメリカはイラクにおける危機的失敗を回避していた。各地域の
経済、政治、社会的習慣を研究するのと同じような科学的な公平さと正確さで、
宗教が研究されなければならない。そのことによって、宗教が如何に政治と絡み
合っているか、何が非生産的であるかを理解し、不必要な反発を避ける方法が見
つけられる。
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◇◇コメント
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日本ではあまり関心が払われていないが、アメリカではキリスト教の政治的影
響力が非常に強い。しかし、キリスト教内部に様々な流れがあって、一枚岩とは
ほど遠い。近年のキリスト教原理主義の勃興と政治的攻勢の激化によって、宗教
の危険な欠陥を突く批判も活発になっている。
新しい無神論の展開も見られ、サム・ハリス(『信仰の終焉:宗教、テロおよ
び理性の将来』2004年)、リチャード・ドーキン(『神の妄想』2006年)、クリ
ストファー・ヒッチェンス(『神は偉大ならず:宗教がいかに全てのものを毒し
ているか』2007年)など代表的な論客が登場している。
他方最近では、原理主義と無神論の中間的立場で宗教を擁護する著作が相次い
で出されている。ロバート・ライト(『神の進化』2009年)や、本論文の筆者、
カレン・アームストロング(『ケイス・フォー・ゴッド - 護神論』2009年)
などが代表的な論者である。このような立場からの著作に、科学誌『ネイチャー
』の編集者から『ニューヨーク・タイムス』科学記者に転じたニコラス・ウェー
ドの新著『信仰という本能:宗教はどのように進化し、なぜ持続したか』があり、
これを『エコノミスト』2009年12月19日号が書評で取り上げ、かなり詳しく紹介
している。
ウェードは、生物学の発展を下敷きにして社会学的見地から歴史的に宗教を論
じ、なぜ人類が生き残るために宗教を必要としているかを考察している。彼の指
摘の中で考えさせられるのは、本来的には信仰は個人的なものであるが、集団化
によりはじめて社会的政治的な勢力となる側面である。その半面、信仰の集団化
が排他性を伴うことがある.
『アトランティック』誌2009年12月号も、ハンナ・ロシン「キリスト教が衝
突を招いたのか」という、長い論文を掲載してこの論争に割り込んでいる。この
論文は、新興宗派が精神性ではなく、現世における繁栄の福音を説くことで勢力
を拡大している現状を取り上げ、現世利益を説く宗教が欲望を肯定し、物質的な
楽観主義と膨張主義を広めていることを批判している。
環境や経済の深化した危機によって科学、特に社会科学はその有効性だけでは
なく、存在理由をも問われている。知識を拡大、進化させることで人間の向上と
その主体性の強化を信じてきた、啓蒙主義的近代の科学万能論は挫折しているよ
うにも見える。
現代の人間が直面する複雑な問題の掘り下げた探求と理解を放棄して、あるい
はそのような努力をせずに、単純明快かつ他力本願的な擬似的解決に身をゆだね
たいという誘惑が強まる根拠は十分にある。このような誘惑を利用する宗教集団
は、ともすれば非寛容と対立を煽る。その反面、問題解決に個人の力の限界を知
り、社会的集団的解決を求めながらも、人間の弱さを認識し、個人的な欲望を制
御、抑制しながら、謙虚な態度で調和的に生きる道を求める傾向を助長する上で、
宗教は肯定的な役割を果たしうるものであろう。いずれの道が選好されるかで
宗教だけではなく、人類の将来が左右される。
(筆者はソシアルアジア研究会代表)
目次へ
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≪連載≫
■農業は死の床か。再生の時か。 濱田 幸生
赤松農政の評判と新有機農業支援法に対する評価など
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今年も大荒れの一年の予兆がしますが、皆様いかがおすごしでしょうか。何卒
本年もよろしくお願いいたします。
さて、よく村では三十年一世代をひとつの単位で考えます。
三十年前後で、次の世代にタッチするというわけです。かつて青年だった私た
ちも60の声を目の前にする年頃になってしまいました。身体も無理が効かなく
なり、かつて平気で持ち上げた30キロ半俵がズシッと腰にくるわけです。
出来ることと、現実的判断が出来る歳になってしまいました。かつて夢を喰っ
ていた私のような者が言うのもなんなのですが。
そのうちじっくりとお話しますが、今までいい意味でも悪い意味でもあった有
機農業の独立的性格が失われていくような時代に差しかかってきたような気がし
ます。
それが一般農業との敷居をなくし、地域の中で生きる有機農業という本来ある
べき展開を作るのか、あるいは、一般農業の単なる一分野に組み込まれてしまう
のでしょうか。
かつて私が就農した1980年の頃を第一世代だとすると、この2010年は
ちょうど30年めとなります。どこから飛んで来たのかわからないような有機農
業の変わり種がこの村に飛んで来て芽を吹き、がむしゃらに根を張ってしまいま
した。そして二十歳の年にいずれにせよ、次の世代に渡すべき有機農業のスタイ
ルをしっかりと世に問うていかねばならない正念場の頃のようです。あまり気張
らずにいきましょうか。
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◇村の酔っぱらいの赤松農政談義
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ところで、昨年の暮れに村の友人たちと鍋を囲みました。話はするともなく、
今年は厄年みたいなもんだっぺから始まって、来年はというと、もうまったく分
からんということに揃い踏みの情けなさ。
となると、今の民主党政権はナニ考えているんだべ、と言うことになっていっ
たとおぼし召せ。
私など自民党農政の頃はバリバリの批判派であったことは隠れもないことです
から、「一回やらっせてみっぺよ」で政権を握ったところに好意的と見られてい
たようです。あ、この「一回・・・」ウンヌンは、ほんとうにこの茨城3区の民
主党候補者のキャッチコピーです(笑)。
余談ですが、うちの地方は語尾にペをつけただけで、なんか土着オリジナルに
なると、やや安易に考えている節がありますんで、バリエーションとしてはご当
地交通標語「酒飲んで運転やめっぺよ」(「泥酔して運転やめっぺよ」ではない)
なんかがあります。
まぁそれはともかく、酒に酔うほどに皆どこに入れたんだ、白状せいや、って
ことになりました。笑えることに2名を除いて皆民主党ということでしたが、1
名は額賀先生の後援会の地区幹部の息子ですから、これはしゃ〜ない。そして民
主党に入れなかったもうひとりがこの私で、なんと共産党ときたもんだ。
おい、ハマちゃんや、いつから共産党になったんだ、と追求が厳しい。だって
村の共産党は一種の屋号みたいなもんでありまして、どこそこの亭主、その舎弟、
その嫁、その甥、そのまた女房と、なぜかみな「その」でつながる血族の園み
たいになっているのですな。ですから、浮動票で共産党に入れるというのは、ほ
ぼないのです。
私が共産党に入れたのは「その」血族とはなんの関係もなく、ましてや党員な
どでもなく、自民党にも民主党にも愛想が尽きていたからにすぎません。少なく
とも私は、マニフェストとやらにこっそりと日米FTAを忍ばせるというやり口
が信用ならん、と思ったからです。
で、皆の衆が言うことにゃ、民主党が農家戸別所得補償制度(ええい長ったら
しい)をしたくてしたくてしょうがないのはよ〜く分かった。しかし、それの実
態が段々明らかになるにつれ、な〜んだ米の減反補償金とおっつかつだっぺ、と
なってしまいました。
今までの減反奨励金を止めて、替わりに所得補償金という形に変えてみた。建
前は減反廃止だが、内実はどうもそう簡単じゃないみたいだ、と皆が頭をひねる。
計算式は難しいのですが、反あたり1万5千円くれるというのは農業新聞にデ
カデカと出ています。
じゃあ割り当ての減反生産数量守って、その金握ったとして、その次はなんな
のさ、ということろで話がパタリと詰まってしまいました。フツーはですね、例
えば赤松さんの前任者の石破さんの頃だったらとしましょうか、専業農家の農地
集積化事業や、それに見合った政府金融の低利の資金設定があったり、山間地な
らばまとまって営農組合を作って、それに対する山間地支援策がある、という方
向がとりあえず出ていました。
しかし赤松農政では所得補償金の「その次」がまったく見えないのですから、
評価しようがない。たとえば農地集積事業はバッサリと真っ先に切られました。
次いで、耕作放棄地対策事業もバッサリ打ち首。農道建設事業もバッサリ、そし
てなんとびっくり仰天したことに有機農業支援事業も、農地改良事業本体すらも
脳天唐竹割りで惨死寸前。
そしてこれらの屍累々の山も、なんのこたぁない、ただ農家戸別所得補償制度
の財源の犠牲にされたにすぎないとわかってくると、もう悪酔いです。
つまりですなぁ、赤松農政は、専業農家が村の中の田んぼや耕作放棄地を借り
集めて農家経営を成長させていくという道を、事実上バッサリと切ってしまった
わけです。水田は、多くが改良区というひとつのため池から伸びるパイプライン
でつながった水利組合が管理していますから、農地集積事業を止めてしまい、個
々の水利組合の小規模農家(要するに兼業農家ですが)に農家所得補償で現金を
配ってしまえばどうなるのか。
ま、これからは、たとえ専業農家が張りきってこれらの兼業農家に水田さ貸し
てくれや、と頼み込んでも、うんにゃお国が減反生産目標さ守れば、現金くれる
つうに、貸借すると所得補償金の受給関係がめんどうなだけだぺよ。おめぇにゃ
貸せねぇな、となるのは必定でしょう。
じゃあ、なぜ民主党はこんなに俺ら頑張ってる専業農家を目の敵にするような
ことを始めたんだっぺ、となったわけですが、誰かが杯をチビチビ舐めながらド
ッチラケの表情で言うには、選挙以外になんかあっか。
ああ、この一言で皆、酔いも覚めました。お〜いねぇちゃん、代行さ呼んでく
れや!おお、表はサブい。
「効率」で葬られて、経済効率一色でよみがえった新有機農業支援法
去年の暮れ、あの悪名高い事業仕分けで廃止されてしまった有機農業モデルタ
ウン事業の代替えとして、新たな有機農業支援法が閣議了承されました。その内
容の評価についてはお伝えしていなかったので、簡単に触れていきましょう。
有機農業モデルタウン事業からの完全な後退としか思えない内容です。急遽の
代替えという事情はよく理解できますし、その熱意に感謝を惜しまないつもりで
すが、内容があまりにもひどい。
左に新しい有機農業支援事業予算の一部を掲載しましたが、要するにひとこ
とで言えば、よくある農業関係一般予算のひとつにしかすぎません。
ここで述べられているのは、いわく、「産地収益力向上」、「販売収益力向上」、
「生産技術力強化」、「人材育成力強化」といった、農水の予算のマニュア
ルどおりの一皿盛りいくらというようなありきたりの予算内容にすぎません。
農水省、頑張って復活させたのはエライし感謝もするが、なんにも考えずに作
りやがったのが見え見えじゃねぇか!たぶん今まであるそこいらの農業予算の客
体対象を、「有機農業」に書き換えただけだと思われます。
これでは、有機農業の独自の歴史や構造がまったく評価されることなく、今後
期待されるべき有機農業の21世紀日本農業への寄与という最も重要な魂の部分
が抜き去られました。
そもそも2004年に成立した有機農業推進法は、その核心部分として、日本
農業の中で有機農業が独自の歴史と蓄積を持ち、その蓄積に立っていかなる貢献
をすることが求められているのかという大きな俯瞰図がありました。
そしてそれが、21世紀の開始を告げる時に制定された新農業基本法の精神で
あるはずの「自然と調和した農業のあり方」の精神を体現するものなのだという
理念に裏打ちされていました。
このような21世紀の日本農業をどうしていくのかという理念の問いかけと、
現実に施行される具体的な有機農業支援対策がまったく無縁であっていいのかと、
私は思うのです。
無知蒙昧、粗暴野卑の民主党レンポー女史と枝野氏に破壊された有機農業モデ
ルタウン事業は、その問いかけに真正面から答えようとしていた意欲的な事業で
した。
有機農業が、各々の地域の中で、行政やJA、減農薬減化学肥料栽培の農業者
とも連携して、ネットワーク構造を作り上げ、今までの30余年の有機農業の蓄
積を拡げ、踏み固め、次の世代に引き継ぎ、減農薬減化学肥料の人々とも結んで
新たなすそ野を拡げ、街の人々と結び合う地域作りの主体としての有機農業を登
場させる画期的な意味を持っていたのです。
それが「効率」という一言で事業仕分けされた結果、農水省はその代替えとし
て、まさに経済効率一色の事業案を考えたというわけです。
まことにやれやれであります。このようなことを世では、仏作って魂入れずと
言います。民主党もまったく罪作りなことをしてくれます。
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◇有機JAS五割増し目標は空論にすぎない
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この新予算の最大の問題点は、「有機JASを26年度までに5割伸ばす」と
いう、なにを根拠にしたのかさっぱりわからない有機JASの拡大目標が突如登場
したことです。
今や、有機JASは今の日本の有機農業の桎梏と化しており、現実に当初期待
された減農薬減化学肥料栽培の層には、完全にそっぽを向かれてしまい、新規の
申請もほとんどないありさまです。農水省は、取得者の有機JAS返上が年々増
加していることを知らないのでしょうか。
今盛んに申請してくるのは、外国の有機農産物加工品原料のみといった状況
で、それを5割も延ばすという目標は、現実無視も甚だしいと言わざるを得ま
せん。
まずは今、農業現場の有機農業者が有機JASを取得して何の壁に突き当たっ
ているのか、どこに問題点があるのかを、各地域の有機農業推進協議会に予算を
つけて調査をさせ、それの結果を踏まえてから、次の「ではどうやって有機JA
Sの欠陥を改善して、伸ばしていきますか」という段階に進むのがものの順番で
はないでしょうか。
現状調査活動⇒調査結果の集約⇒改善点の洗い出しといった施策のきめの細か
さがないとダメです。これに関しては、県や市町村の農政課レベルと、有機農業
推進地域協議会が協同して調査事業に当たるべきでしょう。まずはこれに予算を
つけるべきで、いきなり、「技術力強化」、「販売企画力強化」などと寝言を言
われても困ります。
本筋から離れるので短くコメントすれば、有機農業30余年の歴史の積み重ね
の中で、有機農業の技術や販売力は独自の展開を見せているのです。30年前だ
ったらありがたかったでしょうが、現時点で必要なことはむしろ有機農業技術の
整理と体系化、そして次代を背負う農業者や、減農薬、減化学肥料の生産者へど
のように繋げていくのかがポイントなのです。
また、「有機農産物マッチングフェア」ということも述べられていますが、ほ
んとうに農水省はなにもわかってないのですねぇ。有機農産物は売るのに困って
はいないのです。私たちが売り先がなくて困っていると農水省は認識していたん
だと、かえって妙に感心してしまいました。
なるほど、こう現状認識がズレていては話がスレ違うはずです。山間地などの
市場から遠い地方や、新規就農者は別種の問題点があるのでひとまず置きますが、
有機農業団体はおおむね「売るものがなくて困っている」のです。
特に有機JAS出荷をしている団体は、有機JAS農産物は減少の一途をたど
っており、市場の需要との需給ギャップが生じているのです。この有機JAS農
産物の減少による需給ギャップ問題は深刻で、有機農業団体の伸び悩みと直接に
つながっています。
このようなことの原因はいつにかかって、有機JASの現実にそぐわない硬直
した基準・表示体系の内部にあります。この矛盾を素通りしたまま「5年後に5
割増せ」とは片腹痛い。寝言は寝て言え。
繰り返しになりますが、まずは、有機JASの問題点の洗い出しを行った上で、
それに立ったところで、なんらかの大幅な有機JAS制度の見直し、あるいは、
直接支払いまで視野に入れた「国策としての」本腰を入れた支援策がない限り、
国産有機JASは5割増しどころか、いくら予算を注ぎ込んでもざるで、立ち
枯れていくでしょう。
この部分を農水省はどのように考えているのでしょうか。それが明らかになら
ないままに、こちらの農業現場にただ「有機JASを増やせ。予算をつけたぞ」
と振られても困るというのがこちらの正直な気分です。
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◇一度地域を巻き込んだら、二度と引き返すことはできない
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新有機農業支援予算の3つめの問題。新事業予算では地域に対する有機農業者
の立場がまったく考慮されていません。
廃止されてしまった有機農業モデルタウン事業では、要として、市町村行政と
協働することが条件づけられていました。
私は農水省の予算の組み方はよく知らないのですが、このモデルタウン事業に
おいて行政に仲立ちをさせることはいろいろな意味で意義あることでした。
まず、農村地域においては行政、あるいはJAとの協働することなしにはモノ
ゴトがいっさい進まないのです。たとえば、協議会の会合を呼びかけるなどとい
ったささいなことひとつでも、そこに行政やJAが参加していると、いないのと
ではまるで重みと広がりが違います。
これを事大主義と笑うなかれ。農村で幅広く地域興しをしようという時に、行
政やJAを敵に回してはまず何もできません。彼らの持っている公共性は、農村
では私たち変わり者連合である有機農業者の比ではないからです。
30余年間、いい意味でも悪い意味でも、私たち有機農業の関係者は、よく言
えば栄光ある孤立、はっきり言ってout of order、序列外の存在でした。私た
ちの有機の仲間うちだけで組合を作り、産直事業を立ち上げ、村の催しや農業関
係の集まりなどにも顔を出すことは稀でした。
なるほど、行政も、ましてやJAなどが、私たちを振り向こうともしなかった
ことは事実ですが、もう私たちはかつてのそれではない。それなりの力を付けて、
確固たる経済基盤も、都市消費者との関係も作り上げてきています。もう孤立
を粋がっているような子供じみたことは終わりにしたいのです。
私たち有機農業も幼年期が終わり、地域農業の一角として果たすべき役割を果
たすべき時期です。その時期にこのモデルタウン事業がやってきたわけです。
・・・などと、殊勝に考えていたら、あっさりと仕分けられてしまい、次に農
水省が言ってきたのは、「予算を復活させたが、今度のものは地域など考えなく
てもいいんだよ。あんたがたの収益性や経済効率を向上させることだけやってく
れたらいいんだから」ときたもんだ!
何を考えているのか農水省。そんなわけにいかんだろうが。
もう、私たちは一世一代の決意で、有機農業という住み慣れた穴ボコから出て
きて、地域の行政や、なんとJAまでにも声を掛けてしまった後なんですぜ。こ
こで、「いやー、農水省がああいうもんで地域興しはいちおう中止つうことで、
私らだけの収益性向上に邁進しますわ」などと頭をかきながら言い出せば、まぁ
ご想像どおりですわな。もう百年間、地域は私たち「有機のてい」を信じてはく
れないでしょう。田舎では信義は命より重いのです。
ですから、この地域行政や、JAなども含んだ減農薬減化学肥料生産者ととも
に地域を作っていくという私たちの有機農業推進協議会の規定方針は変えるわけ
にはいきません。名称も、「産地収益力向上協議会」などというゲロゲロの名称
には絶対にしない。
冗談じゃない。政治に介入されるたびに地域主体を名称ぐるみコロコロ換えて
いたら、いったい農業者の主体性なんぞどこにあるのでしょうか?
農水省、そして私たちをよくぞ仕分けてくれた無知蒙昧な民主党議員の諸君、
ひとこと言っておく。百姓をなめるなよ!
(筆者は茨城県行方市在住・農業者)
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■河上民雄、20世紀の回想 河上民雄
−第1回 自民・社会党による55年体制−
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本稿は2009年5月11日および12月1日に実施された河上民雄氏(元衆議院議員・
元日本社会党国際局長)へのインタビューを岡田一郎が再構成したものである。
5月11日のインタビューには浜谷淳氏が、12月1日のインタビューには赤羽高樹氏
・加藤宣幸氏・木下真志氏および岡田が参加した。
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◇質問:まず、55年体制について先生のお考えをうかがおうと思います。55年体
制が成立した背景はどのようなものであったと先生は考えておられますか。
●河上:55年体制が成立するのは、社会党の左右両派の再統一と保守勢力の大合
同がほぼ時期を同じくして―正確に言えば、社会党の再統一が先行していますが
―完成したことによってです。1945年の敗戦からそれまでの10年間に両陣営とも
目まぐるしい離合集散があったことを思うと、これはある意味では、社会党にと
っても保守勢力にとっても、1945年の仕切りなおしみたいなものです。が同時に、
なぜ統一、合同をあえてしたのかという点を考えると、1955年2月27日に実施
された総選挙の結果が引き金だったのではないかと思われます。この選挙で保守
勢力は明治以来はじめて7割の得票率を切るわけです。その意味を直感的につか
んだのが三木武吉さんです。
三木さんは、吉田打倒を本当に命がけでやった人ですが、その人が突如、方針
を転換して、吉田自由党と組むという選択をおこなったのは、敵はもう吉田では
なくて社会党だという認識を持ったからです。社会党は鳩山内閣の憲法改正の公
約に危機感を抱き、左右両派の再統一を公約し、憲法改正を阻止するために必要
な三分の一以上の議席を獲得していました。
◇質問:当時、社会党両派では再統一のために統一綱領が作成されることになり
ました。右派側の綱領を作成したのは河上先生ですよね。
●河上:藤牧新平さんと私の二人です。父・河上丈太郎(右社委員長)の指示を受
けて、当時30才前後の若者が右社綱領草案を作成しました。と言っても、右社側
の統一綱領草案という意味です。統一綱領作成のための両派の話し合いには、右
社側からは河野密さんや松沢兼人さん、曾祢益さんが、左社側からは伊藤好道さ
んが出て、最終的には伊藤さんがあの再統一綱領の執筆にあたります。統一に伴
う政治的な難しい問題は右社側は三輪寿壮さんが、左社側は佐々木更三さんが担
当していました。
◇質問:統一綱領作成の際に問題となったのはどういった点ですか。
●河上:当時の左社綱領は、左社が政権をとったら、二度と政権を手放さないよ
うにするため、放送・教育・学術すべてを党の中央委員会でコントロールすると
いう、いわゆるソ連型の社会主義をそのまま取り入れたものでした。「それは絶
対に飲めない」と右社側が反発したのはもちろんですが、左社の首脳部の判断も
あって、私たちが書いた右社側の綱領草案をほゞそのまま採用する形になりまし
た。左社綱領を作成した向坂逸郎さんはもう憤懣やるかたなかったと思うのです
が、おそらく鈴木茂三郎さんが学者の出る幕じゃないっていうことで、執筆を伊
藤さんに全面的に任せたのだと思います。
他に、当時、問題になっていたのは、日本は果たして独立国なのか、それとも
植民地なのか、従属国なのかという問題でした。ただ、左社の方も党内派閥の問
題から、従属国か植民地かという論争にあまり深入りしたくなさそうでした。右
社は講和条約の是非のときから講和条約賛成の建前上、独立国という立場でした
が、そのとき、曽祢さんが、「アメリカによって急所を握られている」というあ
る意味露骨な表現を提案して、統一綱領にもこのような考え方が反映されました。
このように統一綱領に関しては曾祢さんが右社の立場を代表してかなり注文を
つけました。政治的な問題では、三輪さんの前では佐々木さんも借りてきた猫み
たいにおとなしくしていて、何も言えませんでした。三輪さんと佐々木さんとで
は迫力も経歴もだいぶ差がありましたから。河野さんではそこまで佐々木さんを
抑えることは出来なかったでしょう。
◇質問:三輪さんと河野さんとではそれほど大きな違いがあったのですか。
●河上:三輪さんは理論的にははっきりしない人でしたが、人間的な迫力という
点では抜群でした。加藤宣幸さんの父上の加藤勘十さんが引退される前に『毎日
新聞』で松岡英夫さんが聞き手で連続インタビューをおこないました。そのとき、
加藤勘十さんは「最大の政治家は三輪寿壮であった」と評価しています。河野
さんは理論家として、河上さんは人格的には立派な人でしたが、政治力は三輪さ
んが抜群だったと。
◇質問:社会党は穏健な西欧社民的な統一綱領を制定しましたが、それを生かす
ことなく左傾化していきました。それはなぜだと思いますか。
●河上:統一綱領が右派主導で制定されたことに対する怨念のようなものが左派
の中に存在したと思います。それが数年後の綱領的文書「日本における社会主義
への道」につながる伏線だったと思います。統一後、衆参の選挙で社会党の議席
は伸び続けました。本来ならば、「統一の政治的成果はあがっている」というこ
とになるべきでした。しかし、実際には「勝ち方が少ない」という理由で綱領論
争が再燃しました。まるで、かつて徳川家康が「国家安康」という文字を「家康」
を分断するもので謀反のしるしありと豊臣家を弾圧する材料にしたようなもので、
統一の貴重な成果は地面に叩きつけられてしまいました。
◇質問:55年体制の成立にどのような意義があったと先生はお考えですか。
●河上:新約聖書時代のギリシャ語では「時」を意味する二つの言葉がありまし
た。一つは「カイロス」という言葉で「神の時」というようなことを意味します。
もう一つは「クロノス」という言葉で「淡々と時間を刻む」ということを意味
します。55年体制の成立はカイロスだったのかもしれません。
◇質問:具体的にはどのような意味でカイロスだったのでしょうか。
●河上:保守合同を成し遂げた三木さんが社会党の伸張に非常な危機感を抱いて
いたという話を先ほどいたしました。その三木さんの危機感を受け継いだのが、
石田博英さんです。石田さんは、社会党に対抗するためには、社会党が得意とす
る分野、例えば労働行政や社会保障に自民党も真剣に取り組んでいかなくてはな
らないと主張しました。
石田さんは自民党内では三木さんほど有力者ではありませんでしたが、労働大
臣として三井三池争議の対応を任されるなど、他に労働行政が出来る人間が党
内にいなかったので一目置かれていました。このような石田さんのような人物
が自民党内に存在し、社会党の政策を先取り吸収した結果、日本はアジアで最
高の医療保険制度を持つ国となりました。今日大きく揺らいでおりますが、曲
がりなりにも日本がそれなりに充実した社会保障制度を持つことが出来たの
は、55年体制の所産です。
もう一つは外交です。外交は1945年がまさに日本国民にとってカイロスだった
わけです。つまり、そのとき日本は中国と満州事変以来14年間戦争をおこなって
きたことについて基本的に考えを改める絶好のチャンスだったわけです。しかし、
冷戦によって中国をはじめアジアの大半が共産圏に組み込まれてしまい、日本
は自らを中国と敵対する立場にあると認識してしまいました。日本人は、中国と
の真摯な和解に取り組み、中国侵略が誤りであったことを認識するチャンスを
失ってしまったのです。
そこで、共産圏との外交関係は、与党の自民党ではなく、野党の社会党にやっ
て貰う(嫌な言い方ですが)という関係が出来ました。例えば、日本の国連加盟
への道を開いた日ソ国交回復は鳩山一郎内閣が実現したわけですが、社会党もそ
のためにかなり協力しました。社会党も半分功績があると誇っても良いけれど、
「保守に手を貸した」ことになると嫌なものだから、社会党の人たちは誰も言い
ません。
このような55年体制下での自民党=日米安保条約堅持の政権与党、社会党=護
憲勢力としての第一野党による「対抗と分業」を日本国民が結果として認めたの
は、国民も冷戦下でアメリカの軍事体制の傘の下に入ることも、生きていくため
に日米経済の絆も必要だが、その反面でアジアとの関係回復も大切で、護憲とい
う良心も失いたくない、それは社会党に託したいと考えたからかもしれません。
日本の外交は円ではなく、平和憲法と日米安保条約という2つの焦点をもつ楕円
形で、その2つの点を引きよせ合って1つにしないのがよい、1つになった時はむ
しろ危ないと考えたのが日本の選択だったといえます。
◇質問:55年体制は1993年に崩壊しますが、先生はその引き金になったのは何だ
とお考えになりますか。
●河上:もちろん、1989年から1991年にかけての3年間の世界的大変動の影響が
あったと思いますが、直接的にはやはり小沢一郎さんの存在抜きに語ることが出
来ないでしょう。自民党を飛び出た小沢さんが、非自民勢力の中で最大の勢力を
誇っていた社会党を手玉にとり、左派が支持する土井たか子さんを衆議院議長に
もってきて、首相には少数政党である日本新党の党首である細川護熙さん―熊本
藩主の子孫で、近衛文麿元首相の孫―を据えました。これが成功の秘訣になりま
した。
それに小沢さんは誰にも抵抗できない「政治改革」をスローガンに掲げました。
しかも企業と政治の結びつきを絶つという大命題を、その道の達人が説き続け
たのです。こうした矛盾を孕みながら、1993年の宮沢内閣の崩壊から今日に至る
までの16年間、小沢さんが掲げる「政治改革」が常に日本政治のキーワードとな
ってきました。そして、当の小沢さんは時の政権に入ったり、野に下ったりしな
がら、常にときの政権を脅かし続けています。そういう意味でこの16年間は「小
沢時代」と言っても良いと思います。
もしも社会党に戦略家がいたならば、今がカイロスということで、小沢さんが
自民党を飛び出す前に、社会党自身が理論的に踏み込んだ議論を起こし、大胆な
路線転換ができたかもしれなかったのです。そうすれば社会党が政界再編のイニ
シアチブを握ることもできたでしょう。しかし、実際は、社会党は小沢さんがや
っていくことにただおろおろついていくだけになってしまいました。
その後、小沢さんの掌を離れて、社会党プラス、リベラルの党をつくろうとい
う試みがありました。リベラルがだれか、というのはなかなか難しい問題です
が、一応社会党にピリオドを打って、分裂せずにリベラルな人と信頼関係を築
いて、新党を作るという方式をとってもよかったと思います。しかし、そのた
めには1989年の東欧革命・1990年の東西ドイツの統一・1991年のソ連崩壊に対
する社会党なりの総括が必要でした。しかし、社会党にはそれらの問題をどう
とらえるべきかという認識がありませんでした。
◇質問:社会党は1989年の東欧革命・1990年の東西ドイツの統一・1991年のソ連
崩壊に対してどのような認識を持っていましたか。
●河上:全く時代の変化に鈍感でした。私は1989年8月に、衆議院外務委員会の
東欧政治経済事情調査団に参加し、動き出しつつあった東欧革命の実態を見てき
ました。ベルリンの壁崩壊の3ヶ月前のことです。私は何か大変なことになると
いう切迫感を持ちました。
日本に帰国した後、私は1990年2月の総選挙への不出馬を決め、政界を引退し
ました。この選挙のときに、各党党首の討論会のようなものが開かれ、その様子
を私はテレビで見ました。このとき、海部俊樹首相に「資本主義体制が勝ったん
だ」と言われた土井委員長が「体制の問題をここで持ち出すのはイカが墨を吐く
ようなものだ。いま、いちばん必要なのことは消費税の是非を問うことだ」と反
論し、会場でヤンヤの喝采を受けていました。当時の日本の有権者には土井さん
のセリフは受けたかもしれませんが、土井さんのセリフは、彼女にカイロスへの
胸をふるわすような感覚が全く欠如していた証拠でもあります。その後も、既存
の社会主義体制が民衆の力によって倒されたという問題をどう理解していいのか
わからないまま、社会党はきていると思います。
私の考えでは、暦の上での世紀と歴史としての世紀は重なりながらズレており、
別のものであって、「戦争と革命の世紀」と言われた歴史としての20世紀は、
1914-18年(第一次世界大戦)と1917年(ロシア革命)のあたりに始まり、1945
年をひとつのピークにして、冷戦を経て、1989年(ベルリンの壁崩壊)、1990年
(東西ドイツ統一)、1991年(ソ連邦崩壊)の3年間で幕を閉じたのだと思いま
す。
社会党は社会民主党と名を改め、社会党はかねてから社会民主主義の党であっ
たと強調されるようになりました。しかし、かつての社会党には社会民主主義を
蛇蝎の如く嫌う人々が存在したのも事実です。そのような事実を知る人びとの目
に現在の社民党はどのように映るでしょうか。
一方で、日本には未だにキューバ、北朝鮮と世界中に社会主義の希望の星を求
めてさまよう人びとが存在します。こっちがだめなら、あっちというように希望
の星を求めて歩くのは、演歌の世界ならぬ"未練、慕情"の世界です。世界のどこ
かに理想の体制が存在するなどと考えるのは間違いです。社会の現実を無視して
イデオロギーを機械的に実現しようとして悲惨な結果を生んできたというのが20
世紀のわれわれの歴史です。歴史はイデオロギーにとって常につれないものです。
そのことを覚悟したうえで、私たちはイデオロギーに対峙していかなくてはな
りません。
(河上民雄氏;元衆議院議員・元日本社会党国際局長・東海大学名誉教授)
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■ 書評 『生存権所得 憲法168 条を活かす』村岡 到著
(社会評論社、 2,000円+税) 深津 真澄
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「小泉構造改革」の思わぬ副産物は、憲法九条ばかりでなく二五条の生存権の
規定の重要性が、広く一般に認識されるようになったことだと評者は考える。そ
の最大のモメントは、一昨年の暮れ、厚生労働省真ん前の日比谷公園に、ホーム
レスや派遣切りで行き場を失った労働者を収容する「年越し派遣村」が出現した
ことである。著者は、生存権をさらに一歩進めて「生存権所得」(ベーシックイ
ンカム)を保障することこそ、経済システム改革の目標だと主張する。
副題に「憲法168 条を活かす」とあるが、日本国憲法は103 条までだから「ア
レ ?」と思う人もいるかもしれない。この168 条とは九条と二五条のほか、法の
下の平等を定めた一四条、労働基本権を保障した二八条、地方自治の原則を規定
した九二条までを合計した数字である。この五つが「憲法のもっとも大切な原則」
であり、168 条は「イロハ」と読んで欲しいと著者は強調する。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という
生存権規定は、法廷でその効力が問題になったこともある。一九五七年に結核患
者の朝日茂さんが低額な生活保護費では「健康で文化的な生活が保障されない」
と国を訴えた「朝日訴訟」である。一〇年後に最高裁は、二五条は理念や目標を
示したプログラム規定で、立法で具体的に保障されない限り訴えの根拠にはなら
ないとして要求を退けた。
しかし、労働条件の改悪や社会保障水準の切り下げで、多数の労働者が生活の
基盤を奪われ、明日の労働力再生産もおぼつかない暮らしに追い込まれる現状に
対して、二五条の規定を「お飾り」にしておくわけにはいかない。個人としては
力のない労働者が労働基本権によって団結し、闘い、地方自治体の支援も得て、
人間として最低限の生活を営める所得を保障させていくことが憲法を活かす道だ
という主張は説得的だ。
その具体的方策として、著者が提唱するのは「生活カード」システムである。
この制度は、人間は誕生したら誰でも一定の「生活カード」を月単位で社会から
給付され、そのカードで生存に必要な消費物資や生活手段を入手できるというも
ので、著者は「生存権所得」という表現も用いる。この制度なら、かつての欠陥
だらけの「社会主義経済」に代わる新しい「協議経済システム」が成立するとい
うのだが、さてどうだろうか。
著者の構想では、生活カードは各地の給付委員会が一定の基準に従って支給す
るというのだが、その基準づくりは各人の条件を考慮して<平等>を貫く方向で
社会的合意を形成するとし、社会全体の物資や生活手段の総量をどの程度にする
かは、生産者と消費者の代表間の協議で決定するという。だが、千差万別、多種
多様な個々人の要求を「平等に満たす」基準は可能だろうか。生産総量を協議で
決定することは、結局、中央からの「計画」押し付けになりはしないか。
生活カードは、希望する消費財を購入するときの<引換手段>としてだけ機能
するもので、貨幣と違って流通することはないし、蓄財機能もないという。幼児
や自分では使用できない者に給付された生活カードは、どの範囲までの人の代理
使用を認めるか、その確認はどうするのか。現在の銀行のキャッシュカードのシ
ステムでも本人確認にはさまざまな問題が起きており、代理者の本人確認はさら
に問題が広がるのではないか。
著者は、生活カードの第一のメリットは、<消費選択の自由>を確保できるこ
とだという。社会主義体制では商店での行列とサービス精神の欠如が当たり前だ
ったが、「生活カードと<引換場>さえ用意すれば、選択の自由は確保できる」
というのは楽観的過ぎる。
選択の自由は生産の自由、価格決定の自由、
つまり経済活動の自由を保障しなければ、実現しないのではないか。
著者はあとがきで記している通り、九一年のソ連の崩壊以後、社会主義体制の
問題点をマルクスの理論にさかのぼって批判し、改善と修正を検討してきた人で
ある。その研鑽ぶりは古今東西にわたり、イデオロギーの枠を超えて自由で、捉
われない発想は驚くほど幅が広いものだが、生活カードシステムの構想は、まだ
ユートピアの域を出ていないと言われても仕方がないと評者は考える。
この本の魅力の一つは、社会主義に望みをつなぎながらも自由で柔軟な発想を
ためらわない著者の姿勢にあるだろう。たとえば、小泉信三の『共産主義批判の
常識』(一九四九年)から「社会主義の到来はある蓋然性をもつ」という文を引
用し、マルクス主義者が強調してきた「歴史的必然」と蓋然性は異なること、階
級闘争についても小泉が「民族と民族との対立闘争を見落としてはいけない」と
述べていることを紹介し、「いずれも小泉の認識の方が深くて正しい」と書くの
だ。
(評者はジャーナリスト・元朝日編集委員)
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■ 書評 『中国への日本人の貢献―中国人は日系企業をどう見ているか―』
段躍中編 日本僑報社刊・1900円
貴志 八郎
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私が手にした『中国への日本人の貢献』と銘うたれた第5回中国人の日本語作
文コンクール受賞作品を時には胸をドキドキさせながら、時にはウルウルと胸を
熱くして一気に読み終えた。
よくぞ、日本の言葉をここまで、理解し、伝えたい心を文字にして表現してく
れたものと感動をさえ覚えた。半世紀にわたって日中友好運動にたずさわってき
た私にとって、中国の広い地域から若者が持つさまざまな「日本観」、それも官
製でない草の根の声として聞かせて貰えて嬉しく思った。
唯、少し天邪鬼な私の意見を歯に衣を着せずに述べて見たい。
この作品集に登場する殆どの作文には、日本人や日系企業、あるいは日本政府
に対する批判が目につかない。大方の内容は褒め言葉の洪水である。褒められて
悪い気持ちになる者もなかろうが、選者の立場を意識すればこのような一面を強
調することも止むを得ないとは思うが。さて作文者の方々は本当にこんな素晴ら
しい企業哲学を持ち主ばかりに出会ってくれたのだろうか。金儲けに血眼で、環
境や労働者の生活に目もくれず、採算ばかりを追い続ける経営者と接触する機会
がなかったのか、私は胸に手を当てて中国に進出した企業の人々の顔を思い浮か
べて見るのである。
それだけに善意と好意に満ちたこの作文集を、中国進出の経営者諸君にこそ広
く熟読玩味して貰いたいと強く思う。中国の若者たちは、これ程までに日本企業
を評価し、学ぶべきだと主張してくれている。
だからこそ、日本からの進出企業やスタッフが、お世辞ではない筈のこの作文
に応えられるようにしなければ、落胆が続き、賛辞がいつ罵声にとって変わるか
判らないと自覚すべきである。
ただ、志を持って、中国に渡り、日本語の教師や技術指導に当たり、中国の方
々と心を通う交流を続ける人々や、文中にある優れた企業スタッフの活動が、日
中友好にどれだけ多くの貢献をしているか、多くの作文で語られた草の根の活動
には私も拍手を送りたい。
兵法に「敵を知り、己を知れば百戦危ふからず」とある。できれば機会を見て
辛口の日本観、それも進出企業の在り方や、労務管理や企業理念、対人関係や賃
金など、あらゆる分野での不満や批判を中国青年の目線で率直に述べ、併せて、
希望や期待、提言を寄せて 頂き、そして日本には無い、中国の良さも是非紹介
して欲しい。 このような配慮が実現すれば、第6回作文集は、ぐっと立体的に
なるし、対話、討論の立派なテキストになると思う。
何はともあれ、この文集をまとめてくれた日中交流研究所に敬意を表し、今後
のご活躍を期待したい。
(評者は山東省栄誉公民・前和歌山県日中友好協会会長)
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■【北から南から】
深センから 『中国の新労働契約法と"80后"』 佐藤 美和子
大阪から 高齢者だって喧嘩もすれば恋もする
〜闘う介護・オンドルパンのハルモニと私の奮戦記〜(その5)
「大規模事業所に介護の夢はない」 除 正 寓
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■【北から南から】
深センから 佐藤 美和子
『中国の新労働契約法と"80后"』
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今から2年前の2008年1月1日、中国では新しい労働契約法が施行されました。
以前の労働法と大きく違う点は、労働者の権利保護を重視した内容であることで
す。最近立て続けに、その新しい労働法とそれを上手く利用しようとする若い世
代のビックリ話を知人から聞く機会がありました。二つの例を、ご紹介したいと
思います。
まず一人目の事例は、とある企業の総務人事を担当する人から聞いたお話です。
この方、近頃『80后(パーシーホウ)』と呼ばれる世代の社員に悩まされていま
す。この『80后』、日本の海外ニュースでも紹介されるほどに中国で社会問題化
している世代なのですが、みなさんご存知でしょうか?日本風に言えば『新人類』
とでも言いましょうか、つまり1980年代生まれで、一人っ子政策および急激な経
済発展のためにワガママ一杯で育った人たちのことを指します。
ある日、典型的な『80后』である社員が出勤途中の路上で転倒し、"内傷"を負
ったからと労働災害適応を会社に求めてきました。内傷とは、外に不具合が見え
ないような、捻挫打ち身など内部器官のケガのことです。
しかし中国では、出勤途中のことは自動車が絡むもの以外は労災に入らないそ
うで、それは無理だと断ったところ、相手は訴える!と息巻いてきました。なん
でも、例えば出勤中のバスが急停車、車内で転んで怪我をした!といった内容で
も駄目なんですって。自動車交通事故による障害、つまりクルマにぶつかった接
触した、というのでなければ労災には認定されないのだそうです。なんだか、不
思議なルール・・・・・。
このケースでは、いずれにせよ本当に出勤途中に負ったケガなのか、判別不可
能です。もしかしたら、前日の休日の事故かもしれないですし、証拠はありませ
んからねぇ。
しかも、病院で2ヶ月間は自宅療養が必要なので、その期間の出勤は無理!と
いう診断書を持ってきて、長期休暇を申請してきました。いまどき骨折だって、
2ヶ月も休みませんよねぇ?しかも『内傷』なので外見はまったく普通、ほとん
ど詐欺みたいなもんです。恐らく、どこぞの医者にワイロを渡して適当に書いて
もらってきた、偽造診断書なのでしょう。
さらにその社員はそれだけでは飽き足らず、自宅療養中は社員食堂の無料で提
供されている昼食が食べられない、だから代わりに自宅療養中の昼食代を負担し
てほしいと言ってきたとか。自己中心的な思考回路もここまで来ると、なんだか
もう天晴れですよ(笑)。
昼食は働く人のために無料で提供しているのだから、働いていないあなたに
は本来出せないものだけど、会社に食べにくるならあなたの分も用意します、ぜ
ひ毎日ランチを食べに来るように、と言ってやったそうです。あはは、うまいっ!
それでホントに歩いてきたら、労災詐欺がバレちゃいますもんね〜
もう一人のケースは、女性労働者についてです。
半年の産休をとっていた女性が会社に電話をかけてきて、本当は年明けからの
復帰のはずだったが、赤子の面倒を見てくれる人が見つからなかったので続けて
もう半年休ませてほしい、と言ってきたのですって。これまで半年もの間、何し
てたんだってハナシですよ。
彼女の上司は激怒して、それは君の個人的な都合だから、会社はそんなもん知
ったこっちゃない、来なけりゃ欠勤扱いです。と通告すると、「じゃあ育児休暇
延期の期間は、給料ナシってことでもいいですから」「しかしね君、会社が君の
ために掛けている諸々の社会保険はどうなるのかね?」「そりゃ会社の義務です
から、引き続き支払ってくれるべきです」・・・・・あいた口がふさがりません。
―――ちょっと寄り道して、半年の産休の内訳をご説明しましょう。
(1)通常分娩の場合・90日、(2)難産(含む帝王切開)の場合+30日、(3)24歳以上で
出産の晩婚者の場合+15日、(4)独生子優遇証(一人っ子政策を遵守しますという
誓約書。これがあると、教育・医療の面で優遇される)取得者の場合+35日
というわけで、帝王切開で出産した24歳以上のこの女性は合計170日、約半年も
の産休および育児休暇が法的に認められているのです。―――
その上司はそうは言ったものの後から少々不安に思い、念のために新しい労働
法に詳しい人に相談してみたところ、それは企業としては拒否できない案件だと
言われてしまいました。今では、妊婦は子供が一歳になるまでは、いかなる理由
でも解雇してはならないという法律になっちゃったんですって。信じられます?
半年の産休の後、もう半年の延長申し込みも、最初の半年間は50%の給料を払
い続けていましたが、延長後半年間はなんと70%の給料を払う義務があるのです
って。なぜ増える???
延長理由も、『子の養育に重大な困難がある場合』は認めなければならないと
かで、ベビーシッターが見つからないというのも勿論『重大な困難』に入り、こ
の女性の要求は会社としては受け入れざるを得ない。もし拒否したら、彼女は拒
否した上司を告訴することもできるので、そうなれば上司は罰金を払った上に、
会社は75%の給料を支払う羽目になりますよ、ですって〜!その上司という人、
頭を抱えていました・・・・・。
(注:パーセンテージについてはその人からの伝聞によるものです。私もネット
で調べてみたのですが、詳しい記載が見つからず、数値については確証が取れて
いません)
過去、ほとんどが国営企業であった時代の中国では、『鉄飯椀(親方日の丸)』
と言ってどんな無能で怠惰な労働者でも等しく給料を受け取ることができていま
した。その後、90年代初頭に社会主義的市場経済が導入されてからは、経済発
展最優先で労働者の人権などおざなりだったのですが、新しい労働法が施行され
てからはなんだか変な方向へ突っ走っている気がします。
これが健全な社会であれば、労働者を保護する重要な法律なのでしょうが、イ
マドキの"80后"にかかればこんな事になってしまうのですね。そして更に10年
後には、日本の"ゆとり世代"のように未知数な、"90后"が控えています。日本
のゆとり世代とは正反対に、厳しい学歴競争主義で遊ぶ間もないほど詰め込み
教育を受けてきた"90后"が社会に出てくる頃、この国はどんな風になっている
でしょうか。
(筆者は在中国・深セン・日本語講師)
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■【北から南から】
〜闘う介護・オンドルパンのハルモニと私の奮戦記〜(その5)
「大規模事業所に介護の夢はない」 除 正 寓
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◇1.なぜ大規模事業所なのか
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私たちが運営する通所介護事業所(デイサービス)は、高齢者が午前中から夕
方まで施設に通って介護を受けるところです。このような事業所は数多くありま
すが、経営がうまくできているところは、ほとんどが大規模な事業所です。以前
オンドルパンに初めてきた利用者の家族が、オンドルパンを選んだ理由として、
規模が小さいことを挙げていました。この家族は、最初ハルモニを大きなデイサ
ービスに通わせようとしてその施施設を訪問したところ、ワンフロアーで50人以
上が食事をとっている光景を目の当たりにして、これではハルモニが圧倒される
と考え、ケアマネに相談してオンドルパンを選択したとのことでした。
この家族が「圧倒される」と感じたことには、本人は自覚していないかもしれ
ませんが、ちゃんとした根拠があります。高齢者にとって厄介な症状のひとつに
認知症があります。いわゆるボケです。問題は認知症にならないようにすること
と、認知症になった後は症状が進行しないようにすることが肝心です。そこで人
数の問題になります。一般的に高齢者は、新たな環境に対応する能力が低下して
います。長年住み慣れた家を離れることを極度に嫌がるのもそのせいです。
初めてデイサービスに通うのも、ここでいう新たな環境です。新たな環境と
は、初めて会う人たちのことですが、一般的に高齢者が始めての人間を認知で
きる範囲は9人以内といわれています。デイサービスの最小規模が9人以内と設
定されているのもそのためです。少し説明が長くなりましたが、この家族が大
きなデイサービスを見て「圧倒される」と感じるよりもさらにそれ以上にハル
モニは圧倒されるのです。そしてそれが認知症への道行きにもなるのです。以
前にもここで説明したように、オンドルパンがハルモニたちの環境に良いの
は、大半の人たちが長年住みなれた地域の仲間同士だからです。
だとしたら、なぜ大規模事業所が多いのか。答えはひとつです。経営が安定す
るからです。なぜ経営が安定するのか。それは効率が良いからです。しかし、こ
の効率が曲者なのです。たとえば、高齢者の機能訓練を実施する場合、簡単な体
操を行うとします。人数が多いと、個別の指導はしにくいので一挙に時間を決め
て行います。体操が嫌いな人でも半ば強制的にさせます。これで本当に機能訓練
になるのかと疑問に思いますが、これが現実です。食事もそうです。多くは給食
業者から出来合いの惣菜を仕入れて対応しています。大規模だから仕方がないと
もいえますが、その本質は経費の削減です。いちいち食材を購入して調理すると
人件費と調理場の分の家賃、設備、光熱費がかさむので効率は悪くなります。
厚生労働省の最近の調査では、経営が安定している介護事業所の多くは大規模
事業所であることが明らかになっています。要するに大規模事業所が高齢者にと
って必ずしも良くないことが明らかであってもなお、介護保険制度は大規模事業
所に有利な内容となっているのです。これでは高齢者はうかばれません。
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◇2.流れに抵抗する介護
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少し自画自賛になりますが、オンドルパンは大規模事業所の流れに抵抗するこ
とに意義を感じて活動しています。機能訓練は一人ひとりの状態に合わせて行い
ます。厚生労働省や大阪府の外郭団体が推奨する機能訓練のノウハウや教材がひ
っきりなしに紹介されますが、これらの多くは残念ながらオンドルパンのハルモ
ニたちにはなじみにくいものです。
以前にもここで紹介しましたが、機能訓練とは日常生活を維持できるための身
体機能を保持することが本来の目的ですから、一緒に調理の手伝いをしたり、
私たちが発行する通信の封筒入れなどを手伝ってもらいます。これらの作業は
実際にはスタッフだけで行ったほうが早く確実なのですが、あえて一緒に行い
ます。健康器具や健康体操も良いのですが、ハルモニたちは自分が何かをする
ことが誰かの役に立つと分かったときに喜びを感じるようです。つまりやりが
いが大事なのです。
食事はもちろんすべて手作りです。食材もわずかですが、私が栽培した有機無
農薬野菜です。米も奈良県の山の中にある平群地区の知りあいの農家から分けて
もらったものを使っています。なんといっても水がきれいなので安心で味も上々
と評判です。調理を担当するのは同じ在日コリアンの同胞の2世です。面白いこ
とに、オンドルパンの調理担当者の年齢は交代するたびに高齢化しています。最
初は40歳代、次が59歳、その次が69歳、現在の担当者はなんと74歳です。要介護
の利用者の中には60歳代の人もいます。スタッフのほうが高齢者というわけです。
これには理由があります。ハルモニたちの口に合う料理は、昔ながらの朝鮮料
理です。
日本人の多くは、焼肉屋さんや最近はやりの韓国料理店のメニューが在日コリ
アンの料理と思っているようですが、これは誤解です。ハルモニたちが好んで食
べる料理とはこれらのお店ではめったにお目にかかれないものばかりの、昔の家
庭料理です。私が有機無農薬野菜に取り組んでいる理由のひとつもここにありま
す。ハルモニたちが好きな料理の食材の中には、生野区の韓国食材店でも販売し
ていないか、あるいは高価なものです。たとえばカボチャの葉です。
これを打っている店はまず皆無といえます。ちなみにカボチャの葉は、刻んで
スープの具にしたり、蒸してたれを付けてご飯で包んで食べます。このかぼ
ちゃの葉ですが、夏の間毎日若くやわらかい葉を選んでオンドルパンに運びま
す。種は毎年韓国から仕入れて栽培しています。これがまた大変美味で、読者
の皆さんにも機会があれば食べてほしいくらいです。もちろんこのかぼちゃの
葉の下ごしらえもハルモニたちにお願いしています。小規模の事業所だからで
きる強みでありまた楽しみでもあります。
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◇3.若者に期待する
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大規模事業所が経営に有利であることはすでに説明しました。しかし、それで
も最近小さな事業所を立ち上げるケースが増えつつあります。その中でも注目し
たいのは若者たちの存在です。先日も広島県内で若者たちが自分たちで認知症専
門の小さな事業所を立ち上げて奮闘している姿が報道されていました。中心にな
ったのは32歳の若者で、彼は高校卒業後、さまざまな職を転々として、けっこう
やんちゃな青春時代をすごし、一時はホームレスに転落しかけたこともあるそう
です。そんな彼が一念発起して介護を目指したのは、母親のヘルパーの仕事を手
伝ったことがきっかけだったそうです。スタッフも若者たちを中心に10人の認知
症の高齢者を介護しています。事業所の代表をしている彼の年収は300万円。そ
れでも夢を持って頑張っています。
実はオンドルパンの現場を担っているのは、私の二人の息子たちです。兄は27
歳、弟は20歳です。私はなるべく現場には口を出さないように心がけています。
見れば言いたくなることが山ほどあるからで、そうすると彼らの自由な発想をつ
ぶしてしまいそうだからです。確かに彼らは、通常の事業所がしないようなこと
を平気で行っています。しかし、それがハルモニたちに喜ばれ、本来の介護の目
的にそうのであれば問題はありません。事実息子たちはハルモニたちに大変かわ
いがられており、コミュニケーションも良く取れているようです。巷では若者た
ちの引きこもりやホームレス化が取り上げられ、彼らの「弱さ」が問題視されて
います。しかし、私はそうは思わないのです。
問題はむしろ若者たちが夢をもてない職場や社会にしてしまった私たち大人の
責任のほうが大きいと思うのです。事実、専門学校を卒業した若者たちが
夢を抱いて大規模な施設に就職しても、そこで経験するのは経営効率のために高
齢者を食い物にしている介護の現場です。そこでいくら改善の提案をしても、ほ
とんど拒否されてしまします。若者たちが介護の現場を去ってゆくのは何も低賃
金の問題だけではないのです。オンドルパンのハルモニたちの機能訓練と同じよ
うに、まさに「やりがい」が見出せないからなのです。
幸いなことにデイサービスや訪問介護事業は、比較的に少ない資金で開業する
ことが可能です。大規模事業所で夢を奪われた若者たちが、広島の若者のように
一念発起して、自分で夢を実現すべく介護事業所を立ち上げてほしいと願うばか
りです。そのような事業所が日本全国各地に広がるときが、本当の介護の始まり
だと思うのです。
(筆者は通所介護・訪問介護事業所「八尾オンドルパン」代表)
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■ 【横丁茶話】
【閑話二題】 西村 徹
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1.仮名草子「犬枕」に思う。
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江戸時代のごく初期、仮名草子という大衆読み物があった。そのなかに「犬枕」
というのがある。題名からして「枕草子」のもじりであることは察せられよう。
「長うて良きもの」として五つの項目が挙げられている。その筆頭に「恥多け
れども命」とあるが「短くて良きもの」の五つの筆頭にも「五十過ぎての齢」と
ある。命と齢は同義である。かたや長いのがよいといい、かたや短いのがよいと
いう。一見矛盾している。しかしいずれもその通りに思う。どちらかが間違って
いるというのでない。
夜目遠目のほかにも、視座というか、見る者の立つ位置によって変わることは
よくある。彫刻などは見る位置でずいぶん変わる。全方位で見るのがよいことに
なる。二次元の絵でも斜めから見るとそれまで見えなかったものが見えるように
意図的に描いたものさえある。寿命も同じで、遠目に見て寿命は長いのがよいだ
ろう。しかし江戸時代初期、五十過ぎれば立派な老残だ。江戸時代の五十は今な
ら七十とか、あるいは八十とかに延長されうるかもしれないが、老残そのものは
短いほうが自他ともに良いだろう。
老残をいかに処理するか、その解は容易に見つからなくて、とりわけ日本の一
大政治課題になっている。老人をして老人を葬らしめよという、いわゆる「自己
責任」小泉・竹中政治は歓迎されなかったようで、新政権は逆方向を模索してい
る。革命政権ならではのことと思う。結構なことではあるが、どうやら寿命も、
ただ長ければよいというものでもないというあたりに、あらためて目を向けるこ
とが問題の解を得るうえには必要かもしれない。そのように個人的に老残の身に
あって思う。
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2.キリスト教は独善・排他的か?
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ここで思い出すのが昨年11月10日、民主党の小沢幹事長が高野山での発言
である。「キリスト教は独善・排他的だ」「仏教は度量が深い」というようなこ
とを仏教会会長の前で言ったのだから予測されるとおりの反応が起こった。当然
キリスト教連合の抗議文が発せられ、牧師さんの投書も新聞を賑わせた。あちこ
ちのブログもいいタネに一斉に跳びついた。幹事長の不用意発言であるはずはな
くて、すべて計算どおりだったのだろうと思う。政治的には決してマイナスどこ
ろか大きな成功だったと思う。閣議での亀と菅のケンカとおなじだ。なにかと盛
り上がるのは政治的にプラスだろう。
では小沢発言はまるきり本当だろうか。まるきり本当ではないかもしれないが、
本当でないことはないぐらいには本当だろう。キリスト教の排他独善のもっと
も露骨な例は十字軍だろうし、ヨーロッパ列強の帝国主義はつねに
gun and gospel がセットで推進された。ブッシュもイラクを攻めるとき、やは
りヘンなことを言った。アメリカの多くのキリスト教会がヘンなことを言った。
だから、まるきり本当でないとは言えないだろう。しかしクエーカーのような絶
対平和主義者もキリスト教徒である。反対に創価学会やオウム真理教のようなミ
リタントな仏教の宗派もいないわけでない。浄土真宗でさえ織田信長と果敢に
戦った。主として専守防衛だったのかもしれないが北陸では既存の守護大名を滅
ぼしている。
だから事柄は相対的で一概には言えないが、どっちが独善・排他かというとキ
リスト教のほうが実績の上でだいぶ分が悪いだろう。そしてキリスト教の人でも
度量の広い人はそれを認めているようだ。今年1月11日の朝日新聞付録のGlob
eの7ページに The Authorという欄があって、キリスト教に改宗したユダヤ人神
父の生涯を描いたリュドミラ・ウリツカヤという、やはりキリスト教に改宗した
ロシアのユダヤ人が語っている。
「アブラハムから由来する宗教(ユダヤ、キリスト、イスラム)はすごい攻撃
性をもっていると思う。仏教などおだやかな宗教から学ぶことは多いのではない
か」と。
小沢一郎氏の言ったのとおなじことをロシアのユダヤ人のキリスト教徒が言っ
ている。これは重要だと思う。
「犬枕」の「短くて良きもの」の五番目は「咄」である。それに従いこの稿を
終える。
(筆者は堺市在住)
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■【オルタのこだま】
オクシモロンを議論せよ 木村 寛
私の阿波根昌鴻さん 濱田 幸生
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■ 【オルタのこだま】
オクシモロンについてもっと議論しよう 木村 寛
−西村先生のエッセイ、臆子妄論の連載中止にあたって−
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1.オクシモロンとは何か?
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英和辞典にあげられている例は「残酷な親切」Cruel-kindnessであって、
日本語にも今では「迷惑な親切」という言葉がある。しかしもっと古い「慇懃
無礼」に至っては、ひざを打ちたくなる出来栄えである。もちろん、英語と日
本語ではその表現が逆転していて、英語ではけなしておいて褒める、日本語で
は褒めておいてけなすのである。
しかしオクシモロンとは果たしてそれだけに限られたものなのだろうか?言
葉は自己発展していくことがあることから言えば、日本語の「一筋縄ではいか
ない」を敷衍すれば、「単純にはいかない」、「複雑である」がすぐさま浮か
ぶ。すなわちオクシモロンは「複雑系」を指す言葉であると理解してもあなが
ち間違いではあるまい。(例えばM・ミッチェル・ワールドロップ「複雑系」田
中三彦、遠山峻征訳、新潮社1996。私がこの本を読み始めてただちに気づいた
ことは複雑系というのはいろんな問題があちこちに局在化して顔を出している
ということであった。局在化しているいろんな問題を同時に論じようとすれば、
複雑系にならざるをえない)。
大塚久雄の本で見た「世界歴史が横倒しになっている時代」という表現も、
世界各地の歴史的発達が横並び一律というわけにはいかない以上、あるところ
では中世の問題が、別のところでは近代の問題がというふうに、同時代の中で
いびつな不整一の状況を示すのである。
唐突に聞こえるかもしれないが、私は「東西南北」というのはオクシモロン
だと思う。その証拠に東西問題が議論され(例えばヨーロッパ)、南北問題(例
えばイタリヤ)が議論されるのであるが、東西と南北とはそもそも直交する関
係にあることから言えば、東西南北問題を一度に議論することはおそらく非常
にむずかしいだろうと思う。
単純な表現の中にもオクシモロンが潜むことは「本当の嘘」を考えてみれ
ばわかる。その嘘が本当であるとは何が嘘で何が本当なのか?すぐには返答に
窮するに違いない。これは「すべてのクレタ人は嘘つきだと一人のクレタ人が
言った」と古来から人々の頭を悩ました命題と同じなのである。
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2.不連続な連続
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これも一つのオクシモロンだと考える。点線は線が途切れているにもかか
わらず、点線と理解されて存在する。しかしよくよく考えてみれば、点と点の
間の何も無い領域は何も無いのであるから、先の点が伸びる方向を指示するも
のなど何も無いはずで、点線の方向を暗示するものは点と点をつないだ方向が
それしか予想できないという常識的判断によるだけだと思う。
ピアノの音もまた途切れた音からなりたっているにもかかわらず、音楽と
して成立していることは言をまたないし、音が途切れる楽器は無数にある。音
楽の中にもオクシモロンがある。
「計算しない打算」、一見言葉遊びに見えるかもしれないが、近江商人の
三方良しの精神はこれではないだろうか。自分(売り手)、相手(買い手)、世間
(経済)、この三つが良ければ経済活動が反映することは、彼らの歴史が証明し
ている。私がガラクタ市で壊れた懐中時計を三千円で買い、修理して三千円で
店に戻し、それを買い手が店のマージンをのせた値段で買い、店がマージンを
儲けるという話と似ている。私には修理技術が、買い手には懐中時計が、そし
て最後に店にはマージンが残る。その上私が一度支払った三千円はこのサイク
ルの終了時にはちゃんと私の財布の中に戻ってくるので、私は一円もお金を使
わずに(私の修理という軽作業で)、一つのサイクルを作り出しているのである。
アメリカで増殖を繰り返すマモニズムは二千年前から新約聖書で批判され
たマモン(財神)信仰にほかならない。近江商人に伝わる「忘己利他」(もうこ
・りた、これは比叡山をひらいた最澄の言葉だと言われる)もまたオクシモロ
ンである。ここには決して自分を忘れることのないベンジャミン・フランクリ
ンのエートス(「自伝」参照、彼のキリスト教は世俗化しているので、彼の神
もまた世俗化した神に過ぎない)を越えるエートスがある気がする。何か宗教
的世界の雰囲気が漂っているし、自分を忘れるということは多分仏教的な特
徴なのであろう。
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3.主観的意図と客観的成果の乖離
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オー・ヘンリーの短編集の中に、青白い顔色の青年が古くなったパンをいつ
もパン屋に買いに来る話がある。おかみさんは彼はきっとバターも変えない貧
しい若者に違いないと思って、ある日パンの中にたっぷりバターを隠して売
る。翌日、その青年がパン屋にどなりこんでくる。彼は古くなったパンで製図
を消していたのである。
さてこの笑い話は我々の日常を考えると実は笑えない話である。主観的意図
は客観的成果と決して連続はしていないし、連続を保証するものは実は何も無
い。ある主観的意図を抱いた人の希望的観測が客観的成果を生み出すわけでは
決してないし、宝くじを買う人が買う瞬間に自分に当たるかもしれないと抱く
微かに胸をときめかす何の根拠も無い淡い期待が客観的成果を生み出すわけで
もない。
複雑な諸事情のからまりの中で、まるで神経系の情報伝達回路が発達するよう
に様々な干渉の中で一つの道が作られて、客観的成果が生み出される。
それは初期の主観的意図から見れば、驚くほど隔たっている場合もあるし、ひ
どい場合にはまるで逆の結果となりうることさえある。それ故にOra et labora
(祈れかつ働け)がヨーロッパのキリスト者たちの精神的伝統となったのである
(富田和久著作集第六巻、102頁、著作集刊行会1996)。
余談ながら、ウィリアム・ジェイムズの死後出版本「根本的(ラジカル)経験
論」1912、ロンドンの二章「純粋経験の世界」の記述はそうした神経系の情報
伝達回路の発達をアナロジーとして下敷きにすれば理解しやすい気がする。な
おこの章では何度か、quasi-chaos(擬カオス)という表現もでてくるので、現
代のカオス論を下敷きにするのもあながち的外れではないと思う。カオスとは
外部からは制御できない、微視的には予測不可能な現象を言う。
私はこの問題を大塚久雄のマックス・ヴェーバーの紹介本で読んだ気がす
るのだが、大塚の言う新約聖書ルカ伝の(良き隣人)のたとえ話で、(誰が隣人
になったか?)という問題指摘の重要さと並んで、いつも心の中にとどめておか
ねばならないものだと思う。
「非合理を貫く合理性」、このオクシモロンは、近江商人の「もうこ・りた」
の合理性を越えてさらに深遠な世界の消息である。「無定形から結晶化」、こ
れもオクシモロンであろう。アモルファス(無定形)な思想こそが結晶化した思
想を生み出す母胎なのである。もっとも私は結晶化した(透明度の増した)思想
という表現でニッチもサッチもいかない思想(その終点は教条主義)を言いたい
わけではない。
証明できない怪しげな思想以前の妄想が跳梁跋扈し、それに人々ががんじがら
めに縛られている世界よりは少しでも透明度の増した、「人間が魔術から解放
された」(これはマックス・ヴェーバーの言葉)思想の展開する世界を意味した
いのである。これは換言すれば中世のヒューマニストたちの理解した世界、あ
るいはバートランド・ラッセルが「懐疑論集」(Sceptical essays,1935)東宮
隆訳、みすず書房1963で展望したある種の魔術すなわち宗教的教条による、理
性的根拠を持たない呪縛(例えば牛や豚を食べないなど)などから開放された世
界の消息である。
--------
4.結論
--------
「複雑系」と騒がれた後で冷静になってふっと我にかえると、なあーんだ、
昔からあった話ではないかと合点がいくのだが、オクシモロンもまたギリシャ
の昔からあった話である(語源はギリシャ語のオクシモーロス)。しかしそれを
現代的に深堀する必要があると思うし、「運動の中で」とまで言わなくても、
人間の生きる地平の中でオクシモロンこそはこの世界に縦横に張り巡らされた
クモの糸みたいなものではないだろうか。西村先生の五十篇を越えるエッセ
イ、臆子妄論「オクシモロン」はその根底にこうした問題を見据えたもので
あったと言えるのであって、臆病な君子の妄想論であったわけでは決して無
い。
最後にもう一つオクシモロン。「勇敢な卑怯者」、あなたはこれをどう理
解するだろうか?私の印象では子供時代によく聞いた「卑怯」という言葉がい
つのまにか「死語」になった感じがするのだが、卑怯は帯刀の世界の言葉なの
だろうか。
(筆者は麦の会共同作業所顧問・理学博士)
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■ 【オルタのこだま】
私の阿波根昌鴻さん 濱田 幸生
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今、伊江島になんともかまびすしい声が上がっています。小沢一郎や石原慎太
郎が、「お、あの島が空いているじゃないか」と言えば、防衛大臣までもが「お
おそうだった、見に行こう」などと言う始末です。
沖縄の戦後にまったく無知な人々を、為政者に据えてはいけないという見本の
ような発言です。沖縄の戦争と戦後史を知らずに、単純な政治的な思いつきで伊
江島を再び政治の場に引き出す無神経さに耐えられません。
伊江島は阿波根昌鴻さんの生まれた島です。今彼は本土の人からは忘れられつ
つありますが、強大な米軍と身一つで戦った伝説的な人でした。彼の指導した戦
いにより、伊江島は沖縄の平和の静かな聖地となりました。
しかし、今、私から見える阿波根昌鴻さんは農民としての姿をしています。仰
ぎ見るような偶像的平和運動家としての彼ではありません。
彼は、フォルケホイスコーレというデンマークの信仰と農業、生活をひとつに
した農学校を伊江島に作りたいと思っていました。フォルケホイスコーレはとて
も興味深い農学校です。デンマークのグロントヴィが始めた、上から下に詰め込
む教育をやめ、互いに農業で汗を流す中で、語り合い、変化していく農学校でし
た。
「民衆大学」とも訳されるそうですが、私の勝手なイメージでは、阿波根昌鴻
のそれは、水俣の生活学校に信仰の要素を加え、さらに西田天香の一灯園の共同
体運動を加えたイメージではないでしょうか。
農民が無料で働きながら、学問や芸術を学べる農場の中にある学校とでもいい
ますか。宮沢賢治が夢見て、そしてその実現の途上で捨てざるをえなかった羅須
地人協会の姿にも重なり合うものがあります。
また、私にとってのもうひとりの阿波根さんは、キューバやペルーに海外出稼
ぎをして、骨のきしむような労働に耐えた男の姿です。沖縄は広島に並んで、南
米や南洋に多くの海外出稼ぎを生み出した貧しい地方です。
男はキビやパインの刈りとりという最底辺の仕事につきました。多くの男たち
は、望郷の思いを残しつつ、その地の土となりました。ある者は現地の女性を娶
り、ある者は沖縄から写真花嫁をもらい。子供を授かり、現地の中でもうひとつ
の「オキナワ」を作っていきました。今でもブラジルやボリビアなどには、その
名も「オキナワ」という名の村があります。
阿波根さんが西田天香の本と出会ったのも、この故国から遠く離れたキューバ
の古本屋だったそうです。
阿波根さんは、金をコツコツ貯めて島に帰り、夢に見たフォルケホイスコーレ
を作る準備を始めた時に、あの忌まわしい戦争が起きたのです。伊江島は本島の
戦闘の前にして、徹底した攻撃を受け灰塵に帰しました。そして戦の中で子供ま
でも失ったのです。
そして戦後、直ちに米軍による島全体にも及ぼうという基地建設のための、村
民の強制収容が始まりました。すべての農地を奪い、家をすりつぶし、家畜を殺
し、着の身着のままで強制収容所に送り込むという所業です。
阿波根さんは、襤褸をまとった島民とともに戦うことを決心します。ただし、
手にひとつの石もなく、ただ一本のカマも握らず、丸腰で。手を耳から上げるこ
とすら、米兵に暴力をふるったとされて射殺されるかもしれない占領時代に、ま
ったくの素手で気の狂うような恐怖と戦いながら、人々のいちばん前で銃剣と向
き合ったのです。
後に、襤褸をまとった「乞食行進」の先頭に立ち、島を巡り、戦世(いくさゆ
)ですさんだ多くの沖縄の人たちに勇気を与えました。これがもうひとりの阿波
根さんの姿です。
私は、自分が農民となり、今また農学校を構想することを始め、その視線の先
に阿波根昌鴻さんと再会しました。
かつての私は反戦運動家でしたが、逆に、それゆえ彼を自分の心の深い場所で
理解してはいませんでした。今、彼の眼の位置に近い場所に営みをもつことが出
来て、彼が何のために戦って来たのか、ややわかりかけているところです。
戦い、あるいは運動というものは、人がやむを得ず、最後の最後にとる切ない
手段であり、戦いというのはつらく悲しいことばかりなのではないでしょうか。
人にとって戦わないことこそが幸福なのです。それが戦であり、戦を止めるた
めの戦いであったとしても。
人と人が争うことをもっとも嫌い、避けた男。これが私の最後の阿波根さんの
姿です。
(筆者は茨城県在住・農業者)
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■ 俳句 富田 昌宏
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「初日記」
竹林の風金色や初日の出
福藁や百姓人生五十年
足るを知る暮らしの松を飾りけり
白髪も禿げも生きざま初鏡
初日の出この頃日本騒しく
生きるとは汚れることよ初日記
ひもじさに耐へし戦後や七日粥
闇空へ火の鳥翔(か)くるどんどかな
老化とは乾くことかも玉子酒
足るを知る齢となりぬふかし藷
(俳句結社「渋柿」同人代表)
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■ 川柳 横 風 人
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核と角 密約不思議 危うき世
細々と 仕切る舞台に 自治を問う
まだ続く 政敵くさし 正当化
この10年 差別貧困 まとわりつき
帰還とは 宇宙にあらず 北朝鮮
青白き クリスマスの灯 政映す
駐留なき 人間の安保 いまいずこ
継ぐ課題 交替効果を 超えて流れ
上げ足が うまくとれずの マス・メディア
エトの寅 守れ野の虎 世の安保
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【編集後記】
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◎昨年は「政権交代」が実現し、始めて国民の手で首相を選んだ。その新政権
は成立100日を過ぎ、鳩山・小沢氏の資金問題では小沢氏秘書逮捕、そして普天
間基地移転問題では決断力の不足が日米同盟を揺るがす、などと大手マスコミに
よる批判の大合唱にさらされ支持率を急速に下げている。 しかし、冷戦が終り
ソ連崩壊から20年、米中の相互依存関係も深まり、時代が変わった。果たして在
沖米海兵隊は日本の安全保障に必要なのか。本質的な議論のないまま、ひたすら
「日米合意」の即時履行をせまるマスコミの大合唱には全く頷けない。
政権交代があれば政策変更は当然である。私たちは成立したばかりの鳩山政権に
ついてどのように考えるべきなのか久保孝雄氏に「平成維新の成就をめざして−
日本を一度せんたくしたく候・坂本竜馬―」をご寄稿いただき、新年号巻頭論文
とした。
◎今、普天間基地移転問題が日米関係の焦点になっている。本土に住む私たち
は県外移転を切望する沖縄県民の気持ちと一体になっているだろうか。総論賛成・
各論反対で、本土移転を受け入れようとする住民はどこにもいない。しかも積極
的に声をあげて政府に国外移転を迫る者は今のところ少数である。これで、なに
が沖縄県民の負担軽減なのか。
今年は日米安保条約締結50年、節目の年である。その安保条約第6条に基いて
定められ、不平等といわれながらも50年間一度も改定されていない日米地位協定
(「施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」)で、
在日米軍基地の75%を背負い込まされたのが沖縄である。この現実に日本政府
の政治家や官僚がいかに冷たいか。そして米軍に対する特別扱いがいかに対照的
であるかを『日米地位協定―法治国家の治外法権―』として吉田健正氏に論じて
いただいた。
◎さきに鳩山政権は自民党政権が隠し続けてきた日本の貧困率が15.7%である
ことを公表した。果たしてOECD加盟30国中、メキシコ・トルコ・アメリカに
ついで世界4位の惨めさであった。つい先日まで自民党麻生首相は、口を開けば
日本は世界第2の経済大国だと威張っていた。何のことはない見るに耐えない惨
状だ。これは経済格差だけではない。OECD加盟先進6カ国の国民所得に占める
社会保障給付額を比較したとき、スエーデン41.5%・ドイツ38.8%・フランス
36.9%・イギリス28.9%・日本23.7%・アメリカ17.1%(2001年調べ)でアメリカ
についで下から2位である。とても経済大国などと威張れるどころではない。
まさに国際労働基準についても中核的条約である強制労働禁止の105号、平等・
反差別の111号の2条約が未批准であり、とても先進国などとは言えない。さらに
100号条約は男女の同一価値労働・同一賃金に関するものだが、これについても
日本は名だたる男女不平等国家としてILO理事会から何回も違反を指摘される
という始末である。これらの実情と克服への課題をILO理事(労働側)としてジ
ュネーブで活躍されている中嶋滋氏に問題を提起していただいた。
◎今年の新しい企画として「河上民雄20世紀の回想」の連載を開始する。河上
民雄氏の厳父河上丈太郎氏は戦前から無産党の国会議員になった生粋の社会民主
主義者で戦後は日本社会党委員長も務めた。60年安保闘争では右翼の凶刃に刺さ
れ、危ふく一命を取り留め、人格者・キリスト者であることなどから「十字架
委員長」として親しまれ敬愛された。
民雄氏は英国労働党を研究し、近現代史を専攻する歴史学者である。長く丈太
郎委員長のスピーチライターを務め、父の没後は、推されて衆議院議員になり
日本社会党国際局長として1960年代から90年代まで大活躍された。現在は東海
大学名誉教授である。
連載は「55年体制の回想」から始まるが時系列的ではなく、出来るだけ父子
二代にわたる社会民主主義者の視点から、現代政治にもかかわる切り口で回想し
て頂く企画である。これは市民メデイア「オルタ」がデジタルメデイアとしての
アーカイブ機能を生かし、後世に歴史記録を残そうとするものなので読者からの
ご支援も期待したい。
なおインタービュー関係は日大講師(政治学博士)で日本社会党史研究の岡田一
郎氏、テープ整理は大阪の木村寛氏にお願いした。
◎今月の書評では、ユニークな2冊をとりあげた。一冊は「生存権所得憲法168条を
生かす」で、題名の憲法「168」条とは9条25条14条28条92条を合計した数字だ。
意表を衝くネーミングだが、著者は社会主義運動の活動家出身で現在はロゴス出版
社の経営者である。評者は元朝日新聞論説委員の深津眞澄氏にお願いした。
二冊目は「中国への日本人の貢献」―中国人は日系企業をどう見ているの
か―で中国での日本語を学ぶ青年の作文コンクール優秀作品を集めたものを日中
交流研究所長の段躍中氏がまとめたものだ。評者は元国会議員で長い間、日中交
流運動に取り組まれてきた前和歌山県日中友好協会会長の貴志八郎氏である。
◎新年おめでとうございます。市民メデイア「オルタ」も73号に成長しまし
た。一層編集内容の充実に努めますので本年も宜しくお願いいたします。
(加藤 宣幸 記)
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