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□目次
◇1、オルタ19号臨時版発行について 編集部
◇2、「9・11総選挙の討議を聞いて若干のコメント」 力石 定一
◇3、力石 定一 経歴
◇4、まえがき
◇5、「日本は経済成長のエンジン国になろう」 力石 定一
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1、オルタ19号<臨時号>発行について オルタ編集部
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今回の総選挙について「オルタ」19号(9月20日発信)のため法政大学名誉教授力石定一先生から「9・11総選挙の討議を聞いて若干のコメント」と題する寄稿をいただきましたが、政策提起を含んだ大変含蓄の深い内容でしたので、参考資料として「日本は経済成長のエンジン国になろう」を加え、緊急に<臨時号>を発行して読者の御参考に供することに致しました。
メールマガジン「オルタ」は「オルタナテイーブ」(=もう一つの道・提案)をかかげ、04年3月に発行して以来、毎号読者を広げてまいりましたが、これからも力石論文に見られるような建設的な批判・提言を載せてまいりますので一層の御愛読をお願いいたします。
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◇1、「9.11総選挙の討議を聞いて若干のコメント」
法政大学名誉教授 力石 定一
────────────────────────────────────1.小泉氏は靖国問題を語るとき「あの戦争に尊い生命を捧げられた人々の犠牲の上に、われわれの今日がある」という感想を述べる。こんな言い方に異議を申し立てるのを聞いたことがないのはおかしい。
「あのおろかな戦争の犠牲になった人々に哀悼を捧げるが彼等の犠牲の上に今日があるのではない。おろかな戦争による廃墟にもかかわらず、生き残った人々の努力によって今日を築き上げてきたのである。」
2.郵政法案をめぐって、小泉総理は衆参両院議員に対し、その投票行動に対して、将棋の駒のように臨んではばからなかったし、これをマスコミは面白がって報道した。政治的民主主義のもとでの国会議員の地位について、基礎的な教養が欠けているように思う。
ドイツ連邦議会の憲法第36条はこう述べている。『議員は全国民の代表であって委託および指示に拘束されることなく、自己の良心にのみ従う』
選挙区の人が表決にひもをつけたり、党首や指導部がフアナテックになって指示を押しつけようとしてもそうはさせないという規定である。
フランスの憲法第27条も同じ意味のことをこう書いている。『命令的委任はすべて無効である。国会の構成員の表決権は一身専属的である』
日本国憲法には、これに相当する条項がないが、独裁的指導者の出現に対する防波堤として歴史的役割を果たしてきた議会の経験から生まれた上記の国の条項は民主議会の運営上の教養として知っておくべきだらう。
現職の議員の自殺があったり「刺客」候補といった言葉が安易に語られたり、取り消されたりといった状況に「冷水」を浴びせる意味で紹介しておく。
3 郵政法案の論議について、西欧諸国では民間銀行の市民に対する横暴な低預金金利の押し付けや、貸付活動の冷酷さに対するチエック要因として公的貯蓄銀行が重要な機能を果たしている事情の紹介が無視されている。
たとえばドイツでは金融機関に占める個人預金のシエアの40%を地方自治体の貯蓄公庫が占めている。預金金利と貸し出し条件で大銀行と違ったビヘイビアを見て市民に歓迎されているのである。日本の郵便貯金も営利にのみゆだねた金融市場のいわゆる「市場の失敗」を是正するような西欧型の活動をめざすという改革について、語られるべきだと思うのに、もっぱら縮小だけが論じられている。
4 民主党は年金改革を焦点に据えたいようであるが、厚生年金と国民年金の統合のプロセスをもっと具体的に分かり易く述べるべきである。
日本の公的年金の財政方式は「積み立て方式」をとってきた。現役世代から保険料をとっておいて、積み立てて運用利益を加え、老後に年金として支給するというものである。政府が国庫補助金を入れるので、その分「修正積立方式」だというわけである。
欧米の公的年金は「賦課方式」である。現役世代の保険料をそのまま老年世代への年金支給に当て、現役世代の老後は、次の世代の保険料で老齢年金を支給するという巡送りの方式である。
日本は「積立方式」をとってきたので、現在積立て金残高は、厚生年金138兆円、国民年金10兆円の計148兆円(GDP 536兆円の27%)という膨大な額に達している。財政投融資に運用して、コゲつきをだしたり、株式市場への投機に失敗して損したりしている。郵貯の財投についてあれだけ批判するなら、年金の財投運用について、何故、皆黙っているのか。
積立残高は厚生年金の場合、年間支給額の約5倍である。
欧米の場合は賦課方式が原則なので、積立金がこんなに貯まることはなく年間支給額の一倍以下で、普通「準備金」と呼んでいる。
「積立方式」はインフレで目減りしたり、デフレで欠損したりで個人の年金権を侵害するものであって、「賦課方式」の方が正しい。
欧米も最初は「積立方式」をとっていたが、間違いだと分って「賦課方式」に転換したのである。
アメリカは、1935年のニューデイールで「積立方式」をとるが積立金が年金として支払われないで消費購買力を減少させることになるとして反省し、1939年に「賦課方式」に転換し今日に至っている。ブッシュ大統領は今、ニューデイール以来の「賦課方式」の公的年金を、日本の方式に学んで「積立方式」に転換しようと策して、今国民の猛反対を受けている。
西欧では1941年にフランスが、スウエーデン、イギリスは1948年、西ドイツは1957年に「積立方式」から「賦課方式」に転換している。
5 私たちが「積立方式」から「賦課方式」への漸進的移行を決定すれば、147兆円の積立金の取り崩しを大幅に行ってゆく。まず、国民年金の支給額月6万円を民主党は月7万円に上げると言っているがもっと大きく二倍の12万円にする。年額では72万円から144万円になる。
厚生年金の基礎年金部分は国民年金と揃えているので、これも72万円から144万円に引き上げられ、この上に所得比例の年金が乗るから総額では72万円の増額となる。
このために要する積立金の取り崩しは国民年金に3兆4000億円、厚生年金に9兆9000億円で計13兆3000億円である。残高の約9%の取り崩しである。
現在、20歳の人の場合、国民年金の掛金は月1万3300円、年15万9600円×45年=718万2000円。
年金支給額は65歳以後85歳まで生きたとして45年後に72万円×20年=1440万円で掛金総額の約2倍である。
支給額を2倍に引き上げると144万円×20年=2880万円で掛金総額の約4倍となる。これなら国民年金に加入を拒否している40%の市民が俄然加入意欲を示すことにより保険料収入の増加がおこるだろう。
国民年金と厚生年金との統合に向う展望を基礎年金の橋渡しを(積立金の取り崩しによる)通じて完成するようにもってゆくことが当面の課題だと思う。
国民年金の受給世代の子や孫でサラリーマンになっているものは多い。厚生年金の現役世代とは世代間の連帯関係にあるわけで、「賦課方式」は世代間の得再分配であることを皆が知ることが大事である。
積立金の取り崩しは約10年間行いうるから、この間に次の年金の財政収支のとり方についてコンセンサスをまとめることができよう。
6 20世紀末以来日本経済のゼロ成長とゼロ金利の局面が継続し国民的な改革の期待の波を呼んだ。改革には二つの選択肢があった。
第一は 30年代の大不況以後の混合経済、公的セクターと民間セクターの組み合わせによる経済成長政策が、環境の危機で行き詰まった。そこで、経済をクリーンセクターとダーテイーセクターに分って、ダーテイーセクターを抑制、切捨ててクリーンセクターを選択的に成長させるような新しい政策モデルをとる潮流である。
その場合ニューデイールや福祉国家のうちヒューマニズムの遺産となる要素は当然継承されなければならないと考える。
第二は 混合経済というケインズ革命は間違っていたと考え、公的セクターを縮小し、民間セクターのヘゲモニーを再建する反革命(小さな政府)を改革の理念とする政策モデル。サッチャー、レーガニズムの潮流である。
ニューデイールと福祉国家のヒューマニズムに対する反動的な否定、ワイルドな資本主義的欲望の礼賛が行われる。
私は小泉氏の構造改革論はニューデイールに対する反革命としての反動的なサッチャーリズムであると思う。
私たちが1960年代に唱えた構造改革論はニューデイールと社会民主主義のヒューマニズムを継承するものであった。そして20世紀第四半紀以来、現代経済の技術の選択に反生態学的なものを含んできており、混合経済と計画化のシステムは内容においてダーテイーセクターを抑圧しクリーンセクターを成長させるサステイナブルデべロプメントの政策モデルに転換しなければならないと考える。
総選挙の争点は、本来ならば日本型サッチャーリズムかエコロジカルニューデイールかという二つの構造改革論の戦略的展望に関する国民的選択を問うべきものであろう。
しかし残念ながら日本の環境運動はシングル・イッシューのものの多発にとどまっており、「緑の党」は未形成である。欧米でも「緑の党」は少数党として存在しているが、統治能力から、はるかに遠い所にある。
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◇3、略歴 力石 定一 ちからいし さだかず
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1926年
広島県尾道市千光寺山の麓に生まれる
1944年 福山誠之館中学校卒業
1947年 第三高等学校文科乙類卒業
1952年
東大経済学部卒業、在学中『学生評論』編集委員
1953―60年(財)国民経済研究協会研究員
ペンネーム杉田正夫で構造改革論に関する論文を数多く発表する。
主なものを1960年にまとめて青木書店より『現代帝国主義の構造』刊
1961−66年 法政大学工学部経営工学科専任講師、助教授
62年『現代景気循環論』日本評論社 刊
65年『経済の計画化』河出書房 刊
1967−97年 法政大学同上教授
1971−75年(総理府)首都圏整備委員会専門委員
1975−79年(総理府)首都圏整備審議会委員
1979−85年(国土庁)国土審議会首都圏整備特別委員会委員
1972−82年(郵政省)郵政審議会委員
1971−73年 NHKテレビ『1億人の経済』レギラー司会担当
1988−90年 中央大学法学部兼任講師
この期間、構造改革と環境経済学の著書を刊行する。
67年『転形期の経済思想』徳間書店 刊
69年『市民のための経済入門』有斐閣 刊
71年『茶の間の経済学』家の光協会 刊
76年『日本経済の条件』読売新聞社 刊
80年『都市環境の条件』日本評論社 刊
1997年
法政大学名誉教授
2000-02年 『発想』誌 1号―4号の編集責任者
環境政策論文を毎号発表する.
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◇4、「日本は経済成長のエンジン国になろう」 まえがき
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低福祉、土建国家のゼロ成長経済から、クリーンな技術革新の波に沿った選択的成長経済への移行計画のヴィジョンの要点をまとめた力石定一先生の最近のエッセイを次に掲載しますので、このコメントの不足を補っていただければと思います。
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◇5、日本は経済成長の,エンジン国になろう カ 石 定一
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(一)長期循環の波における現在
コンドラチェフの長期循環の波の骨子をまとめると次のようになる。19世紀、第I四半世紀に石炭を燃料とした蒸気機関の利用というエネルギー革命を伴った、軽工業を中心とする第一次産業革命、イノベーションの波の高揚期である。生産関係は、初期資本主義の無限責任の個人企乗制度である。
第II四半世紀は、一連の不況で彩られた困難時代で、このときに無限責任の個人企業制度から有限責任制度の株式会社への移行がおこなわれる。第III四半期は、この株式会社の資本動員力のもとで、鉄道時代といわれる技術革新の波の高揚期が展開される。
第IV四半期は世紀末の慢性不況の困難時代である。このなかで、株式会社はカルテルトラスト、大銀行制度のような独占体に移行する。
20世紀の第I四半期に独占体は、石油燃料を主軸とするエネルギー革命を伴う重化学工業における第二次産業革命とよばれる成長の波を実現する。
第II四半期は、1929年の世界大恐慌にみられる困難時代である。自由放任の終焉=ケインズ革命による混合経済の時代に移行する。
第III四半期、混合経済のもとでマクロ的成長計画がおこなわれ、石油文明(自動車、合成物質),と原子力、電子工学による家庭電化からコンピューターに及ぶエレクトロニクスの技術革新の波の高揚の季節である。
第IV四半期、それが環境と、人間疎外という壁につきあたり、困難時代に入る。マクロ的な経済計画から、経済をダーティーセクターとクリーンセクターに二分割し、ダーティーセクターを抑制し、切り捨て、クリーンセクターを成長させる。
選択的成長計画への進展がおこる。主要なプロジェクトの環境評価について計画アセスメントが実行され、代替案を提示し、情報を公開し、市民の民主的介入をおこなうような制度が創造されてくる。
21世紀、第I四半期はクリーンセクターの成長軌道が次第に確立されて生態学の法則と物理・化学の法則を総合した技術革新が展開される時代である。
これこそが第三次産業革命である。
(二)ゼロ成長論と持続可能な成長論
現在日本をはじめ先進工業諸国は、低成長ないしゼロ成長の歩みを辿っている。これに対して、ゼロないし低成長を受け入れ、このもとでの、資源配分と所得分配の民主的改革に努めることだというエコノミストが多くなっている。
これは、1972年にローマ・クラブの第一報告でMIT助救援のメドウスらが、「成長の限界」でゼロ成長論を発表したのに対して、直ちに、ティンバーゲン教授が、前述したクリーン・セクターの選択的成長論をもって批判し、メドウスたちは、率直にこの批判を受け入れ、「持続可能な成長」というグローバルな共通見解ができた事情から、何も学んでいないように思う。
そればかりか、日本が21世紀、第I四半期の技術革新の高揚の束に相当する進んだ技術をすでにもっているという現実に対する評価が欠落している。
日本は21世紀第I四半期型の技術革新の世界的高揚のエンジンたるべき国家であると、私は思っている。
(三)貨物新幹線の全国ネットワーク
まず経済のダーティーセクターの本命ともいえる高速道路を用いた大量の遠距離トラック急行輸送(宅配便の烈しい発展にみるように)これを全国的な貨物新幹線のネットワークを建設し、これにモーダルシフトすることである。
そのカギとなるのは、いま建設テンポにブレーキがかかって、東京、名神間に橋脚が立ち並んでいる第二東名高速道路について、建設目的を中途変更して新幹線の軌道建設とすることである。
第二東名の幅員は、大きく、狭いところでも30mある。登り降りの傾斜角度は、強いところで30/1000で、ゆるやかにつくられている。蛇行カーブのもっともよいところの円周の半径が700mで、これもゆるやかにつくられている。
(現在走っている新幹線はこの数値よりもっと急な坂、もっと曲がった軌道上を運行しているのである)。幅員も30mあれば、半分で、上下二車線が乗せられる。
トンネルの天井をすこし高くすることが必要なだけで、貨物新幹線が、第二東名の橋脚の上にピタリと乗せることができ、必要数の貨物駅のターミナルをつける工事を行えばよい。もちろんこれを神戸の方まで延ばす。東北新幹線、上越新幹線、山陽新幹線、九州新幹線といった地方の旅客新幹線は、東海道旅客新幹線のようにダイヤが混んでいない。間隔があいているので、貨物新幹線の専用軌道をつくらないで間に貨物ダイヤを入れて、貨物駅だけ、引込み線で、別のターミナルを作って積み下ろしをし、またもとの軌道に戻すという形をとればよい。
こうすれば貨物新幹線の全国ネットワークができる。高速道路を猛スピードで遠距離をとばすトラック便は、この貨物新幹線のスピード、頻発便数、料金をみれば、こちらにシフトするにちがいない。クロネコなどは真先にシフトして、あとは、なだれのごとくシフトし、高速道路周辺の公害は、大幅に減少するだろう。
高速道路建設を求める「族議員」への国民輿論の批判は、これをみれば一層鋭さを加えるだろう。
これには、道路特定財源が道路建設だけの目的税になっているのを改めて、総合交通体系整備特定財源に変更することが必要である。この財源からの公共建設プロジェクトとして、実施し、鉄道貨物の輸送業務をJR貨物にやらせるという政策をとるのである。
ところで、ロンドン市は公害の元凶として大型トラックの市内乗入れを禁止している。そこで大きな貨物は鉄道で、目的地近くまで運んで、末端で解体して小型トラックで運んでいる。これは,東京と大阪において、実行できる。ともに在来の貨物専用線のネットワークが、存在している。これを三本レールにして、狭軌と広軌と両用できるようにし、広軌を走る車両を電車化する。
つまり、新幹線のように一両づつモーターがついて列車編成をしている貨物列車を走らせるのである。遠距離を新幹線で運んだ貨物は東京と大阪で、電車化された在来貨物線に、積み替え、宛先近くまで、鉄道でアクセスできるということである。端末のフィーダー・サービスを天然ガスの小型トラックで行うようにすれば、両都市の空気は、ぐっときれいになる。
第二東名の橋脚の幅員の残った半分には、旅客の第二東海道新幹線の軌道を乗せるべきである。第一東海道新幹線のダイヤは、満員だし、東京羽田ー大阪伊丹空港間の航空便は猛烈なCO2など排気ガス抑制の見地から廃止し、第二東海道新幹線ですいてくる第一東海道新幹線か第二東海道新幹線自体かどちらかの利用にシフトされるべきである。東京羽田ー関西国際空港間の航空便だけを残すのである。
(四)ソーラ・ハウス
技術開発は、研究開発段階、開発実験段階、実証試験段階を経て量産段階に進む。この常識的な段階の歩みに横槍が入って技術革新の展開が妨げられているものに、太陽光電池がある。今でもNEDOからの補助金をもらって販売し、使用テストの報告書を、消費者から提出させている。コスト引き下げの研究材料だ。
つまり,実証試験段階にあるという考え方である。だから、価格が高くまだ全国で太陽光電池を付けている家は10万戸程度である。
ところがアモルファス型ソーラはもう量産段階にきているのである。全国の広域避難場所に指定されている学校は,四万校あるが、ここに震災で避難したときに、停電になっても、照明とテレビ情報、冷蔵庫を稼動させておくための電力は蓄電池付きのソーラーハウスのパネル90KW分を屋根にはりつけておけば得られる。合計360万KWのソーラパネルを購入する国家計画を発表するのである。
製造業者は確実な需要想定にもとずいて、最産型の設備投資競争態勢をとる。量産によるスケ一ル・メリットによって、ソ一ラパネルのコストは、大幅に下がり、在来電力の電灯料金と市場で競争できるレベルにくるのである。
このプロジェクトを政治力を使って横槍を入れて妨げているのは、電力会社とその仲間の重電機メーカーである。アメリカでもカーター政権のとき同じような政策をエネルギー庁が計画し法案として発表したが、電力会社がびっくりして、族議員を使って骨抜きにしてしまった。
このような横槍をのぞいてやれば個人住宅やオフィスなどに大貴の需要がおこる。さらに電力会社としても夏の需要のピーク・ロードのためだけの設備投資を避けることができ、お互い様だということも知っているので、市民側が、トータルな認識をもって政治的圧力を加えた場合には、軌道修正がおこることは確実である。21世紀第I四半期の大成長産業となるだろう。世界の先進国がこれに続く。
(五)燃料電池
燃料電池は、天然ガスやバイオガスCH4からHだけを改質装置で分離して、(この分離に必要な電力はソーラー電力を用いる)燃料電池に入れ、なかの触媒を介して0と結合させて、H2O水にする、このプロセスで、電気と200度位の熱をとる熱併給の自家発電機である。家庭用の大型冷蔵庫と同じ位の大きさである。技術開発の実証試験段階にあることはたしかである。問題はこの件数があまりにも少な過ぎることだ。
公的セクターに全面的に協力させて、数多く設置し、実証テストの技術情報をたくさん集めれば、進歩が加速され、量産段階入りを繰り上げることができる。
このことは分っているのに、経済発展のエンジンが、ここにあるというスピリットがないために、少ない件数だけで「いずれそのうちに」と日を送っている状況である。
(六)天然ガス,パイプライン網
工場を操業したり、電車を運行したり、といった大容量の集中型の電力は火力発電所によって供給される。それには、化石燃料のなかで、一番クリーンな天然ガスを用いる。継目なし鋼管の直径1mのパイプラインを世界一の埋蔵量のあるロシアのヤクーツクからサハリンのオフアに引き、日本海を海底パイプラインでこえて、日本列島を8の字型にパイプラインのネットワークで結ぶのである。
これで運ばれる天然ガスは,マイナス162度に冷やして圧縮液化し専用船でインドネシアや中近東のような遠方からもってくる液化天然ガスLNGに比べて、近くて、何の加工もしないので、コストは半分になる。海岸に並んだLNGタンクは競争で,消滅する。
この天然ガスを用いた火力発電所の電力は、つよい競争力をもつので石炭、石油の火力発電や原子力発電、ダムによる水力発電も次々と競争に敗れて消えてゆくであろう。都市のガスで、プロパンガスや石油ガスを使っている地域が地方にはかなりあるが、これも、この、パイプラインからの天然ガスに切り替えられる。
大容量の電力は天然ガス発電所からの系統電力に依存するが、個人住宅用のような分散型の電力は、雨天でなければ太陽電池をもちい、これに雨天の日も夜間も終日利用できる燃料電池があれば、系統電力に全く依存しない自家発電になる。
乗用車も燃料電池車と言う形で、電気自動車化される。
以上のような技術革新の波を起こすことを21世紀第I四半世紀の成長計画とし確立するならば、民間企業は確信を持って、設備投資を実施し、資金の需給関係も正常化し金利はゼロ金利から3%前後に戻りゼロ金利による今の保険会社や年金会計の苦しさは解消されることになる。
金利差から海外に流出していた資金は、国内に還流してくることになろう。
また、個人消費についてみよう。「賦課方式」への移行により公的年金の立て直しがはじまって社会保障制度全般の改革の方向が見えてくれば、安心感から国民の(恐怖貯蓄による高い貯蓄性向が下がり、消費の活発化がおこるであろう。恐怖貯蓄の分を税に廻す方が合理的だという心理が生まれることによって財政収支の改善に寄与するのである)。年間成長率も4〜5%の軌道を歩むであろう。
その場合の財政収支はどうか。ダーテイーな公共プロジエクトは、環境アセスメントで大規模にカットされるので、公共支出の削減がすすむ一方GDP成長率の高まりにより、税の自然増収が増加するので、収支の改善がすすむはずである。
日本のGDPに対する、国債発行残高はイタリアを上回るといって騒いでいるが、
イタリアは日本のように、膨大なアメリカ国債をもつ対外大債権国ではないという違いを無視して議論するのはオーバーであり、理性的でない。
2010年のCO2排出量が1990年の水準を6%下まわるという京都議定書の目標値もこの成長計画をとれば、果たすことができるであろう。
このような持続可能な成長計画なしに、ゼロ成長を受け入れて、資源と所得の民主的再分配をやろうという今流行している見解は、実際には社会的摩擦が厳しく、「絵に描いた餅だ」と民衆から見放される運命にある。この成長計画のもとでのみ着実に部門間、地域間、所得階層間の不均衡を是正する福祉国家へのビロード型移行が達成されるのである。
(この小論は、東大経済学部同窓会誌「経友」2004年6月号に発表したエッセーに加筆訂正をおこなったものである)
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■編集後記
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◎ この号は力石先生の寄稿を9.11の総選挙特集の意味でオルタ<19号臨時号>として発行することにしました。定期の9月20日発行のもは20号となりますので御了承ください。(加藤 宣幸)
◎ ハリケーン「カトリーナ」によるニューオーリンズの被災現場をテレビ報道で見て愕然とした。画面に広がる被害の激甚さや、人々の悲惨さ、不可避的に起きたであろう略奪とそれに対する無慈悲な対応の光景そのものではなく、そこに映っている人々がほとんどすべて「黒人たち」であるという事実に対してだ。白人の姿は数えられるくらいに少ない。
まるで、あの幾度も写真やテレビで見せられてきた<難民アフリカ>が、アメリカのど真ん中に浮上したかのようである。だがこれこそ世界帝国アメリカの核心部にある現実にちがいない。
この≪現実≫はアメリカの温暖化対応やイラク戦争と表裏の関係にあるというだけでなく、長期にわたって政治的に誘導されてきた「市場至上主義」と「格差社会」(むしろ二元化社会)の行き着いた先なのであろう。
こじつけるわけではないが、これはいまアメリカ型をお手本にして「改革だ、改革だ」と浮かれているこの国の現実と、決して無縁な遠い光景ではない。(KK)